第45話
「いやはや、流石は中央の誇る精鋭ですな。特殊部隊でもないのに少人数でも問題なく任務をこなせる。新たな世代には期待しかありません」
「何でも特殊なゾンビも討伐したとか。あの結晶を見れば疑いようもありません」
「おっしゃる通りで。今後を見据え彼のような隊員の育成ノウハウを中央に問い合わせましょう」
「刀1本で大立ち回りなどいかがなものかと思いましたが、彼ほどの腕前なら逆に効率的です。弾薬も無駄には出来ませんから」
「誰にもは真似出来んだろうが、近接戦闘に関しては一考の余地があるかもしれん」
「日本男児かくあるべし! 武士道精神ここに極まれり! 快なり! がっはっは!」
報告会、メディカルチェックを終えた僕らに待っていたのは祝勝会という名のあからさまな接待攻勢だった。広瀬少佐を始め普段見ることの無い階級章、勲章をじゃらじゃらとつけた防衛隊幹部などの集う場に、これまで見てきた中でも上等な料理や酒類が並んでいる。肉や野菜、魚に果物。どこにあったんだと思うような料理の品々に、誰もが目の色を変えていたように思う。
センダイ駐屯地にほど近いホテルのワンフロアを貸し切った食事会で、介添えの女性を引き連れながら思うのは小屋姉妹らと共にいた神社庁で医師をしていた女性の話だ。
介添えと言っていた割に、色こそ黒いが十分に艶やかな装いの女性を視界の端に入れつつ周囲の様子を窺う。今回呼ばれたのはシカマで行動したメンバーから霧瀬を抜いて軍曹が入った男性6人。合羽さんも少し離れた場所でセンダイの防衛隊幹部に対応している。僕にも数名来たが今ではそのほとんどを軍曹が受け持ってくれている。時折挨拶に来るのは僕も先輩隊員も変わらない。周囲から興味深げにこちらを見る目に、値踏みするかのような視線が混じっている。
ローストビーフと呼ばれる肉を口に運ぶ。最初は生焼け肉を食べるのかと思ったがわずかに赤みが残る程度に蒸し焼きにしているのが正しい作り方であるらしい。ソースも相まって非常に美味しいと思うのに、どこか空虚な気持ちがぬぐえない。これも本来は希少価値も相まって物凄い値段がするものなのだろう。軍曹は食べ過ぎず飲み過ぎない程度に留めろと言われているので食べた量は本当に少しだ。
せいぜいが強い酒、ウイスキーを舐めるように飲みながら介添えの女性と会話をして時間を過ごしたという程度。マツシマの近くの出身らしく丁寧な礼を受けて少しだけ心が軽くなったのは事実だが、これが懐柔策だというのは何となく理解できている手前、表向きは何の違和感もなく楽しめたと思う。
ホテルでの宿泊を固辞し中央の隊員の拠点となったホテルまで戻ると、ミーティングが行われた。集合場所へ向かう前、エレベーターで一緒になった霧瀬には女性といたことを咎められ、ハニートラップに対する注意を受けた。霧瀬もあの女医に同じ話を聞いていたからかしっかりと考えていたようだ。
「今後も今日のようなことは増えるだろう。訓練に参加する者は身辺に注意するように」
そう言って軍曹が締めくくる。ミーティングでの話題は何故このタイミングなのか、ということだ。
元々マツシマや動物園の件で行動規制を受けていた時期には何もなく、シカマの情報を回収したタイミングでの取り込み工作だ。軍曹は恐らく成功の見込みがなかったからだろうと言っていた。つまりは、シカマの危険性を知っていたことになる。ゾンビがいるという以上に特殊な個体が存在しているという事実に。そうでなければ自分たちでやっていたはずだと。
何より問題なのはそんな見込みのない僕らがしっかりと情報を持ち帰ってきたことで、今になって取り込み工作を行っているという事実だ。それは僕たちが持つ何かが必要であるという考えがあるからだと軍曹は指摘する。即ちシカマの地下にあった研究内容だろうということだ。
これまでにも分断工作が行われており、再編成の切っ掛けとするためのハニートラップや物資、資金面による勧誘自体はあったらしい。僕たちは受けていないのでおそらく別の隊員たちの話だろう。軍曹にそう言った話が無いのは、軍曹の処理能力に負荷をかけるためではないかという分析と共に、この中で一番注意がいる自分についても注意を受けた。
「笹美を外したのは悪かったとは思わん。制服とドレスによって差異をつける狙いもあっただろう。情に訴える話はあったか?」
「いえ、特には。マツシマの件で感謝しているといった程度です」
「本当でしょうね?」
「料理に夢中になってたからね。ローストビーフ美味しかったよ?」
なぜ溜息をつかれたのだろうか。流石に持ち帰るのはダメだなのはわかると思うが。
「それならいい。とはいえ今後は特に気をつけろ。こちらで手を打っておく」
「了解」
それから約1週間。数日の休暇を拠点で過ごし、訓練をする以外は音沙汰もなく過ぎ去ったタイミングで、僕は軍曹に再び呼び出された。
「風間。中央本部への帰還命令だ。数日中にトウキョウへ戻れ」
「はい」
来るべき時が来た、という感じだ。
シカマの作戦が終わってから僕は休み以外はひたすらに剣を振っていた。分からなかったからだ。
僕が最初に掲げた目標はナゴヤの奪還だ。それが出来そうだから中央の防衛隊に志願した。
中央の防衛隊にいる間に、防衛隊が国民を守るための盾であり矛であると理解した。目標は変わっていない。
防衛隊本部からの命令でトウホク各地に派遣されることが決定し、自分もその一員になった。本来は護衛任務だが、トウホクにいるゾンビ討伐による実地研修という意味合いがあった。表向き長くない期間だろうと言われていた。それは人数が少ないこともそうだし、下手に地元の勢力と軋轢を起こさないためだという事もある。マツシマの件も突発的なものではあったが、僕個人から言わせてもらえばいい経験になったと思う。
その後は偶然の出会いからスカベンジャーと知り合い、センダイの研究所の要請によりセンダイの部隊と協力し動物園で突発的な鎮圧作業に従事することになった。一つの事故だと思うが、それにより置いておくより使い倒す方向にシフトしたのだと思う。
トミハラ自動車工場の事前調査任務ではスカベンジャーの手引きにより動物園のようなことは起こらず、しかしいくらかの物資と情報の伝手を手に入れることが出来た。
このあたりから軍曹は理解していたのだと思う。センダイの防衛隊と僕ら中央の摩擦に。ついでに僕が個人的に行政に睨まれているのも理解していたはずだ。おそらく軍曹は叱責を受けているはずだ。
そうしてシカマの演習場での任務になる。僕たちを使い倒そうとした。その為の作戦だというのはもう理解している。パンデミック当時、アメリカ軍が秘密裏に非人道的な人体実験をしていた。これを僕ら中央に摑まれたことに焦っている。そう予想している。
シカマ演習場で何が起こっていたのか。それを知っているのは僕と霧瀬、そして合羽さんだ。紙の資料こそスカベンジャーに横流しした時点で、その情報は直接見た僕ら3人と、取り込んだ情報端末にしかその情報はない。そう思っているのであれば、僕や霧瀬、合羽さんを狙うのは理解できる。
僕が理解できないのは、僕らを始末しようとしている可能性があることだ。
僕たちと組織体系が違う? そんなことはない。元々は同じ組織の別師団でありパンデミック後、一時的に連携が寸断された時からそれぞれが適切な行動をとれるよう一時的に師団毎による行動が可能になった流れが今に続いている。
正確には既に指揮系統は元に戻っているはずなのだが、連絡だけしかしない中央に従うことを良しとしない、いやそれでは遅いと各師団毎がそれぞれの地で勢力を築いて今のようになっている。
これまでやってきた自負があるだろう。もっともこの土地を理解し、風土や気風を知り尽くしている自信もあるだろう。だからこそメンツも重要だというのも分かる。だからこそ、いや、そのために意思の疎通はされて然るべきだと思う。僕らは会話が出来るのだから。
ゾンビとなった人々を散々切り捨ててきた僕が今更正義を声高に叫ぶようなことは難しいだろう。守ったことは評価されたとしても、殺したことを評価するのは少ない。多くの外敵から守った英雄はその実大量破壊、大量殺害を侵した大罪人である。そしてそれを決めるのは後に残った
それでも構わない。僕は隣にいる仲間こそを、肩を並べる戦友をこそ、ゾンビを人類の敵と見なし戦う。だからこそ、同じ目的のために戦う防衛隊とは腹を割って話し、意思の疎通を行い、足並みを揃えるべきである。
何が足りないのか考えて、僕の人生経験か、戦闘経験か、そもそも僕自身が視野狭窄に陥っているだけなのか。
「考え過ぎよ、ばか」
部屋に戻った僕に、霧瀬はそう言った。
「人間なんていろんなのがいるんだから。すべての人と友達になるのが不可能なように、これはもうそういう話よ」
「それはわかってる。でも僕らは、防衛隊の人間だけは、それはダメだと思うんだ」
「そうかしら? 防衛隊がある程度最適な行動をするために指揮系統が別れているのはともかく、それぞれが最善を選んできたから今があるんでしょ? やり方は違っても同じ方向を見ている。それだけじゃダメかしら?」
「いいと思う。きっとそれは正しい見方だと思う」
でも。それを飲み込んでもきっとこのむかつきは消えない。
正しいということ。それは人間として、人として自分の進む道を証明する見方だ。きっとその先にあるのはこの国の人間の未来だろう。
「でも間違いだ」
その先に人間の未来があるとして。そこからは? それを考えているから会話がなされない。それこそが重要だとでも言わんばかりに。
「僕らが対峙すべきは未来じゃなくて今だ。同じ方向を見ていても、その先にある未来の到達点が違うんだ」
人類の安寧を目指す僕らと、その先にある自らの繁栄を目指すセンダイの上層部と。
「じゃあどうする? 既にそういうのを考える時間は過ぎたわ」
本当にそうか? そう口に出そうとして、出来なかった。心のどこかに引っ掛かりを覚えた。声に出してはいけないというより、声に出さない方がいいという控えめな抵抗。
「どんな答えでもいいわ。私も行くから」
「……え?」
「どうあってもトウキョウに帰ることになるのは確定してるのよ? 実験結果のデータも上の狙いも何もかも、好きにしなさい」
「それ、は……」
霧瀬に突きつけられて考えないようにしていたことが浮かび上がる。そんなことはしないだろうと無意識に避けていた未来予想。
国を売ってでも国を助ける。終わりを迎える前に全てを投げ出してでも生かそうとする考え方。
間違いではないと思う。しかし正解かと言われれば首を横に振りたくなる。それは、それでは防衛隊という存在の意味は。
シカマで見たあの大型特異ゾンビを思い出す。
「何が正しいかなんて今の私達にはわからないんだから、これから先の私たちに任せちゃえばいいのよ」
「アンタは何を信じるの」
いつものようでいて、その強い眼差しはまさしく彼女のもので。きっと彼女はずっと。
僕が長らく共にいた相棒を信じようと、信じ抜こうと思った。
必ず来る裏切りを胸に秘めたまま。
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