第44話



 アジトの3階。モニターに囲まれたこの部屋は俺の城だ。パソコンやらモニターやらサーバーやらをせっせと積んで作ったこの部屋は、センダイ各地に設置した情報集約拠点から送られるデータが集まっている。まあハッキングなんだが。

 そもそもハッキングとクラッキングの違いを理解していないような老害両親の鼻を明かそうとIT分野に傾倒していった過去がある俺としては、今となってはその考えすら古いのではないかなんて思ってもいる。

 きっかけはリーダーの生体ドローンだ。カラスにカメラやバッテリーや通信器などを取り付け、マイクロファイバーで動物の脳に接続し操作するという超技術を引っ提げてきたときは本当に驚いた。聞くところによれば元々はトンボにつけられるような規格だったらしく、それよりでかいカラスなら大丈夫だろと試してみたらしい。もちろん研究所の研究員も手伝ったらしいが、それにしても頭おかしい。

 そして恐らく、俺が予想もつかない何かを知っているんだろうなという事も分かった。俺個人の予想では、リーダーはゾンビ研究による強化人間製造の記録にない0番被検体、といったところだと予想している。

 いや、だっておかしいだろ。知識や技術力もさることながら、個人でガンガンゾンビを始末してゆくし、怪我らしい怪我もしたことないし。あの感じでゾンビに噛まれて感染した、っていうのも真実味の無い嘘冗談にしか思えないのだから。


 現在は小屋姉妹が用意していたセンダイにある各拠点にある場所にカメラと生体非生体問わずドローンを待機させながら各地の情報を得ている。もちろんそれだけではなく、例えば大学病院のサーバーをハッキングしたり、センダイの行政拠点となったタワーマンションにドローンを紛れさせたり、軍の駐屯地に生体ドローンを派遣し様子を見ている。

 ネットは残念ながらエリア外。まあ中継地を経由してここで使えるようにしたのだが、実働の小屋姉妹には頭が上がらない。まあお返しにQOL生活レベルを上げることには積極的に手を貸しているのでお相子ということで。

 ネット環境が生きているというのも正直意外ではあったが、最低限の生存圏のネットワークの維持しているというのはある意味わかりやすくて楽な仕事だった。ある程度思った通りに情報を抜けるようにしていたんだが、不自然なほどに動きが無いので最近は割とストレスのたまる日々を過ごしていた。だからという訳では無いがいろんなことに思考が飛び散る。


 正直リーダーの正体とかはどうでもいい。気にしたことも無ければ、話のタネくらいに思っているくらいで。とはいえ俺たちがこんな世界にあって楽しくやれてるのはリーダーのおかげだというのは痛いほど理解している。もちろん群狼時代のメンツを集めたことも、そのメンツを従えてたことも、どっちもすごいことだ。ついでに言えば、目障りなもの全部ぶった切っていくのも痛快だ。とはいえ現実的に骨が折れそうだと思ったら無理はしないし、引くべきとこは引く、損切りも上手い。コミュニケーションを取ろうとするが、見切りをつけるのも早い。それできちんと裏切者を見つけて始末をつけるんだからなんつーか見てるところが違うというか。

 昔、敵対的なスカベンジャーから鞍替えすると言って群狼に加入しようとしてきたやつがいた。確かその日の夜だったと思う。リーダーが俺に盗聴器やら発信機を用意するように言ったのは。明かされたそいつの身の内がひどいもんだからどうしたのかと思えば、その日の内にスパイだと吐かせたと。

 意味が解らん。話に対して身綺麗だとか、持ってるもんが上等だとか理由は聞かされたが正直嘘だろうと思った。実際リーダーに盗聴器を渡してみれば放逐したスパイが申告してきたのとは違う組織のアジトで報告している声が聞こえてきた。そんな中で、次はここにするか、なんてニヤニヤしながら言うもんだから、俺はもうリーダーに嘘はつくまいと、裏切りはすまいと決めたものだ。ここまで付き合ってみれば裏切るなんて考えたことは一度も無かったのだが。

 人使いは荒いが、その分欲しいもんは手に入れられたし俺は特に不自由していなかった。ただまあ、人を得ることだけは反対というか、基本的に許可が下りなかった。聞いた話だが、ある宗教組織に対する襲撃をした際にそういう事があったと聞いている。

 詳細は聞いてないが、所謂生贄様式だったらしい。ここでいう生贄様式とは、ゾンビにならないという神に等しき力を持つ者の要求を満たすことでその力を分ける、または代行するというものが多い。つまり抗体を分けるか、ゾンビという脅威を排除するか。そしてその代わりに人を要求するという、宗教にケンカ売ってる頭のおかしい集団がよくいるわけだ。

 外にいた中谷里と俺は奥までは見えなかったが、実働部隊であるリーダーと千聖が、特に千聖は見て分かるくらい機嫌を損ねていたからなんかあったんだろうなと思ったら、マジもんの神様気取りと正真正銘の生贄を用いた儀式をしてたらしい。

 問題はその場にいた生贄とされる予定だった人間たちだった。なんというか、精神状態が極まっているといろんなことが起こるんだなというのが千聖の話を聞いていて分かった。

 解放されることに喜ぶのであれば普通、生贄になれないことを怒る者もいれば、リーダーに色目を使ってきた者、何故か千聖に寄ってきた者、そんなことより金目の物を奪おうと飛び出す者。いろんな人間がいたようだ。

 結論。リーダーは本来人を使うことが苦手というか好きではないのだと思う。多分信用できないというのと、自分でやった方が効率的だと確信しているからだ。まあ俺たちには何かしら代わりにやってもらったら助かる、程度の期待しかなかったはずだ。

 千聖より近接が強い。中谷里と同じくらいの精度で銃を扱う。俺みたいに七面倒なことしなくても情報を得てくる。ドクター? 怪我しないからいらない。ブランドが使っていた伝手も元はリーダーが開拓したものがもとになっている。

 そう考えると群狼という組織はリーダーという狼に、俺たちという付属品アタッチメントが付いた、ワンマンアーミーなんだよなあ。

 情けなくもないし、ある程度最初から分かっていたことだ。正直、今くらいの気楽な方がいい。リーダーの命令を聞きながら、適度に気を抜いて過ごす。どこまで生きれるか分からんが、まあ何とかなるだろ。

 千聖と中谷里はどうすんだろ。リーダーと関係持ってんのかと思ったけどそんな様子もないし。小屋姉妹は、まだ距離を詰められていないようだし。下世話なことだが他人の恋路を気ままに予想するのも暇つぶしには持ってこいだ。


 モニターには街並みを見下ろす視点や、ダクトのフードカバー越しに室内を見下ろす映像が映し出されている。当然マイクも装備しているから音声も記録できるようになっている。本当にどうなってるんだろうな、これ。

 生体ドローンは現在カラス1羽と実験用ラット1匹がいる。トウキョウにはもう少し数がいたが、俺がいなくなった後はリーダーが残りを運用し、こちらに来るときに全て開放してきたらしい。その中でも最初にリーダーに預けられた1羽を今でも使っている。ラットはこちらに来てからリーダーが新たに生み出したものらしい。

 ラットに関して言いたいことがたくさんあるが、ここではおいておこう。付き合いの長くなったカラス、俺はいつからかクロと呼んでいる。レイヴンは少し狙いすぎな気がしてシンプルにクロウとかけているものだ。我ながらありきたりでシンプルで実にいい。識別名は単純な方が馴染みやすいからな。クロも嫌では無いのか、付き合いが長くなるにつれ、コンソールを介した命令を聞かせるという手順をすっ飛ばして、会話やジェスチャーによる意思疎通が出来るようになってきた。

 後方での情報収集、前線での斥候という役割をなし崩し的に請け負った身としては自在に空を飛ぶ鳥との相性は抜群だった。最初は操作するのもいちいちもたついていたが最近ではある程度の空中機動にも注文を付けられるようになった。そもそも生き物を操作するという性質上、精度的な問題があり大雑把な命令しかできなかった。それこそ止まり木で待機して観察させるという方法しか取れなかったのに対し、今では物理的に内外を隔てられていなければ精密にとばすことも出来る。カラスの地頭の良さに学習能力の高さもあるのだろうが、やはり付き合いが長くなると愛着がわくというものだ。

 時折指示を切って自由行動を指示すれば勝手に餌を探しに行くのもポイントが高い。雑食性のカラスは本当に手がかからなくていい。とはいえ気を付けるポイントも当然ある。

 単純に鳥が食料として見られていることから、周囲に人間やゾンビ、野生動物がいたら即座に安全圏に飛び立たなければならない。その辺はクロも心得たものでたとえ食事中だろうとも即座に飛び立つくらいには現状の危険度を理解してくれている。

 生体ドローンの運用リスクはそこだ。鳥や猫、犬などはそれぞれ空を飛べたり、夜目が利いたり、鼻が良かったりと必要な情報を得るための機能が標準で備わっているのだが、いかんせん生き物だからか彼らにとっては人間もゾンビも変わらないのだ。生き物飼いならしてるのってうちくらいじゃないのか? そういえばニッカワにいる八木が飼育係をしていたが、変わった動物が多くいる。

 テン? ハクビシン? 違いがいまいちピンと来ていないけど、ああいった動物にも何か特徴があるのだろうか。イメージは害獣なのだが、鼻がよく夜目が利くとか、木登りが得意で市街地での活動適性があるとか、上手く使えんのかね。いや、まあそれをするにしてもリーダーにおんぶにだっこ状態なのでこれもまた机上の空論でしかないのだが。

 あ。八木で思い出したけど、山羊の搾乳に関して依頼があったっけ。何でも匂いを吸収する性質があるから絞った乳と外気を遮断する構造になっている搾乳機械があるとうれしいって話だった。俺はまだ飲んだこと無いけど、千聖が珍しく推してたやつだったかな? 味や品質ではなく搾乳機の方を。まあ、牧場跡地に行ってもらうしかない。とは言ってもこの辺じゃ牧場なんてあんまり聞かないんだよなあ。10年前のものでもちゃんと使えりゃいいんだが、あるかね? まあいいや、いくつかリストアップしておこう。


 今日は中谷里以外が外に出ている。恐らく中央の軍属を唆すんだろうけど、これ俺たちが出る必要あったか? それこそドクターにやらせればいいんじゃねえかと思うんだが。スカベンジャーの町に来る奴もどうやら群狼時代のドクターを知らないやつみたいだったし。まあ千聖は下手打ったりしないだろうが、やっぱあの気狂いドクターが何かやらかさないかすごく心配だ。

 とはいえあの新人がいなくなればリーダーと千聖の活動範囲がそれなりに広がる予想だ。この地にいる中央の隊員がセンダイに再編成されたとして、街をうろつく俺たちに出会う確率は低い。

 まあリーダーが街に出張るっていうのもあんまり予想できないし、リーダーのことだからニッカワ以外の拠点や隠れ家は用意しそう。ゾンビに隔離された集落跡を再開発して秘密基地化するなり、新たにスカベンジ拠点を用意するなり。あ、いや、そもそも研究を進めるなら現在廃墟になっているセンダイ北側のイズミを漁る可能性はある、かな? センダイの情報はこの地に来たタイミングで一通り浚ってあったが一度更新する必要があるか。


 リーダーが頻繁に情報を取るように言っていたこともあるし、トウキョウの情報を解析していた俺にはそんなもん朝飯前だぜ、なんて思っていたがリーダーがそこまで言う理由も後々理解した。

 情報は入ってくる。セキュリティもまともなもんは何もない。泳がされているにしてはその痕跡も動きも見れない。不思議に思っているうちに近いうちに報告があるだろうと思っていたカマフサダムに関する報告を発見した。丸一月ほどの行動内容と報告だったがそれが一度に見つかったのだ。

 は? まさかオフラインというかスタンドアローンの端末を使って制作してそれをアーカイブとして登録した? そんなことはないはずだ。どうあっても行動するには細かい行動承認や物資や人員の移動に関する記録が見つかってもおかしくない。それが引っ掛かりもなく、事が済んでから一度に発見される? まさか出し抜かれた? 俺が? それからは自前のセキュリティもそうだが電子的にも物理的にも目を増やして監視をしている。

 これに関しては一度リーダーに相談というか、普通に頭を下げた。とはいえ理由がわからない。リーダーもそこを問題視して叱責するよりも対策することに力を入れるようにと伝えてきた。

 これが相手のハッカーによるものなら大したものだと思うし、なんならちょっと燃えてくる。とはいえ、俺が来たタイミングではいなかったはずだ。時期的に言えば春先のこと。リーダーがこっちに来るタイミング。

 時期的なものを考えれば中央の軍の誰かなのだろうが人員にそんな技術を持っている者はいなかったはずだ。外部から招聘するにしてもそんな技術を持っているならもっと早い段階で俺が気付けている。


 溜息を吐いて背もたれに体を預ける。昔から体力的にはゴミ屑以下の俺だが、それでも何とか群狼の外回りにはついて行っていた。あんまり動かなくなったというのもあるだろうが、本当にあっという間に年を取った。10代半ばだった俺がもう20代の後半に差し掛かろうとしている。

 監視しているモニターの一部にポップアップがでた。ああ、これはアジト前の監視カメラだな。なら町に行っていたメンツが帰ってきたんだろう。画面を切り替えれば見慣れたピックアップトラックが入口ゲートをくぐるところだった。


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