第38話


 シカマの演習場の手伝い仕事は何とか終えられた。本当にお姉ちゃんは心臓に悪い。

 あのデカブツが出た時にはなんでもっと早く来れないんだとリーダーを呪ったものだ。いつもならあんなヘンテコゾンビを相手にすることなんてない。さっさと尻尾を巻いて逃げるような相手だ。

 ああいう普通のゾンビじゃない、一風変わったゾンビというのはこれまでも何度か遭遇したことがある。足の速いやつ、普通のゾンビに比べて一回り大きいやつ、人間を見ると金切り声を上げて周囲のゾンビを呼び寄せるやつ。リーダーは前時代的なオールドタイプなんて言っていたけど、そんなに簡単に処理できるのはお前くらいだと何度言いそうになったか。というか言ったけど。

 それでも対処法はある。足の速いやつは真っ直ぐ来るから狙い撃つか、待ってカウンター。一回り大きいやつは遅いから退路を確保して引き撃ちか狭い場所に誘い込めばまともに動けない。うるさいやつだけはつるちゃんが見つけ次第仕留めていた。見つかるときは既にこちらの逃走準備が整っていた状態のことの方が多い。

 そもそもその特殊なゾンビでも遭遇率は数か月に一体いればいいほうだ。基本滅多に出会わない、はずだったのだ。確かに事前にそういった特異体と呼ばれるゾンビが増加していくという話はリーダーがしていた。時間をかけて変わってゆくのは生き物と同じ。ゾンビにとっての進化が特異化という現象で、時間が経てばたつほど数を増す、と。

 実感したのはセンダイに来てからだ。これまでの遭遇率に比べ、ぐっと身近な存在になってしまった印象がある。これまで無事対処してきたとはいえ、今後は対応にも苦慮するだろうとは思っていた。とはいえ元々私たちはゾンビを駆除してゆくタイプのスカベンジャーではなく、危うきには近寄らない運び屋ポーターだ。お姉ちゃんやつるちゃんの火力があるとはいえ元々少人数でやって来た私達が物資や装備でごり押すなんて面倒なことはしない。そもそもそんなの持っていると知れただけでも面倒事を引き寄せかねない。

 とはいえ、今日は使うしかなかったと思う。大型ゾンビにぶっ飛ばされたお姉ちゃんを見て気が動転していたが、幸い大きな傷もなく打ち身や骨折すらないとか我が姉ながら正直驚きである。とはいえ自分が無傷であった事にはお姉ちゃん自身驚いていたが、今まであんな攻撃を受けたことも無いのだから仕方ないだろう。

 自身の無事を理解したお姉ちゃんはトラックに隠してあったMINIMIまで持ち出してゾンビを始末することに決めたようで、普段はあまり表情のないお姉ちゃんが少しだけ楽しそうにしていたことに妹として喜べばいいのか、それとも久々に見る乱射魔トリガーハッピーに落胆すればいいのか。最終的にはお姉ちゃんが元気そうならいいか、と考えることを止めたのだが。


 本日の収穫を多めに頂きつつ、帰途にある車内では静寂が支配していた。隣にいるのは張り切って見張りを申し出た判君だけど、今日は大活躍だったようでその分休んでもらっている。まあ勝手に寝たのを起こすほどでもないといえばいいのか。荷台での後方の見張りをお姉ちゃんが代わってあげたといえばいいのか。

 そして後部座席には横になったつるちゃんと世話役をお願いしていたはずの彩ちゃん。当然二人ともぐっすりだ。ルームミラーに映る彩ちゃんとその膝に頭を置くつるちゃん。つるちゃんに関して言えば、流石元群狼ともいえる戦果だったと思う。


 あのデカブツがしばらく砲撃を繰り返した後、弾を撃ちきったのかそれとも持ってこようとして失敗したのかはわからないが、鋼材だけを持って演習場に降りてきたタイミングでお姉ちゃんが引きつけ役になった。その後は判君たちを拾って周辺のゾンビたちを軍と協力しつつ掃討することに。とはいえ私と彩ちゃんじゃあ出来ることは限られているので専ら軍に仕留めさせるための囮役だ。サムライくんとお姉ちゃん、判君が大型を相手取っている間に私は建物で引きつけ役を担っていたつるちゃんを拾いに行った。

 正直私と彩ちゃんだけじゃ難しかった。たんぽぽに頼んでこっそり入っていって、退路を確保できれば。その程度の感覚だったが、建物内は見事に赤く染まっていた。そこにいたほとんどのゾンビが頭を打ち抜かれたゾンビで時折首が落ちたゾンビが階段の上まで続いており、ある一室の前にはゾンビだったものが大量に折り重なっていた。閉じられたたった一つのドアの先、壁に凭れるようにして眠っていたつるちゃんを見た時は心臓が爆発するかと思うくらいに跳ねたが、治療した痕跡、血にまみれたナイフや空になった矢筒、弾が切れた拳銃などもあり、まさにつるちゃん一人に総力戦をさせてしまったのだなと後悔が過った。

 つるちゃんを車に移動させようとして建物内ではちあった軍の隊員には悪いけど、話は全部後にしてもらって大型の対処にうつることに。つるちゃんがいれば援護できただろうが、その分片平兄妹は頑張ったと思う。彩ちゃんは本当に心臓に悪いからやめて欲しかったが、たんぽぽの活躍を見ると悪いことでは無かったのかなとも思う。

 すべてが終わった後に入れたリーダーの通信にはキレかけたけど、とりあえずお姉ちゃんの治療が出来るのはこの人しかいないし、少しだけ意外な面も見れた。


――「遅くない? もう終わったけど?」

――『そいつは何より。で、何か問題は?』

――「つるちゃんの容体不明。治療はしてあるみたいだけど」

――『中谷里は予防薬打ってるから大丈夫だと思うけど、まあ戻ってきたら全員検査だな』

――「え、そうなの? 聞いてないんだけど。ていうか今どこ?」

――『基地の南にある工場。ヨシオカでスカベンジャー共に見つかったから誘導して始末してた』

――「うわぁ」

――『なんだ?』

――「どうするの? どこで合流する?」

――『ニッカワだ。治療するならそっちの方が都合がいい』

――「……ねえ、つるちゃんさ」

――『戻れるさ。何事も無くな』


 普段は自分が研究しているゾンビ化の遅延薬について齟齬の無いように説明する癖に、こういう時は分かりやすく言う。なんというか、わかってるなと感じる。一見すると無責任発言ではあるんだけど、リーダーが言うとそう思えるというか。不思議な説得力があるというか。多分、ほんとにダメそうな時はもっと近くにいるし、リーダーがいると何も問題がないから。ただ一人で何でもかんでもやりすぎな面はある。いや、そっちの方が手っ取り早いのはわかるし、こっちが未熟と言われればそうなんだけど。

 まあリーダーの秘密主義というか、必要なことは言うけど聞かれてないことは言わない主義というか、必要最低限で済ませるようなところは昔からだし、必要な武器、必要な道具、必要な条件を説明するだけじゃ安心できない人がいるという事も知ってほしい。ただし、結果が悪くなることはないので言っても無駄だろうとは思う。


 今回のお仕事では軍の先導に続いていたが今回の帰りに関してもそれは同じだ。本来軍の目がある場所なら高速道路を使うことに対するハードルは低いが今回の任務は実行部隊がトウキョウからきた中央の防衛隊員だったからなのか、それとも作戦自体が秘密裏に行われたものなのか、人目を避けるような道を選んでいる。それはそれで厄介なスカベンジャーに絡まれないという利点はあれどその分ゾンビと遭遇する可能性は上がる。

 とはいえ、改めて考えてみても、うちは個人の戦闘力がみんな高い。リーダーは言わずもがな、千聖ちゃんも近接戦闘の速さと手数には圧倒されるし、つるちゃんの狙撃精度をはじめとした後方支援能力も抜群。そして今日、我が姉の耐久力には舌を巻いた。元々丈夫であることは知っていたし、なんなら姉自身も意外と大丈夫でびっくりした、らしい。

 私と錦がエンジニアとしてバックアップ。最近じゃ八木さんという畜産担当がやって来た。拠点整備という面から見ても有能な人員だ。そのうちあの石田さんにも何らかの才能を見出して、役目を与えることになるのかもしれない。


 センダイへ向かって南下しているからというのもあるが西日が目に痛い。サンバイザーを下ろして日差しを遮るとぐっと見やすくなった。

 前を走る軍のトラックは法規走行を心掛けているようで、随分と行儀のいい運転だなと思う。まあ運転の上手さなんて、今の世の中ではどれだけ危険でも載せているものを届けられるかどうかということに終始しているというのに。

 幌が掛けられたトラック後部のカーテンは閉じられている。あの中でどんな会話が繰り広げられているかは興味ない。だが、確かにあのサムライ君は強かった。リーダーは彼につける鈴として片平兄妹を選んでいたようだけど、先ほどの共闘を見ていると案外悪くないのかななんて思ってしまう。

 身内びいきにはなるが、我が姉のような頑丈なタンク役がいればもっと楽にゾンビを倒せるだろう。まあそんな存在はなかなかどころか国内にいるかどうかも怪しいが。

 そう言えば姉に関して少しだけ話があった。まあ例の機関銃なんだけど。元々軍の装備品を獲得したものなだけあって目をつけられた。とはいえこれを渡すのはあまり良くない。恐らく武装は情報を参照すればどこの部隊にあったものかがバレる。私たちが拾ったものはそのほとんどがトウキョウの中央から拾ったものだ。少なくともリーダーがセンダイに来る前に破壊された車にあった物資なんかは表に出すようなことはしていない。ある程度のものは現地で消失させたり残してきたとはいえ、変に勘繰られるのも避けたいという判断だった。

 シンプルにセンダイの西側、防衛ラインに駐留している部隊と面識があると言って関係性を匂わせる程度を伝えるのみ。どうもセンダイの軍と連携が甘いみたいだからそれだけ言っておけば勝手に信じるだろう。

 ナンバーは一部を外してあるけど、それは私たちが悪いわけじゃないのよ? こちらに渡ってきた時には既に外されていたの。

 軍も一枚岩として固まっているわけじゃない。いろんな考えの人間がいろんなスタンスで存在している。センダイの軍上層部と南部は特に意識や考えの差が大きく、西は独自路線、東は海側と都市部の軋轢の被害者。いろんな立場にいていろんな経験をしていて、考え方にも差が出ているのだ。私たちの取引相手の数とエリアを考えれば実際の候補はいくらでもいることに気付いてくれれば尚良い。

 今回の件では流石に動きがあるだろう。トミハラの工場の件と合わせて街の上層部と軍上層部の動きがみられるはずだ。特に今回は病院が絡む以上、そこから情報が出てくると錦は予想していた。錦に関して言えば情報収集以外にもダミー拠点の見張りや監視もしていたり、そのための監視装置の調整などもしてきた。ここに来て2年経たない程度だが錦は割といつも忙しそうにしている。戦闘力が無くても錦くらい仕事が出来ればと思ったのは1度や2度ではない。

 ややネガティブな思考になりながらも、私は自分に対して自信がなくなった、という訳ではない。まあそもそも群狼という集団にあって役立たずという存在はいないのだから。だからまあ、私は普通なりによくやってると思う。単純に非力すぎるのはもうしょうがないのだから。

 ハンドルを握る手を少しだけ強く。ふとルームミラーを見ると荷台に乗っていたお姉ちゃんと目が合った。

 いつも通りの冷ややかな温度の無い視線。だけど、私だからわかる。少しだけ笑ってる。元々控えめだった姉の儚げな微笑みを思い出す。しばらく見ていない表情だけど、きっとまたあの優しい姉に会えると思ったからここにいる。今の姉を否定するつもりはない。今の姉もワイルドでいいと思うし。

 昔を思い出そうとして、やめた。未練があるわけじゃない。タチカワの避難所で過ごしていても先はなかった。運よくトウキョウ東部に流れ着いても今のような生活はなかっただろう。どちらがいいかは答えを出すことはできない。少なくとも今の私は自分で選んだからここにいる。最初こそなし崩しにやらされていた運び屋稼業もやってみれば案外面白かった。

 リーダーがセンダイに来て数か月。きっとこれからまた新たな日々が始まるのだと思うと、少しだけ楽しみだ。

 そんな思いを込めてルームミラー越しに片目を閉じた。


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