第37話
瞳さんを吹き飛ばした大型ゾンビがのっそりと立ち上がる。体の至る所が痙攣したようにびくんびくんと脈打ちながら、しかしその目は赤く染まり歯をむき出して嚇怒を示す。吹き飛ばされた瞳さんも気になるが、それよりもすべきことがある。
「っ!」
鋭く息を吐いて再び膝を狙う。
前衛が僕一枚しかいない、という事だ。僕に瞳さんのような受け流しは難しいだろう。丈夫な長物だから何とか出来ていたような印象だが、刀で受けては折られる可能性があるし、わざわざ平手で横薙ぎをしてきたことも気になる。
握り拳で叩きつけるように攻撃してきたゾンビが、当てるための攻撃を使ってきたこと。掬うような横薙ぎ。開いた手。掴まれるのではないかというのが脳裏に過る。
「距離を取って戦って下さい! 摑まれたら終わりですよ!」
状況についていけなかった面々がはっとしたように動き出す。早かったのはトラック。愛美さんだろう。すぐさまアクセルを踏み抜き、瞳さんの飛んで行った方向へ行く。
こちらもガチャガチャと動き出し、すぐさま、ぱぱぱと小銃の発砲音が鳴り響く。上半身に集中しているがそのうちの半分はキン、カンと何かに弾かれている音が聞こえる。
恐ろしいことに多少うざったそうにするくらいで、どうも効果が薄いように見える。ただし目のあたりを守っていることから、やはりそこは弱点なのだろう。となると、やはり切り札は彼という事になる。
大型ゾンビの足元でうろちょろしている僕に、薙刀片手に小銃の引き金を引きっぱなしにしている霧瀬、僕寄り後方で機を伺っている判君。このメンバーでやっていかなければならない。しかしそれは突如目の前に現れた毛むくじゃらに覆された。
「わんっ!」
「たんぽぽ!?」
「は? ……彩!?」
判君の驚きも納得する。正直ここで彼女たちが来るとは思っていなかった。いや、ぽぽは確かに機動力という意味では人間なんか比べ物にならない程だが、耐久力という意味では攻撃が掠っても死の危険がある耐久性しかない、ある意味脆弱な存在だ。
「銃や弓で仕留めるなら引きつけ役は必要でしょ!」
「ぽぽじゃねえよ! お前だ!」
「ぽぽじゃ上見えないでしょ!」
「そういう事じゃねえよ!」
「兄妹喧嘩は後! 康史郎、足元来るわよ!」
「了解!」
犬の視界はわからないが、意思の疎通ができないのがもどかしい。僕に対するストンプを回避し、追撃の横薙ぎをストンプした足を壁にするように回避する。切りつけているがなかなか会心の手ごたえというものが得られない。
僕に攻撃が集中したところでトラックの先輩方からの援護射撃の音が響く。横から背後に回り込むように射線が動くが少し顔を傾ける程度で気にした様子はない。
霧瀬はバースト射撃でしっかりと目を狙いながら動いているようだが、ゾンビも止まってばかりではない。中々有効打が与えられない中、銃撃音に紛れて小さく風をきる音が聞こえる。ぶすりと首元に刺さったのは先ほどからよく見る黒いボルト。
「ちっ! 流石に難しいな!」
「いや、ナイスショット!」
小さなボルトなのに明らかに強い衝撃を受けたかのようなリアクションをしてゾンビが仰け反る。顔を上げて状態が上に向いている。
明確なチャンスに僕の体は最適化されたかのように膝裏に回り込む。一度刺した膝裏をしつこく狙い、再び強く抉りこむ。
思わず膝をついたゾンビに刀から手を放して立ち位置を調整するが、流石に倒れはしなかった。こちらに反応する前に思い切り鍔を蹴り上げる。
ぶしゃと抜けて空を舞う刀に先ほども見た赤黒い鮮血に僕は持っていた拳銃を引き抜いて傷口に引き金を引く。
「オオオォォォォ……」
先ほどより力のない呻き声だが、装填されていた弾をすべて打ち切ってしまった。刀の行方を見れば逆側に落ちている。霧瀬を見ればリロード中だ。斧と小銃2丁はまだ彼女が持っている。
さて、ゾンビにとられるくらいならと蹴り飛ばした刀を回収するなら今しかないか。
「ぽぽ!」
「わんっ!」
正直目を疑った。綺麗に刀の柄を加えてこちらに駆けだしたたんぽぽがいた。自分の位置を調整して、彼から刀を受け取る。
「ありがとう」
「わんっ!」
大型ゾンビの攻撃範囲外でのことだったが腕を振り回し始めた相手の攻撃に当たらずに済んだ。周囲に届く者が無いと判断したのか、再び立ち上がろうとし、背後からこちらに駆けてくる足音を聞いた。
振り返り誰何する間もなく、彼女は脇に構えた鉄パイプを、立ち上がる瞬間の膝を狙ってフルスイングした。
ごきっと明確に何かが破壊された音が響いた。そして振り抜いた鉄パイプによってゾンビの足を掬いあげた。
「瞳さん!」
「チャンス」
ドスンと倒れたゾンビに向き直り、背中のデカブツを構えた彼女に唖然としてしまう。
ぱっと見出血などもなく、服や顔に少し土がついているくらいだ。ここからではわからないがどこか体を痛めているといった素振りも無い。でなければ彼女の身長ほどもある機関銃を平気な顔して抱えていないだろう。
「頭もらうわ」
「ぽぽ! こっち!」
「膝行きます!」
「起き上がったら顔もらうかな」
頭頂部まで回り込んだ彼女は腕を振り回すゾンビのギリギリまで近づいて躊躇いなく引き金を引いた。
何と形容すればいいだろうか。ドドドド、タタタタ、ポポポポ。ただ銃撃音がこの場を支配する。あれほど硬かったゾンビを容易く蜂の巣にし、周囲を徐々に赤黒い鮮血で染めているのに、彼女はただの一度も指をきらない。支える彼女が細身で軽いからかやや弾が散らばるが、そんなことは関係ないと景気よくぶっ放す。
振動すら心地いいと言わんばかりのその派手な攻撃に、周囲の手も止まる。遠くでたんぽぽの鳴き声が聞こえたような気もしたが、圧倒的な蹂躙とも、惨劇の場面ともいえるこの場において、あれだけゾンビの攻撃を受けていたにもかかわらず、今はそのゾンビの血を浴びる女性の現実感の無さ。
霧瀬のような強い眼差しを見せることもなく淡々と作業のように機関銃の引き金を引いている彼女は、結局最後の1発までうち切った。流石に予備のマガジンは無いのかその場に機関銃を置いた彼女は背中にくくっていた鉄パイプを掴むと、動きを止めたゾンビの頭部に振り下ろした。
ぐちゃり、どちゃりと何度も叩きつけるようにしていた彼女を、茫然と見ることしかできなかった。僕が気を取り直したのは足元に気配を感じたからだった。
タンポポが今度は斧を加えてやってきた。
必要ない。そう口に出そうとして、きっとそうではないのだと思い直した。そんな油断ともいえる気のゆるみがあったからこそ、大変な目に遭ったのだ。
今回は潜入任務としてここに来た。彼らスカベンジャーをその補佐として。しかし結果はどうだ。おそらく
僕が挑もうとしているのはこんな世界なんだと、改めて実感した。ゾンビの群れを突破した程度じゃ、半人前から抜けられていない。更に都市を解放しようなんて見通しが甘いにもほどがある。
「瞳さん、僕が」
「……? じゃあお願い」
これで終わりだ。いや、終わらせる。
返り血を浴びた瞳さんから場所を譲り受け、僕は振りかぶった斧をゾンビの眉間めがけて叩きつけるように振り下ろした。
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