第34話
以前と同じ様にこの演習場の開けた場所をトレインしていた。なんとなくこうなる予感はしていた。リーダーのことだし何かあるんだろうなとは思ってたけど。
この演習場には以前リーダーが研究用の道具を回収しに来た場所だ。この土地に関しては言い出しっぺはリーダー、詳細を錦がつかんできた。元々トウキョウにいた時からある程度場所を選定し、研究に必要な物資の回収場所を見繕っていたというのは聞いていた。
そもそもトウキョウにいた頃から軍の情報はある程度得ていたし、錦にしてみれば軍相手でもある程度情報を抜くことは容易いものだった。その情報があればリーダー一人でも取りに行くことは出来ていた。
今回はトウキョウのサムライ君から受けた依頼だけど、まあそんなことはないよね。完全に軍の裏仕事です。
そもそもリーダーがこっちに来てからしきりに気にしていた町の上層部、トウキョウに繋がりを持つ連中相手に過剰なまでに餌をぶら下げていたのが全くヒットしなかった。ここに来てようやく軍から情報を拾ったというのに、それとて本来の目的とは違うものだ。
リーダーが狙っているのはトウキョウで政治家とスカベンジャーを繋げて暴利を貪っている連中と、その繋がりをもつ人間だ。話によるとアメリカが息を吹き返しそうで、10年以上たつこの騒ぎも少しは良くなるかもしれない、らしい。それと同時に目障りで厄介な相手である私たちのような存在に対する切り札として用いられる可能性も考慮していた。
要はパンデミックが収束した後にアメリカが世界で、アジアで覇権を獲得するための足掛かりとして恩を売りに来ることにかこつけた、大胆な大規模掃討作戦を実行する可能性だ。
重要なことは、群狼の情報を流さないこと。大鉈を振り回す相手に気付かれず近寄られずにやり過ごすこと。特にリーダーと千聖ちゃんの情報は渡せない。今のところは鍛冶屋のお爺さんくらい。ドクターはあれでリーダーの情報は流さないと思う。自分が研究できなくなっちゃうからね。錦がしくじってもその二人にはつながらないし、私も同様。私はセンダイの北、フルワカから来た中里という女性になっている。一応出身地となった場所の下見もしてある。
何が言いたいかと言えば、この変に間延びしているトレイン作業においてリラックスしすぎてはいけないという事だ。
今は演習場の市街地演習区画の外周部分をゆっくりと回っている。ここでの回り方は私以外も心得たもので、ハンドルを握る愛美ちゃんも適度に車を停めたりして様子見がてら会話に興じる余裕すらある。
「どんな感じー?」
「流石に半分受け持ってって言ってたから余裕だね。ボルトも弾も節約できてるよー」
「まさか私たちがこんなことするとはねー」
「リーダーに連絡ついた?」
「南側に向かってるってー。何かあったら軍引き離して山の中抜けろってさ」
「はーい」
元々リーダーがトミハラの自動車工場近くに陣取っていたのは素材回収や私たちの工場探索のバックアップとしてだ。ゾンビという障害に関しては一人で踏破できるリーダーも機械操作や運搬には人の手を借りることが多い。私たち3人で動いていた時でもある程度は問題ないが、恐らくリーダーはそれより早い。千聖ちゃんが入ってトントンくらいだと思う。それぐらい個人が持つ戦闘力、対応力に差がある。
そんなリーダーが今回もバックアップについてくれるというのだから気も抜けるというものだ。実際油断しているわけでは無いが、以前っこに来た時のような緊張感というのは皆無だ。そもそも今回は掃討する必要も無ければ、ただただ時間を稼げばいいだけだし。
一つ気になるのは、トミハラの自動車工場でリーダーが私たちに近寄るなといった場所があった事。基本的にそういうところは死地である。いろんな意味で。
既に終わった後の残骸という意味で死地であり、リーダーでも骨を折るような場所であるということ。そういう場所は大抵私達にはどうしようもないことが多かった。とはいえ私は飛び道具持ちとしてちょっとした援護くらいは出来ていた、はず。いや、本当に最初の一射だけとかなんだけど。後は自在に動くリーダーに万が一にも当てないようにさっさと退くくらい。観測手は錦がドローンでやるしね。
ちなみに今回はドローンなんかの錦のサポートは無し。今は千聖ちゃんとアジトでセンダイを見張っているらしい。軍の情報が漏れたのだから、そろそろセンダイの上層部も動きそうという予想だ。
時折ぱぱぱという銃火器の音を聞きながら遠くにいる軍用車を見る。最初は張り切って飛ばしていたけど、こちらの様子を見てやり方を変えたらしい。あちらの方が庁舎に近いんだけど、アレは囮役としてかな?
さっき隊舎内にいる判君からの連絡で小銃をぶっパするゾンビがいるらしいことを聞いた。一応その監視をしているのが荷台にいる私の役割でもある。近くで音がすれば私が対応するのだけど、こっちはちょっと狙いがあって泳がしている。単純に同士討ちというか、フレンドリーファイアを狙っているだけなのだが。とはいえ気を抜けばこちらに弾丸が迫ってくるというリスクがある以上、ボーっとしてさえいなければ車の装甲を盾にしてやり過ごすことは容易だ。前から出ないかという心配はあるのだけど、それこそ瞳さんが対応する役割分担になっている。
どれくらい経ったか。片平兄妹やトウキョウのサムライ君たちが降りてから1時間くらいだろうか。徐々に増えてきたゾンビを間引きながらぐるぐると周回していた。ゾンビは演習用の市街地区画にいた残りが出てきているのだろう。駆除作業に飽きを感じ始めたタイミングでつんざくようなサイレンが鳴り響いた。音源は庁舎の方からだ。
「え、なに? ミスった?」
「まなちゃん連絡はー?」
「待ってー」
遠くに見えるサイレンに私たちの意識と、ゾンビの足が停止する。そのわずかな間隙を狙い撃つかのように砲撃音が鳴り響き。
「愛美!」
珍しく焦ったような瞳さんの声が聞こえたかと思えば体が浮いた。急加速、急ハンドルを切った車の動きについて行けず顔と鼻を強打する。視界が明滅し、しかしとっさに掴んだ車の荷台の縁だったが、今度は体を左右に揺さぶられる。体を支えきれずに腕が肩まで外に出た瞬間、私は自分の末路を悟った。
あ、これ落ちる。
ふわりと浮かんだ体は持っていた運動エネルギーに従って天地を返し、映像の認識が追いつかない私の体を打ち付け、脳に痛みを示す信号を送ってくる。
歯を食いしばって直ぐに周囲を見渡して、しかし直後に生じた爆炎と轟音によって再び意識をカットされた。
間違いなく、撃たれた。直撃こそしなかったものの、こちらに攻撃の意志を感じる。とはいえそればっかりに構ってはいられない。車は、ちょっと遠いし、何より砲撃元を確認しなければ安心なんてできないだろう。そもそも、私に関して言えば、今までトレインしてきていたゾンビたちが目の前にいる。
「つるちゃん!」
愛美ちゃんの声が聞こえるが一旦無視。ここからなら建物の方が近い。恐らく砲撃を回避しようとして車を回避したのは瞳さんだ。一応建物の中なら砲撃が直接届くことはない。狭い空間に誘導してゾンビを少しづつ狩りながら、砲撃をやり過ごして。……やり過ごしてどうしよう。逃げられればいいけど、片平兄妹を回収する必要もあるし、砲撃したゾンビがこちらに来ないとも限らない。
打ち付けられた体が痛む。顔面を強打したが幸い折れてもいないし、出血も無い。でも鼻が赤くなっているのは少し恥ずかしいなあ。
「行って!」
体は動く。装備はいつもの。ボルトは十数本、得意じゃないけどナイフもある。ちょっとした道具もある。それに、此処にはリーダーが向かっている。ここまで来るのに時間はかかるらしいが、リーダーがいれば何とかなる。それまで耐えれば私の勝ちだ。
溜まっているゾンビを引き連れながら演習用市街地の建物に向かう。このタイミングで打ってくれればゾンビの数を減らせて何とかなるんだけどなあ。以前リーダーがやったことを今度は私がやるのかあ。まさかこんなところまで見通してた訳じゃないよね?
『すいません、警報作動したみたいで』
「知ってる。私じゃなくてまなちゃんか瞳さんに連絡して連携とるようにして」
『了解です』
彩ちゃんものんびりしてるなあ。これは将来大物になるかな? そんおちゃらけた考えも砲撃音によって中断を余儀なくされる。続いた爆発音は比較的近くだ。狙いは私? やだなあ。
踏み入った建物の中にいたゾンビを倒し階段を駆け上る。上を取ってゾンビを待ち受ける。部屋でもいいんだけど一度決壊したら完全に詰みなので選べなかった。千聖ちゃんや瞳さんなら選択肢に入れられたんだろうけど、私は無理かなあ。
さて、パンデミック後、群狼時代から数えても何度目になるか分からない地獄の始まりだ。今回も乗り越えて見せようか。
「ちょっと今どこ!? つるちゃんヤバいんだけど! えっ!? 何、聞こえない!」
愛美がリーダーと通信してるけど、こっちは割とそれどころじゃない。
ヤバいのがいる。根拠は無いが、それがわかる。
頭の奥に響く鐘の音。チャペルにあるカリヨンベルのようであり、寺社にある梵鐘のようでもある。警鐘を鳴らすという言葉があるが、今私の頭の中で鳴り響く鐘の音は鳴らされたものに間違いない。
感染者によくみられる感応現象の名残。変異結晶同士が共鳴する現象によるもの。それはつまり、それだけ長い時間ゾンビであり続けた存在がいるという事に他ならない。
気づいた瞬間に愛美からハンドルを奪ったが、そのせいでつるが落ちた。これは私のせいだ。でも今助けに行くのは難しい。
つるには悪いけど私の中で一番優先順位が高いのが愛美だ。これ自体はリーダーに宣言しているし、リーダーもそれでいいと認めた私の行動原理。とはいえつるを切り捨てていい仲間だなんて思っているわけではない。つるが肩を並べる仲間だとしたら、私にとって愛美はどうしたって守るべき家族であるのは、これまでもこれからも変わらない事実なのだ。
感染当時、最愛の人だと思い込んでいた相手に裏切られた私を助けてくれたのは愛美だ。今があるのはリーダーの力もある。それでも思うのだ。やはり、愛美がいなければ私は感染したその時に死んでいたはずだ。
ゾンビに囲まれ逃げ場を失ったあの時、強く押し出されて地面に這いつくばった私が最後に見たのは、こちらから視線を切る婚約者の背中。信じられなかった。ゾンビに囲まれているだとか、地面についた手のひらの痛みだとか、そんなものはどうでも良くて。遠ざかる背中を見ながら、徐々に失意に飲まれて、気が付けば愛美とリーダー、千聖ちゃんに会ったのだ。
私を殺した
愛美は傷つけさせないし、ゾンビにもさせない。殺させるなんてことも無い。一度死んでるんだ。もう一回くらいなんでもない。
「貸して、愛美」
「お願い!」
『こちらも一応急いでるんだがね』
「リーダー」
『お、小屋姉か。なんだ?』
「本気出して」
『車に言っとくよ』
「つるは銀行」
『演習地のだろ。俺が行くよりお前らが最後にピックした方が……』
「リーダーならどうとでも出来るでしょ」
『現場にいりゃあな』
「いなくてもできるくせに」
『……さてね』
私達は元々トウキョウのゾンビ研で私設武力集団に所属していたリーダーの援助を受けて、都の認定を受けた
リーダーの左遷に伴い、後ろ盾がなくなった時、果たして今のままやって行けるのか。私も愛美も出した答えは同じだった。続行は不可能。ただし逃げるくらいは可能。少なくとも情報収集して来いというリーダーの指示より、リーダーから受ける町の情報や伝手の構築方法などの方が多かったというのもあるが、単純に強いのだ。
治療薬に食事や身の回りのモノの世話を受け、車や武器、証明書などを融通して手はずを整えたリーダーに対して、過去一度だけ稽古を頼んだことがある。タチカワの拠点にいた時に荷物を運ぶと言ってたまたまリーダーと二人になった時だ。
瞬殺だった。こっちの攻撃は当たらないし、剛柔自在に体術とナイフ捌きを合わせて何度も転がされた。しかも痛くないように優しく、だ。アレはリーダーも分かってやっていたはずだ。私と彼の差を如実に表した結果があの絶望を思わせる優しさだったのだ。
最初にそれに気づいたのは偶然だった。私のような感染者には大なり小なりゾンビとして成立した相手を感じ取ることが出来るという。強く感じたのは千聖ちゃん。実際彼女も元感染者らしいからこれはまあいい。問題は自分も感染者だと言っていたリーダーからは一切そんな気配を感じないことだ。
もともと私の体は人間だった時のものと比べて性能が上昇している。筋肉量が増えたり密度が増したりしたわけではないので出力自体は成人男性を優に超える程度に収まっているが、私の場合は表面に、肌が特に変化した。薄いのに厚く、柔らかいのに固い。直射日光を長い間浴びれば熱さを感じるはずなのに、最近ではそれも無い。リーダーはそういう変質の仕方をしていると言っていたが、自分は今まで見たことが無い、と。リーダーはと聞けば機能全般とはぐらかされる。納得できないわけではないのだが、それだと彼が感染とは関係なしに人間をやめていることになる。
疑っているわけではない。ただ話せないことがあるのだろうなというのは察している。ゾンビ研究所で研究員として働いていただけあってゾンビに関するあれこれに造詣が深いのはもちろんなのだが、それ以外の知識についてもかなり詳しい。明らかに知っている人間だと思う。
結局のところ、信用できるかできないかで言えば信用できると思う。群狼時代の実績とつると錦君の話を聞く限り、面倒見は良いはずだ。そこに愛美が入る余地はあると思う。本人もそれを意図しているはずだし。
ただし、私はそうでもない。自分から裏切るつもりは毛頭ないし、現状にも満足している。愛美が折れなければきっと面倒見てもらえる。ただ私はもっと使い道がある
治療初期にリーダーが私に投与していた治療薬は怪我に対してもそうだが、私にとっては霧が晴れるようなおくすりでもあり、明らかに髪の先からつま先まで行き渡り浄化するような特効薬でもあった。それでいて実験中の薬であると宣う。
遺伝子組み換え作物やクローン動物の研究と並行して市街地でゾンビを皆殺しにしてきたというこの荒れた世界に現れた英雄と囁かれている存在。それと同時にトウキョウのスカベンジャーやポーター界隈では死神なんて言われていた群狼のトップ。口さがない人間は死肉漁りなんて言っていたが、半ば都市伝説化していた群狼の話は尾ひれどころか胸鰭と背びれまで付いていた。それくらい荒唐無稽な実績を持つのがリーダーという男なのだ。
だからという訳では無いが、彼は時折人間ではない何かのように思えることがある。ゾンビと戦っているときなどはいっそ芸術的だ。戦闘を見ること自体は多く無いが、それでも圧倒的なのは理解できる。つるはそれでも足りないくらいだと言っていた。
根拠のない信頼と言われればそうだ。だがこれは私の直感でもある。あの人間は何らかの手段で人という枠を超えている。
『とりあえず妹の面倒見ておけ』
「わかってる」
言葉に常との変化は見られない。いつも通りと言えばいつも通り。結局彼の判断次第だ。そしてそれがいくら非道であっても、今の世の中では仕方ないと言われるもので、結果的には丸く収まる。帳尻合わせでもしているのかと思えるような結果になる。
つるを心配していないわけではないが、リーダーが何とかするだろう。一先ずは脳内に響くこの警鐘に対してどうするべきか。出来ることは限られるだろうが、私にできることと言えば妹を守るくらい。姉としても、仲間としてもね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます