第33話



「……次行こうか」

「一旦罠を解除するから待て」


 ああやってメッセージを残しているからには、何かがここにあるんだろう。罠を解除しつつ、隣で待っていたぽぽを一撫で。最後尾に戻り3階の階段登り口に再び罠を設置して戻る。その瞬間。

 ぱぱぱぱ。


「ぽぽっ!」


 登り切った先のはこれまでの階の半分しかなく、階段からは左にしか道がなかった。ぽぽを抱えた彩が全身くまなく撫でつけている。ポポの様子は変わらない。撫でられて喜んでいる、ように見える。

 彩の背後、壁を背中にし銃を構えている康史郎と霧瀬が先を睨んでいる。


「ごめんねっ、怖かったね、ごめんね、ごめんねぽぽ」


 ぱぱぱぱと鳴り続けている銃声はコンクリートの壁を削り、窓ガラスの残骸をはじきながらこちらに乱射されている。なるほど。ぽぽが出た瞬間にうたれたのか。


「彩、ぽぽに怪我はあるか?」

「……ない、と思う。ぽぽ、大丈夫?」


 心配そうにのぞき込む彩に舌を出してはっはっはっと元気そうな様子のぽぽ。霧瀬もこちらをちらちらと見ている。


「リロードは無いはずだ。撃ち切ったら出る」

「射撃の方がいいんじゃない? あんな感じだけど、リロードしないって決まったわけじゃないでしょ」

「……そうしよう。リロードしたらしたで、撃つ隙が出来るから」

「おっけ。彩、ぽぽに後ろ見させとけ」

「わかった。ぽぽ、今度はこっち」


 彩がこの瞬間使い物にならないことに気付いて一塊になることを選んだ霧瀬のファインプレーだな。うちらだとつるさんがそういう役回りだ。最近は一緒に行動しないが、これはお守りを外されたってことでいいんかね? まあ千聖さんが言うには、マジ無理、との事らしいが。

 さて、落ち着いた。流石にぽぽが撃たれたっていうのは俺の心臓にも悪かった。彩と違うのは狩りで勢子をやっていた経験があるかどうかだと思う。まあ最悪熊相手に囮をする可能性だってあるんだ。何よりも落ち着くことの方が重要だ。混乱して逃げ出したり、緊張のあまり動きが止まってしまったりするらしいが、親父が言うには腹に力を込めてゆっくりと息を吐き、覚悟を決めればどうにでもなるとか。流石に極論だと思ったが、実は的を射ていたと最近は実感する。習ったことや覚えたことが勝手にできるくらいまで練習すれば、意外と何とかなるものだ。


 康史郎と霧瀬が上下に重なり制圧射撃を行う段取りに。俺はと言えばピストルクロスボウの構造上連射は難しく、かといって一撃で仕留められるほどの腕は無いので待機状態。

 実はつるさんからもらった特殊なボルトがある。薬剤入りの対ゾンビ用ボルトがわずかに3本。先生がつるさんように渡してあったのをわざわざ調整して渡してくれた。ゾンビ以外に撃つと大変なことになると言われているが、そもそもクロスボウ人に撃ったらいかんでしょ。ああ、いいのか。今の世の中じゃあ。いや、駄目か。大変なことになるらしいし。


「よしっ」

「起き上がるかもしれないでしょ! 気をつけなさい!」


 リロードする霧瀬に先行しようとした康史郎が怒られてる。となると配置換えだな。


「彩、残りの部屋のチェックだ。今度は気をつけろよ」

「はーい。ぽぽ、行くよ」

「わんっ!」


 すれ違いざまに表情を伺うも、まだ曇りがかっているように見える。失敗なんて今までたくさんしてきたろうに何を。ああ、ぽぽか。まあ、そういう事もあるか。

 狩りではぽぽは当然勢子を務めているぽぽはこれまで何度も危険な目に遭ってきた。付け加えて、甲斐犬は性格が勇敢で主には特に従順だ。最近は人との触れ合いが多いからか、どうも人に対して認識が変わってきたように思う。何というか、賢くなった印象だ。それ自体は良いのだが、何というか俺たちの序列に変動があった気がしないでもない。何故か先生と千聖さんの順位がバカ高くなっている気がする。つるさんはあんまりぽぽに絡まないし、愛美さんは恐らく最下位。瞳さんには尻尾振りまくってるけど。

 部屋数が少ないこの階の調査自体はさほど時間もかからずに終わった。最後に残ったのは廊下の突き当りの大きな部屋。ぽぽの反応はない。ゆっくりとドアを開けて康史郎が様子を見る。他の部屋にはいない、階段の踊り場と4階の階段前には罠も置いた。問題は無い。

 ややあって康史郎が手招きでこちらを呼ぶと、そこはこれまでの部屋の倍くらいの空間があり、応接スペースや執務机などもある仕事場のようになっていた。これまでは寮のような作りだったものが急に仕事場に変貌した違和感はあるが、まずは調査からだ。とはいえ、俺が直接調べるわけにはいかないのだが。

 僅かにドアを開き部屋の外を警戒する。見張りとまではいかなくともいつでも対応できる位置にいるのが俺の仕事なのだから、悪いけど部屋の中を物色するのは3人に任せよう。とりあえずクロスボウには試しに専用ボルトを装填しておく。一応現状は危険が無い状態だし、俺がすぐに撃ち返さなければならない状況は無いだろう。それよりも専用ボルトがいざというとき使えませんでした、では話にならない。まあ特に必要な段取りや準備というのはない。普通のボルトと同じように装填し射出するだけ。

 何度か装填の練習をしつつ外を見ていた時、執務机を漁っていた霧瀬が何かを思いっきり破壊した。見てみれば机の引き出しを破壊したようだ。その音に反応し康史郎が机を挟んでそこに向かう。


「わんっ!」


 え。そう思う間もなく康史郎の奥、クローゼットの扉が薙ぎ倒された。康史郎はぽぽの声に反応し、クローゼットから出てきた人影に背を向けている。霧瀬の両手は引き出しにあり、彩はそもそも少し遠い。気づいているのはぽぽと俺だけ。

 手元にあったボルトを先ほどと同じようにスムーズに装填。照準を合わせる。やけに動きが遅く感じる。まるでスローモーションのようだ。


「伏せろっ!」


 言うが早いか俺は手に持ったピストルクロスボウの引き金を引いた。康史郎も超反応を見せてゾンビを背後にしながらしゃがみ込んでいる。しかもその手は既に刀に添えられている。専用ボルトがゾンビの眉間に突き刺さる。同時に康史郎も反転しながら刀を振り抜いた。

 まじかよ。自分でも驚きだが康史郎もすげえ反応速度に判断の速さだな、おい。眉間からボルトをはやした首が半分取れ掛かっているゾンビは自らが収まっていたクローゼットに逆戻りした。ばたん、と倒れた音と共に、静寂が訪れる。俺はゆっくりと腕を下げ、康史郎は刀を払い切っ先を鯉口に合わせた。


「……びっくりした」

「ナイス康史郎」

「判君もナイスショット」


 俺はにやりと笑みを浮かべ、康史郎も笑みを浮かべる。確かに頭を狙ったが綺麗に眉間に刺さったのは偶然だ。まあそれでも見栄くらいは張りたい年頃なので。


「……先に調べておくべきだったわね。ごめんなさい」

「いいさ、どうにかなったし。次からは気を付けよう」

「彩、ぽぽ、鼻の調子悪いのか?」

「……わかんない。でも鼻がバカになってる可能性はあるかも?」

「俺もだいぶ鼻がバカになってるから、感度の高いぽぽじゃもっときついか」


 ぼぼの鼻が一つの警戒装置だったけど、ちょっと調子悪いか。とはいえぽぽにそういった不調の様子は見られないから困ったものだ。わけでもあるまいし。

 一先ずゾンビが隠れられそうな場所をすべてチェックした後、霧瀬が破壊した、本人はちょっと強くひいたら壊れたと言っていたが、その中に入っていたファイルから地下施設の詳細な資料を発見した。


「地下研究施設運営に関する諸注意……?」

「地下に何かあるってことか? にしては階段とかはなかったはずだが」

「外にあるとかですかね? 別の建物とか」

「どう? 康史郎」

「……ちょっと待って……1階ホール?」

「……1階ホールって何あったっけ。食堂しか覚えてないわ」

「……あー、模型か?」


 階段からちらりと見た演習場の模型があったはずだ。よくよく考えればああいったのは作戦を考える部屋にあるべきだし、隊舎の1階の玄関正面にあるにしてはちょっと迂闊すぎるように思えてきた。え、ほんとに何かあるのか。


「模型?」

「……そうかも知れない。えっと、鍵があるらしいんだけど……」


 そう言って他の引き出しを漁る康史郎だが、なかなか見つからないようで、霧瀬がしびれを切らす。


「どういうやつ? ちょっと変わって」

「分からない。どうやら鍵の管理はこの部屋の住人がしていたみたいなんだけど……」


 そうして四対八つの瞳がクローゼットに向かう。一番近いのは康史郎か彩だが、ぽぽがとことこと近寄る。


「食べちゃダメよ?」

「ぽぽはゾンビ食べませんよ?」


 霧瀬はうちの犬を何だと思っているのだろうか。まあ噛みつくことはあるかもしれないが流石に食べない。せいぜい咥えるだけだ。

 ぽぽが鼻を鳴らしている間にも康史郎が近づきゾンビの服を漁る。胸ポケットや上着のポケットを漁り、ズボンのポケットに手を突っ込んだタイミングで動きを止めた。


「え、なに、やめてよそういうの」

「あったよ。カードキーだった」


 カードを掲げる康史郎から視線を入り口に戻す。これで何らかの秘密のある地下へ行くことが出来るようになってしまったという事だ。

 恐らくこれから荷物を一旦まとめてから地下への潜入になるのだろうが、これ小屋姉妹に連絡していいかなあ。そもそもここに来るまでいくつも情報端末はあった。パソコンには普段触れたりしないがどういうものかは知ってる。さっきも霧瀬が操作しようとしているのは見た。動いていたかどうかは別として。回収してきた者の中にもそういった機械類は存在していたし。

 正直こういう仕事を新入りらしい康史郎と霧瀬にやらせている理由についてはわからない。分かることといえば、本命は地下にあるのだろう。そこにあるモノこそ軍の狙いだということだ。元々注意はされていた。深入り厳禁。持つことすら、知ることすら危険を及ぼすもの、それが情報だと。

 一通り物資を回収し部屋を出て1階へ向かう面々を後ろから眺める。このまま進むべきか否か。選択すべき場面はすぐそこまで迫ってきていた。


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