第32話
隊舎入り口はがれきに埋もれており通ることは出来なさそうだった。庁舎裏口とは瓦礫の量も違う。玄関扉はそのほとんどが外側に引いて開けるタイプだ。扉が半分以上埋まっている状況では開けるのは難しいだろうという事で瓦礫を乗り越え隊舎2階に空いた穴から侵入することにした。
「どうする? 誰か残るか?」
「いや、全員で動こう。少なくとも此処を破壊することが出来る手段があったからこうなっているわけだし。庁舎が無事で隊舎が崩れている理由がわからない以上、この地点は危険だと思う」
「成程、わかった」
「まずはこの階をチェックしようか」
先ほどの庁舎では一部屋が比較的大きく、会議室などもあったため然程時間は取られなかったがここからは多くの小部屋をチェックしていく時間になる。部屋には私物などが置かれたままになっており、俺が入った部屋ではなぜか拳銃やナイフが落ちていた。こういうのって厳重に管理されているものでは無かったか。
「混乱状態で装備させっぱなしだったのかもね」
「ここでゾンビに襲われたってこと?」
「むしろ
「そうなると、ゾンビの掃討作戦中に罹患した隊員が隊舎内で発症、感染爆発を起こし壊滅したってことか?」
「そうだと納得できるってだけね。現状っていう結論ありきの予想だわ」
部屋をチェックするときにはぽぽが先に匂いを嗅ぎ、ゾンビがいれば唸る。彩が扉を開け、康史郎が突っ込む。霧瀬は康史郎のフォローをし、俺は他の部屋から出てこないか、別の場所から来た場合に備えて周囲の見張りをする。今のところ数部屋に一人か二人の割合でゾンビの相手をしている。部屋の探索はダブルチェックだ。康史郎と霧瀬に彩、その後にぽぽと俺の確認だ。見張りと探索を交互に繰り返し、ようやく一フロアの探索を終える。
その間に集まった物資などを持ち寄るが防弾チョッキやバックパックはわかる。ナイフや拳銃なども、まあそういう事もある。でも刀が落ちてるのは何でなのかねえ。まさかの持ち込みか? そうなると模造刀だと思うが、え、本物? マ?
一階に降りたが、少し暗い。2階の破壊痕である大穴から差しこむ光が照らしているため足元が見えにくくはあるが問題は無い。
隊舎玄関に繋がる1階ホールに降りてきた俺たちはまずは建物内の探索から始めた。そうしてぽぽが吠えた一番奥の部屋、やや広さのある食堂で、予想外のことが起きた。
「伏せろ!」
康史郎の声にドアの前にいた俺はとっさにドア横の壁に飛び込んだ。その瞬間、ぱぱぱ、という発砲音。木材やコンクリートをうち、破片がパラパラと散る音。声はなかった。素早く入り口前、というよりは廊下の奥に罠を置き、俺はドア陰からわずかに食堂内へ視線を向ける。ふらふらとした足取りで小銃をこちらへ向ける人影。目を凝らしてみれば迷彩服を土と血で汚した軍人だったもの。
素早くボルトを装填し声をかける。
「撃てるぞ」
「……引きつけてもらえる?」
「オーケー。彩、ぽぽと一緒に入り口から離れとけよ」
「……はーい」
康史郎のカウントに合わせピストルのサイトに合わせ引き金を引いた。カっという衝突音にしゅっというつるが風を切る音が聞こえ。カツンという音が聞こえた。外したか。身を隠してボルトを再装填しているうちに、再びぱぱぱ、ぱぱぱという音と背中を預けるコンクリートを削る音。何発かは入口を通過し廊下の壁を削っている。
そんなことを2度ほど繰り返し、ごつっと言う音が聞こえた。何か重いものが地面に落ちる音。
ゆっくりと顔を出せば康史郎が刀を払い、鞘に納めているところだった。
「お疲れさん」
「いえ、引きつけ役、ありがとう」
「気にすんな」
よく見ると食堂はテーブルとテーブルの間に椅子や何かの箱、あるいはごみだろうか。それらが散乱しており、それがゾンビに近づくのに時間がかかった理由らしかった。
「……ゾンビって銃使うんだ……」
「そう、ね……使ったわね」
「報告しておこう。もしかしたらここに来るゾンビの中にそういう個体がいるかもしれない」
康史郎が合羽に連絡している間、俺は変わらず入口警戒だ。先ほどの銃声を聞いた何かがここに来る可能性もある。罠は置きっぱなしで大丈夫。ボルトの再装填だけしておこう。
「……はい、ええ、本当です。ええ、ではお気をつけて」
「連絡は終わったかい? このまま見張ってるから探索どうぞ」
「あ、そっか。ぽぽ、ゴー!」
「霧瀬はここお願い。僕は奥に行ってみる」
「気をつけなさいよ」
さあて。少しだけ雲行きが怪しくなってきた。まさか武器を扱うゾンビがいるなんて思っていなかった。とはいえ、だ。これ以上はなかなか考えづらい。銃も反射的に引き金を引いているだけのようだったし、まともに反動制御できているとは思えない。気を付けるべきゾンビではあるが、手出しできないような相手でもない。この程度なら何とか終えられるんだけどね。
慎重に調査を進め、1階のすべての部屋を巡った後にはそれなりの物資を集めていた。とはいえ、ここまでならただのスカベンジと変わらない。いったん戻ろうと1階ホールを最後尾で登っているときに、ふと気になってホールの中心を見た。演習場の模型だろうか。アレを使って作戦を考えていたのかもしれない。立派な台座に乗せられたそれを横目に階段を昇って行った。
荷物を合羽の元に集め再び隊舎にやって来た。次は3階だと階段を上り、中ほどでぽぽが反応を返した。近くにいる可能性を踏まえて慎重に、しかし確実にクリアリングをしながら登ってゆく。康史郎のサイドアームは拳銃、霧瀬は小銃だ。康史郎はそれぞれの手に持っているが、霧瀬は流石に長物との両立は無理だと考えたのか小銃を構えている。二人とも減音器を付けている。因みに忘れ物をしたのは霧瀬。車に置いて来たらしく、合羽のものを借りていた。
ぽぽが反応しているのは左。壁伝いにゆっくりと顔を出し左右を確認する。ハンドサインは両方。優先は左。パスっパスっという音がしたかと思えばどさっと何かが倒れるような音がし、今度は霧瀬がパスパスっと短く指きりをする。オールクリア。
遠距離攻撃がある敵に対しては慎重に距離を詰めることを提案されており、此処からは二手に分かれる。階段前で逆側と階段上を警戒しつつ、残りの二人が部屋を探索、制圧するというものだ。
部屋を制圧するのは彩と康史郎。階段警戒が俺と霧瀬になった。静かに階段を上り、最上階の4階へと続く階段の踊り場に慎重に罠を設置し戻る。霧瀬は左からの射線は切っているが上は踊り場からの射線が通っている。ゾンビが階段を降りれるのかどうかは謎だが、彼女曰く防弾装備を着ているので、とのことらしい。とはいえ大丈夫なのは胴体だけで、腕や足、最悪頭部に銃弾を喰らったら死ぬと思うんだけど。そういう訳で早期警戒用のベアトラップを仕掛けておいたのだ。
「ねえ」
「ん?」
警戒中なので小声だが、霧瀬から声をかけられた。珍しい。好きでも嫌いでもないし、用が無ければ話かけないような間柄だと思ったが。
「アンタ男一人であのグループにいるってどうなの?」
「はあ?」
男一人? いや、違うな。これ、俺のこと、というか俺たちが参加しているグループに対する探りか? まあ、確かに女の園に男一人いるように見えるもんなあ。
「それは何、俺のこと心配してん」
「違うけど」
食い気味かよ。まあ別にいいんだが。とはいえ上手く誤魔化せたみたいだ。
先生は自分のことと千聖さんは必ず伏せるようと言っていた。町との繋がりが強い軍関係者は成果を出す個人研究者という存在を是が非でも欲している、らしい。らしいというのはそもそもゾンビ研究に関するものは行政が囲っているため、軍自体はあくまで行政サービスという形でしか関われないというのがある。そこで軍が独自に優秀な研究者を抱えて、対ゾンビ用に有用な研究をさせるような動きが、国内のみならず世界中で起こっている、らしい。あくまでそういう事があるという補足があったが、別にそれで良いのでは、と思った俺に、先生はゾンビ症の治療薬は市場に存在せず、かと言って現状完治させた事例は無いことを教えてくれた。
例外は感染者でありながら、ゾンビのようにならずに、あくまで人間として活動できている者がいるのが現状らしい。そしてその実例として存在しているのが瞳さんだ。これには妹の愛美さんやつるさん、千聖さんもそう言っていた。ゾンビに襲われたけど、先生の治療薬で現状の小康状態にまで治療したらしい。
そしてそれは知識としてはトウキョウの研究所にはあるものらしく、しかしそれが一般に出回らずにいることで、研究者を抱えるということがどういうことなのかを朧げに理解した。何に利用しているかはともかく、俺たちみたいな一般市民には薬はわたらない。だからこそ先生の存在を秘匿するのだと。
治療薬とは言えないが、症状を緩和し進行を遅延させる薬。また、ゾンビ症に対するワクチンを少数生成したらしく、そのための実験動物として野鳥などにも試しているらしい。耐性の強度は確認できていないが、少なくともワクチンをうった鳥がゾンビ化したことはないらしい。これに関しても強制はしないが、数が限られているから打つのであれば早めにと言われている。
「女所帯に男一人ってどうなの?」
「普通。ぽぽいるし」
「あーそっか」
「今の状況で男だ女だなんて言ってる余裕なんて無いだろ」
「そうだけど、貴方のいるグループって羽振りがいいんでしょ?」
「は? 羽振りっていうか、みんな勉強してんだよ。食える草花とか車や家電のばらし方とか」
「……草花?」
「瞳さんのタンポポコーヒーうまいぞ? 根っこを煎じて淹れたやつ」
「そう言えば食糧ってどうしてるの? 買ってるの?」
「買ってもいるし、狩ってもいるな」
「お酒もあるんだっけ?」
「いや、うちで飲む人いないし。もう勝手に取引してるやつだけじゃねえか?」
「そうなの?」
「ああ」
この辺りは良いかな。大した情報じゃないし。というか口止めを受けてるのは限られてる。ニッカワのことと、先生、千聖さん。それに、俺らにとっては親父に繋がる人。
なんだろうな、少し何を聞こうか悩んでいるというか、言いよどんでいるような感じがある。それならそのままでいてくれ。俺たちは一応ゾンビに対する警戒をしているわけだし。
今回はバックパック二つ分の荷物を持ってきたようだ。康史郎や霧瀬には使える弾薬などもあったらしい。俺のボルトは再利用可能なのが利点だが、ボルトの数はさほど多くない。ここまでで数本駄目にしていることから、やや大振りで刃幅のあるナイフを頂こう。俺のナイフ捌きはせいぜい獣を解体する程度のものだが、それでも彩よりはましだ。ナイフの扱いという事では千聖さんに少しだけ教わったが、アレは天才特有の感覚で振ってるタイプだった。さっと振ってすっと抜くではわからん。ちなみにその後につるさんに教えてもらったが、こちらの方がためになった。人型相手には刃を寝かせるべし。獣相手には振り下ろしより突きが効果的など。大振りはいらない、柄で殴るのも場合によっては有効など。ほとんどナイフ使ったこと無いけど、という言葉は聞きたくなかったが。
彩はスローイングナイフをもらったようだ。いや、よくそんなの落ちてたな。いや、こういうところにはあるのか? 軍のことはよくわからん。康史郎はバックに分けていたようだし、霧瀬の分も合わせて持っているようで正確なところはわからない。分配、共有用という事で物資を集めている間に康史郎が取り出したのは一部のパンフレットだ。
「この演習場の外向けの広報誌、って言えばいいのかな」
「何かあったの?」
「気になるメモがあってね。メモというか何というか」
「……【Remember the name here】?」
「ここの名前を思い出せ、ってことか?」
「この演習場ってこと? シカマ演習場じゃないの?」
「パンフに書いてないのか?」
「えっと、ちょっと待って……これかな? オウジョウジハラ演習場?」
「おう。……で?」
しん、と静まる。まあ確かに何でこんなメッセージ残したんだという疑問はある。というか日本語のパンフレットに英語でメッセージ残してんのか。そもそもこれを書いたやつの意図がいまいち読めん。まあいいか。深入り厳禁。一歩進めば死地なら後ずさりするのも止む無しだ。
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