第29話



 何というか、暇だ。

 今回の私の任務はお留守番。マックスに言われたというのもあるけど、出来れば拠点をあけておきたくないという小屋姉妹のお願いもある。でもなあ。

 小屋姉妹とつると錦がいた拠点はセンダイ市街地からそこそこの距離がある。防衛線の西端にほど近い場所で近くを走るトウホク道とセンダイ市街地から西へ通っている道路との交差地点には軍の拠点がある。とは言ってもその警戒範囲をすり抜けてニッカワの拠点まで行く方法はないわけではない。面倒だから行かないけど。

 八木と石田は変わらずに過ごしているようだ。マックスは錦のやっつけ仕事で見た目を変えたエクスリット電気自動車で工場地帯と拠点を往復しているらしい。錦は軍の作戦に合わせて動きを見せるであろうセンダイを監視中。小屋姉妹とつる、片平兄妹は軍の作戦に巻き込まれたらしい。錦の護衛は外さないように言われているけど、どうあれ小屋姉妹と一緒に動けないんだから別にマックスと一緒でも良くない? そう聞いたけど、どうやら今が一番重要な時期らしい。町の勢力図が動きそうだからと錦とその護衛として私がぽつんと別行動をしているという訳だ。

 今朝私と錦以外のメンツはもう一度北へ行くらしい。演習場の件は知ってはいるけど私は行って無い。ニッカワで片平兄妹を見ていたからだ。この件に関しては顔見知りの軍の新人が主軸になっているらしいから私は完全に手を引いている。引いてはいるがそれはそれでつまらない。マックスだって見られたらまずいのに。

 不運という訳では無いが、こういう時は良くないことが起こりやすい。ほら。拠点の入り口につけたトラック。あの気狂い女ドクターがきた。


「ヤブ医者が来た」

『えぁ? あ、ほんとだ』

「予定あった?」

『無えけど予想は付く』

「出て」

『そこはそっちが出ろよ、どんだけ嫌いなんだよ』

「素振りしとこ」

『もう好きじゃん』

「的が増えた」

『はいはい、今行くから中入れといて』


 玄関前と裏口である通用口と搬入口に設置してあるカメラは控室からでも見れるようになっている。実際にはその数倍の監視装置があるがその管制も錦がまとめて管理している。まあ調整自体は頻繁に行われるものでもないため、モニタリングする程度であれば誰でもできる。小屋姉妹とつる、私と錦の部屋のものは外してあるが片平兄妹の部屋のものは外していないし、知らせてもいない。兄の方は調べはしたが見つけられず、妹の方は気付く素振りは欠片も見えない。マイクがあれば独り言が聞こえたんじゃないかってくらい犬に話かけていたが。

 自室を出て玄関まで行けばあのいけ好かない顔が自動ドアの前にあった。暢気に手を振っているそのにやけ面に反射的に鉈を投げつけそうになる。


「それ手動」

「あ、やっぱり?」


 何が楽しいのかニコニコしながら入ってくる。その程度で楽しくなれるほど無邪気な人間でもないくせに。


「とりあえずこっちは復帰までの道が見えたわ」

「復帰?」

「どちらかと言えばクビかしら?」

「ざまあ」

「クビになれば大手を振って戻って来れるわ」

「もっと頑張って? 今までお世話になったでしょう?」

「……そんな話し方も出来るのね」


 反射的に言ってしまった。後悔はない。

 案内するのはキッチン。ここにある監視モニターを見ながらにする。部屋から玄関は見えるがここでも見えるし。裏口に関してはセンサー類があるから通知があってから動いても問題ない。そもそもここまで来る奴はいない。マックスは可能性を示唆していたけど現状では監視装置だけで事足りる。これからどうなるかは錦の目次第だ。 


「話していいかしら?」

「錦が来てから」

「いるの? 車改造するとか言っていた気がするけど」

「いる」


 キッチンに置いてある適当な椅子に座らせて、私は改めて目の前の女を見る。

 今日は町でよく見るような服装に白衣を羽織った装いだ。これでトラック運転してきたというのは笑えるけど、そういうのを気にするようなやつでもない。そもそもこいつは内勤専門。防刃服なんか持っているはずもないか。いや、持ってはいるかもしれないけどそれを着て活動している様が想像できない。


「お、待った?」

「あんまり?」

「待った」

「どっちだよ」


 やっと来た。そもそも私が話を受けないのは私が相手の裏を見抜けないから。嘘っぽいとかそれくらいはわかるけど、相手の意図を見抜くのは苦手だ。引きこもりのくせして意外とうまいのが錦。役割上陰キャっぽく見られて侮られることも多いけど、相手によってはその方がいいとかなんとか。なるほど、わからない。


「で、何だ、ドクター」

「資材置きに来たっていうのと、これからのプランね」

「ふーん。場所だけ紹介してやるからそっちに持ってけよ」

「つれないわねー」

「お前、またこっちに人向けようとしてるだろ。あんまりやると流石にマックスも怒るだろ」

「怒るかしら? いちいちそういう感情で動いたりしない人じゃない?」

「そうだな。切り捨てると決めたら早いからな。止める暇も無い」

「損切りが上手いのは組織のトップとしても信頼できるわね」

「いいからプラン言えよ。どうせ宗教組織連中の派閥争いから内部分裂くらいまで考えてるんだろ」

「あ、わかる?」

「わからいでか。いくつかの土地の管理が別の組織に移動するってのはもう掴んでんだよ」

「そうそう。貢物が上手くいったみたいでね。センダイ各地に坊主や神職の人間が入り込むわよ。返り咲くって言った方がいいのかしら」

「うっわ、ほんと面倒くせえ」

「ここは関係ないじゃない」

「俺はともかくマックスがメインで使ってる小屋姉妹が街へ行くときにあるだろ、一カ所」

「そこは私がいるもの」

「そうかい。はあ、で、いつぐらいになりそうなんだ」

「んー、流石にすぐには無理でしょうから秋冬までには移動したいわね」

「あいよ。そんだけか?」

「いろいろ持ってきたわよ? 食材や衣類もだけど雑貨が多いかしら?」

「お、それは助かる」

「私がやっておく」

「お、頼むわー」

「はいこれ、お願いね」


 二人の話を聞き流し、ドクターから投げ渡されたキーをキャッチしてその場所から離れる。要約すると、内部を分裂させて自分を浮いた状態にして組織から足を洗うという事なのだろう。出来るかどうかは知らない。作戦の中身がどうあれ、あの女はやるといったことはやる質だ。こちらに来るのが秋以降になるという事なのだろう。

 トラックの荷台にかぶせられた幌の隙間から中を見ると結構な量の荷物が確認できた。これ移動させた方がいいな。いやこれ、きり返せる?

 ぶつけず擦らず荷台だけを建物1階部分の駐車場スペースに入れることが出来た。運転できないわけではないけど、やっぱり自分の体を動かした方がいい。ただでさえ車両感覚を掴むのが苦手な私にとって車の運転は割と苦手意識が強いものだ。

 荷台の幌を部分的に外し荷物を検めれば確かにカゴや段ボール、袋に入れられた物資があった。意外に保存食も数があるし車のショートパーツも積んである。これに関してはこの間自動車工場に行った小屋姉妹が持ってきた分もあるから下ろさなくていいね。他に目につくものと言えば衣類だが、やけに綺麗な女性ものが多い。まあ比率で言えば女性の方が多いから見積りは正しいのだろうがこんなに必要かってくらい下着があるのは何でだろう。いや、あって困るものではないんだけど。

 薪もあるし、どこから持ってきたのか食用油なんて言うのもある。こちらの伝手にもあるが地味に入手難易度の高いものが揃えられている気がする。

 現在北部の工場地帯を往復しているマックスによると、工場団地一帯には自動車のパーツの製造工場が大部分を占めているが、スーパーなんかの物量拠点もあって、生活雑貨を発見したという報告もあり、医療器具製造工場もあったとかでしばらく長くなりそうな気配がある。とはいえしばらく物資が潤うのは約束されているのだが、確かに衣料品は薄かったし、食料に関しても今だに細々としている。


「どんなかんじよ」

「大体終わった」

「どれどれ……」


 入れ替わり、錦が荷物を検めている。そばに寄ってきていたドクターに鍵を返し私はさっさと荷物の搬入に移る。


「アナタに似合いそうなのも見繕ったのよ?」

「?」

「服よ、服」

「言っても無駄だろ。作業着で十分だろ」

「そんなことないわよ、ね?」

「作業着で十分だけど」

「……」


 目立たないものであれば何でもいい。あとは返り血が目立たない黒系だろうか。私はマックスみたいに綺麗にできないから使い切ることが多い。つるは気にかけてくれるけどつるのサイズだと大きすぎるんだよね。逆に動きづらくなっちゃう。


「ちょっとこの子借りていい?」

「だめ」

「いいぞ。ついでに刃物見繕ってきてくれ」

「刃物?」

「珍しくリーダーがナイフ砕いたんだよ。どんな使い方すればあんな風になるんだか」


 マックスが頼んでいたことの一つがナイフの修理だった。修理と言って砕けた刀身を見せられた私たちは、言葉にこそしなかったが無理だと確信した。そのあたりは当然マックスも理解していて、頑丈な刃物を用意するように言っていた。いつもなら小屋姉妹が調達してくるのを待てばいいのだが、あの二人は忙しい。


「錦も連れて行く」

「いや、俺はいいよ」

「だめ。マックスが護衛を置いてる意味」

「あー……はいはい、行くよ。ドクター、店知らん?」

「そっちの行きつけとかないの?」

「あるからそこでいい」

「俺が行きたいのはパーツショップだな」

「オッケー。じゃあ荷物運んだら倉庫行って、街までドライブしましょうか」


 私の獲物は問題ない。でも鍛冶屋のお爺さんに来いって言われてたらしいし、行ってみるかな。ついでにナイフでも探そう。刀の調整も出来るなら短刀とかあればそれにすればいいや。

 うちの勘定役は小屋妹がやっている。私が個人的に使える分もあるけど使う機会がないので今までの分、それこそトウキョウにいた時代からたまる一方だ。もちろんこのセンダイで貨幣がきちんと意味を持つのであれば、だが。

 搬入を終えた私達は、何かと腹が立つ女の運転するトラックは私と錦を乗せて山間を抜けてセンダイ市街地へと向かって行った。




「来たかちび助。ほらさっさと得物出しな」

「今回は大丈夫」


 腰から抜いたを鞘ごと渡す。さっと抜いて刃を検分する目の前の爺はこの金物屋という名の鍛冶屋の店主だ。何が気に入らないのか私の鉈にケチ付けるのが好きな爺。


こっち狩猟ナイフはいい。問題はこいつだ。本当にへたくそだな、お前。また刃が欠けてやがる。何切った」

「ゾンビ」

「……俺も世の中がこうなっちまっていくつも剣を見てきたが、お前さん、相当だぞ」


 人差し指と中指を立てて期待に応える。正直マックスを知っているから相当下手なのは理解している。とはいえ私も両手にそれぞれ剣を取って長い。いうほど下手だろうか?


「この店で一番いいナイフ頂戴」

「やなこった。てめえにゃ勿体ない」

「使うのは私じゃない」

「なおさらだ。自分に取りに来させろ」

「むう」


 話の通じない爺さんだ。ここの店では基本的に包丁を飾っているが店の奥にちゃんとした武器を置いているというのを既に小屋妹から聞いている。あると思うんだけどなー。


「その人は上手いから大丈夫」

「じゃあ新しいもんなんていらねえんじゃねえのか」

「10年近い付き合いだけど武器を壊したのはこれが初めて」

「ああ? なんだ、10年斬り続けてやっとナイフ一本壊したってか?」

「そう」

「……はあ」


 困ったような顔で頭を掻く爺。うーん、正直このタイミングで変えなくてもいいんだけど、新しい刃物は私もちょっと興味ある。あ、そうすればよかった。


「じゃあ私のにする」

「いや、もう遅えよ。そいつが使ってたもんとかねえのか?」

「ん? それ狩猟ナイフ

「ああん? ……ふうん、お前さん、これいつから使ってる?」

「2,3年前?」

「それまではそいつが使ってたと?」

「たまに。いつもナイフ一本で事足りてたから私にくれた」


 小屋姉妹が仕入れたものを使っていたマックスを見ていたら、なんかくれた。決して物欲しげな目で見ていたわけではない、はず。


「……はあ。そいつはここに来るか?」

「来ない」

「ちっ、わかったよ、一つ見繕ってやる」


 意外だ。ただの頑固爺じゃなかったようだ。でもなんでだろう。


これ狩猟ナイフ渡せばあとはお前さんの獲物新調するだけだからな。ナイフの形覚えてるか?」

「軍用のやつ」

「軍用? 89式か? ……は? あれ一本だけか?」

「多分そう。黒塗りのやつ」

「……そうかい。ちと待ってな」


 元々マックスは得物には困らないくらい持っていた。それを群狼解体時にほとんどを餞別として渡したりお金にしたりしていたはずだ。軍用ナイフを選んだのは補給が容易だからと言っていたが、多分特別性能が良いものとかより、品質にばらつきの無い数打ちの頑丈なモノを選んでいたように思う。手入れしながら使っていたし、その手入れも数えるくらいしか見たことが無い。少なくともマックスはそれで済むくらいに切るのが上手い。羨ましい。


 奥に引っ込んだ爺を待つ間に店内を見回る。一瞬刀かと思うような包丁も並べられている。ここに来たところで普通の人間には売らないそうだ。あの頑固爺が相手にするのは基本的には料理人くらいで、ナイフや鉈の研ぎは出来るからやっているだけらしい。とはいえ今は客層が逆転していてこの店自慢の包丁たちもケースに飾られて久しいことだろう。


 ぎいと、店の扉が開いた。ふと音の方向へ顔を向けたその瞬間背筋に寒気が走った。

 白い髪を総髪にした和装の壮年。下がった眉尻はそのかっちりとした服装を和らげ、気の良さそうな好々爺を演出している。

 私が気になったのは何だろうか。立ち姿? 腰に差した刀? 店に入るまで感じなかった気配の消し方? 恐らくそのすべてだと思う。

 フードで視線を遮っているはずだが、その視線はこちらをしっかりととらえている。こちらに歩いてきている。どうする。武器は預けた。隠してあるのは小脇にかかっているサバイバルナイフくらいだ。抜くか? 閉所ならこちらが有利。いや、多分違う。いやな予感がする。リーチの差を感じさせないほどの何かが。この老人にはある。


「ごめんください」


 目の前の男から目を離すことが出来ない。この男の出す雰囲気というのが決して物騒なものではないのに、肌を伝う冷や汗が止まらない。

 たっぷり止まってみても店の頑固爺からは何の返事も帰ってこない。


「ふむ、お嬢さん」

「……何」

「店主はいらっしゃるかな?」

「今は奥にいるはず」

「そうか。では少し待っているとしよう」


 そうして相手がこちらから視線を切った。軽く口を開き気取られないようにわずかに、しかしゆっくりと呼吸をする。気を入れ直したからか、それともわずかに油断でもしてしまったからか。


「お嬢さん、随分と濃い、血の匂いをさせているね」


 この言葉にナイフを抜かなかった私は褒められるべき。私は褒めた。私の自制心と、昨日お風呂で全身ピカピカにしておいたことを。



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