殉教者と狂信者、ある人間の祝別。

第28話



 僕は再び車に揺られて北上している。人気のない住宅街を抜け、山間を抜け、田園地帯跡を貫く。ヨシオカにいた中央防衛隊の隊員の手に入れた情報、軍曹の裏取りによって確認すべきことが出来たからだ。


 先の作戦によって僕が得たのはセンダイの街でひっそりと活動を続けていた情報屋の集まり、その末端の連絡先だった。一応小屋姉妹の紹介付きではあったが防衛隊所属ということで最初はかなり警戒されていたと思う。

 僕らが依頼したのは、まずはセンダイ防衛隊の動向だった。凡そ北にあるのはわかっていた。ヨシオカが前哨基地となるのであれば例の自動車工場だと思うが、情報屋の末端である男から帰って来たのは違う答えだった。

 ヨシオカの北、やや東にあるのが自動車工場だったが、どうやらヨシオカの北西、山を越えた先にある防衛隊の演習場に機密があるらしい、とのことだ。

 機密、と聞いても僕としてはいまいちピンと来なかった。演習場にある機密と聞いて最初に浮かんだのは何らかの兵器だ。主に運用コストという意味で割に合わないのではないか、と思いつつ聞いたままを軍曹に報告する。その情報の裏付けを取ろうとした軍曹が持ってきたのは情報の確度だけではなかった。


 センダイ防衛隊の参謀部に所属しているらしい広瀬さん。階級は少佐。かなり上の上官なのだが堅苦しいのは好まないからと階級を感じさせない状態で呼び合う、とてもフレンドリーな方だ。その広瀬さんが言うにはヨシオカ北西の演習場、シカマ演習場で確認しておきたいことがあるらしい。そんな時に軍曹が探りを入れてきたから、それを手伝う気はあるかというものだった。

 広瀬さんが言うには、センダイ防衛隊の一部上層部がトウキョウの人間と連絡を取り合っていることがわかってから、どうもそのシカマ演習場の奪還を主張し始めたらしい。広瀬さんの調べによれば、パンデミック発生時には演習場にはアメリカ軍の一部が演習をしていたようで、そこに何かあるのではないかと思っているらしい。

 米軍の後始末を依頼されたからなのか、それとも中央の政府、防衛隊関係者が何かを意図してのものなのかは不明だが、そのために血を流すのが前線の人間であるのは正直不愉快ではある。しかし何か有用なものであるならそれを利用したいという強かさもある。軍曹を捕まえて僕らに会い、階級無しで会話するなど、ずるくないか?

 さておき、シカマ演習場内には大量のゾンビがいるらしく、しかし現在は北部の工場での作戦を優先させているため、潜入調査を依頼したいというのが広瀬さん、いや広瀬少佐のだ。


 さて、シカマ演習場にある機密の話は出てこなかった。広瀬少佐も何かあるのではと疑っている段階に見えた。小屋姉妹からもらった情報調達の伝手の信頼度も分かった。

 軍曹は即答を控えたが、これは受けざるを得ないと思う。そもそもシカマ演習場の情報を得ていたのを確認した広瀬少佐が気にするのは、どこからその情報を得たかという部分。このお願いを受けないとセンダイ防衛隊の参謀部に今まで以上に警戒されるだろうし、より分断工作が進むはずだ。

 センダイ防衛隊に編入されるのは、条件次第でならいいと思う。僕は最終的に中央に戻り、トウカイエリアの奪還に志願できればいいのだ。そのために防衛隊に所属した。いつか僕たちの手で取り戻すと、霧瀬と誓ったあの思いは忘れていない。しかしそれがすぐにできると己惚れてもいない。

 僕は中央防衛隊のまま活動したいと思っている。いずれ中央に戻り、いつかトウカイエリアを奪還するために。とはいえそれだけでいい、とは考えていない。

 中央の防衛隊で出会った先輩隊員や、トウキョウに住まう人々、メトロや隔壁付近でスラムのような場所で生活している人々。真っ当に生きようと、今の状況に抵抗している人々から生きる力を得た。僕らは真っ直ぐあろうと、何とかして生きようとする人々の力でありたいと、そう願った。だからこそ、真っ直ぐに最短で目的を達成するのであれば防衛隊に所属するほかないと思った。

 トウキョウで世話になった親戚や、近隣の人々。共にトウカイエリアから脱出した人の中にはエンジニアになったりシェフになったり、一部では役人になった人もいたっけ。数少ない良い思い出が脳裏に浮かび、しかし辛かった時の方が多いなあなんて思い直す。軍曹なんて最たるものだ。


「風間、この間渡りをつけたスカベンジャーだが、連絡先はあるか?」

「いえ、何かあるときは何でも屋でというのが通例なようです」

「そうか、じゃあ……」


 そんな時に軍曹から相談されたのが逆指名だ。簡単に言えば独自に潜入をサポートする戦力を用意しようとしたのだ。

 この話は言葉だけを聞けば情報の流出や防衛隊の外聞にも影響が出そうなものだが、軍曹はそれよりも関係を一歩先に進めることの利点を語った。

 曰く、機密の内容次第では自分たちの価値が悪い意味で上がる、場合によっては首に値段が付くといった危険性だ。米軍の機密なのか防衛隊の機密かはわからない。もしかしたら本当に何でもないことかもしれない。しかし日本よりも先にゾンビ被害が出ていたアメリカで米軍が何の備えもせずにいるだろうか。そしてそれを踏まえ、演習場を演習という名の実験場にしていた場合、そこに何らかの秘密が隠されている可能性がある、と。しかし、そもそも10年近く前の話なので既に何もない可能性だってある。要は出たとこ勝負になる。何にせよ、情報が回りやすい街の中の組織より、独自のルートを持っている有力なスカベンジャーのほうがいざという時の保険になると軍曹は考えたのだ。

 そしてそこまで言ってなんだが、軍曹はここから動くことが出来ないだろうとも言っていた。言ってみれば中央防衛隊の要でもある軍曹が自ら人質になるという事だ。僕ら前線組が逃げられないようにするためのキーマン。軍曹は否定していたが、役割としてはそういう事になる。


 いろいろと話をした。特にシカマ演習場に向かうことになる僕と霧瀬、それと手が足りなければセンダイに詰める隊員が出るとの事だった。

 軍曹は既に僕らの支援にヨシオカに人を配しているし、センダイに詰める人員を減らしたいというのもなんとなく理解している。とはいえ軍曹が中央防衛隊の責任ある立場にあって、それでもなお所属の変更を認めようとしないのは、中央と地方の軋轢によるものだ。僕も詳細を知るわけでは無いが、連携を取ろうとして取り込まれる人間が多かったのが問題視されている。

 理由については、中央から離れて安寧を求める者もいれば、治安のために防衛隊の武装を自己判断によって譲り渡したという話もある。上層部は否定的だが前線の隊員達からすると必ずしも悪いことでは無いと判断する人も多い。

 上層部にとってはキュウシュウの方面軍の件で過敏になっていると言っていたのは誰だったか。


 愛美さんから得た情報だが、これについて軍曹はひどく驚いていた。軍曹曰く、過不足が無い、だそうだ。

 情報屋を始め、各組織の有力者や流通ルートの一部から販売という名の横流し可なんていう相手との伝手、何に使うのかわからない廃材回収業者に信用度の高い運び屋など、必要なモノが揃っているとも言っていた。

 僕が言えるのは、別にそれぞれ要求したものではなく、報酬として受け取ったメモの中に綺麗にまとめられていた。文字はやや特徴のあるものだったが、合図サインの出し方まで書いてあるそれはセンダイにいる者たちにとっては非常に有用であるものだったのだ。

 情報の伝手が必要だというのは以前から把握していたのだが、どうやら隊員たちに対する働きかけは主に物資面で行われていたらしい。そういった面で今後はある程度働きかけに対抗することが出来そうだと言っていた。


 僕たちが改めて何でも屋で彼女たちに依頼をした際、少しだけ意外そうな顔をしつつ、それでも依頼を受けてくれた。あくまで潜入任務であること、深入りはしないことなど。手伝うだけと言いながら、物資の鹵獲に関しては交渉したいとの事だった。いや、それはどうなんだとも思うが、断った時に背後が気になるというか。無いとは思うがそういった可能性もあるのではないかという考えが頭から離れない。

 返事は保留とするも依頼自体は受けてもらえるようで必要なら片平兄妹を手伝わせるという話になった。僕としても彼らくらいであれば付き合い易いし、先の工場での彼らの動きは悪くないものだと思った。開けた場所では火力が足りないとも思うが、そこは彼らに付き従う忠犬が活躍するだろう。室内でも彼女たんぽぽの鼻なら不意打ちを警戒できるし、判くんの背後警戒も有用だ。正直に言えば小屋姉妹や中里さんを近くに置いて潜入するというリスクに対して、こちらの負担が多少増えるくらいであればその方がいいという判断もある。

 かくして、再び彼女たちと北へ向かうことになったのだ。


 どんな世の中でも、知らない方がいいものというのは存在するのだという当たり前のことを、僕は失念していた。



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