第26話



「……噓でしょ……なんでエクスリットが……」

「あははは!」

「マジかよ、いや何でだよ」


 車に乗って帰って来た俺を出迎えた小屋妹は膝をつき絶望していた。ドクターは爆笑してるし印東も驚いてはいるが表情に喜色が浮かんでいる。千聖は既に車に乗り込んで何かしている。


「そろそろ朝になる。いろいろと情報まとめておくから書き込んでいいマップくれ」

「リーダーこの車ばらしていいか?」

「ダメ――ッ!」

「いいぞ」

「やったぜ」

「ちょっと!」


 俺が持ってきた電気自動車がどういうものか話している小屋妹には悪いが、もうそろそろ朝だ。戻るのならばそろそろ出発するべきだ。別にいつ戻ってもいいのだが、戻るのであれば人目につかない時間がいいだろう。具体的には何台か停まっているトラックを運転することになるドクターやこの電気自動車などは特にそうだ。トラックは見た目でどこの物かバレる可能性がある。バレたら抜け駆けしたのがばれる。ただしドクター以外の宗教組織所属の人間による輸送であればごまかしはきくだろう。委託や依頼といって言い逃れるのは疑惑が残り変な輩をおびき寄せてしまう可能性がある。


「ねーえー!」

「悪いが後にしろ。お前が電気自動車作ったらこれと交換してやるから」

「え、ほんと?」

「悪いけどガワはバラすぜ? これ目当てに襲われる可能性あるから」

「あーそういうこと」


 俺はXlitを置いてピックアップトラックや鹵獲したトラックの中身を確認する。鹵獲したトラックは3台。バッテリー工場にも何台か残しているが手を付けずに置いて来たとの事。

 バッテリーユニットがほとんどでいくつかパッケージングされたバッテリーがある。それとは別に、他の者とは違うバッテリーユニットがあった。どうやらこれが外国産電気自動車のバッテリーらしい。


「その中にセルっていう乾電池みたいなのがあるのよ」

「へえ。じゃあばらしても使えるってことか?」

「できなくはないけど、そのまま売った方がいいでしょうね。6000を超える乾電池なんて何に使うのよ」

「……そんなに入ってんのか」


 なるほど。そしてこれを利用するのはやめよう。これだけ売ることも出来るらしいし、ドクターとしてもセンダイの上層部との繋がりは欲しいらしい。

 これでぐっと楽になるな。センダイの上層部はドクターに情報を売ってもらえばいい。何より印東の手が空くのがいい。一先ず他のことに時間を割けるようになる。


 俺がオオヒラ工場から出てさっくりとチェックした工業団地内には多くの自動車関連の工場があった。その中でも特筆すべきはトミハラの輸送拠点となる場所と、他社だが同じような工場があった事だろうか。

 この二つに共通しているのは新車を販売店に輸送する直前の点検をする場所だという事だ。つまりはガソリン車の軽やハイブリッド車が新品の状態で残っているという宝物庫。オオヒラ工場は敷地の西端に、他社の工場はここからほど近い場所にあった。数は少ないが、此処は早めにチェックしておきたい場所だ。


「小屋妹」

「何?」

「西の工場で必要なモノは?」

「えーっと……あれ?」


 自動車部品なのは理解している。しかしXlitこの車を利用するならあまり必要無いように思う。とはいえ、誘った主人公たちにも何かを獲得させる必要はあるはずだ。


「一応俺の方で製造ラインのざっくりとしたチェックはした」

「ふむふむ……ここは?」


 設備開発棟をさした小屋妹に、つい暗示を使って言い聞かせてしまった。だが、まあ必要な処置だろう。


「……了解。他の人は?」

「死んでもいいやつだけ行かせろ。行かせたら逃げろ」

「そんなに危険な場所なのかい?」

「俺が汚した場所だ」

「……私今からでも行ってきていいかな?」

「見張りいるぞ? どうなってもいいなら止めないが」

「過激だねえ」


 やれやれと肩をすくめるドクター。ああ、こいつにも関係があるものがもう一つあった。


「ここに農園がある。システムが応用できるかは別だが、一応チェックしてきたらどうだ?」

「ふうむ、食料生産も課題といえば課題だしねえ。数、持ち出せそうなくらいのスケールかい?」

「無理だと思う」

「意味ある?」

「あの農園を見て何かを考えるのがお前の仕事だと思うが」

「まあそういう一面もあるにはある、かな?」

「小屋妹。この農園の脇に充電設備があった。どうするかはお前に任せる」

「どういうやつ?」

「そのまんまスタンド型のやつ」

「そういえば、リーダーが想定してた充電スタンドってどういうタイプ?」

「急速充電できるタイプだな」


 そうじゃないと時間効率が割とひどいことになると思っての充電スタンドのススメだったのだが。


「うーん、どうだろ。普通充電のスタンドでもいいような気はするけどね。あのBDF売りのおっさんワンチャン殺せるし」

「あー……、こうか? 充電スタンドに車預けて、自演して襲わせる。損害賠償として欲しいもんもらう、とか?」

「そうそう。それなら家で充電できるんだけど、敢えてBDFを確保しに行くならそういう事もするかなって」


 急速充電を求めて繁盛するなら次々人が舞い込んでうれしい悲鳴をあげられるだろうが、普通充電であるなら時間をかけることが出来る。

 充電スタンドをわざわざ使いに行くのはBDFを狙っているからだ。そしてそれがわからない程、燃料売りのおっさんも鈍くはないだろう。しかしあのおっさんにそんなことは関係ないだろう。分かっていても伝手というのは重要だ。それはあのおっさんも痛いほど理解しているだろう。都市側と海側両方の伝手があるらしいのだから。まあいずれにせよ人を増やして対応するのだろうが、結局火種にしかならないな。悪くない。

 そもそもBDFは軍でも使う重要物資だ。多くのスカベンジャーや、政府の指揮下にある人間も使う。その中で電気自動車を使うというのは実際かなりの離れ業なのだ。


 一度整理しようか。先ずは所属と勢力。

 大きく分ければ政府と市民。都市側と海側がそれにあたる。厳密に言えば海側にも行政の手は入っているが、敵対して生き残れるほどではないから上手くやっていくために譲歩はしているだろう。

 都市内だけで見ても政府と市民側で別れている。行政に携わる者として以前も解説したが政治家と軍、水道や電気などのインフラ事業者、他サービス業の一部も囲い込んで街を運営している。実はこの中に扱いが分かれるものが存在している。それが燃料業者だ。

 BDFの精製、管理自体はもともと民間企業だったが、多くの自治体で補助金の交付や優遇措置を得られるように支援している。トウキョウではBDFは民間企業のままで、極少数の石油燃料は国が管理している。

 センダイはどうかといえば、BDF業者が現状民間企業のままだ。ただし行政が囲い込もうとしているのは明らかで、それをのらりくらりと躱しているのが現状である。

 補助金を支給している行政側にはある程度常識的な、それでも割高な額での販売をしているがスカベンジャーなどの市民側にはその数倍になっている。これはこの企業が荒稼ぎしてはいるのだが非常識というほどではない。そもそも原材料である廃油などの買い取り先が海側に集中していることから海側からはあまり利を得ていないらしい。その反面、数の多い北や購入量の多い軍との売買で採算が取れているからではないか、というのが小屋妹の予想だ。

 都市側の輸送業は行政が支援してはいるが、どうしても出費が嵩む。都市内外との流通や軍によるセンダイ平野の安全確保など現状いくらあっても困らない状態。であるからしてBDFを販売している企業を囲い込むのは当然なのだが、それをさせまいとしているのが海側の民間企業だ。漁師や海産物加工業者にその輸送を担う企業。都市部の食糧事情を支えてきた自負が彼らにはある。負担を増やしてまで面倒見てやる義理は無いという構えであり、その板挟みの最前にいるのが小屋姉妹や中谷里がよく口にするBDF売りのおっさんなのだ。

 恐らくただの販売員ではなく、企業の代表か幹部であるのだがコイツが少し厄介だ。どちらも一方的に刺激しないように上手く立ち回っている。その裏では潰しても問題のなさそうな連中、民間企業やスカベンジャーなどからの賄賂を受け取り、自分の退路や逃げ道、伝手を増やすようにしてその賄賂を横流ししてこの拮抗状態をつくっている。

 この拮抗状態が崩れる可能性があるとすれば、BDFの価値が下がること、もしくは不慮の事故が起きること、だ。

 石油の輸入量の増加は10年は必要になるだろう。石油利権は闇が深い。このパンデミックに乗じて再び湾岸戦争が起こっても不思議ではないだろう。

 ヨコハマの風力や水力発電施設から生成される水素燃料の運用ノウハウが完成すれば、海側が一気に有利になる。しかも車ではなく鉄道を利用するだろうからいずれBDFは大幅に価格が下がるだろう。鉄道網が整備されれば電気自動車の運用範囲でカバーできるわけだし。これも向こう数十年は来ない未来だ。

 そこで電気自動車の充電スタンドなのだが、これ自体は大したものではない。そもそも電気自動車の運用数が少ないのは事実なのだから。ここに一石を投じるのは今回の自動車工場の襲撃だ。

 自動車工場で得られる物資のうち最大の目玉は電気自動車のパーツ、モーター、バッテリーだ。現状で燃料費の高騰で喘いでいる都市部のスカベンジャーの集団による電気自動車のパーツや、それらを用いた改造車が出回ればいずれ電気自動車やハイブリッド車が増えてくるのは間違いない。ノウハウが確立されれば燃料業者である自分も儲かるかと思えばそうではない。充電設備の設置はBDFの精製販売に比べて明らかに手軽だからだ。

 一般的な充電施設の利用に関しては、燃料販売業者であるBDFを売っているおっさんが料金を徴収することは不可能だ。もともと電気に関しては優遇を受けているくらいだから無料にするという事も出来なくはない。他にも利用料を設定することは出来るがそれをしたところで印象が悪化するだけだ。現状でもあまりいい印象がないのだから確実に利用料が減る。であるなら、充電スタンドの設置運用ノウハウを都市側に売ってしまうのが一番だ。その中で急速充電装置を自分のスタンドに置くことが出来れば利用率の低下や印象の悪化は避けられるだろう。俺はそう予想したのだ。

 小屋妹は普通充電でもその時間をかけて相手を自分の縄張りに招くことに意味があると言っていたが、どうだろうか。あのBDF売りのおっさんを陥れるために動くとしたら都市側だがそれを予想できないやつがここまで生き残ってこれるものかね?


 とまあ、こんな具合に都市部と海側の対立を煽りつつ、

 軍から離す理由は主人公の出奔のため。主人公とヒロインはシカマの演習場の一件で軍の不審に対してここを離れるわけだ。行先はトウキョウ。確かゾンビ研究所をハシゴするんだったかな? センダイから一気にウツノミヤ。その後はコシガヤかカワゴエを経てトウキョウへ行くはずだ。片平兄妹を合流させることが出来ればカワゴエルートになるかな? 車両には何人乗れたっけな。あ。


 俺の背筋が一気に凍る。そういえば主人公達、電気自動車かどうかはわからないけど、SUVみたいな車に乗ってなかったっけ?

 もしかして、この車か? いや、違う、はずだ。車の情報自体は俺の記憶の中に朧気な絵があるだけで必ずしも同じとは限らないはずだ。

 まて、思い出せ。流れがあったはずだ。主人公が軍を後にするとき、誰かが接触していたはずだ。軍曹に送り出されたのは確かで、流れとしては宿舎となっているホテルからヒロインと共に出発。ホテルの地下駐車場にあった車に乗って出発していたはずだ。あれ、そう言えば車って選べたっけ? いや、それはPC版のMODによるものだったか?

 落ち着け俺。まだ自動車工場すら終えてないんだから。流石に焦りすぎだろう。

 電気自動車自体はあるし、ディーゼル車もあるだろう。燃料の入手も出来ないことでは無いと思う。車両を手に入れること自体は難しくないはずだ。ただ、トウキョウの部隊が所有してるものって大したものがないし、作戦でもなければ物資は供給されないのが普通だ。

 いや、待てよ。いっそ特に関知する必要は無いかもしれない。とりあえず自動車工場で下手に怪我されても困るし、今はそこだけ気を付けてもらえばいいか。元々俺がここに潜伏するのも保険のようなものだし、西の団地内の工場を巡って使えそうな物資を一通り回収することにしよう。


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