第25話


 この辺り一帯に光が降り注いだ、と思う。きっちり祈らないと効果は無い。体勢が少しアレでも多少の効果減少で済むはずだ。手順は踏んだし。今回はそれがいい具合に効いたようだ。

 棟内にいたゾンビはそのすべてが倒れている。間違いなく変異結晶を無効化した。即死ではないにしても、そのほとんどは行動不能になっているだろう。さて、あとはあの車の塔の中に残っている人間の女をどうするかだが、俺は迷っていた。

 今更殺すことにためらいを覚えるほど常識を大事に抱えて生きてきたわけではない。こいつが石田と同じようになった場合、何かしら似たような状況になってリポップする可能性がある。

 リポップ条件が何かしら存在しているはずだ。石田は恐らくショップとそれがあるマップとなっていた、という可能性。では、此処はどうだろう。

 自動車工場内にあるゾンビの武装化に関わっているであろう抗体保持者の女。明らかに科学を越えた技術でゾンビを改造している。単純に考えればボスだろう。その場合はリポップは無いと考える。


 鋼板から取り出した車のボディは流石にスパッと一刀両断できるものではない。大抵どこかで刃が止まってしまう。結局取り付けられていなかったリヤガラス部分から女を引きずり出して、話を聞くことにした。いつでも殺せるようにした状態で。


「起きろ」

「……」


 薄く目をあけた女はぼんやりとした表情のままこちらを見上げる。意識はあるようだったが、首元に傷がある。噛まれて感染し、しかし抗体保有者特有の何かしら脳に障害があるパターンか。


「ここにいたゾンビをつくったのはお前か」

「……」


 返事は無い。ただ軽く頷いたように見える。


「どうやって」

「……」


 返事は無い。俺から目を離し、天井をまっすぐに見上げる。しばし茫然とした後、俺に視線を向けた。


「……アナタ、が、破壊、した、の?」

「ゾンビをやったという意味ならそうだな」

「……そう」


 そのまま俺を見ていたかと思ったら、ふっと口角を上げた。。ナイフに手をかけ振りぬく。

 女の首に一筋の赤い線がひかれる。


「……もう、遅い……ふ、ふ……ふふふ、あはは。アハハハハッ!」


 首が転がってからも笑っていた。狂気に塗れた表情のまま絶命した女の発言に俺は嫌な予感が抑えきれない。即座に探知を飛ばした。そのタイミングで何かを破壊する音が響いた。西にある工場を突き破って出てきた何かがこちらに向かってきている。

 引いてもいい。しかし少なくとも情報を得てからでないと、ただ問題を先送りにするだけになってしまう。最低でも威力偵察はしてゆくことを決意する。

 そうと決まれば後は動くだけだ。こちらに向かってやってきていた反応はゾンビのもの。反応はやや大きく強い。特異個体であるなら大した問題ではない。しかし、パンデミックから10年。そろそろ出会う危険性のあるものもいる。


 シャッターをぶち破って入って来た3メートルを超えるクリーチャーに俺は溜息をつく。その後すぐさま建物の隅にアンカーを飛ばして結界を起動。少なくとも音はかなり遮られる。戦闘補助システムを起動し相手をターゲッティングする。

 月明かりによって見えたその肉体は半分以上が鋼、残りは赤黒い肉塊をパテのように塗り、敷き詰めたようなサイボーグ。ただのサイボーグであればよかった。そう思わざるを得ない。

 両肩にヘッドランプを植えつけて、頭部はグリルと鋼板を無理矢理曲げたようなヘルメットをかぶっている。両肩のライトから延びる腕は太く、片手には何やら鋭利なパーツが生えていてケーブルかホースが背中に繋がっている。もう片方の手は人の手であるはず、なのだが質感がおかしい。肉の中に硬質なものが見え隠れしている。

 下半身もおかしい。鋼鉄に包まれた足は太く見えたが、両膝、両足首についているのはタイヤだ。二足歩行には必要のないウェイトのはずなのに、異常なスピードで突っ込んできたのはそれを使ったからなのか?

 そしてそれらすべてと比較しても最もおかしいと思うのが、胴体を貫通するように、いや文字通り心臓部にエンジンを積んでいることだ。駆動音と共に赤い血煙を吐き出している。音はガソリンエンジンのそれ。戦隊ものに出てくる巨大ロボのような見た目で、方向性を逆にして軸を垂直にして振り切ったようなゾンビ。

 最低でも特異個体。最悪ならば周囲のゾンビを従える特異覚醒個体だが、結界により遮断している。どうあれ、此処で俺は久しぶりに全力を出すことになるのかもしれない。そんな予感があった。




 硬い。ヘルメットは刻んだ。胴や足についていた鋼板は接合部を狙って斬り飛ばした。問題は肉だ。

 以前トウキョウのチョウフで戦った馬型ゾンビの特異個体を思い出す。俺が戦った特異個体はサンプル採取という目的もあったが、その体が鎧を付けたもののように形と肉質が変質していた。ロデオ状態になって催眠をかけても効きが悪く、最大出力で麻痺の魔法を複数回かけてやっとサンプルの採取をしたくらいだ。肉質の硬質化は特異個体でもバラバラだ。所謂雑魚ゾンビと同じように首を飛ばすことが出来るような特異個体もいる。そういうのは大抵別に厄介な能力を持っていることがあるのだが。

 ゾンビのエンジンの音が鳴るシュールさも今は無視だ。どうやって制御しているのかわからないが、あのエンジン音が鳴ったという事は膨大な質量でもあるあの堅固な巨体が猛スピードで突っ込んでくるという事を意味している。俺は可能な限り引き付けてからショートジャンプで回避を繰り返しているが、こちらの攻撃もなかなか通らず千日手になりそうな状態になっている。

 これくらいなら、と思うのは間違いだ。俺がショートジャンプを強制されている時点で他の人間にはかなり厳しい相手でもある。ヒットアンドアウェイも難しいだろう。硬い体に銃弾が通るのかも怪しいところだ。

 転移の魔法の実験台にするには高さが足りない。致命的なダメージを与えるにもこの巨体と明るいライトのおかげで誰かの目に触れる可能性がある。ゾンビを即死させる祈りの魔法を発動させるには相手の隙が短すぎる。

 ナイフに付与している風の魔法の出力を上昇させる。範囲を絞って密度を高める。いつもであれば無色透明でごくまれに力を入れ過ぎてほんのり光るくらいだが、今は明らかに空間が歪曲していると見て分かるほどの何かが凝縮されている。ああ、これは強打したらナイフの方が折れそうだ。

 ゾンビのエンジン音を待って構える。ゾンビの突進にショートジャンプを合わせながら風のナイフを振り切った。

 完璧な手ごたえだった。エンジンを割き、脇腹を抜いて体が傾げるも、ゾンビは止まらない。しかし俺が使っていたナイフは完全に折れて砕けた。ここで俺は引くしかないなと判断しながら、後ろ手に頭を掻いたところで、もう一本持ってきていたことを思い出した。

 ゾンビがクリティカル攻撃を喰らってダウンしている時間を使って俺はスターターハンドルを思いっきり引いた。エンジンが回り、振動が腕に響く。ソーチェーンがゆっくりと動き出すのを確認し、ハンドルを握りあとは人差し指にあるスロットルレバーを引けばチェーンソーがその役割を果たすだろう。

 さてここからは時間との勝負だ。俺はソーチェーンに魔法を付与する。付与する魔法は毒。種類はフッ化水素だ。

 毒にも種類がある。強酸と呼ばれる硫酸の100万倍強い超酸のカルボラン酸などもガラスに対しては全く効果を見せない。対してフッ化水素はほぼすべての金属に対して腐食性を見せ、当然肉も壊死する。骨や血液中のカルシウムイオンと反応し低カルシウム血症とすることで疑似的に麻痺させることも出来るだろう。

 ただ切りつけただけでそこまでの効果が見込めるのかといえば、流石にそこまで症状が進行することはない。あとは別の魔法をかけて時間を稼ぐだけだ。つまりは状態異常やデバフの魔法をかけた後、促進効果のある魔法を重ね掛けし、隠密系の魔法とショートジャンプの合わせ技を使って削り殺す算段だ。

 まずはチェーンソーで特異個体を切り刻む作業に従事しなければ。ソーチェーンが壊れる前に勝負を決めないといけない。


 チェーンソーでゾンビの全身に切り傷をつけて毒にかかった状態にし、ブースト魔法をかけ腐食毒の進行を速めた。徐々に肉体が腐食し、鋼板の皮膚がボロボロと崩れ、四肢が痙攣しまともに立ち上がることが出来なくなるまでわずか5分。

 腐食毒自体の性能もさることながら、肉体にかけるブースト効果のある魔法はやはり過ぎれば毒になる。殺すだけなら細菌毒のボツリヌスや破傷風などもあったが、見た目にわかりにくい。そもそも機械の体を持つゾンビは予想していなかった。

 腐食毒として設定したがフッ化水素自体は工業用としてよく用いられる物質だ。もちろん市街でばら撒かれれば立派なテロ行為となる。そもそも今回はフッ化水素を用いたわけではなく、フッ化水素の性質を持つ腐食毒という魔法を使った。流石に危険な素材を持ち歩くわけにはいかない。管理するだけで気疲れしそうな状態に自分からなるつもりもない。

 腐食毒にかかったゾンビに対し、ブースト魔法は確かに反応速度を高めたのかもしれない。ただ、強すぎないか、これ? 多分ほとんどの生き物を殺せる気がする。全力でかけたのは腐食毒の魔法だけだ。フッ化水素の性質が超強化された状態でさらにブーストされた可能性もある。

 ともかく、これでコイツがもしまた現れてもある程度倒し方の順序は理解した。俺は動きを止めたゾンビの脳天にチェーンソーを振り下ろした。


 結界に人避けの魔法を付与し戻ろうとした俺は、建屋の中央、今は倒壊した車の塔の下敷きになったであろう女の体の傍に見慣れぬ小箱を見つけた。彼女の持ち物だろうか。ふと気になったのでそれを拾って検める。中には小さなディスプレイのPDA携帯情報端末。トミハラ自動車のエンブレムと何やら鍵を開ける、閉めるようなマークもあるので車の鍵だと思うのだが。ポチポチ操作してみればディスプレイにXlitの文字。

 この時の俺は知らなかったのだ。Xlitとは、トミハラ自動車の最新電気自動車であったことを。




 先に辺りをつけていた工場地下の先は敷地中央の製造工場の地下に繋がっていた。地下から隠密状態で工場内部へ出てみれば一部機械化したゾンビがうろつく魔境になっていた。とはいえ先ほどのような異形と言えるゾンビは見えず、まだ普通のゾンビといえる状態のものが大多数だった。

 ゾンビの反応を見ながら見学通路や非常口の外階段を使い一通り工場内を見てゆく。ナイフも砕けたしチェーンソーも先ほどの特異個体の脳天に叩きこんで変異結晶の破壊を確認してそのままにしてある。変異結晶を巻き込んで壊したともいう。

 北側、西側と製造ラインを見てそれなりの数のゾンビの数を確認し南側を目指し見つけたのは巨大なハウス農園だった。驚いたのは自動のゲートがついている本格的な施設だという事。案内板には施設内の発電設備、製造施設の排熱を利用した農園だと記されている。ゲートを避けて回り込もうとしたときにようやく見つけた。トミハラの電気自動車、ハイブリッド車用の充電スタンドだ。とはいえ、これを現時点でどうこうしようというつもりはない。

 電気自動車やハイブリッド車の充電方法は家庭でも出来るし、なんなら車載装備に充電ケーブルもある。キーとなるのは充電設備の出力を調整することだ。こればかりは電気事業者や技術者を抱えている政府側組織の優位があると言える。

 何がネックか。充電時間とバッテリーの摩耗だ。パンデミックから10年。ちょくちょく使い続けてきた連中は明らかな性能低下を感じている頃だ。使用には耐えるが、交換用の伝手があって困ることはないだろう。ついでに言えば充電にかかる時間を減らせれば行動に時間が割けるようにもなる。

 こちらとしては問題ない。錦が言うには分電盤とブレーカー、コンセントを交換すれば電圧をあげられるらしい。元々電線がひきこんである家はそれなりにあるため、問題は交換作業自体だという。

 充電スタンドに関しては家庭用のシステムを流用するか、専用設備をぶっこ抜いて相手に押し付けてしまえばいい。そちらは自前で使うにはいろいろと制約が多いため基本的に相手を動かすカードとして使う。

 小屋妹が言っていたBDF売りのスタンドに設置すれば、スタンドの親父、電気自動車を所持している富裕層、設備を管理したい政府で動きがあるだろう。スカベンジャーどもに売っても富裕層や政府と伝手を持ちに動くだろうし、富裕層に流しても見返りが期待できる。

 小屋妹にはスカベンジャー連中にこの工場の詳細を流して製造ラインへ誘導し、この充電スタンドの解体工事に集中してもらう、というやり方もありか。


 充電スタンドを過ぎて農園西側に回り込もうとしたとき、ポケットに入れていた端末が起動した音を聞いた。この辺に車を置いておいたのか? 音がする方向には農園へ入る従業員用の裏口がある。解錠の魔法を使う事もなく中に入る。事務所のような場所を通り過ぎて農園の中に入った俺は巨大なガレージを見つけた。倉庫にしては何でガレージなんだとか、一般的に見るような農耕機械もないのに何かしらの工事用車両でもあるのかと思ってガレージをあけた俺は、見つけた車両に驚愕する。

 とてもきれいなSUV。ナンバーは無い。Xlitというプレートが付いたままの状態だ。ぐるりと見てみるが真っ黒の車体には。運転席側のガラスから中を覗いてみる。目を引くのは中央にある巨大なモニターだろうか。最近というか新しい車ってこんな風になってるのか、なんて思いながらドアに手をかける。指先がセンサーに触れる。ドアのロックが解除され、運転席が開いた。

 思わず、え、という声が出る。そして先ほど拾った鍵にあったXlitという文字を思い出し、この車のことかと得心がいった。

 一応外套を脱ぎ靴を地面に擦ってから乗車。キーを取り出し、ハンドルの右奥を見て首を傾げる。ああ、そういやそういうのじゃなかったなこれ。モニターの下にあるパワーボタンを押すとモーターが動き出しルームランプが消灯、コックピットが一斉に起動し淡い光を浮かべる。

 最近の車は挨拶もするのか、なんていう感想はさておき、様々なデータが表示される。モニターも起動し、地図が出た時点で一瞬消そうとするが後にしよう。少し楽しくなってコックピットの計器類の表示を切り替える。そして表示される総走行距離0km。バッテリー充電率99%。走行可能距離は圧巻の600km。

 俺の中で閃いた。これはボスドロップ、もしくは撃破報酬だ、と。そしてこの内容から、あの場所、設備開発棟に関しては難易度が異常に高かった理由も察せられた。ゲーム自体の高難易度限定任務だろう。それも最高難易度であるInsaneか、DLCで追加されたInjusticeの可能性がある。

 狂気的。不正。ゲームバランスがおかしいと言われるこの二つの難易度になると、ゾンビの体力や耐久力、能力の強度やはたまたゾンビの数が異常なことになる。そう言えば主人公がマツシマで平気でキルカウント1000を超えるといったが、流石に普通の難易度で1000は越えない。一つ上のハード以上の難易度でのことだったと俺の記憶が教えてくれる。

 難易度調整のことを完全に忘れていた。それを踏まえて現状の再確認を行う必要が出てきた。まずいな。なんで俺はこんなに多くのヒントがあったのに今まで見落としていたのか。

 差し当たり、メンバーの強化は必須だ。被害が出る前に強化薬の完成を急がないといけない。バッテリーや電気自動車、センダイの勢力図の書き換え、主人公の誘導にクローニングとやることが多いが優先順位に変動がありそうだ。

 俺はとりあえず車に隠蔽をかけなおし、出発することにした。トランスミッションに手をかけようとして、ふと気づく。トランスミッションはどこにあるんだ? これか? ダイヤルっぽくなってるやつ。へえ、最近の車って変わってるなあ。



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