第24話
丑三つ時、逢魔が時、黄昏時。この国にはそんな良くない時間が昔から存在してきた。それにならうのであれば今は寅三つ時とでもいうべき時間。特に悪い意味はなく、ある場所によっては縁起のいい時間だ。
トミハラ自動車の生産工場敷地内にある設備開発棟には一人の女がいた。彼女は敷地内にあるトミハラ自動車関連会社で受付事務として働いていた女性だ。10年前のパンデミックでは、設備工場内で感染していた従業員の一人が突如発症、一気に工場内に広がった。
広大な敷地内にはそれこそ大勢が立てこもることのできる建屋があり、部屋もある。シャッターもありなんなら車という閉鎖空間だってあった。それでも逃げられたのは極僅かだった。
この工場の周辺には工場以外の建物が少ない。わずかに寮があり、離れた場所に住宅団地がある以外は大勢が車などで通勤している。最も近い街はヨシオカだろうか。高速道路も近いため通勤に高速道路を利用していたという人間もいただろう。
彼女は違った。元々は南にあるトミヤから通っていた彼女は会社指定のアパートに住んでいた男性と交際、男性のアパートで同棲しながら会社に通う日々を過ごしていた。
パンデミックが起こったのは黄昏時。世界で問題となっている感染症の影響で勤務時間の減少の憂き目にあっていたトミハラ自動車では、丁度従業員の入れ替えが起こる時間でもあり、彼女にとっては終業時間でもあった。
感染源ははっきりしない。始業のためにきた従業員か、それとも工場に搬入に来たトラックの運転手か、それとも全く関係のない外から来た人物か。彼女が通勤に使っていた車に乗り込もうとしたときには、背後にいた人物に首元を食いちぎられるようなことが起きた。
痛みと襲われたことにパニックになりながらもその人物を振りほどいて車の中に閉じこもり、急いで車を発進させた。その時には工場はパニックになっていたのだ。彼女は共に終業する友人や、これから始業する後輩などと時間を潰すために話し込んでいたことを後悔した。
いつも使っている正門は渋滞状態。Uターンして北口に行けばトラックが横倒しになり封鎖されているのがわかった。首元から流れる血液の冷たさと、傷口の持つ熱に混乱しながら、半泣きで向かった東口もトラックが止まっている。あとは西口だが、このままでは死んでしまう。彼女は恐怖と涙で建屋の陰から高速で曲がってきた車と正面衝突を起こした。彼女の意識はここでいったん途切れる。
ざり、ざりと何かをひっかくような音と焦げ臭さに目を覚ました。自分の車のフロントガラスには蜘蛛の巣のようなヒビが入っていて、周囲を照らすヘッドライトにその形を浮かび上がらせ、製造している車に装備されている警報音が遠くに響いている。
辺りは暗く、しかし明らかに異常な事態だと気付いた彼女は、無意識に首を撫で、ぬめりとした感触と共に、先ほどの光景を思い出す。どこかで見たような顔の男。もしかしたら仕事場ですれ違ったことがあるかもしれない。それが血走った眼を剥き、口元からは悪臭が漂ってきそうなよだれを垂らしながらこちらに口を開け迫ってくるビジョン。
彼女はとっさに周囲を見渡す。工場の建屋や車同士の事故現場がそこにあった。自分の車が非常停止していることを確認し、再びエンジンを起動するボタンを押そうとして、再びざり、ざりという音が聞こえた。その音は後方から。
運転席のすぐそばには建屋のシャッターがあり、衝突事故の後ここまで飛ばされたのかもしれない。しかしそんなことは気にならなかった。運転席側の後部座席の扉越しに、何かがうごめいている。
何かをひっかく音は自分の車のリヤガラスから聞こえていた。首から上は見えないが、自分が人を挟んでしまったことに一気に嫌な汗が流れる。このままでは大変なことになる。彼女は車から降りるではなく、再始動し挟まれている人物を開放することを選んだ。
再起動するエンジンにほっとしたのも束の間、ざりざり、ざりざりとひっかく音が強くなる。彼女は慎重に車を動かし、そして見た。作業着を着た従業員の男性らしき人物。そしてその人物が彼女を見上げた。彼女はその勢いでアクセルを踏み込んだ。顔を見ただけだが、彼女は自分が噛まれたと幻視した。彼女にとってはそれほどの恐怖だったのだ。
トミハラ自動車の敷地内では、専門的な技術を持つ作業員を教育するための教育施設がある。そこであれば一先ず安全な場所として逃げ込めると。首元の噛み跡も治療できるはずだと。
遠目に見えた教育施設には明かりがついていた。しかしその周囲を囲む車に群がるようにして、多くの感染者らしき人間が車を乗り越えて施設内に入ってゆくのを見て、彼女は行く先を変えた。教育施設を通り過ぎ、工場正面口の歩道を爆走し、西口まで見て回った。どこにも人はいなかった。彼女は認識していなかったが、この時カーナビに移る日付を確認すれば、既に丸一日が過ぎていることが理解できたはずだ。
彼女は工場の周囲を一周し、先ほどの場所まで戻って来た。そうして唯一ゾンビがいなかった設備開発棟に逃げ込んだ。
彼女は何とか外部に連絡を取ろうとするもどこにも通じず、しかし周囲に人間の気配はない。もしかしたら生きている人がいるかもしれないと建物内から周囲を見渡しても何の動きもなかった。
周囲にはゾンビがいて、自分もゾンビらしき男に襲われ、此処からはどうにもできない。静かに、ゆっくりと過ぎる時間に自らの終わりを悟り、彼女は眠りについた。
状況が変化したのは翌日だった。何かが話をしている。そんな気がする。絶望の淵から見えた希望は彼女の思うものではなかった。彼女のいる建物の周囲にゾンビが集まってきていたのだ。ゾンビの呻き声を聞き間違えたのか。そんなはずはない。確かに何かを、言葉を話しているのだから。
彼女は必死に願えば願うほど、周囲のゾンビは建屋のシャッターをがしゃがしゃとならす。必死に助けを願い、そんな助けに答えたのもまた、彼女の前にいたものだった。
いよいよシャッターが破壊され、老若男女、ゾンビが施設になだれ込む。その数を見て彼女の心は折れた。助けを願い、しかしその願いもむなしく彼女の前には大量のゾンビ。彼女はゆっくりと瞳を閉じ今生に別れを告げた。
そうしてあまりの恐怖に気を失った彼女が目を覚ませば、彼女を見下ろす目、目、目。彼女を取り囲むようにして見下ろしていた。ガタガタと震えるだけの彼女はただ痛みが無いように、危険が去るように願い、そしてその願いは果たされた。
彼女に背を向け工場の端やシャッターから出てゆくゾンビたち。彼女は呆気にとられた。何がどうなっているのか分からなかった。それでもその時は命が助かったことに安堵し、ただ茫然とするばかりだった。
人は危険が無い、安全だという事がわかれば別のことに意識が回る。即ち最低限文化的で健康的な生活の保障だ。現状で生活ができるとは思えない。しかし外にはゾンビがいる。周囲にいるゾンビは襲っては来ないが、他はどうか分からない。彼女には自らを襲ったゾンビの表情が脳裏にこびりついて剝がれない。彼女の意志とは裏腹に、最初に声をあげたのは彼女の腹の音だ。彼女自身はその音をきいて初めて空腹を意識した。
結局ゾンビに襲われなくても、お腹は空く。何かを食べねば人は生きて行けない。大人どころか子供でも理解している当然の摂理を前にしても、彼女の足はピクリとも動かなかった。代わりに動いたのは周囲のゾンビだ。三々五々に動き出し建物から離れるのを見送った彼女は、今しかないと砕け散ったラスクのような決意を固めて歩き出した。そしてそんな彼女の決意は容易く粉微塵にされた。
敷地北部の教育施設二階にいる従業員たちからは一度は迎え入れられそうになり、しかしすぐに叩き出された。ゾンビが彼女を襲わないことと、彼女が首元を隠していたことから、彼女を感染者として判断した内部の者たちが彼女を排斥したからだ。
次に向かったのは正門近くの事務棟。入り口近くにゾンビがたむろしているのを見て先ほどと同じことになると思い諦めた。他にも人がいそうなところを探して彷徨った彼女は、結局設備開発棟に戻ってくることになった。
そうして改めて現状を確認して、自分はゾンビに噛まれた感染者だと認識した。そうでなければ人間の集団から排斥され、石どころか工具などを投げられることはなかったはずだ。傷跡を見ると、どうやら血は止まっている。傷がふさがっているようには見えないが、不思議と痛みはほとんど感じない。
連絡が出来ないという事は助けが呼べない。信頼している人間にも頼れない。工場内では異物扱い。一人でここを抜けだし、生活してゆくことが出来るかどうか考えて、彼女は即座にそれが不可能だと判断した。作物を栽培したり家畜を飼育したり、何なら料理だってまともにできると思っていない。
そんなことを考えたからか彼女の腹の虫が鳴き出した。先ほどまでは期待や安堵、不安に落胆に絶望。それらで思考が埋め尽くされていたが、一度自分が空腹だと自覚すると体調さえ悪くなってきたような気がした。床に転がり、目を閉じる。自分はここで餓死するのだと、悲しくて、悔しくて、惨めで、空腹で。もう眠ってしまおうと、醒めなくていいと瞳を閉じた彼女が感じたのは足音。薄く目を開けてみれば、先ほど三々五々に散って行ったゾンビたちが戻ってきたのだ。回らない頭で、食べられるのかななんて考えが浮かび、その手に持っていたものに目を見開いた。
ゾンビたちは片手に一つずつ、握るようにしてパプリカを持っていた。何故とか何処にとか考えているうちにゾンビたちは彼女の目の前にパプリカを落としてゆく。そうして一つ思い当たることがあった。
工場敷地内には工場内に設置してある発電設備や、工場排熱を利用した大規模なビニールハウス栽培設備があるのだ。目の前に積まれる赤や黄色のパプリカを見て、目の前に立ち尽くすゾンビたちを見て、彼女は意を決してパプリカを口にする。想像以上に塩気を感じたが、空腹というスパイスのおかげかこれまで食べたどのパプリカよりもおいしい気がした。
彼女は考えた。ここで暮らしていけるのではないかと。近くに佇む彼らも元は同僚。しかし自分を排斥したのも同僚といえる存在だ。ここで静かに、いやパプリカの栽培施設はチェックする必要があるし、発電施設がダメになればあの栽培施設もダメになる。腹を満たした彼女は知らず悲観的になっていた先ほどとは違い、ほんの少しだけ前向きになった彼女の意志が挫かれたのは、そこで生活して半年ほどたった時だった。
工場内にいた彼女が情報を得る手段は、自分の車についていたカーラジオだけだった。そのカーラジオも聞こえる時と聞こえないときがある。いつしか聞くのをやめていた。彼女の車が自社の新しい車であったなら施設内にある充電施設でバッテリーの充電ができたし、自動通報システムが作動していたかもしれない。しかし彼女が乗っていたのは自社の型落ちのコンパクトカー。しかもガソリン車であったので、本人としてはいざという時まで取っておきたかったのかもしれない。
まずは西口の方から何か大きな音がして、その音はやがて正門や北口の方からも聞こえてくるようになった。もしかして助けが来たのかもしれない。そんな期待を抱いた彼女が見たのはトラックやSUVで明らかにオーバースピードで敷地内を爆走する暴走集団だった。
彼女は何も知らなかったが、その危険な運転、車から降りてきた者たちがスコップや鉄パイプ、なかには鉈や刃物などを持った清潔感の無い人間たちだったのを見て工場への略奪だと判断した。
彼女は引きこもった。ゾンビは工場内にもたくさんいたし、今まで自分を排斥した人間たちは既に生きていないのかもしれない。それよりも単純に、純粋に悪だと彼女の直感が叫んでいたのだ。徐々に近づいてくる略奪者たちに抗う術など彼女には浮かばなかった。そんな人間がこの国にいるとは思っていなかったのだ。
建屋にあるトイレの個室でひたすらに祈っていた。帰ってほしいと。目の前から、この工場の敷地から消えて欲しいと。ゾンビに倒されてしまえと、そう願ってしまった。
トイレの個室で膝を抱えて震えていた彼女が異変に気付いたのは全てが終わってからだった。夜になり疲れから眠ってしまった彼女が翌朝に見たのは、前日に見たガラの悪い連中がゾンビと化している状況。そして見慣れた顔のゾンビが減っていること。彼女は意を決して外に出ると、決した意をすぐさま取り消したくなった。工場周囲に散らばる人の体だったもの。それを埋め尽くす赤。彼女は間もなく気が遠くなり、その後数日建物の中に引きこもった。
彼女にとって外から来る者、外から来る人間は悪である。ゾンビは自らの鎧であり、手足であると理解した彼女はその時から備えるという事を始めるのだった。
彼女が自分の変調を自覚したのはここに籠り始めてから2度の冬越えを果たした後のことだった。少しずつ眠っている時間が長くなった。自らやっていることといえばゾンビの群れの中に隠れてハウス栽培しているパプリカの剪定くらいだ。在庫の合った肥料類はだいぶ目減りしたが最近は減少も緩やかなものになっている。ハウスにあった設備は現在消費できる量だけの生産になっているがそれでも毎回ロスが出る。困った事や分からないことはゾンビがやってくれる。上手くいっているとは言い難いがそれでも何とかなると彼女は思っていた。体が消費を抑えようとして寝ているだけだ、なんて根拠の薄い言い訳を並べて。
それは油断だったのか。それとも来るべき時が来たのか。明確に何かを破壊するための音。金属や硬質なもの同士の衝突音。大気を喰らってすべてを侵食するかのような爆破音。車両のエンジン音に、連続する発砲音。寝ぼけた頭に雷が落ちたかのような明瞭な閃きだった。軍が来たのだ。
しかし彼女にとってはそこまでだった。銃火器を持ち、訓練された筋骨隆々の男どもを相手にどうすればいいのか、彼女の頭の中に答えは無かった。ただ彼女には状況に対応する術だけが存在していた。
逃げようとは思わなかった。パンデミックが起こった最初期であれば軍を助けだと思えたが、彼女には今更のこのこやって来て、善人面して上から目線で助けに来たと宣う侵略者にしか思えなかった。ここに来て彼女のカッターナイフの刃ほどの決心が研ぎ澄まされた短刀のように鋭利な敵愾心となって発露した。
とはいえ戦いなどやったことのないずぶの素人である彼女がとったのは、ひたすらに願う事しかなかった。この工場の敷地にいるすべてのゾンビに、それどころか向けられた放火の音を聞いたすべての者に届くように願い、祈った。敵を排除しろと。
硝煙と焼けた肉の匂い。窓ガラスを振るわせる砲火の余波。建屋を揺らす唸り声にも聞こえる大多数の行進の足音。すべてをその身に受けながら彼女は祈り願い続けた。戦いは丸一日続いた。そうして何も聞こえなくなった時、彼女はそこに変わらずにあった。
勝利の余韻に耽る暇もなく、彼女は外へ出た。戻って来いと祈ることはなかったからか、彼女の元にあれだけいたゾンビたちは誰一人戻ってくることはなかったからだ。
そこには全てがあった。彼女が失ったすべての残骸がそこにあったのだ。
手足を失っている程度ならまだマシだろう。全身が穴だらけになっているもの、上半身と下半身が泣き別れしたもの、首から上がきれいになくなっているものもあった。ゾンビも人も等しく肉塊となりながらも、それでも彼女は奇跡を信じずにはいられなかった。
呻き声がした。ゾンビがいた。人がいた。もうすぐ終わる命だとしても、彼女は自分のために全てを差し出したモノたちへ報いなければならない。落ちていた小銃は血まみれで、しかしそれでも十分だった。
引き金を引いて呻き声を止める。銃弾がなくなれば銃身に据え付けられた剣でとどめを刺し続けた。すべての人を送り出した跡に残るのは、四肢や部位を欠損しつつも、彼女へ向かって這い、彼女を支えんとする
見慣れた間抜け面も、血化粧で彩られたこの時だけはとても尊いものに思えた。願わくば、これを最後に平穏を。もうすぐ終わる彼らに安息を。祈れば祈るほど、願えば願うほどにそれは遠くなる。今はそんな世の中であると、彼女が知るのはこれからだった。
繰り返される襲撃に彼女の精神と敷地内のゾンビはすり減っていった。得体の知れない敵の襲撃を防ぐのはどうすればいいのか。ゾンビを戦力とも考えているが、彼女にとっては自分を守る盾であり壁であり、敵を倒す矛でもあった。最初の発想は武器を持たせること。上手くいかなかった。残っていた小銃についていた剣や、鉄パイプを持たせて槍のように扱わせようとしてもそれを正しく扱うことが出来なかったのだ。刃物の刀身を握る、鉄パイプは両手で持つがパイプではなく腕を振るだけ。
そんな中一人だけ電動ドライバーを持ってきたゾンビがいた。そのゾンビは正しく電動ドライバーを起動させた。彼女はここでゾンビというものを理解した。元々はそれぞれ作業に従事していた。体に染みついた動作や作業工程に近ければ上手く扱えるのではないか。
上手くいったのは最初だけだった。そもそも誰が何の作業をしていたかもわからず、手当たり次第に試していって数名の適正を見出したまでは良かったが、それ以上は進まない。製造設備を操作するオペレーターなどは顕著だった。製造設備を利用したと言っても、それで敵を倒せるわけではない。
製造ラインにいたゾンビたちを集めて自動車を製造させてみても、大抵どこかで引っ掛かる。終ぞ車が完成することもなく、製造ラインの一つを駄目にした。
ゾンビを武装化するという計画において行き詰まった彼女はそこで諦めなかった。ねぐらにしていた設備開発棟にあった設備の一つ、試作のロボットアームを見つけた彼女はこの部品を分解して使える部品で武装化しようと考えた。
別にアーム部分を流用しようとか溶接アームを武器にしようと考えたわけではない。腕にアームを覆う金属でもつけて耐久力をあげれば少しはマシになるのではないか。その程度の考えだ。
オレンジの帽子をかぶったゾンビにこの設備を腕につけてと願った。そうしてゾンビは設備の一部を分解したと思ったら自らの腕を引き抜いた。他のロボットアームを探しに別の建屋に行っていた彼女が戻ってきてから見たのは、肩からロボットアームを垂らす作業員だ。今にも外れそうなそれは、しかし先端のアーム部分がわずかに動いていた。彼女に天啓が下りたのだ。
人体には電気が流れている。おぼろげな彼女の知識がその不可思議な現象に納得していた。本来であれば到底かなう訳が無い事象。ゾンビが人間であったなら不可能だっただろう。しかし、変異結晶は人の欲望の影響を受け寄生先に変化を起こす。肉体の変化など序の口、性質を変化させるという事も容易に行う。結果、そのゾンビはアームを使えるようになった。彼女の知らないところで。
彼女が選んだのはゾンビにゾンビを改造させることだった。ロボットアームを自力で取り付けられるのなら、取り付けてあげればいい。耐久力が無いのならその身を鋼鉄にしてしまえばいい。機動力に難があるのなら自動車に乗せてしまえばいい。そうやって、彼女はゾンビに頼んでゾンビ自身に強くなるように改造するよう願った。
そして数年後、彼女は一人祈り、願い続けるものになった。
ゾンビという設備を用いた改造ゾンビを生み出すコアとも呼べる存在に成り下がった。自身が何を思っていたか、何を願っていたか。名前も出身も家族も全ては無用の長物だと判断した。
ゾンビは自らの身を守る。死なないようにするのは生物として当然だからだ。
ゾンビはこの設備開発棟を守る。そう命令されたのだからその指示に従うのは当然だ。
ゾンビは
壊れたら直す。破壊、破損、不調は正しい形にするのが当然だ。
その結果が、設備開発棟にいるゾンビと彼女のすべてだった。
この事実を知れば一人の転生者は驚愕し、何があろうと彼女を研究しようとしただろう。ゾンビという人類の敵をゾンビという労働力に変換できる可能性のある抗体保持者。手軽にマンパワーを稼ぐことが出来る開拓の友。そうでなくとも変異結晶が励起状態にあるのにある程度方向性を示唆し特異化させることが出来るというのは真にこの世界に蔓延るゾンビパニックを解決させるその芽をとなりうるものでもある。
しかし、それは誰も望まない。少なくともそうあれと彼女は作られたし、それを知った転生者もそれは行わないだろう。世界は誰のものでもなく、世界のものでしかない。誰かが射た一矢も、誰かがこぼした一滴も関係ない。全ては世界が決めることなのだ。
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