第23話
今しがた倒れた男のチェーンソーを回収し、その遺体をまさぐる。特に重要そうなものは持っていないか。そう思っていたが車の鍵が出てきた。
組織の中でもそれなりの地位だったろうに、何で鍵を持っている? 部下の逃走予防に鍵を一括管理していたわけでもなさそうだし。まあいいか。これで一応バッテリー工場は全部終わった。制圧まで2時間もかかっていない。これから自動車工場の偵察をすることを考えれば許容範囲内か。
「キャット。俺は先にオオヒラまで行ってくる。朝までには戻るからこっちは任せた」
「了解」
最後の第一工場は小部屋が多く、なかなか部屋から動かない間抜けが多かったので少し派手に立ち回っていた。アルコール臭がしていたから酒をも持ち込んだか、この周囲の流通拠点の工場に酒が残っていたのかもしれない。周囲の工場群も帰りにパッと見るくらいなら問題ないだろう。
『車いる?』
「必要ない。使える分は使っておけ」
『結構余ってるんだよねー』
「さっきの拠点に置いといてもいいぞ」
『とりあえずそうする』
とりあえずバッテリー工場はこのくらいでいいだろう。敷地のフェンスを越えてさっさと外へ出る。印東と小屋妹が監督、小屋姉と千聖を使って物資を回収するだろう。銀花は大量に散らばった遺体から結晶の回収作業があるし、物資も回収する必要があるからここからは一人だろう。印東が休憩がてらドローンを飛ばすかもしれないが、工場内にいたとでも言っておけばいいだろう。
大通りに沿って北上すると、道路沿いにモニュメントがある。センダイ北部中核工業団地となっているそこの中心部に自動車工場がある。
緩やかな上り坂を短距離転移で進んでゆく。通りに並ぶ並木の陰に飛びながら、アップダウンのある場所を一息で跳ぶ。探知を飛ばしながらわずかにあるゾンビの反応を感じつつ、頭の中に入れてある簡易マップと照らし合わせて、帰りに寄るためのあたりをつけてゆく。
全国展開しているスーパーの物流拠点となる工場にある反応を確認すると、その奥にある工場に大量のゾンビの反応を探知した。そこが高速の東側にある自動車工場だ。とはいえ先ほどバッテリー工場にいたゾンビの数よりはやや少ないくらいか。
大分奥にいるようだが、手前側の敷地は何もないのか? 高台にあるので確認はできないが、一先ず後だ。並木の陰から上空を確認するが流石に見辛い。ここからはしばらく徒歩で行くか。ざっくりと他の工場を見て行こう。
マップによるとここから大通り沿いに進めばいくつかの工場を経て高速と交差し、西側のオオヒラ工場にたどり着く。気になるのはオオヒラのインターには料金所と高速の出入り口の間にパーキングエリアが存在することだ。不思議なことに高速道路から降りないと使えないパーキングエリアがあるのだ。
お誂え向きに整備された如何にもな待ち伏せ場所だが、行きは避けるか? 丁度良く回り道がある。まあ俺ならそちらに罠なり別動隊なり、最低限監視役は伏せておくが。高速から来る者ではなく、東側の工場を抜けてくるか、ヨシオカから国道を北上して工業団地に入ってこないと通らないような道だ。
帰りでいいな。今はとにかく西側の工場、オオヒラ工場を先に偵察してくるのが先だ。道なりに沿って北西にのびる大通りを折れて南西方面へ。この道は道なりに西へ進み、高速道をの下を通過して、突き当りを北上すればオオヒラ工場に到着する。
大通りから逸れればなだらかな下り坂が緩やかに右へカーブしている。歩道の脇は雑木林が広がっており、いまは探知と足音を消す魔法だけを使いながら先ほどの戦闘を思い返していた。
先ほどのバッテリー工場ではいろいろと魔法を試しながら戦っていた。いろいろと自分のスペックを高める魔法を利用していたが、もっと多角的に戦闘状況を分析し、適宜最適な選択、判断ができるようにする、戦闘方法を構築するための補助魔法とでもいうべき魔法だ。
最初に行ったのは自分の視点を増やすことだ。元作品、『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』であったプレイヤーのやや後方に置かれるカメラの角度を参考にし、自分の視界にオーバーラップさせつつ、更に索敵によるゾンビや人間の反応をマップのように視界の隅に映す。はっきり言って視界は滅茶苦茶になっていた。しかし、俺は自分に一番最初にかけた魔法の効果を忘れていた。
最初にかけたのは記憶を整理し、想起できるようにする魔法なのだが、どうもその魔法は脳内の情報をスムーズに処理することに長けていたようだ。記憶の整理だけではなく、視界から得られる大量の情報を俺自身が同時に過不足なく処理できる形で俺自身に反映させた。
俺は俺というキャラクターを直感的に操作する感覚。FPS視点、TPS視点で同時並行プレイしているのに、俺自身が驚くほどにその情報をスムーズに理解していた。言ってしまえばその場で体を動かしているのに、ゲームをしているような感覚さえある。どこか不思議な万能感を得つつ、最後は得物を投げつけるなんて不用意なことまでしてしまった。
とはいえ、ナイフを投擲できるという手段は悪くない。ついでに言えば正直銃を抱えていたことすら忘れていた。しかもナイフを投げるつもりで代わりとなるチェーンソーも持ち出して来ている。
この団地には珍しい小規模な農園を過ぎたあたりで、通信機が震える。
『リーダー今どの辺?』
「そろそろ高速と交差する」
『……早くね? 今からドローン飛ばそうかと思ったんだけど』
「鈍間め」
『……おっけ、なんかすることあるか?』
「オオヒラの料金所あたりのパーキング。そこから南下して高速に罠がないか確認しとけ」
『あいよー』
「できれば超高空から。暗視望遠ついてんだろ?」
『
「じゃあ西の工場行くから。東側の工場行くなら千聖と小屋姉セットで動かすように」
『あいよ。まあでもこの工場でいっぱいじゃねえかな。バッテリーモジュールが大量だ。トラックの方も、センダイまで運ぶくらいの燃料はあるし』
「それなら作業完了後は拠点で大人しくしてろ」
『リーダー! 工場のエンジンとモーター!』
小屋妹が印東の通信に割り込んできた。非力2トップめ、力仕事を任せっきりにしてるな?
「東のタイワ工場は帰りだ」
『はーい』
「ドクターはどうしてる?」
『別の建屋に行ってるよ? 千聖ちゃんが一緒』
「そうか。千聖に殺すなって言っておけよ」
『え、ちょっと待』
ぷっつりと通信を切る。一応冗談のつもりだが、口に出したらホントに有り得そうな気がしてきた。少なくとも銀花のいる宗教の関係者には俺たちと一緒に行動することは伝わっているのだから、流石に殺すのはまずい。住処変える必要が出てくるし。
まだドローンを出していないならもうこうやってゆっくり進む必要は無いな。隠密状態に移行し、俺は一気に道を駆け抜けた。高速周辺は見張りらしい見張りはおらず、素通りさせているようだ。もしくはこの時間はどうせ誰も来ないからと空けているだけかもしれない。もっと言えば、オオヒラのインターに忌避薬が設置されている場合、この辺りも効果範囲に入る可能性がある。ゾンビが出て行かないのであればこちらは見る必要が無いのかもしれない。
高速の下をくぐって田んぼの真ん中の十字路を通過する。真っ直ぐの上り坂を跳んでカーブ右へ北上し、しばらく進んで左手に造成された高台を囲むガードレールを見つけた。そこが俺が目標としていたオオヒラ工場の最南東地点だ。
隠密状態で入り込んだ敷地は一応確保してあるといった土地なのだろう。ろくに手入れされている様子もなく、しかし外縁部に沿って植えられている植木と砂利道に沿って工場にまで伸びている。この工場の入り口は東に従業員用の門が。北に物流門、北西に正門、西に西門がある。
遠見の魔法で見る限り西門前には多くの車が並んでいるようだったが、あそこにあるのが従業員の車なのかどうかはわからない。その手前にはビニールハウスのように見える施設もあり、調べる場所の多さと広さに溜息をつく。
自動車の製造工程においてはいくつかあるが、俺が見つけるべきは組み立てラインと検査ラインがどの建屋にあるかを知ることだろう。
プレス。鋼板をプレス機で形成する工程。溶接。複数のマシンアームで数百もある部品を溶接。塗装。塗料を変え数回の塗装。そして各地から運ばれた部品を組み立て、検査工程へと続く。更にこの工場ではいくつか、という言葉で済むのかはわからないが部品製造も担っているらしく、その規模はこの辺りでも群を抜いて大きい。
面倒ではあるが今回は当たるまで探せばいいだけだ。とはいえ工場内を簡単に覗けるようにはなっていない。明り取りのガラスも透過していないすりガラスがほとんどだ。結局当たるまで手当たり次第に潜入しなければならないことに頭を抱えるも、飛ばした探知の隙間から見えた人間の反応に思わず二度見する。
一番近かった建屋の北にぽつんと立つ建物。他の建屋と比較して一回り以上に小さい。それでも50m四方程度はあるだろうか。ゆっくりと近づき、再び探知を飛ばす。分かりにくいが、ゾンビの反応の中に人間と思しき反応がある。たった一人でゾンビの中にいる人間というのは、その多くがゾンビに人と認識されない程度にゾンビ化が進行しながらも、自前の抗体によって何とか生き永らえた抗体保持者であることが多い。
ただ、得てしてゾンビに襲撃されて尚も生存できたのはこの小さな建屋に逃げ込み、立てこもったから。であるはずなのに、周囲のゾンビに埋もれてはいるが建屋は不思議なほど静か。
他の可能性があるのであればこの建屋に地下がある場合だ。その場合は地下に隠れ住んでいる人間が出られずに地下で生きているだけだろう。うーん、最近似たようなケースを見た覚えがある。この人間に接触するべきか否か。俺は隠密の魔法を起動したまま、目の前の建屋の脇にあった通用口に体を滑り込ませた。建物には設備開発棟のプレートがかかっていた。
潜入して一目見て、此処にあるすべてを破壊することを決意した。
大小さまざまな機械が並ぶこの建物は、この工場で動く自動車製造に関わる製造機械の研究、開発、改善などを担う部署なのだと思う。それらの機械の中心に自動車のボディを重ねた塔のようなものがあった。しかしそんなことよりも周囲を囲むように立ち尽くすゾンビのあまりの異様さに目を剥いた。
恐らくはこの工場の製造員や研究員と思しきゾンビが何らかの機械を背負っていたり、頭に透明なカバーを被って中身を丸出しにしていたり、機械の腕や足をつけたゾンビがこの辺りに存在していた。
俺は油断していたのだと思う。そうして立ち尽くすゾンビのうちの数体が、ぐるりとこちらに向いた。とっさに工作機械の陰に飛び込んだのは好みに染み込んだ反射的なものだ。それに、今振り返ったゾンビの目には眼球は無かった。むしろ、頭部がキャンディの包み紙のように明らかに広がっていた。
何かしら人体の機能を機械で強化しているのであればきっと聴覚だ。俺は改めて魔法を確認する。
潜入に用いているのは、透過、消音、消臭だ。透過には温度も映らない。自動車の製造機械とその製造機械で製造した自動車部品などの性能を考えても、多くのセンサー類を搭載したゾンビであると予想できる。マイクは工場自体にはあるだろうが、そういったものも使っているのかもしれない。
車に搭載されているセンサー類が多種多様であることは理解している。赤外線、は光だから透過するはず。電波や音波だとまずいか? 消音はその音波すら消してしまい測定が出来なくなる可能性がある。電波を使ったレーダー類ってどうすればいいんだ、これ。居場所はバレると思った方がいいな。
バッテリー工場でやった戦闘補助システムとなる魔法を起動する。設定を調整しカバーアクションに対応させて、遮蔽物の奥を見れるようにする。数体がこちらを見ているが、アレは何だ? 眼球部分がカメラになっているのか?
ここにいる人間があのゾンビをつくった? いや、機械工学、電気工学ではどうやったって生体部分には干渉できない。であるなら、この10年で研究した? そもそもあの塔の中心にいるであろう人間は何者だ? 未だに姿が見えないが、そこにいるのは確実だ。
俺は施設内を音もなく移動する。この建物の中にあるもので一番高いのは中心の塔だ。部屋の北東の隅にあるダクトの上を選んでショートジャンプで移動し施設内を観察する。
よく見れば膝下が車のようになっているゾンビもいる。あれ、どうなってるんだ。左右一輪ずつでは前後のバランスもとれないだろうに。背中に何かを背負っているゾンビは背中から延びるケーブルが二の腕に刺さっている。両腕の先は製造用のロボットアームの先端だろうか。さながら製造用ロボットではなく製造用ゾンビとでも言いたげな存在だ。腹に何か巨大なものを埋め込まれたゾンビもいる。あれはヘッドライトか? 他のゾンビは大きなファン、エアコン用だろうか。何かに使うファンが腹に収まっている。いや、サイズだけで言えばおさまっていない。胴より幅があるのだから。
ダクトの上に避難してからはゾンビの反応も鈍くなった。一先ずゾンビの観察は終え、塔を観察する。
間違いなく車のボディ。鋼板から打ち出したそのままの状態の物や、中身がある製造工程をいくつか経た車などをどうにかして重ねて、恐らくだが溶接されて繋がっている状態になっているように見える。
塔の中はある程度透けているが、どうやら地下があるらしく、俺から見たところ一部車の後部座席に当たる位置が見えなくなっている。外されている助手席ぶぶんから、もしかしたら上下に移動できるのかもしれない。探知の反応も塔の最上部にある。休んでいるのかどうかはわからないが、あの人物が起きだす前にゾンビの殲滅から始めるべきだ。
誰にも見られていない状況に置いて、ある程度の範囲のゾンビを無力化する方法がある。所謂祈りだ。ゾンビは変異結晶の呪いを解呪することで屁に結晶の効果を無効化することが出来る。少なくとも行動停止にしてこのゾンビの機械化技術の痕跡をすべて消さないと、この世界が正しく終わらない。
エンディングは知っている。知っているがそれはこの世界の行く先が明るいものであると保証するものではない。とはいえ、トウキョウというこの国の中心が壊滅するまでのカウントダウンを止める必要がある。それには主人公が必要で、この技術を手にしてはいけない存在がいるのも事実だ。散々残念ボスと言われていてもその技術力と発想の突飛さは群を抜いている。前世の俺ならば一笑に付したものでも、この世界ならばこうして空想科学が現実になる可能性があるのだ。
恐らく目の前のゾンビたちも、科学的に生体兵器として成立しているわけではないように思う。機能を与えてゾンビを動かしている可能性のある抗体保持者というのは、過去のシリーズ作品に存在していた。
ゾンビに攻撃されない抗体保持者は、ゾンビ症に感染した抗体保持者の抗体が突然変異した結果に生まれた存在だ。前作『ZOMBIE×ZOMBIE Ⅱ』において主人公ハーパーが道中で立ち寄った村で、村内のすべてのゾンビを支配していた男がいる。この男のパーソナルデータにあったショートストーリーで示唆されていたはずだ。
まあ、残念ながらゾンビに対する言葉による指示は簡単なモノしか受け付けられないようで、各個撃破でゾンビに対応することはできるし、ボスとして出てきたその抗体保持者も武器であるショットガンと、第2形態である改造トラクターのパターンを覚えれば然程強くもないボスだった。
さて翻り、現状を考える。思うに、この量のゾンビを直接改造するようなガッツのある技術者がいるとは思えない。しかし、この場にいるゾンビはもれなく機械化されている。ロボットアームを持つゾンビに作らせた可能性というのも考えていたのだが。いや、それにしてはこの建物内は思ったより汚れていないようにも見える。機械化ゾンビは別の場所で製造されている? 地下が空いていたのは移動通路でもあるのか?
あの人間を直ぐに殺すのは待った方がいいかもしれない。ここは俺が予想していたよりもずっと危険度が高い可能性がある。
祈りによってゾンビの核でもある変異結晶を無効化しゾンビを行動不能にすることはできるだろう。ただし、祈りの魔法は奇跡の結実でもある。つまりは何が起こるか分からない。この場合の何が起こるか分からない、は所謂魔法のエフェクトのように光が降り注ぐという演出がどの規模で起こるか分からない、という意味だ。現在時刻は午前4時前。日が上るにはまだ時間がある。月の光は俺を祝福してくれるだろうか。まあ、この世界は既に各地で神は死んだ、なんて叫ばれるような世界なのだが。
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