第21話



 小屋妹の連絡から数日後、俺の通信機が呼び出し音を鳴らした。


「俺だ」

『りぃいだぁあ』

「相変わらず気持ち悪いな、お前」


 耳に入った音は少しだけ懐かしく、口をついて出た言葉に昔を思い出す。この女は大抵こんな感じだったな。


『あはは、元気してた?』

「まあな」

『私が軍に通じてるとは思ってなかったの?』

「通じてたらこんなところにはいないだろうよ」

『それはそうね。北に行くんでしょ? 車欲しいの?』

「個人的には工場群」

『ああ、なるほどね。拠点はあるの?』

「候補地はあるぞ」

『えーっと……タイワインターの東あたりかしら?』


 このドクターという女は俺のことをよく知っている。小屋姉妹や中谷里の動きから読んだ? いや、誘導したのか。


「そうだ」

『やっぱり。セントラルエネルギーの工場ね』


 印東から渡されたマップの詳細を見る。予定していた学校跡地のすぐ北にある工場だ。

 自動車工場の周辺にある工場団地の中には車の製造にかかわる関連工場や運輸業の集積所があるのは理解していた。そこからある程度虱潰せば必要なモノは揃うだろうという予想だったし、一時的な物資の集積場所として学校跡を選んだというのもある。


『セントラルはトミハラ自動車のバッテリーをつくっている会社ね。その中でもタイワ工場は高容量高出力バッテリーの試作ラインが噂されているところね』

「それだけじゃないがな」

『施設用のバッテリーも狙ってるの?』

「全部だ」

『あら、じゃあ全部殺すのかしら?』


 何で殺す必要がある? いや、確かに工場に詰めていた人間はいただろうが、全員が全員工場に避難していたっていう事があり得るのか? ふと嫌な予想を思い出し半ば確信を持って問いかける。


「……お前、俺に殺させるために集めただろ」

『大正解』


 コレだからこいつは。俺たちの狙いが透けていたのはいい、後で聞けばいいだけだ。俺は自動車工場で主人公が苦労している間に周辺施設を回って物資を回収するつもりだった。時期的にはまだ間に合うだろうが、コイツはそれを見越して人を集めていたな。


『セントラルはそこそこの集団が拠点にしているわ』

「どれくらいだ」

『東のトップだったかしら?』

「ゾンビは」

『もちろんいるわ』

。情報は正確に」

『スカベンジャー100未満、ゾンビ化していればゾンビ200ってところかしら』

「で、お前は何がしたいんだ」

『リーダーが活躍するところ見たいなあ』

『検体や結晶が心もとないからそろそろ欲しいなあって。あとリーダーに会いたかったの』

「髪の毛やったろ」

『血液が欲しいの!』


 大分極まってるなあ。さすがマッドと言われるだけある。

 そもそもこいつは何で医者やってんだってくらい、命に興味がない。こいつが好きなのは人体の神秘を解き明かすこと。その目的を達成するのに一番手っ取り早い方法が医者になることだったらしい。

 トウキョウで病院に立てこもっているうちの一人として相対した一人だったこいつは、俺が潜入する際に一人だけ離れた場所にいた人物だ。ゾンビと一緒にいるから何があったんだと思ったら、こいつは拘束したゾンビの解体実験をしていた。

 この時の俺の判断は、あ、頭のおかしい科学者だ、殺そう、だった。全く抵抗せずに俺に組み敷かれたこいつはそれに気づいてから半狂乱でゾンビの秘密を解明したいだのなんだのと欲望を吐き散らし、言うだけ言って気を失うという残念な奴だった。試しに使ってみるかとパブロフの犬が如く、名前を呼ぶと嘘が付けなくなる暗示を込めた。その後、俺たちが引き上げた後に自力で俺たちのところまで来たのには驚いたが暗示を重ねて嘘が付けない、俺の情報を記憶できないなどといった最初期の実験に使っていた人間でもある。今でも有効なようで手間が省けて何より。

 こいつは俺の名前を覚えられないし、俺に対して嘘が付けない。なによりそのバイタリティとゾンビ研究に対するモチベーションの高さは非常に便利だった。まあ嘘をつけないというのも善し悪しだが、少なくともこいつは俺に対する敵意を持ち合わせていなかったのも群狼内で立ち位置を築けた理由の一つだろう。あと何かにつけて俺を研究したがったのは、明らかに普通の人間を超えていたとあいつはみたからなのだろう。もちろん易々とそんなことをさせる訳は無いのだが。


「お前、俺についてくる気か」

『もちろん。ポーターとアーチャーで誘引役、本命はいつもリーダーの役割だものね』

「今回はマシンオペレーターとしてエンジニアも連れて行く予定だ」


 工場にある設備そのものを狙う場合、印東が必要だ。俺だと持ち運びは出来るが動作させるのにどうしても時間がかかる恐れがある。結局印東がわかる範囲で俺でも使えそうなものを選ぶなり、俺が明確に必要だと思った物を印東に整備させるなりする必要があるのだ。


『……どうかしら? 今回は私が代役を務めるから、エンジニアはアーチャーのサポートに回したら?』

「お前、そういうの出来たっけ?」

『できなくはないわ。キャットはいないの?』

「いるけど、お前の目の前にいるポーターが雇ったトウキョウの軍のやつに見つかるのは避けたい」

『じゃあこっちじゃない?』


 なんだろうな。既に仲間面しているのに違和感がないというか、こいつは割とこういうところがあった。


「できれば今後騒動の中心となるトウキョウの防衛隊員には鈴をつけておきたい」

『手段は?』

「鈴より便利なものをつける」

『へぇ』


 あの両方の口角が吊り上がり目尻の下がる笑みが思い出される。そんな声色。凍らせてやろうか。


「お前とか」

『無理じゃん』

「そうだな。死ぬな」


 もともと一時的に軍属になったコイツが軍に戻るわけがないし、戻れるはずもない。俺が覚えているのは、トウキョウで研究所所属になった後、トウキョウの生存圏拡大策の一環で周辺の安全確保と称したゾンビ狩りをしていた際の事前打ち合わせの際にちらっと見かけたくらいだ。それ以降はほとんど知らない。

 ドクターの以前の生活の様子を知らないが意外と組織に溶け込むことを苦としないタイプなのか?


「こっちで預かってる片平兄妹ってのがいる」

『使えそうなの?』

「さて、当人らのやる気次第なところもある」

『それ本当に鈴? 足枷にならない?』

「理由をつけることはできる」


 八木と佐沼を繋げるためという役割がな。まあ確実かと言われると少し怪しいが、確率はそれなりにあると思っている。


「そもそもお前は何をする気だったんだよ」

『こっちの宗教組織の生活水準の向上ね。バッテリーだけでもいいし、車があってもいいし。なんなら貸すわよ?』

「何を? 車か?」

『普通車で引けるトレーラーがあるの。ポーターに引かせれば十分な量が確保できる筈よ』

「へえ、準備がいいな」

『それなりに準備していたもの。それを力業でどうにかできる人間がいるのはわかっていたから、私が出てきたというのもあるけどね』

。宗教組織にいるお前の知る範囲で一等気を付けるべき相手はいるか」

『一人いるわ。名前はわからない。信者の女性の旦那さん。腕が立つと有名な人みたい』

「そいつも自動車工場に行くのか?」

『多分行かないわね。声はかけたみたいだけど』

「小屋妹」

『……はいはいー?』

「一応ドクターと情報共有しとけ」

『了解。……それで、いつ行くのかしら?』

「印東の連絡があり次第だ。そっちでも準備だけはしとけ」

『はーい』


 その後もいくつか話をつけて、ドクターとの共同戦線が張られる運びとなった。

 前のりするのが小屋姉妹の車で行く俺と印東、千聖とドクター。後日、軍の作戦とタイミングを合わせてゆくのが小屋姉妹と中谷里が引率する予定の片平兄妹に主人公一派。場合によっては小屋姉妹と主人公一派だけだ。中谷里の引率が無ければ片平兄妹はすぐに死ぬと千聖が言い出したのが理由だ。こんなところでもゲーム内性能を反映される片平兄妹はもう呪われているのではなかろうか。

 俺は現場に到着したら独力で工場内を平らげるつもりだったが、ドクターが付いてきたがったので勝手にさせ、いざとなれば寝かせておくことにする。移動は深夜、作戦開始はさらに深い時間。明け方までには終わらせるつもりだ。

 目標はバッテリー製造工場。工場施設が6棟あるという大規模施設だ。とにかく邪魔者を速攻で排除する予定なので、残っているであろう車両も目立たないものを頂く予定だ。最悪センダイまで運べればそれでいい。更に言えば、小屋姉妹の工場潜入が失敗してもいいように、仮拠点とした学校の体育館にある程度の資材、備品は集めて置く予定だ。

 ついでに言えば、一日で回収はしきれないと予想しているので使い勝手のいいように新作の転移魔法の実験も試してこようと思う。頭がおかしくなったのかと思う超理論から、古式ゆかしいSF理論までいろいろと試してみるつもりだ。一つだけどうなるか分からないものがあるが、少し試すのが怖いものもある。

 こういう感じで、という魔法の使い方はイメージ先行で打てるのだが自分に作用させるものに使うのは安全性に問題がある。俺の想像力不足だが、想像力ってどう鍛えるんだ? 着火の魔法だってガスコンロの火を見ながらやってイメージを固めたし、水を出す魔法も蛇口から出る水がヒントになった。

 ではそれ以外の魔法のイメージはどうすればいい? 祈りだって実際に重要な部分は祈る姿勢にあると俺は思っている。神や自然に対しての対話や願い請うための作法。つまりはその形だ。祈りの形としては舞と言うのもあるし、民間信仰における何故そうするのかというのが一見分からない独特な儀式もその一つだろう。

 しかし、そういった原理や方式のよくわからないもの、なんとなくそういうものがある、そういうことが出来るというだけのものも存在する。そのうちの一つが転移、所謂テレポーテーションだ。

 俺はチェンジリング、いわゆる取り替え子という海外の民話の現象を元に置換するという方式で転移魔法をつくったが、これが欠陥魔法だった。実験では問題ないのに、いざ行えば意図しないブレや誤作動が起こる。今までは許容範囲だと使ってきたものだが、最近は徐々に不安になりつつあった。そもそも失敗率が低いからいいや、ではなく失敗しないことがこの魔法に最も求められる要素であるというのに。

 とはいえ俺も魔法研究にだけ時間を割けるわけではない。いろいろと実験は繰り返していたが、最近ようやく素案がまとまった。考えが煮詰まったともいう。複数あるが、実行対象が自分以外であれば使えないわけでもなし。とりあえず試してみないとわからんと、考察をうち切ったのが現状である。


 さて転移の研究もいいがもう一つ可及的速やかに自分の中で決めておかなければならないことがある。それが細胞単位で効果を及ぼすブースト系の魔法だ。具体的に言うならマザーが用いる成長促進の魔法について。

 魔力を生物の栄養素にする、という単純なものではその成長速度まで変更することはできないはずなので、何かしら細胞分裂を促す効果やその速度を加速させる効果があると思い可能な限り効果を単純化して反応を見る実験をした。

 結果は時間加速の様なものだとわかった。ようなもの、というのは観測中のデータが明らかに飛び跳ねているのだ。

 例えば観測中は連続したデータが一定の動きでもって変化するのだが、明らかにその途中のデータが一瞬だけ途切れ予想された数値に早く到達するのだ。観測中は機材も自分も目を離していないというのに、明らかに一瞬消失して予想値に早く到達するのだ。

 加速というよりは、一定範囲内で予想した値に早く到達する魔法。時間跳躍とか、または観測できない程の時間の中で時間圧縮といった方法がとられていると判断した俺は、このことに対し、跳躍、または圧縮された時間の連続性を保証しなければならないのだ。

 例えるなら、物質転送装置の原理としてあった構成物質を分解し、転送先で再構成する類の転送装置と同じような問題だ。転送元にあった物質と転送先に出来た物質。無機物であれば同質のものとして利用できるのかもしれないが、それが命であった時、果たしてそれは同じものといえるのかという問題。

 現状、家畜と作物に関しては使用を躊躇うことはない。問題は人間に使う場合。単純に人体に作用する魔法としては肉体を強化するという現象は果たして何の影響もないと言えるのか。

 これは俺が余計なことを考えてしまったのが原因なのだが、魔法による肉体の強靭化というざっくりとした魔法を使った時に、ふと疑問を覚えてしまったのだ。俺自身の体に魔力が満ちているときは自分の体の細胞や神経などの自らを構成する全てに魔力というもう一つの自分が重なっている感覚。いつも通りに動こうとして、つんのめったのは衝撃だった。

 想像以上の出力の増大に当時の俺は特に気にもしていなかった。使えるようになればいいじゃん、と。もちろんそれは悪いことでは無いし、初めて使ったのはパンデミック最初期の学校からトウキョウへ移動する間のこと。当時は足手まといを複数率いての移動だったため魔法の仕様を気にするなんてこともしていなかった。四六時中警戒のための探知や略奪行為をしていた人間相手との戦闘になる度に使っていた気がする。

 今でも使うことはできるし、場合によっては使う。ただしあまりに人間離れするし、他の人間に見られたり映像になんて残った日には俺という新種のゾンビが噂のタネになるなんてことも容易に想像できる。

 ともあれ、それも精密に細かく強度を変えて使うことができれば、とても使い勝手がいいものになるだろう。更には偶然ではあるが促進の魔法に使われていた時間跳躍、時間圧縮という考え方は俺の中には今までないものであった。誰がタイムマシンなんて作ろうと思うよ。

 転移の仕様もこれらをもとにしたものだ。残念ながらゾンビに紐無しバンジージャンプを強いる形になろうと、可能性のある面白いものだと思う。時間を非連続で跳躍するのであれば距離を非連続で移動することも出来るはずだ。その上で自己の連続性を保証する必要がある。

 時間と空間を跳躍した俺が同一で且つ、跳躍した先が同一の世界でなければならない。

 何事もやってみなければわからない。多分この時の俺はストレスがたまっていたんだと思う。工場地帯での探索が今後の俺のストレス発散行為に繋がるとは、この時点では予想していなかった。いや、正確には落ち着くところに落ち着いたと言えるのかもしれないが。

 印東から連絡が来たのは、それから1週間後だった。


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