第20話



 ようやく自動車工場潜入の目途がついた。今からワクワクが止まらない。あの人リーダーが行うのであれば結果は決まったようなものだろう。

 お尋ね者だっていうことは知っているし、顔を見せたくないのはわかるけど、そんなに警戒することかなあ? 戦闘力が高い新人防衛隊員なんて今まで何人も見てきたけどその内何人がMIAになったかなんて数えていられないくらい多い。トウキョウで数年過ごしてきたけど防衛隊員の顔触れが変わることなんて日常茶飯事だった。防衛隊というのはそれくらい損耗率が高い。だというのに、あのリーダーはトウキョウで数年の間に東側の生存域を勝手に広げて、尚且つ部下の欠員をほとんど出していない。界隈では有名なスカベンジャーで前線指揮官で戦闘員。ゾンビの群れを相手に銃とナイフで暴れまわる様から狼、率いる集団を群狼なんて呼ばれて恐れられていたのだ。知ったのは後だったが、タチカワで取り押さえられた時は本当に死んだと思った。ああ、お姉ちゃんと同じように私も男に殺されるのかと絶望したものだ。まあ、その後は取引相手として必死に車を運転する日々が続いた。あの人は、私がお姉ちゃんの治療費を稼ぐために必死になっていると思っていただろうが、単純にこの関係が切れれば私もお姉ちゃんも終わるというのがわかっていた。予想通りタチカワが陥落した時には信じてもいない神に感謝したくらいだ。

 私と復帰したお姉ちゃんが徐々に運び屋として名をあげてゆくにつれ、狼の存在を知る人は減って行った。私と知り合った時点でゾンビ研究所の警備部門の所属となっていた群狼だが、私も知らない人がいる。ドクターと呼ばれていた女性とブランドと呼ばれていた男性。その2名はリーダーと袂を分かち軍に所属しているのだと千聖ちゃんに聞いた。つるちゃんは濁していたけど、所属を分けて別行動しているのかな、なんて思っていたりもしたのだ。どうやら違ったみたいだけど。


 最近センダイの街中で声高に叫ぶ五月蝿い集団がいる。私にとっては見慣れたカルト野郎ども。センダイが無事であるのは結界が存在しているからで基点となる寺社仏閣の管理に手を挙げている連中だ。ぶっちゃけ勝手にしてほしいというのが私の考え。奴らも無理に土地を奪おうとかまではしていないし、なんなら宗教的な勧誘を受けたわけではない。私達に対応した坊主頭の視線が、私にはない胸の谷間を持つつるちゃんの胸元に、スタイル抜群なお姉ちゃんの肢体に向けられたことは許しがたい蛮行だ。

 そんな愚か者に鉄槌を下さなかったのは偏に女性信者らしき人と話をすることが出来たため。初めて会ったときは挨拶を交わしたくらいだったが、今回はそう言ったしがらみはない。たまたま出会ったからだ。

 トラックに乗ったままの私と車道側から話しかけるその女性。お姉ちゃんは歩道側で警戒中。話し声自体は聞こえていると思う。


「そうでしたかぁ。みなさんは町の外からいらしていたんですねぇ」

「うん。なんでまあ、特に興味があるわけもないというか」

「ふふ、信じたい人に信じさせておけばいいのでぇ。数は力ですよぉ」

「それはほんとにそう」


 この人だけはカルト集団の中でもバランサーというか、現実的な運用担当の立ち位置にいるのかもしれない。舵取りを誘導する役割といえば黒幕と言っていい存在なのだが、こんなことを大っぴらに話すようじゃそういう訳でもないんだろうね。

 そもそも装いがそれらしくない。細いデニムにシャツを着ているところまでは普通の人。その上に真っ白の和服を羽織っている。遠目に見ると白衣を着ているようにも見える。 


「ところでぇ」


 どうでもいいけどこの人の喋り方、風俗系の中堅みたいな喋り方してるの何なんだろ。そういう雰囲気ないんだけどなあ。すごいミスマッチな感じ。違和感がぬぐえない。


「アーチャーは元気?」

「アーチャー?」


 自分の体温が下がっていくのがわかる。コイツ、。群狼を知っているのは少なくともトウキョウかその周辺で活動したことがある人間。その中でも古くから活動している者に限られる。そのなかでもアーチャーなんて呼び名を知っているのは相当レアだ。

 

「ふふ、安心して。昔の知り合いよぉ。キャット、エンジニア、マックス。全員知ってる」

「……それで? 知ってるだけならむしろ敵でしょ。アンタの自己証明には何の価値も意味もない」

「あはは、その通りですぅ」


 私煽られてる? 私煽り耐性低いんだけどそれが気にならないくらい目の前の相手は異常だ。発言と見た目と、なによりその目だ。この人は私と話をしているように見えて、きっと何か別の物を見ている。それか何も見ていない。


「でもぉ、私が私自身の証明をするなんて簡単ですよぉ。ねえ、元感染者のお姉さん」


 お姉ちゃんの方を振り返らなかったのは良いことなのか、悪いことなのか。視線誘導、はったり。私は怪訝そうに相手を見るだけ。


「ずいぶんきれいな肌ですよねぇ。スカベンジャーや運び屋は外にいる時間が圧倒的に長い。それ故に多少なり日焼けはする。そう貴方みたいに。メラニンの沈着が見えない。化粧品が不足しているこの時代にシミの無い透き通るような白い肌。そもそも紫外線の影響が見えないのであればずいぶん昔に感染されたみたいですねえ。天然の抗体保持者であっても肌に影響が出るタイプというのはそういません。感染による影響のほうがまだ現実的です」

「お姉ちゃんは抗体保持者なんだけど」

「そもそもその抗体保持者っていう言葉、どのくらいの人間が知っているかご存じですか? ゾンビ研究者くらいしかいませんよ? 一部の医療関係者の中でも極一部が知っているくらいで。一般の人は免疫とか耐性って言いますし」


 ニコニコと笑みを浮かべるこの女に完全に手玉に取られている。言葉の端々から目の前の女がゾンビ研究において高い見識を持つことはわかった。コイツ、本当に知り合いか? 最悪なのはこいつが宗教団体を隠れ蓑にした極まった研究者の場合だ。変な奴に目をつけられて危険な目に遭うくらいなら今日のうちに始末をつけるようにリーダーに報告するべきか?


「そうそう、これだけ伝えてもらえればわかってもらえますわぁ。『ドクター』が会いに来ましたよ。そう伝えてもらえれば」

「……一応聞いといてあげる」

「ふふふ、よろしくお願いしますねぇ」


 そうして車から離れてゆく女を見えなくなるまで見送り、私はようやく呼吸をすることを思い出した。

 ふと車内に視線を戻せばドア越しにこちらに視線を向ける我が姉の姿。


「大丈夫?」

「うん、とりあえずリーダー……いや、つるちゃんと錦に聞いてみよう」

「さっきの女? 何者?」

「群狼の知り合いみたい。ドクターってことはトウキョウの研究所にいた医者、かも」

「つるちゃん達が戻ってきたら、一度引き上げようか」

「……そうしよっか。なんか、疲れた」


 ハンドルに凭れて溜息をつく。うちでは抱える人間が増えたし、自動車工場もスカベンジャー以外に問題山積だし、変な女が隣人になるし。運び屋としてこのトラックを駆る集団のリーダーは私という事になっている。なので商談や何でも屋の仕事を受ける際には私が調整をしているが、これまでで一番大変かもしれない。あー、リーダーが分身してくれればなあ。あの問題ごと薙ぎ払う剛腕があれば、私も楽できるのになあ。


 アジトに帰ってきた私たちは、お姉ちゃんに片平兄妹を任せて、錦の私室でつるちゃんと千聖ちゃんに相談した。


「え、あの変態女、こっちにいんの」

「ドクターって言ったら、ねえ」

「ドクターだけか? なんか陽気な男とかいなかったか?」


 どうやらあの女は本当に群狼の面々の知り合いだったらしい。少なくとも千聖ちゃんよりは先で、錦の後に加入したようだ。


「どんな人なの?」

「変態」

「マッド」

「元々医大生だったみたい。スカベンジ先で隔離されていた一団にいた人だったはず。直接対峙したのはリーダーだから詳しくはわからないけど」


 まともな話をしたのはつるちゃんだけだった。となるとやっぱりリーダーに直接聞いた方がいいかな。誰に会いに来たのかというのも懸念の一つだったけど、リーダーにお任せした方が早そう。あんなのの相手させられるなんて勘弁してほしい。


「リーダーに任せていいよね?」

「いいけど、ドクター一人?」

「私にコンタクトを取ったのはその人一人」

「ブランドは一緒じゃないみたいだね」

「そっかー、残念だ」


 珍しく錦が残念そうにしていた。自己申請ではあるけど、人付き合いが苦手と言っていた錦が惜しいと思う人物がいたのは正直意外だ。それでも群狼という組織の幹部であったなら納得できる。


「その、ブランドって人がいないと、何かおかしいの?」

「元々ドクターとブランドは群狼解体時に私たちと別れて軍に移籍した二人なのよ」

「裏切者」

「別にそういう訳じゃないだろ。あのマッドはともかく、ブランドは軍から得られる情報目当てだったはずだ」

「まあブランドなら軍の情報をリーダーに売って稼ぐ、とかはしそうだけど」

「あいつの口は雲より軽い」

「いや、さすがにそんなことは、いや、ある、か?」

「まあ、とにかく。この二人が軍に所属した数年後に、とあるミッションでMIAしてね」

「明らかに変な作戦だった。だからこれはあの二人からの情報の吸い上げを終えた軍が、二人を始末するために策定したものだと思ったわけだ」

「ふーん、それで?」

「俺が探ってるのバレて、剣と一緒にアンタらと合流することになった」

「ああ、なるほど。二人を匿うことになった、きっかけになった二人のうちの一人ってことだ」

「そうそう。で、ドクターの話に戻そうか。彼女は宮南銀花みやなみぎんか。瞳さんと同年代くらいかな」

「そうか、当時医大生ってことはそこそこ年上か」

「そんな感じなかったけどね。なんていうか錦と近い感じ?」

「あんなマッドと一緒にすんなよ」

「同族嫌悪」

「なんていうか、ゾンビの研究と、ゾンビに無双するリーダーの研究に熱心だったというか」

「あいつ、助けられたリーダーに恋してんのかと思ってたけど」

「あのド変態はリーダーの体目当てだった」

「言い方。でもまあ、実際そういう部分があったのは事実かな。ゾンビ治療にはリーダーの体の秘密を解き明かすのが一番って言ってたし」


 え、それじゃあ何。味方を解体したがるような変態を仲間にしていたってこと? ちょっと怖すぎない?


「リーダー以外には割と普通だった、よね?」

「私は嫌い」

「千聖は可愛がられていた方だろ」

「扱いはペットか児童のそれだった」

「将来は小児科医かな?」

「ブランドはちょくちょく話聞けたんだけど、アイツに関しては何もわかんなかったんだよなあ」

「そうなの?」

「ブランドとは別の所属だったらしいけど、詳しいことはわからん。軍が抱える研究組織にいたって話だけど、それもどこまで本当か」

「私に接触してきたんだけど、狙いは何だと思う?」


 相談したいことはここから。そもそもなぜ私達なのか。お姉ちゃんが狙われたのかと思っている私からすると、ここからが重要な話だ。


「リーダー」

「リーダーだろ」

「マックス」

「え、ほんとに?」


 あれ、ゾンビ研究者としてお姉ちゃんのような元感染者のデータを欲しがると思っていたんだけど。


「あいつはまともな研究者じゃない。マッドだ」

「ドクターがわかんないのはリーダーの強さくらいじゃない?」

「ド変態は血液フェチのマックスマニア」

「……え、今すごい言葉の羅列を聞いた気がする」


 それはそれでどうなの。というかリーダーはそんな女とどういう風に付き合っていたのよ。


「特に何も。普通だったよ?」

「まあ何が相手でも不敵に笑うのがリーダーだよな」

「マックスは言う事聞かせるのが得意。あの変態もマックスのいう事は守ってた」

「うーん、とりあえず、敵ではなさそう?」

「ドクターだけならね」

「俺もそう思う」

「あの変態が何をしても、最後はマックスが全部殺すから問題ない」

「それは流石に問題あると思うけど……え、数は問題にならないってこと? 強いのは知ってるけどそこまで?」

「ある程度はね。数が多くてもやるときはやるし、やらないと決めたらすぐに退くし」

「ピンチになった事ってあったっけ? 俺は特に思い出せないんだけど」

「二人がいなくなった後にあったチョウフの強行偵察は珍しく疲れてた」

「聞いたことないかも。チョウフってことは馬型? 何があったの?」

「チョウフの特異覚醒個体の支配下にあった特異個体相手にロデオしたんだって」

「何でんなことした? 意味ないだろ」

「友軍の撤退支援。私が背後から雑魚狩り、マックスが友軍最後尾に絡んでた特異個体の相手したって。珍しく取り逃がしたって言ってた」

「ホントに珍しいな。リーダーが仕留めきれないってヤバいだろ」

「軍の方にも私の方にも行かなかったから追わなかったらしいけど、軍のRPGが効いてなかったんだって」

「そんなもんをどうやって仕留めようとしてたんだうちのリーダー」

「まあでもリーダーだから」


 途中からはリーダーの話になってる。でも、そうか。そういう繋がりがあるんだなあ、なんて今になって感じている。私はリーダーに与えられてばっかりで、何も返せていない。元々、あのトラックや国の認可がある運び屋ポーターとしての免状、武装の半分以上はリーダーに提供されたものだ。私たちが生きてゆくのに必要なモノの多くは彼が与えてくれたものだ。お姉ちゃんが元気になった後もしばらくは食料や医薬品を提供してくれた。データを取ると言っていたけどせいぜいが問診と採血くらいで実験体になるといったことはなかった。

 付き合いの長さ自体はそれなりに長いが、一緒にいた時間となるとやはり彼らは特別なんだと思う。パンデミック後の混乱の続くトウキョウでいち早く事態の重さを把握して生存圏の拡張、安全圏を示す壁の建設の時間を稼いだ無頼集団の元締めとその部下。

 トウキョウで運び屋として出入りするとどうしても扱うのが情報だ。群狼は噂話だけでも多くの情報があった。当初は感謝している人は少なかったらしい。ゾンビ相手に無双している様は痛快ではあったものの、結局あれらは殺人集団であるというのが一般的な見方だった。それは恐らくリーダーも知っていたはずだ。結局活動3年を待たずして自主的に解散まで落ち着けたのはリーダーの判断だろう。少なくともこの国は、トウキョウという首都の生存圏は群狼がそのほとんどを開放し、何のトラブルもなく都市側に移譲された。メンバーはゾンビ研究所と軍で凡そ二分する形で別れていたが、リーダーをはじめとする戦闘部隊幹部はそのほとんどが研究所の警備部へ異動した。

 その活動中に会ったのが私達という訳だ。それからリーダーから預かった通信機を使って連絡を取りながら運び屋としての仕事をしつつ、裏ではリーダー個人の取引相手として活動を続けていた。こんな世界で養われているだけではだめだと先に動き出したのはお姉ちゃんだ。以前とは違って随分アクティブになったし、実際身体能力も上がっていて、最初に選んだ武器は道路に折れて転がっていた標識二つが付いたポールだ。30キロ制限と駐車禁止の標識が真っ赤に染まるまでさほど時間はかからなかった。それくらい、お姉ちゃんは生まれ変わった。


「リーダーはどうすると思う?」

「どうって? ドクターが何しに来たかによるんじゃない?」

「センダイにいたあの六芒星の宗教団体にいたんだよな? あいつらこれまではかなりまともな活動しかしてないぞ」

「え、ほんと?」

「ああ。元々はミヤギの神社庁がセンダイの神社を中心に声をかけて集まった団体だ。未曽有の大災害のなかで人心の安寧に尽力するって名目で集まった神職の集団だったんだが、これまでは拡大の前線である南部と維持がきつかったマツシマ方面に散っていたらしい。マツシマが拡張されて忙しいにも関わらずこのタイミングでセンダイに集まって来たのは正直意味が分からんが」

「……ドクターがいるってわかっただけで急に胡散臭くなってきたね」

「するかもしれないけど、意味なくするようなやつでもないだろ」

「リーダーに任せてもいいんじゃないかな。うちらはうちらでやることあるしね」

「あ、錦。リーダーが連れてくって言ってたから準備だけはしといて」

「うええ、俺そういうタイプじゃないんだけど」

「マシンオペレーターとして連れて行くって言ってたわよ?」

「そういうことなら任せとけ」

『そうか、それは助かる』


 そうだよね。それが手っ取り早いよね。千聖ちゃんがリーダーに連絡を取っていてくれていた。こう、目につかない何気ない所作でこういうことをさらっとするのが千聖ちゃんらしいというか。いつの間にかナイフに手をかけてたとか、もう抜いてたとか普通にあるのがこの子だ。


「リーダー、ドクターがいたみたいだよ」

『ドクター? 銀花か?』


 ちょっと意外。名前で呼ぶんだ。


「そう。宗教団体に潜伏してたみたい」

『へえ。ブランドがいるならヨコハマあたりだと思ってたから、ここにいるとは思わなかった』

「え、ブランドヨコハマにいんの?」

『いるとしたら、だ。ドクターが一人で動くビジョンが無くてな。アイツの手駒は?』

「ブランドはいなかったみたい」

『あいつの周辺調べたいな。それで?』

「リーダーに会いに来たって」

『……』

「リーダー?」


 沈黙。何か考えてるみたい。思い当たることでもあったのかな?


『……あいつと連絡とれるか?』

「今は無理。でももしかいたら明日会えるかも」

『宗教団体ってこの前言ってた六芒星のやつか?』

「そう」

『あいつらセンダイの寺社勢力じゃないか?』

「知ってたの?」

『知ってたけど、元々ローカルな話だろ、六芒星って』

「え、そうなの?」

『そうだが』

「へえ。詳しいね」

『印東が持ってきたローカルのオカルト雑誌に載ってたぞ』

「あーそうだったっけ?」

『そうだよ。いいからその宗教勢力の最近の動向、わかる範囲で教えてくれ』

「錦」

「オッケー」


 先ほどの話で出てきた宗教団体の話を聞いたリーダーはしばらくの静寂の後、方針を打ち出した。


『小屋妹、中谷里は明日以降あいつとコンタクトを取れ、で俺に繋げ』

「はーい」

「了解」

『印東は宗教団体あらえ。名簿があればいいが、なくてもいい。ドクターの周りにいる人間を調べろ』

「あいよ」

『小屋姉と千聖は片平兄妹鍛えとけ』

「えぇ?」

『兄の方には罠と不意打ち、両方に基礎的な障害踏破訓練で』

「厳しくしていい?」

『いいぞ』

「なにがあるの?」

『これから何かするのはお前ら。多分スカベンジャーを集めようとしてるのは銀花だ。狙いは多分俺だ』


 この短い間に何があったんだろう。リーダーの声は少しだけ疲れていた。

 その後は自然と解散して、今は女性陣のお風呂の時間。私はお姉ちゃんと彩ちゃんのペア、つるちゃんと千聖ちゃんのペアと一緒に入ることが多い。今日はつるちゃんと千聖ちゃんが一緒だ。


「あと少しだね」


 こちらに来て自動車工場がどうなっているかという話はかなり長い間話し合ってきた。車を調達する際にいろいろと考えられることがあった。燃料というコストを削るなら電気自動車一択だ。しかし、BDFが他に比べて手に入れやすい環境にある現状で車のパフォーマンスとの兼ね合いを取るならば、ディーゼルハイブリッドという、商用車で用いられるトラックという選択肢もありだった。

 いろいろと選択肢があるが、やはりネックとなるのはバッテリーだろう。ハイブリッド車のものではトルクや航続距離などに不安がある。実際今のピックアップトラックでトウキョウとナゴヤを往復したし、ここセンダイに来るまで300㎞は走らなければならないのだ。今後そういった機会がないとは言い切れない。であるなら、電気自動車であっても独自に手を入れ、せめてそれらを満たせる程度の航続距離を確保したいところだ。

 

「そうだけど、私からすればこれからなんだよね」

「車つくるって、すごい」


 つるちゃんとお姉ちゃんはもちろん、千聖ちゃんと錦は知っていることだ。いっそのこと電気自動車のバッテリーを倍積めばどうだ、なんて話もしたり。しかしそんなアホな発想でも到底足りないのがこの国の電気自動車事情だ。

 残念ながらよく見るハイブリッド車のバッテリーでは効率が悪すぎて話にならない。バッテリー自体は存在するらしい。電力効率のリチウムイオン、安全性のニッケル水素、聞いたことなかったけどリン酸鉄リチウムイオンバッテリーなんて錦が使い始めてから初めて知ったもので、こちらが対抗。鉛蓄電池は補機として使うから使えるやつは確保しとく方向で。インバーターを使って電力を確保しようとしてケーブルを駄目にしたのが懐かしい。DCとACの違いも分からなかった。

 錦から聞いたけど、自動車工場の近くに自動車会社と国内電池メーカーの合弁会社の生産拠点となる工場があるらしい。ここは車載用バッテリーモジュールというパッケージまでされたユニットの一大生産地らしい。マシンオペレーターと聞いて納得したと言っていた。恐らく工場内で管理保管されているバッテリーの簡易チェックや、電子ロックに対処する可能性があるのだろうと言っていた。

 以前変電所の蓄電池、バッテリーユニットを利用する方法を錦が提案していたが、パッケージングされたバッテリーがあるならとそちらに切り替えるように提案してきた。私は自動車工場で制御用のコントローラとモーターの調達を目標としている。自動車工場のラインの基本的な工程を逆算すれば、バッテリー類は検査ラインの手前で設置される。それ以前にモーターや減速機、ECU(エンジンコントロールユニット)などは搭載されているはず。あわよくば車両を、そうでなくとも製造ラインを遡り、パーツ単位での回収を目論んでいる。

 元々センダイの自動車産業は高速道路沿いにある各パーツを製造している工場から今度行く自動車工場に集められ、自動車を製造していた。しかし、現状で必要なのは駆動部分の更新分のパーツだ。即ちバッテリーとエンジンの代わりとなるモーター。場合によっては制御装置。既に解放されているタイワにある東の工場ではエンジンやモーターの製造を担っていたが、既にセンダイの軍が接収しているらしい。何もないとは思えないが望み薄だろう。リーダーが残り物の中から掘り出してくるものを期待しよう。拠点がニッカワじゃなくてもっと北ならなあ。

 ガソリン車から電気自動車へのコンバートはパンデミック前に車好きの一部の人間が行っていたし、そういう会社もあった。今では知識と技術がある一部の人間が持つ秘匿技術だろう。悪い人間の目についたら身の危険があるものだ。私はだいぶ前に雑誌や技術書を手に入れて独学で知識は入れている。問題は素材の調達だ。自分たちで手に入れられればいいが、最初から自動車素材を集めれば痛くもない腹を探られる。高価な素材なぶん、横やり略奪何でもあり。防壁外ではそれが当たり前。

 普段は気前のいい実力派のスカベンジャーを装い、比較的真っ当な人間として信用を積み上げることが重要だった。トウキョウで運び屋として動いていた時の汗水流して肩を並べて同じものを食べないと信用されない田舎とはまた違う、人間関係の構築から始めた。足場固めを私に任せたリーダーの判断は間違いなかったと思う。つるちゃんがどうやって関係構築するのか気にならないといえば嘘だけど、これは私に任せられた仕事だからね。お姉ちゃんには苦労かけるけど、頑張ろう。


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