第19話



 ここで暮らし始めて半月ほど過ぎた。この土地は、というか小屋姉妹に中谷里さん、紀谷さんにトップの河鹿先生。この5人はそれぞれ突き抜けた素質をもつ個人主義的な組織であり、その能力の高さに舌を巻く。こと戦闘力という意味では驚くほど高い。

 私の知る範囲では小屋姉妹の妹の方、愛美さんが取引を一手に担っており、本人は謙遜しているが多くの組織との伝手を持つその交渉術は結果だけ見てもとても素晴らしいものであり、物資の調達の要となっている。姉の瞳さんは寡黙な人だが、あるものを使って調理をこなし家事も行い、銃器類のメンテナンスも担っているガンスミスでもある。小銃や機関銃を軽々と振り回す膂力があるというギャップもある。

 紀屋さんは中谷里さんと交渉した際にいつの間にか背後を取られていた相手だ。やや気まぐれだが、近接戦闘力は随一。身体能力も高く、軽い身のこなしで二刀を振り回す手数型。強さもさることながら何よりも容赦がない。まだ少し苦手。

 中谷里さんは優秀なサブポジション。メインは張らなくとも補佐の上手な印象が強い。遠距離攻撃の精度が高く、狙撃銃にボウガンなどは狙いを外さない。集団のバランサーも務める中核的な人物。

 そしてこの集団のトップとされる河鹿先生。どうやら元大学病院の遺伝子工学に精通した方らしいが、学者という印象からは少し離れている。インテリヤクザとは言わないが肝の落ち着き方が一般人離れしているふしがある。ここに来てから一番過ごした時間が長いが、性格は温厚で丁寧であり、普段は拠点や橋の向こうにある場所でクローンの研究しているらしい。

 後は自分で送り出した判君と彩ちゃん。二人とも会った時に比べて健康状態も衛生状態も良くなっていると感じた。離れて一月経っていないくらいだが随分と久しぶりに感じる。飼い犬のたんぽぽも以前に比べて体つきも毛艶も良くなっているようで安心した。

 畑は現在遺伝子組み換え種への植え替え中という事で一部が耕してあるだけで特に作物があるわけではない。ただ小屋姉妹が取引で食料や物資を、酒を交換している河鹿先生が飲み水を安定的に供給し、太陽光パネルで電力を、農村地にある自宅地下の浄化槽を利用した排水システムを利用することで都市部より健康的な生活を営むことが出来ている。

 元々人が少なく、農地が広がっていた場所なだけに動物たちを広い土地で育てることが出来るというのは大きい。仮柵だった場所も、放置されていた小規模な放牧場の跡を利用して種類を分けて飼育できるようになっている。

 河鹿先生が何故か動物に好かれているのが謎だが。いや、懐くというよりほぼ服従している状態なのが気になっているがそれもどうやら仕組みがあったらしく。熊や鹿を狩るときについた匂いだろうと言っていた。匂いに敏感な動物は確かにそういった要素もあるが、大抵はその前に逃げたり避けたりするのですが。成程、そういった研究もしていると。

 新しい生活に慣れはじめた頃に新たな住人がやってきた。石田と呼ばれた、少し変わった女性。河鹿先生は特殊体質故の悲惨な過去があるかもしれないと言っていたが、心神喪失状態の彼女を見るとその言に納得せざるを得ない。立てない、歩けないという訳では無いが、自意識がとにかく薄く、最初は排泄の世話から始めるくらいだった。河鹿先生曰く記憶にも障害がみられるようで、これまでのリハビリを経て多少の改善がみられている。とはいえ動物の世話に人一人の世話と忙しくしている生活は、私のこれまでの生活を思い出すような暇を与えてくれず、そういう意味では充実した日々を送っていると言えるだろう。


 寝室を同じくしている石田さんが横になったのを確認し部屋の明かりを消す。就寝時間は朝早い私に合わせて少しだけ早めの時間だ。


「電気消すわよー」


 布団にもぐりこんで、隣に横たわる人の感覚に何ともなしに口を開く。ここ最近はその日にあったことをつらつらと口に出すという事を繰り返している。特に誰かに何かを言われたわけでは無いが、出来れば彼女とお話してみたい。そんな思いから声をかけている。琴線に触れるワード、私の声色。何かを感じ取ってくれれば。そんな思いで、五月蠅くない程度に一人呟く。

 石田さんは、もしかしたらずっとこのままなのかもしれない。そうは思わない。動物の世話をする私を縁側から眺める彼女の傍には常に何匹かの動物がいる。餌を求めに来たシジュウカラやエナガといったこの地の鳥たち、私が連れてきた犬や猫も彼女の足元や膝の上でくつろいでいる。それらを撫でる彼女の手はとても優しいものだった。アニマルセラピーというものがあったな、なんてことを思い出し、これまでの生活で一度たりとも思い出すことのなかったその効果に期待してもいる。私はきっと信じたいのだ。人も、動物も。


「……ってことがあってね」


 今自分で何を話しているかも特に考えずに口から言葉を吐く。専門的な用語は出さず、ただその時の動物の様子がわかるように。頭の中の情景を隣の女性と共有できるように。


「河鹿先生が動物を増やすって言ってたけど、何が来るのか楽しみね」

「……あのひと……」

「……えっ」


 言葉を発した感動は飼育していた動物の成長に似ていて、その音は誕生の鳴き声にも似ていて。きっとこの時の感動を忘れないだろう。そんなことを言えればよかったのだが、彼女の言葉の意味を理解しようと私は必死だった。必死にならざるを得なかった。


「……次は……いつ、私、を…………す、の……、かしら」


 思わず起き上がる。暗闇の中で彼女の表情を覗き込む。瞼は既に落ちている。先ほどまで開いていた口も既に真一文字に戻っている。

 すべてを聞き取れたわけでは無いが、何を言っていたのかは理解した。そして、その言葉を一つ一つかみ砕いてゆくたびに嫌な方への想像が止まらない。私の言葉に反応したのであればあの人は河鹿先生、次はという言葉から以前もあった事である。そして重要な部分は最後の言葉。間違いがなければ、殺すと言っていた。

 鼓動が強く脈打つのがわかる。知ってはいけないことを聞いたのではないか。恐る恐る隠れるように布団に潜り込む。体が震える。手足が凍ったかのように冷たい。頭ではわかっている。もしかしたら何かを思い出し、彼女がただ何ともなしに口に出しただけだと。もしかしたら彼女にとってはなんてことのないことで、何らかの比喩表現であるだけかもしれない。それでも、もし、を考えてしまうのだ。

 そもそも河鹿先生は研究者であったはずなのに、彼の下に付き従う女性たちの戦闘力が異常だ。中谷里さんはまだわかる。愛美さんも常識的だ。しかし紀谷さんと瞳さんは速さや膂力という点であの細い腕に、あの小さな体には不釣り合いな出力を持っている。アレがどうして普通だと思えるのか。

 すべてを悪い方へ悪い方へと考えてしまい、きっと隣で眠っている女性や私も同じようになるのかもしれない。そう考えて、ふと気づいた。それは、本当に悪いことなのだろうか、と。彼女たちと河鹿先生の仲は悪いようには見えない。少なくともどこか不信感を抱いているような素振りもなければ、嫌ってもいない。そもそも目の前の相手に嫌いだという事自体は、何でも屋に出入りしていた彼女たちであれば難しいことでは無いはずだ。軽口を叩き合うくらいに打ち解けているのは、性分ではなく付き合いの長さだろう。紀谷さんも私や片平兄妹以外には気安いようだし。

 そうして少しだけ気が楽になった時には失っていた眠気が訪れていた。どのくらいの間そうしていたのかわからないが、そろそろ眠らなければ明日に差し支える。気になることはあるけど、朝になればきっと今よりもマシな気持ちでいられるだろう。




 珍しいものを見た。寝坊した八木を起こす石田という構図。朝食は貯めてあった米を炊いている。卵は薄く延ばして巻いた卵焼きに。紀谷姉妹が手に入れたスパイス類も徐々に充実してきた。栽培されたものではなく保存されていたものを回収してきたからか偏りはあるが、有ると無いとでは全く違う。

 動物たちは草類を食べている他は肉類になる。冷蔵庫が稼働しているとはいえ保存しておくにも限界がある。最近は熊を狩ったが、匂いというか臭みというか、とにかく食用に適さない。いや、食べられはするがまずい。一応保存はしているが、これは飼料にしかならないだろうし、多分減るスピードも遅そうだ。

 朝食の準備が終わったところでドタバタと八木が起床してきた。朝の支度をしているだろう八木に向かって声をかける。


「朝食の支度は出来ていますのでー」

「はーい! すいませーん!」


 起床時間は俺と八木が同程度。俺は水汲みがあり、八木は動物の世話がある。大体彼女の方が早く終わるので俺が帰ってきた時には朝食が始まっている。特に待たなくてもいいと言っているのは、八木が石田の食事の世話をしていた名残だ。時間がかかるだろうから、自分のことは気にしなくていいと言ってあったのだ。

 さて、食事の用意を終え食卓に着くが、どうするかな。少し待ってみるか。八木の珍しい朝寝坊だ。何か理由があるなら聞いてあげようじゃないか。


「河鹿先生、石田さんを殺したことあります?」

「……え、と。石田さん、そこにいますよね?」


 横っ面を張られた。完全に不意打ちをくらった。俺は上手く笑えているだろうか。適度に歪んで苦笑いを浮かべられたのなら最高だ。

 八木はそうですよね、なんて言いながら意識は食事に集中している。急に言い出すなんて、何かしらの理由があるに決まっている。そもそも明確に、殺したかなんて質問が来るという事は、

 俺は石田がリポップしたものだと思っていた。確実に生命反応は消えたはずだし、何なら頭部から噴き出したはずの血痕も消えていた、はずだ。死んでいない、という事はあり得ない。しかし、そうなると殺したかどうかなんて話にはならないはずだ。

 理想は例の研究者の実験がそういうものだった可能性だ。フラッシュバックしたという場合であれば話は早い。ノートという証拠があるのでそれをタイミングを見て八木に見せるのがいいだろう。

 そして、そもそも死んでいなかった場合。もしくは一度死んで生き返った場合。これはこれで研究の必要があるし、改めて石田に暗示をかける必要が出てくる。そもそも石田の中でどの程度の記憶なのかという問題もある。おぼろげな記憶なのか、明確に記憶しているのか。


 最近こんなことばっかりやっている気がする。いろいろなことを考えて、いろいろな対策をしてそれを空振りする。演習場でのミスは俺にしっかりと刻まれている。トウキョウにいた時はもっと適当というか、簡単だった気がするんだがなあ。

 想定している規模が俺にとって大きすぎるのか、俺が考えすぎなのか。リーダーの資質が勝手に問われている気がしている。多分こういうことを考えるのもあまり意味が無いことだ。そうだな、なるようにしかならないのだから、もう少しシンプルに考えよう。

 石田の記憶に関して。基本的に口止めしてしまえばいい。過去の記憶に関して、狙った記憶をピンポイントで封じることはできないので、過去を思い出そうとする度に阻害する魔法をかけよう。忘れる、というものではなく明確に想起することに対するカウンターの魔法だ。明確に思い出せないだけで、その情報の信憑性が一気に落ちる。思い出したことに対して、そんな気がする、という思いが強く刻まれるものだ。石田の殺されたという記憶も、殺されそうになった、殺されるかと思った、という程度になる。そもそも生きているのだからそうなるのはほぼ明白なのだが。

 それとは別に、石田の体質の研究を進めなければならない。蘇生という可能性は無いと思う。ゾンビであれば寄生という概念があるが、人間で生き返るという現象が為されるのであれば、何としても彼女の存在を隠さなければならなくなる。そうでなくとも肉体の再生力はかなり応用のきく性質だ。ゾンビ細胞に対する抗体の反応か、それとも何かしらの突然変異が起こったのか。

 血液を、とか体細胞を、とかはすでに終えている。既に一度彼女の不都合な実験結果を解体して、復元させたのだからその過程で採取するのは当然だろう。これもまた確実に見つからない場所で研究を進めなければならない。温度を安定させる魔法は失敗している。風で空気を遮断しても建物や地面から入る熱を遮断することはできない。空気の温度を一定にするには魔力源を設置しなければならない。適当な陣を描いても効果は驚くほど薄い。本格的に魔法から錬金術に派生させて、俺が使える魔法を変化派生させることを考えなければならない。


 魔法で何かを生み出すというのは特に難しいことでは無い。火や水、風などは当然発生するし、ピットフォールなんかの大地に干渉する魔法もある。しかしそこから応用しようとすると途端に難易度が上昇する。大地の地面を隆起させる、までは可能。ただしそれを綺麗な壁にしてせり上らせるというのは難しい。壁という形に変更する手間が恐ろしいほど効率が悪いのだ。

 そういう意味では錬金術は化学的な性質を持つ。卑金属を貴金属に変化させようとしたことに端を発する錬金術は、呪術的な要素もあってこの世界と相性がいいはずだ。今までやってこなかったのは単純に効率の話だ。先ほどの壁をつくろうとしたり、火や水で矢や球を作り出そうとして恐ろしいほど効率の悪さを感じたからだ。いくらやっても自分の体調は悪くなったりはしなかったが、とにかく時間がかかるのだ。形を決めずに、この辺に発生しろ、というのであれば割と簡単で、体の周り、自分の周囲1メートル、といった感覚で雑に使えるのもいい。

 風の魔法に音や匂いを遮断するものがあったと思うが、あの魔法自体も風の性質や能力を変化させたわけではなく、そういう魔法をつくっただけだ。じゃあ温度の遮断も出来るのでは、と考えるが、物質に付与したり空間に付与したりするのは明確に形状を変化させる手段が必要だ。ぽんっと触って形状に沿って魔法を発動させるのではなく、魔法を形に合わせる必要があるのだ。

 ここまで言って分かるように、魔力自体は俺から生まれ俺の内にあるのだが、一度外に出た魔力は物理的な干渉を意に介さない。だからこそ俺はアンカーという場所を指定する魔法の杭を多用しているのだ。俺が明確に対象に刺さったと認識すればそこに魔力は刺さるのだから。そうして杭に誘導することで線を描き、領域を指定して魔法を行使する。

 魔法は単純にして手間を増やして確実性を取っているのに、現実予想が上手くいかないのは俺の才能の無さが原因だろう。正直、この世界にいる主人公のような正義感や覚悟がないというコンプレックスの様なものはあった。とはいえそれに囚われるほど卑屈でもない。では何を気にしているのかといえば、所謂前世の朧げな記憶だ。

 今世に置いてこの世界のことを所謂原作知識として知りえていたのは前世の俺がこの作品について興味を持って深く知ろうとしていたからだろう。俺がそれを思い出し魔法で保護したが、ゲームに関する知識だけが対象になっているわけではない。前世の記憶と言われるものを保護し、この世界に関するものだけを整理して記憶しなおしたといった方がいいか。だからこそ、俺はセンダイの情報を少しだけ知りすぎているし、このあたりのことも地図から予想していたというのもある。因みに知っているのはセンダイ駅を中心とした範囲、今のセンダイの防衛線の範囲は大まかだが道路や地区地名、位置関係を把握している。


 だからという訳では無いが、センダイという土地のオカルト的な噂はどうも似通ったものになるようで。


「センダイの町は400年前から六芒星によって結界が張られてるんだって」


 数日後、小屋妹がニッカワの拠点に来るなりそう言った。今回は物資の運搬ついでに戻って来たそうで、小屋姉は八木と石田の面倒を見ている。

 話は先日のこと。センダイの街中を闊歩する集団が現われたそうだ。この団体は前からいたそうだが、ここ最近数を増やして来ており、今回はたまたま声をかけられたのだという。


「どうせお姉ちゃんとつるちゃん目当てでしょうけどね。あのなんちゃって生臭坊主擬き共が」


 大層腹を立てていた。というか、話だけ聞いていれば比較的まともに思う。やってることはただのナンパだろう。熱心に勧誘されなかったのがずいぶん頭に来ているようだ。


「ちがいますぅー街中を歩くカルト集団が目障りなだけですぅー」


 そのカルト集団とやらの目的は土地の割譲。自分たちがその結界の維持を担うと都市の上層部に申し入れていたらしい。これ自体は数年前からのことらしいが、どうやら最近数を増したので街道を行脚していたそうだ。

 経線から約15度傾いたその六芒星の西端は小屋姉妹がアジトからキマチの通りに行くまでに真ん前を通る神社だ。会ったのはそのあたりか?


「ノー。県庁らへん」


 県庁といえば丁度六芒星の中心辺りになる。え、もしかして町の上層部って県庁にいんの?


「ノー。やや南のタワマン」


 明らかに嘲る嗤い。馬鹿と煙は高いところが好きという奴だろうか。まあそういう組織の連中が受け付けられないというのが小屋妹の特徴であり、欠点でもある。姉をゾンビにしたのは元婚約者。その元婚約者も防衛隊の庇護下にあった状態から独立しようとした組織の幹部だったらしいし。単純に肩書が気に入らないのかもしれない。


「うちらのアジトも結界の外だから関係ないし、ほんとキモかった」

「わかったわかった。で、他に何か連絡事項はあるか?」

「連絡っていう訳じゃないけど、そろそろ北の工場行きたいなあ」


 以前から話に出ていた自動車工場。国産自動車メーカーのトウホクの起点となる大規模な工場で、高速道路からアクセスできる便利な場所だ。

 トウキョウの研究所でゾンビの忌避薬が出来て数年。既に地方でも開発可能にはなっているだろう。恐らく工場に最も近い高速道路のインターには忌避薬が設置されているはずだ。奪われていなければ。


「問題は工場の中身よ」

「中身? 数か?」

「数っていうか、工場は2カ所あってゾンビが片方に寄ってるみたいなのよねー。空いた方の工場の物資は軍が接収したから、競争率が」

「一緒に行って来いよ」

「荷物持ち兼戦闘要員としていかが?」

「何のために人増やして犬鍛えてると思ってんだ」

「リーダー居ると効率がダンチ」

「俺いつからお前のリーダーになったんだっけ」

「それは薄情すぎん?」


 こいつは表情がころころ変わる面白い女だ。まあそれも取引をするうえで上手く使っているんだろうが。

 そもそもの話として、自動車工場では電気自動車、もしくはその大容量バッテリーが最大の目標となる。電気自動車の肝はそのバッテリーにエンジンとなるモーター、その二つを繋ぐコントローラーなどの重要かつ貴重な部品が多い。手に入れるリスクを考えても今後得られるリターンは大きい。

 ただし、俺は嫌な予感を感じている。俺が行くことによって自動車工場がマップ化、戦闘マップと化すことだ。オブジェクトは復帰しないので物資の持ち出しは一度切り。もしかしたらゲーム内アイテムのリポップで使えるものが発生する可能性もあるが、何より面倒なのがゾンビがリポップすることだ。もちろんそれ以外にも一つ懸念があるのだが。

 クマガネのミヤギ西市民センターを思い出してもらえばいい。ああいったことが規模を十数倍に拡大したうえで、さらにゾンビのおまけつきで起こるという事だ。一人なら多少時間がかかるがやれないことはない。しかし、問題は数だ。


「正直、スカベンジャー合同でって話は最近よくある」

「参加を渋る理由は?」

「信用できない」

「競争率は」

「センダイのスカベンジャーだけでも100超えるんじゃない?」


 それはそれは。まあ納得する。それは避ける。とはいえ、そんなことを言っていたら先に根こそぎ奪われないか?


「北側の縄張りだけど、東も出張ってきてる。南側は軍から貸し出しもあるからそんなに必死になってない」

「手透きの西側をどうやって引き込むかって話になってきてんのか」

「本来はそういう話なんだろうけど、東側の連中は町には寄り付かないし、うちらのこともただの女くらいにしか見てないんじゃない?」

「良かったな女扱いされて」

「ふっふっふ、私たちを仔羊と侮った報いをくれてやる」

「黙ってろ雌猫」

「そこは女豹でしょうが!」

「中谷里なら、まあ。百歩譲って千聖、……無理か」

「わーたーしーはー?」

「……小リス?」

「あ、かわいい」

「いいのかそれで」


 せいぜいハムスターとかシマリスの類として言ったんだが。ちっさい袋をもってちょこまか動く様は我ながらうまく表現したんじゃないか? まあこの世界で戦闘力極低の小屋妹にはそういう意味でも割と的確な表現かもしれない。


「行きたいってことは何か当てがあるんだろ」

「まあ、あるにはある。でも千聖ちゃんがいい顔しなくてね」

「ん? 何で千聖? ……ああ、予想ついた」

「そう? まあトウキョウのサムライ君に護衛をお願いしようかなって」

「……あー、表向きは軍属だから虫よけにもなるってことか」

「そうそう。戦闘力も高いみたいだし、サムライ君呼べばカノジョも来るだろうし」

「メンツによっては中谷里も外す必要でてくるぞ」

「ほんと? じゃあ厳しいかなあ?」


 軍曹以下数名がチェック対象。主人公とヒロインの新人二人だけなら中谷里も参加して問題ない。ついでに片平兄妹もつければ大丈夫、か? 対ゾンビよりも他のスカベンジャーや運び屋連中に絡まれそうな若々しいパーティー編成になるがそれなら問題ない、か?

 ゲーム内であったフリークエストでもある工場跡地への物資回収だが、似て非なるクエストだと思う。少なくとも市内の廃工場だったのが市外の大型工場になっているし、物資に関してもクエストの対象はデスクトップPC程度の大きさの機材だったはず。

 今回はあるだけあればいいものだ。とはいえ車の車体を動かすほどのものであるからして、ただの力持ちでは運搬など無理だろう。ゾンビがいる中で台車を押すなり、コンベアを稼働させて搬入口まで運ぶなりの工夫が必要だ。工場の図面がないから何とも言えないがマップ化すればギミック化した工場設備を動かす必要も出てくるだろう。二手に分かれるにはいい口実か。


「別にいいぞ。ただし前のりさせるか別の車両使った方が安全だな」

「つるちゃんはメンツ確認してから合流でもいいでしょー? 千聖ちゃんはダメ。リーダーは?」

「足がな」


 ヨシオカまで跳んで、そこから行けば30分かからず到着できるはずだ。とはいえ他の足が無いのも事実。一度スカベンジャーたちでゾンビと物資を減らした後に、俺が別の場所にキープしておけば問題ない。それにより北と東を争わせることも出来るはずだ。それが何をうむかは、後にしよう。主人公たちを起用するなら、今の時期しかない。


「というか、トウキョウの連中自粛中じゃなかったか」

「物資回せばノーとは言わないでしょ」

「トウキョウとセンダイの確執は根深いと見ているか」

「軍はそうでもないだろうけど、都市部はね。それでも電気自動車手に入れる足掛かりをつくるって意味では、悪くないと思うけどね。表向きはいやいや言いながら、絶対抜け駆けしようとする奴が出てくるはず。実物見せれば納得するし、欲も出るでしょ」


 取引の話だ。一応自粛期間後に計画を実行したとして、本来は主人公の行動は町側からすると咎められるものになる。しかし、動物園とは違い今度は新たに物資を提供するといえばどうだろうか。それも電気自動車の重要パーツだ。今の世の中ではそう言った足は非常に重要だ。センダイの都市外に避難地を用意してさえいれば保険が出来るからな。そしてそのためにトウキョウの連中をうまく使おうとするやつらも出てくるはずだ。小屋妹はそう読んだ。

 オレも悪くないと思う。なら、そうだな。別口で充電スタンドの存在を仄めかして探りを入れてみるか?


「というと?」


 自動車を所持しているのは何も上層部だけじゃない。富裕層やなんなら運び屋だって使ってる。電気自動車の利点はランニングコストに優れている点だ。アホほど高騰した燃料は国が保証した人員と政府関係者以外にはかなり制限される。小屋姉妹や大規模なスカベンジャー、運び屋は国や市で発行した許可証を保持している。小屋姉妹はトウキョウで発行されたものだが、地方の行政より国の威信が強いのは感じるスケールの違いからだろう。

 町に住まう人の足という意味では一部が自転車等を使っているが、完成品を作るのに地味に大変なものらしい。各駅にあった駐輪場や廃棄、放置された車両を保管する場所もあってセンダイの防衛線の内側でも余るほどあったそれは大量の素材として最初期に漁られた商品でもある。

 自転車のフレームには鋼、チタン、マグネシウムや炭素繊維プラスチックといった素材からなり、ハンドルやサドル、ブレーキワイヤー、タイヤにスポーク、ライト、カゴなど、人力で比較的簡単に解体でき、かつ数を揃えることが出来るので頻繁に回収されては解体されてきた。

 それ以外では基本徒歩である。一部が電動自転車を持っているらしいが、実物は見たことが無い。


 さて、電気が使えることは知っているだろうが、電気代はどうするか。これは調べて分かったことだが、金銭の授受は限られた範囲でしか行われていない。行政で発電事業者や水道局、水道事業者を囲っているのだ。変な話だが、公務員化したといっていい。ただしその技術や知識を持つ者には勤務時間以外の生活環境に置いて大きな優遇措置が取られる。そう言った町の運営にかかわる技術を持ったもの、市民の営みに重要な役割を果たす仕事をする者を対象にした引き抜きやヘッドハンティング、内通といった暗闘は昔からある、都市内の風物詩だろう。なんならトウキョウの研究所でもそういう事はあったし、それがあったから俺がトウホクはセンダイへ来ることになったのだ。


 電気自動車のランニングコストは自動車の整備以外は電気代くらいだ。保険なんてこの荒れた世の中で誰が保障してくれるというのだ。そして都市内で今尚営業できる自動車整備工場のやり方なんて一つだ。つまりは武装化になる。

 小屋姉妹のピックアップトラックがバンパーガードくらいしかつけていないのは、自前の武装が豊富だからだ。他のトラックは要塞化する方向で自前のトラックを強化するなりしている。官給品の機銃があるのはうちくらいだろう。表に見せずに小銃を持ち歩いているのは他に警戒されるからだ。小銃1丁程度なら適度に怯むか怯まないかのいい具合の威嚇になる。

 俺の思考回路よ、落ち着いてくれ。関連項目がピックアップされるとどうしてもそちらに意識が飛ぶんだ。


「うちは整備は自前だし……BDF売りのおっさんとか? え、電気で燃料を? 買える?」

「電気自動車持ってるやつなんて限られるだろ。セールスのフリして車の売買の仲介に繋げるふりして誘導しろ」


 電気自動車を保持していて、尚且つ自拠点に専用の充電スタンドが無い連中に向けてのものとなる。または半ば趣味として電気自動車を保有しようと考える富裕層。更には元々自動車と充電設備を持っていた者であっても、それを守り切れるだけの拠点にいたとは考えづらい。大抵はどっちかしかなくて、埃をかぶっているだろう。需要は限られるが、単価は高い。

 売れるのならば仕入れる。そういう連中は多い。手に入るなら買い取る。金に糸目はつけない。そういう富裕層も多い。物資や品物、利益に権利、得た立場による優越感。そういったもので満たしてやる必要がある。

 スカベンジャーには北に行かせる。少なくとも東は行った。西も行くだろうし、南はまあいい。軍の指示を受けるのに慣れている連中だから比較的行儀がいい。まあさらに南の外にいる連中と競合しているのだからこちらに戻ってくる余裕もないか。

 富裕層はどうかな? ゾンビの忌避剤が出るとなれば住処を変えることもしそうなものだが。研究所への伝手があるやつが有利だろうが、防衛線の拡大を軍に迫るようなやつもいるだろう。空港まで制圧が完了すれば国外に移動を考える者もいるかもしれない。とはいえ、移動できる先なんて限られているし、移動手段だって限られている。

 ならば自分たちのいる場所を自分たちでよくしようとするものも出るだろう。外壁を強化しインフラを整備し土地を開発して食料自給を賄う。そのための交通網、流通経路を整備するのに電気自動車と充電スタンドは劇薬になる可能性を秘めている。

 現状でこそゾンビの脅威は無視できないが、これから残されたものによる権力闘争の激化が起こるか、致命的な欠員が発生し町の勢力が偏るか。とはいえそれはまだまだ先の話だ。この町の崩壊が始まるころには俺たちは別の場所にいるだろう。少なくとも数年は見ている。


 おっと、思考を戻そう。結局何がしたいかという事について。実は印東が軍の作戦計画を入手していた。手に入れたのはセンダイの軍幹部と大学病院でゾンビ研究をしているとある教授の会話ログ。

 研究所のあらゆる研究において、ゾンビ化を加速させるような効果が認められた事例はあるか、というもの。そのまんまゾンビ化薬はあるだろう。そもそもゾンビに対する既存のあらゆる治療法が否定されているから今なお研究が続いているわけで、当然ゾンビの行政解剖はされているだろう。俺たちが7,8年前からやっていたように、ゾンビ狩りをして検体を確保している連中もいるはずだ。

 そういった連中をまとめて北部へ誘導する方法があればと考えていた。それによって何をするかだが基本的には自動車工場が餌になる。ただしあの辺りは予想の数倍工場跡地が多い。食品加工から製鋼、通信、物流、建設と多種多様な工場跡があり、そういった物資を狙っているのが北のスカベンジャー達で、拠点を構え町としたヨシオカと呼ばれる場所が工場の南側に存在している。

 国道を北上してもヨシオカに繋がっているし、高速道路を使えば丁度工場地帯の中に出られるが、ヨシオカの連中が黙って指をくわえて見ているとは思えない。

 つまりは静観。泳がせて対立を煽り数を減らしてから漁ればいい。そもそも自動車工場についての情報をリークしたのも北の連中だ。縄張り周辺なのにわざわざ他の地域から人を呼び寄せるなど、狙いが透けている。

 しかしそれは軍の都合が悪いのだ。少し前に行ったシカマの演習場での出来事。つまりはアメリカ軍の実験内容を知った軍幹部がその情報を集めたか、知らされたのだ。情報入手のためか、それとも抹消指示が出されたかは今の段階では判明していないが、上手く流れを作り出すチャンスでもある。

 錦の情報次第な部分はあるが、センダイの軍幹部が情報をトウキョウの防衛隊に話をし、そこから主人公がシカマの演習場へ向かう。これ自体はあり得る流れだと思う。センダイで名前が売れている主人公を取り込む、それが出来なくとも軍の信頼、勢力増強には利用できるだろう。それと同時にヨシオカを中心とするスカベンジャーたちの町が、自動車工場に集ろうとする集団との軋轢で荒れるのを懸念した軍が治安維持のために防衛隊を派遣する流れにできればいい。

 事前に自動車工場に行っておけばセンダイの軍の上層部も勧めやすいだろう。知っている場所だろうと。まあ実際はやや距離があるが。


「じゃあ行ってもいいの?」

「いいぞ。ただ時期を見ろ。自動車工場と軍の作戦が重なる可能性もある。巻き込まれて困るのはお前らだろうけど」

「リーダーは? やっぱいかない?」

「……既に空なのはどっちだ?」

「東。西はねえ、関連企業がまとまっているのもあってひどいらしいね。ヨシオカの全力で防衛してる、とからしい」


 それ本当か? 俺が以前ヨシオカで寄り道した際、そんな情報は聞かなかったのだが。

 以前、とは俺が演習場の後片付けをしていた時期の話だ。ヨシオカに近い場所で一時的な拠点を用意しようと場所を選んでいたが思いのほか難航した記憶がある。利便性を求めて国道にほど近い場所を選ぼうとすれば既に使われた形跡があり、尚且つ平野部で見通しのいい場所しかなかった。多少遠くても問題なく、将来的に工場に行くのであれば一時的な仮拠点でもあれば楽になるかと選んだのはとある学校跡地だ。小規模かつ、ヨシオカの東で更に高速道路の近く、タイワインターの東側。

 俺たちを追うのであれば自然と高速や国道よりも西側になるだろうという思考の裏をかいたともいえるし、一つ大通りに出れば東西の工場の前を通る県道に合流できる。立地も林に囲まれた小高い地にあるため一時的な避難場所としては及第点だ。

 ヨシオカの防衛の変化としては、タイワインターに設置されたであろうゾンビの忌避薬の効果による残党処理を最後に北部へと割り振られているはずだ。おかげで忌避薬の効果でインターの西はそれなりに人がいるが、東には全くいない。開墾も再開発もされていない元のうちに用がある人間はいないのだ。土地はあっても安全はない。そんな土地へ赴くのは勇敢ではなく無謀だと謗られるのが今の世の中なのだから。


「じゃあ東行って、潜伏してる。西の工場に関する情報集めといてやるから、そっちは他の奴ら煽っとけ」

「流石リーダー、愛してるぅ」

「それよりお前少し時間出来るだろ? そっちにキャンピングカー持ってけ。足回りの整備だけしといたからトラックで引いて行けるはずだ」

「反応薄くない?」

「お前の愛よりは厚いよ。ついでに印東借りるかもしれん。マシンオペレーターといえばあいつだしな」

「はーい。最近何かあった?」

「ん? 何かとは?」

「何か。石田ちゃんとか」

「ああ、あいつか」


 まあこいつは情報の重要性を理解している奴だ。言ってもいいだろうが、一応それっぽく濁しておくか。


「多分どこかの被検体。見つけた時はお前の姉貴よりひどかったぞ」

「うっそでしょ」

「本当。事実20倍以上欠損していた程度にはひどかった」

「……」


 青い顔してるくせに恨みがましい視線を俺に向けてくる。確かに表現はもう少し控えるべきだったか。だが言いたいことはそういう事じゃない。


「そうなるくらいの体質だったといえば分かるか」

「……天然の抗体持ち」

「まだ実験してないが恐らくな」

「嘘つき」

「何のことやら」


 流石にバレるか。まあこいつは実際俺に口封じされる直前までいったからな。そこまで優しくないという事は身に染みて理解しているはずだ。

 小屋姉妹がタチカワのマンションに隠れ住んでいた時期が懐かしいな。眠っていたコイツを拘束の上で起こしてベッドに縛られていたゾンビ化した小屋姉に解呪と復元を数回に分けて施して、あたかも薬で治療したように見せた時のことを思い出す。主目的は別の件だったが、ゲーム内ライブラリにあったタチカワ陥落の日のデータにあった独立勢力の男の遺留品データという細かい内容を関連付けて、もしかしたらと思い話を聞いてみれば大当たりだった。

 あの頃は興味本位で動いてもある程度成果で打ち消せていた。流石に今はそこまで自由がない。いや、基本は俺の思い通りに動いてくれるのだが、考慮すべきことが以前より多岐にわたるようになり、どうも身動きがとりづらくなっている気がしている。

 頭脳労働向きの人材が欲しい。切実にそう思う。原作情報を参考にしてもそれらしい人物はいない。どこかに都合のいい人物はいないだろうか。

 俺は小屋姉妹が回収してきたスパイスを受け取ると、今夜のメニューへと思考を切り替えた。

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