第16話
『いやあ、面白かった』
「そりゃ何よりだ」
シカマの演習場から帰ってきた数日後、町に行った小屋姉妹と中谷里から連絡があったと思えば、八木から話を聞いた中谷里の報告だった。
記憶の齟齬かは知らないが、改造動物って狼じゃなかったっけ? ジャッカルにそんな性質って備わるものかね? まあ結果がすべてだ。一応物語は順調に推移している。
話によれば特異個体となったジャッカルはハウリングボイスと指揮能力を得て主人公に襲い掛かったらしい。直接的では無いにしろトラやゾウ、シマウマなどがいたと聞いている。鳥類は猛禽こそいなかったものの実験対象としていたオウムなどが狂乱状態で暴れていたらしい。衛生状態の関係からあまり健康状態の良くない個体の攻撃で感染症のリスクもあっただろうにうまく捌いたのか。
ちなみに猛禽類は裂傷やスタンを発生させる攻撃があり、どうなるかと思っていたがどうやら少々筋書きが変わっていたようだ。
まず動物園シナリオのキーポイントとなる襲撃事件。犯人は元飼育員のゾンビ研究家。ただし俺が知っている範囲だと、この男の情報は事前に入手することが出来たはずだ。
今回何でも屋で八木から依頼を受けた主人公だが、これ以降センダイにいる間は何でも屋の依頼を受けることが出来るようになる。いわゆるサブクエストが受注できるようになるというものだ。
そしてそのタイミングだが、実は八木からの依頼を受けた時点で受注可能。その中で何でも屋についての噂を集めるという行動をすることで、タツノクチ周辺の不気味な噂を入手することが出来る。クエストの達成は別の行動が必要になるが。
人間の悲鳴、動物の鳴き声といったホラー要素満載の噂を入手することが出来、実態はゾンビ研究者が動物に人間やゾンビを襲わせていたという事件があった。今回はその噂を集めることをしなかったらしい。
ゲーム内ではこのイベントでフラグが立つのか、このゾンビ研究者や動物園内に変化があるのだが、この感じだとなかったようだ。
例えば猛禽が出現し、倒すとアクセサリーが手に入る。爬虫類館でひそかに生きていた蛇からもアイテム入手のチャンスがある。
動物園内にある元飼育員や、研究者の遺体からは少し変わった換金アイテムなども手に入れられたはずだが、そちらもなかったようだ。
うん、まあ、中谷里が介入したからって可能性もある。なんなら忍び込んだ千聖が口封じしたって可能性もあるよなあ。なんで俺はそれを尋ねようとしなかったのか。一応順調に物語が推移したのならいいか。後で反省点を纏めよう。最近いろいろとミスが重なりすぎている。
中谷里の話では八木と主人公ペアはジャッカルを追って動物園を東奔西走。最初は鳥類、次にゾウ、シマウマと連戦。研究棟のジャッカルの元で、特異ジャッカルを倒した後はお待ちかねの猛獣2頭だ。いや、話聞いただけだがよく勝ったと思う。しかも主人公は差し向かいで立ち合い、ヒロイン、八木、ゲート前の防衛隊員相手で勝利した相手に無傷で勝ったとか。順調に人類卒業していってることに戦慄を禁じ得ない。
『さっき話したけど、普通の子に見えたんだけどね』
「まあ肩書はまだ新人だしな」
『女の子の方もからかい甲斐があるしね』
「そうかい」
中里が話していたというのは八木だけではなく、主人公とヒロインも一緒だったようで。話を聞いたときは冷や汗が止まらなかった。事の推移を考えれば防衛隊員の新人二人だけで来たとは思えなかったからだ。
動物園の夜間警備員の噂ねえ。大前提としてそれが必要なのかという点と、何のための警備なのかだよなあ。警備は防衛隊がやっているわけだし。となると園内の何かを見るためなんだが、何を見ていた? 夜に見る必要性があった、もしくは夜でなければならなかった。
普通に考えれば動物園の襲撃犯とやらが実験体を使って人間やゾンビを襲っていたという話になるんだが、これホントか?
引っ掛かるのは中谷里に容疑が掛けられている点。何で八木は中谷里を疑ってるんだ? 中谷里の言動に思うところがあったにせよ、どうにも中谷里に罪をかぶせたがっているようにも見える。
もしそうだとして、理由はなんだ? 動物を撃ったこと? いや、彼女はこのご時世に博愛を主張するほど脳内に花を咲かせてはいない。狙撃銃を持っている人間を警戒していた? 中谷里に限った話じゃない。ここに何かあるとみるべきか?
ふと八木のことを考えて、彼女の経歴が空白だらけなことに気付いた。元々動物園の飼育員として勤務していた彼女は、これまでどうやって生活してきた? 彼女が動物の保護活動を始めたのはいつだ? 少なくとも初めから保護団体や病院からのバックアップを受けていたわけではないはずだ。
パンデミック後から10年経っている。更に言えば動物園周辺は最初に暴動のあったタツノクチ橋のすぐそばだ。このタイミングで何かがあった? いやそもそもパンデミック当時何をしていた? 聞いた話では裏町にはしっかりとしたパイプがあるようなことを口にしていたと聞いている。
飼育員の給与で本当に動物園の動物たちを維持できるのか? いや、無理のはずだ。無理だからこそいくつかの動物の担当厩務員は動物園から離れたわけだし。……本当に離れられたのか? 馬や羊を連れて?
一度思考を切り替える。どうも俺の脳内が八木の仄暗い背景を想像して犯人にしたがっているような感覚がある。
「で、お前の疑いは晴れたのか」
『ふふ、全然』
「おい」
『いやあ、証明なんてできないからね』
「あのさあ」
『まあ、八木さんでしょ』
言葉に詰まる。何で、とも違うし、肯定も否定もし辛い。
これは俺も悪いな。自分の知識と判断のズレがあることを理解したせいか、一度保留しようとしている。
「お前には何が見えた」
『勘』
「お前さあ」
『多分だけど、八木さん動物好きじゃないよ』
「……へえ」
面白いことを言い出した。女の勘とやらで相手が愛情をもって接しているかどうか見抜いたという事か? それはまた。
『シマウマもそうだけど、私がジャッカル欲しいって言ったときダメって言われなかったよ?』
「突拍子もない言葉だから反応できなかったとかは?」
『オスメス聞いたら早かったよ?』
「他には?」
『クマとか見向きもしなかったもん』
「……いたのか?」
『いたよ? かろうじて生きてるんじゃない?』
動物への関心が薄いのに保護活動を続ける理由があると中谷里は言いたいのだろう。
裏町に知り合いが多く、動物の保護活動を後押ししてくれるパトロンもいる。これ病院の八木の関係者が怪しくなってきたな。うわあ、手出ししたくない。
センダイは町の構成上裏町と病院がほど近い。ゾンビ研究は人類の至上命題。そして物資の供給はいつまでたっても解決できない難題だ。知識や技術と品物の取引は当然のように行われているだろう。
そうなるとニッカワ周辺を伺う北を活動拠点としているスカベンジャー集団と片平兄妹も無関係じゃなくなってきた。あの兄妹は八木が中谷里に頼んで送り込んできた二人だ。これは確定かなあ。
「片平兄妹のことは何か言ってたか?」
『今日は彩ちゃん連れて行ったけど特に何も』
「お前どこで気付いた」
『さっき。ねえこれ』
「言うな。打ち上げでも誘われたか?」
『丁重にお断りしたけど、彩ちゃんが何かもらってた』
「それ何かの証拠だろ」
『そうかも』
八木、動物を実験対象にしてゾンビ研究をしている研究員、北部のスカベンジャー、片平兄妹。これらがグルか。
こっちにちょっかいかけてきたスカベンジャーは元々期待してはなかっただろう。情報を流して様子を見たか? 酒の入手を目的としたものではなく小屋姉妹か中谷里との繋がりを求めるためのものだったかもしれん。
片平兄妹と八木を繋いだのは北部のスカベンジャーか。片平兄妹がスカベンジャーに渡す対価を八木が肩代わりした可能性がある。八木のスポンサーでもある病院への伝手を対価としてもいいのか。
八木の仕事は病院がメインで、保護団体がサブだろう。病院は伝手と道具、愛護団体が資金だ。動物ビジネスかな。
中谷里に声をかけたのは元々は調査だったのだろう。狙いとしてわかりやすいのは責任の転嫁かな?
「ジャッカルは何頭いた?」
『私が見た時は1頭だけ』
これで襲撃犯との繋がりも確定。直接的なつながりが無くても、ジャッカルがいなくなったのは元々理解していて、恐らく襲撃をかけた金沢という男の行動をある程度予想していたはずだ。八木と中谷里の後ろ盾の有無による信用度の違いもありそうだが。
片平兄妹を使って居場所を調べようとしたか? 印東あたりが街中にある仮拠点の監視カメラに映る八木を捕らえていてもおかしくなさそうだが、それもない。そもそもどうやって片平兄妹と連絡を取ろうとしていた? いや、多分手段自体は持っていないはずだ。発信機の類を調べるために風呂に入れたんだし。
少し不透明だがこの際片平兄妹の使い道は明らかにならなくてもいい。むしろこうして何かを預けたことで、その中身がわかれば理由も判明するだろう。
「中谷里」
『はあい?』
「今日は手持ち以外は空荷で戻れ。千聖に準備させろ」
『何の?』
「ご自慢の大鉈」
『今日なんだ』
「最速はな。もう少し遅くなる可能性もあるけど」
『二人は?』
「そっちでやってもいいし、俺がやってもいい」
『決めて』
どうするかな。そもそも今の八木の状況だが、動物園の管理ができない状態だ。主人公が大体始末したらしいからな。動物の死骸は回収されただろう。誰に? 恐らく回収はセンダイ側で行われたはずだ。生き残った個体も死骸も所有権がどこに帰属するのかはわからないが出資していた病院、愛護団体、市、そして八木だ。恐らく軍にも一部渡るだろう。あとは残った動物の飼育に関してか。
八木はこれからどうするんだろうな。良くて飼育員継続だが動物園施設を維持する必要性があるのかという疑問はある。例えば鳥類の卵など。あるかどうかはわからないが動物園でなければならない理由は薄いように思う。それこそ屠殺されてもおかしくない。面倒もないし。
悪ければ責任の追及をされる可能性があると思う。トラやゾウ、シマウマは貴重だしそういった飼育が難しい動物がいなければ八木の飼育員としての存在価値が暴落していそうな気がする。市が関わっているから罪に問われると都市外追放もあり得る。いや、使い道があるとされれば懲役刑もあり得るか? ちなみに禁錮刑という無駄な刑罰は今では殆どない。この判断がゲームのストーリーにおける彼女の動向に関わるのだろう。
中谷里に罪を着せたところで八木が無罪放免になる可能性については考慮する余地はあるが、とりあえず北のスカベンジャー集団は少し締め上げるか。丁度良いところにいるからな。
「お前ら二人がそっち。少し話聞いてやるといい」
『了解』
これで八木の件はいい。本来こういったことは警察の役割だが、警察は裏町には関与しない。これはどの町でもある不文律だ。スカベンジャーや運び屋何かどいつもこいつも窃盗罪でしょっ引いてられないというのもあるが、自分たちもその恩恵にあずかることが出来るという点を飲み込んだ時点で、公権力としての公平性や権威性などは無いに等しい。そしてそれを最も理解しているのが裏町の連中だ。結局は同じ穴の狢ということだろう。
俺はといえばシカマの演習場にいた。市街地区画にある建物内、部屋一つを転移場所に指定しておいたのだ。ストーリーが進行していないストーリーマップにどのような変化が訪れるかを観測しようとしたのだが、駄目だった。俺が破壊した地下施設はしっかり傷が残っていたし、掘った穴も残っている。
一先ずこのマップの仕様についてまとめよう。
30を超える『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』のマップだが、市街地はほぼ1枚マップ。施設別でマップが更新される仕組みで対象はショップや自分の寝床となる拠点、イベント用施設などがある。ほとんどが非戦闘マップだが一部マップの変化により戦闘マップへ変化することがある。
そのほかは基本的にストーリーイベント用の戦闘マップかサブクエスト用に何度も入れる汎用マップがある。消化したストーリーイベントを考えるとトウホク道の村田ジャンクションからセンダイのインターまでの高速道路マップ、マツシマ基地から北上するマップ、タツノクチ動物園は以降は入れない。入る理由がなく、入ろうと思っても入れないのだが。
それに反して今後主人公が受けることになるであろう何でも屋のサブクエストでは市内近郊にあるマップが対象となる。市街地でこなすサブクエストもあるが、病院の依頼で工場跡への探索をするものや、市の仕事を受けた運び屋の運搬護衛依頼なんていうのもある。
そう言ったときに使われるのが汎用工場マップに汎用市街地マップだ。工場内にある指定アイテムを回収する宝探し型、指定機材の修理をしている間に寄ってくるゾンビを討伐するタワーディフェンス型、徐行で目的地へと進む車の周囲に寄ってくるゾンビを討伐する護送作戦型などいくつものミッションが存在する。
それらのマップはまあ固い。この手のゲームによくあるのだが、弾痕や斬撃痕、爆破跡なども物の数秒で修復される。ただしこの世界において、それらの修復機能はないか、かなり遅延がかかっている気がする。またストーリーマップとそれ以外のマップでの違いもあるだろう。
少なくともシカマの演習場は修復していない。ストーリーマップでは修復されないのかどうかは要観察。市街地やイベント用マップとしてあるのがニッカワ、蒸留所、サテ山地区、ミヤギ西市民センターの4カ所だ。
ニッカワについては置いておく。蒸留所は規模で言うなら中盤から終盤にかけてストーリーマップくらいはある。電力の供給があって、酒樽もあったのは疑問ではあるが許容範囲内。マップ化されたかどうかだが、この辺りにゾンビがいないしポップしていないことから、されているのであれば非戦闘マップ。
ミヤギ西市民センターは非戦闘マップ。ただし隣の学校が戦闘マップ化しているので元非戦闘マップなのだろう。物資が配置されていたであろう事実に関しては、俺が到達したことによりマップが実装されたか、リロードされたか。少なくとも物資は再配置された様子はない。
問題はサテ山地区だ。ここは結果から言えばゾンビはいなかったんだよな。それに加えてショップの存在があった。非戦闘、しかも市街地マップにあるショップがぽつんと存在しているマップ。
ここまで振り返って明らかにおかしいのはサテ山だ。それ以外は現状混ざっている。そろそろ電力会社あたりの依頼で誰かが調査に乗り出すかと思ったがそんな動きはない。小屋姉妹が酒狂いを仲介し、品物として流し始めたことで猶予を得た? 俺が始末した中にいた可能性もあるが、小屋姉と印東に裏を取ってもそれらしい人物はいなかった。
だからこそゲーム的な意味で電力は供給されているものというバイアスがかかっていると思っていた。そしてそれはこのままいけば真となる。
話をサテ山に戻す。非戦闘マップで最初から居た住民NPCやショップ店員NPCがいなくならないのと同様に、あの抗体保持者がそれにあたる可能性を考えている。何かしらの役目があったとして、俺にアレをどうしろというのだろう。未だにゾンビ化もせず死にもしないある意味究極生命体のデータを用いて人々を救えとでも言いたいのだろうか。
ショップは未だに手を付けていない。印東がすぐにセンダイのアジトに戻ったという事もある。だからこそ俺は演習場にいるのだが。
印東はチェックすべきことが増えたと言っていた。もしかしたら何か作っているのかもしれないが、あの笑い方だと情報を取得するシステムか、狙った情報を抜いたかだ。裏付けも必要だろうからタイミングを外せないというのも理解はする。続報はまだない。
さて、そんなことに頭を悩ませながら演習場の建物の中で迫り来るゾンビを撃破し続けている。このマップの検証は終わった。ここはエリア分けがされておりエリアを一つ間に挟むと、離れたエリアでポップするらしい。またはマップそのものを移した場合だ。
エリアは庁舎、隊舎、隊舎地下、倉庫区画、市街地区画、市街地地下下水道、他演習区画数か所。庁舎と隊舎、倉庫区画は隣接している。他には隊舎と隊舎地下が、市街地と市街地地下が、そして市街地地下と隊舎地下もそれぞれ隣接している結果となった。
つまり市街地区画で狩り、下水道を通って隊舎地下へ。市街地に戻れば市街地区画のゾンビはリポップするという設定だ。
余談ではあるが、復元で地下を戻せばいいのではと考えはしたが、残念ながら復元には設計図が必要だ。人体では細胞内にその図面の欠片ともいえるものが存在していたが、無機物にはない。無機物に使うと使用した一瞬前を参考する。つまり効果なし、何も変わらないという結果を出力することになる。
隊舎地下の研究施設に穴が開いているのはいいとして、地下下水道から脱出したという状況証拠を残しに来たというのもある。それらはほとんど終えた。そのうえで演習場にいるボスクラスのゾンビをどうするか。それはすぐに解決した。演習場奥にそのボスゾンビがいたのだ。近くには迫撃砲というか榴弾を発射する装置があった。恐らくそれで初期のアラームが聞こえた場所、隊舎を砲撃したのだろう。打ち切ったか、もしくは外したことを悟ったのか隊舎までわざわざ攻め寄せてくるのだ。
既にゾンビ狩りも4ループ目。本来極大のドロップ率のはずのそれを大量に回収しつつ、俺はそろそろ家に戻る算段をつける。この時点ではまだ入手率極低の変異結晶を狩って大満足の俺は、ショートジャンプを駆使してある場所へと跳んだ。
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