第13話
「はぁっ……はぁっ……」
荒い息を吐きつつ、しかし次々来るゾンビを相手に僕はまた視線と切っ先を向ける。もう何度繰り返したか分からない構えから体が動くのに任せ刀を振る。
ミヤギのマツシマ基地の隊員たちはとても優れた隊員たちだった。数で劣る状況で地形や罠を使って数の少なさをカバーしながら民間人を守り抜いていた。しかしその限界も近づいていた。パンデミック発生から10年。トウホク最大の都市であるセンダイを目指して南下してくるゾンビ数万以上から守り続けてきた隊員たちは体も精神も疲弊しきっていたのだ。
ゾンビの群れがマツシマの市街地から南下し防衛地へ押し寄せてくる。それを察知した基地隊員からの救援要請に応えたセンダイ都市防衛隊の一部と僕らが所属しているトウキョウ首都防衛隊、通称中央防衛隊の小隊で救援に駆け付けた時には、防衛地間近に迫ったゾンビの群れがいた。
マツシマという地は主に3つのエリアがあり、センダイに一番近い南西部がマツシマ、そこから北部にのびるタカギ、東部のイソザキと別れている。そしてその3つの中心部を東西に隔て、マツシマ湾に注ぐのがタカギ川であり、それと並んで伸びる国道45号線がゾンビの進行ルートだ。
マツシマ基地にいる隊員たちは少数でありながら遅滞戦術に終始し援軍が来るまで持ちこたえていた。元々はサンリク沿岸道が境となっていたがあまりの数に住民の避難する時間を稼ぐために徐々に退くことにしたのだという。幸か不幸か防衛線付近は山間で大きくばらけてはいないだろうとの事だったが、それより頭を悩ませるのはあるゾンビの特性だという。
マツシマ基地の幹部の話によればゾンビの中にも指揮個体がいて、もしかしたらそれが集団後方でこのゾンビたちを連れてきたのかもしれないというのだ。マツシマ基地の隊員たちも普段の散発的なゾンビの襲撃に比べて今回は明らかに数が多いことを指摘していた。隊員たちは肉体も精神も疲弊している中で不安そうにする住民たちを相手にしており、自分たちが集団後方を奇襲し、指揮個体の討伐、それが叶わなくともある程度の数を誘引できればマツシマ基地も体制を整えることが出来るはずだ。
そう直訴せずにはいられなかった。ナゴヤという故郷が壊滅した時の情景が思い浮かぶ。海側へ走る僕たちを見送る僕の両親。父は小銃を携え町の防衛に加わるといった。母はそんな父を気遣いその地に残った。自分も残りたかったがその手に握る幼馴染の温もりに僕は両親に背を向けた。あの時ほど無力感を覚えたことはない。そして今再びそんな思いをしてなるものかという情熱が僕を動かした。
そんな僕に表情を歪めたマツシマ基地の幹部を説得したのは軍曹だ。無理はしない、あくまで後方の指揮個体の捜索と討伐。道中のゾンビの誘引と漸減に努めると。僕たちの決意を受けたマツシマ基地からも志願者による後方の奇襲部隊が組み込まれた。
まず45号線をマツシマ基地の決死隊でサンリク沿岸道との合流地点まで押し返す。僕らはその間トウホク本線という鉄道路線跡を遡って後方を急襲する段取りだ。
マツシマ基地の決死隊は初撃の火力集中によってあっさりと45号線のゾンビを殲滅したそうだ。僕たちは急襲した45号線の合流した先、346号線とトウホク本線が交差する高架橋で戦闘をしている。橋の下から軍曹が率いる隊が高機動車から放たれる機銃掃射によって橋の上のゾンビが一掃された後。そこから散発的にやってくるゾンビを倒すためにちょうど良く線路の上の道につながる階段を駆け上がり、僕たちはマツシマ基地の隊員たちの合流を待っている。
道の先からは常に10から20人程度のゾンビがこちらへ向かってくる。即座に倒そうとして、徐々に足が前に進んでいった。
「風間! 出過ぎだ!」
中央防衛隊の先輩である阿部さんの声に僕は自分が孤立していることに気付き、そうして銃を構えたまま後退する。無心でゾンビに銃弾を放っていたからか残弾が少ないことにようやく気が付いた。
「すいません」
「落ち着け。後ろが追いついて来るまで我慢だ。リロードはしたか?」
「いえ、していませんでした」
「リロードは声に出して行え。それだけでカバーの意識が生まれる。残弾は?」
「あまり」
「だよなあ」
ぱぱん、ぱぱんと少ない銃弾でゾンビを仕留めてゆく先輩に、高い女性の声。
「リロード!」
「あんな風にな!」
幼馴染である霧瀬のリロードに反応して即座に銃口の向きを変え射撃する先輩を横目に、僕も急いで構えなおす。線路を走っていた軍曹たちは線路から346号を遡って退路を確保するようだ。1㎞もないその道を確保し戻ってくるまではこの高架橋を死守しなければならない。今は小康状態ともいえる程度にゾンビの数が疎らではあるが、またいつゾンビの群れが襲ってくるか分からない。僕は一つ息をついて小銃を構えなおした。
「後続は来ないってどういうことですか!」
そんな声が聞こえたのはそれから1時間程度だろうか。阿部先輩が軍曹に食って掛かっていた。
現在は交代で道の向こうを警戒している。高架橋を一時的な防衛線としているが、数こそ少なくなっていても現在までゾンビの流れは途切れていない。
「サンリク沿岸道の合流地点から西に、オオサトからの合流地点がある。現状大量のゾンビが南下していることしかわかっていない以上、追加のゾンビがオオサト方面から来てもおかしくはない」
マツシマの北はカシマダイと言う土地だが、その西にはオオサトという平地が繋がっている。東はミサトで山を隔ててイシノマキがある。更にその北にはトメと大きな平地が広がっており、またそれらをつなぐ道路も多い。イシノマキは今回の作戦では別の地区の担当となっているが、オオサト、カシマダイ、ミサトは広大な平地で繋がっている。少なくとも視界は開けているだろう。
西であるオオサトからマツシマへの侵入を警戒するというのはある意味当然の判断ではある。
「遡ればオオサト、346と線路はカシマダイの市街地へ続く」
「そこまで小隊で行く、と?」
「行くしかあるまい。線路側は一気に市街地へ向かい状況次第で臨機応変に対応する。阿部、そちらは」
「346を突破ですね。ですが軍曹、弾薬がどこかのタイミングできつくなると思います」
「渡してやりたいがこちらも厳しい。だからマツシマ基地から渡された装備を配る」
そうして渡されたのが数振りの剣鉈と日本刀、バットに無理矢理折ったかのような金属パイプなどの装備といえないようなものまであった。
「銃剣より長いものでゾンビのリーチの外からぶっ飛ばせ、だそうだ」
「資材不足に対する工夫が見て取れますね」
「違いない」
僕は正直茫然としていたと思う。今まで小銃で面制圧してきたのに、今度は多対一を銃火器無しでいなければならない時が来るなんて。
軍曹や阿部さん、先輩方が続々と得物を選び、残ったのは日本刀と刺又だった。
「風間は刀でいいな。笹美は刺又練習しただろう?」
「はい」
「ええ、一通りは。ですが……」
僕も刀は振ったことがある。それこそ子供のころの記憶しかないが、
仲間に譲られた武器で、しかしこれからこの道具でゾンビに対処するのだと思うと、少しだけ思うこともあった。周囲では剣鉈の握りを確認していたり、バットを担いで今から野球でもしに行くかのような人もいた。
いい武器を残したというのも無いわけでは無いが、それぞれ得意なものを選んだ結果なのかもしれない。
剣帯を腰に繋ぎ、鯉口を切る。抜いたら斬る。瞳を閉じて息を吐く。息を吸って、今度は深く、ゆっくりと。心が落ち着く。
案外過去のルーティンでも覚えているものだと内心で笑みを浮かべて、目を開き白刃を晒す。
やや反りのある直刃に
手首を返し柄を前に出しながら切っ先は鞘を握る親指の根本へぴたりと乗る。立てた鞘の鯉口に切っ先を導けば後は肘を畳むだけ。久々だったが体が覚えていた。それにこの刀が今の僕には合っているのだろう。
「大丈夫そうだな。様になっているじゃないか」
一部始終を見られていたようで感心されてしまった。霧瀬は身長より高い刺又をくるくると回している。彼女の方がよっぽど曲芸染みていると思うのだが。
そう思っているのは僕だけではないようで、霧瀬の周囲にいた先輩たちはおーといいながら拍手していた。
「全員大丈夫そうだな。……みんな、よく聞け」
軍曹の言葉にその場にいた全員が背筋を正す。今は一時の休憩時間。作戦はこれからが本番だ。それをみんな理解しているのだろう。
「今回の任務はあくまでも救援だ。今は無理をする場面ではない。ゾンビが増えてくるようなら撤退も視野に入れろ。報告を忘れるな、いいな!」
「はい!」
変に気負い過ぎていたのかもしれない。僕は確かに自分のように大切な何かを失い様な人が出ないようにと防衛隊に志願した。とはいえ僕はまだまだ未熟だし、一人で出来ることなんてたかが知れている。仲間と協力して、ほんの少しでも多くの人が、一人でも多くの味方を助けることが出来るように。
「阿部! 笹美! 風間の手綱は握っておくように! どうも出過ぎてしまうらしいからな!」
「はい!」
「お任せください!」
しっかりと釘を刺されてしまった僕は申し訳なさから俯くことしかできなかった。
今はそんなことを思い返しながら刀を振っている。最初は人の形を斬っていることに得体の知れない恐怖と居心地の悪さ、何よりゾンビとなった存在の以前の姿や生活を思い浮かべてしまって刀を振る腕が、前に進むための足が止まりそうになった。その度に声が聞こえた。霧瀬の、阿部さんの、そして河鹿先生の。
徐々にそんなことを考える余裕もなくなっている。斬って斬って斬って斬り続ける。時折剣を納め一呼吸。周囲を濡らす赤にも鉄臭い血臭にも慣れた。抜いたら斬る。心身をリセットして、ゾンビを斬り続ける。
周囲を木々に囲まれていた道が開けた。川沿いに北上してきたがそろそろカシマダイだろうか。地平線の先に見える山は随分遠い。そうして、阿部さんに連絡が届いた。
『カシマダイ市街地には確認できる範囲でゾンビはいない! これから346を遡る! もうひと踏ん張りだ!』
「阿部了解! 特異個体は!」
『こちらでは確認していない! 発見次第報告しろ! 無茶はするな!』
「了解っ!」
もう何体のゾンビを倒したか分からない。しかしこの延々続く作業の終わりが見えたとなれば、何としてもやり遂げる。ほんの少し体に力が湧いてきたような気がした。
刀を納めて一つ呼吸を入れる。深く息を吐いてこちらへ近づくゾンビの集団を視界に入れ、線を引く。浅く呼吸を繰り返し、機を見て一気に刃を解き放つ。知らず自分の口から気炎が上がる。
「おおおぉぉっ!」
逆袈裟に振りぬいた刀は前を塞いでいた数体のゾンビを一刀両断する。勢いを維持したままさらに踏み込み、もう一度刀を振り回す。一息で複数のゾンビを斬り倒して、僕は血振りをし周囲を見渡す。阿部さんも笹美も問題なくゾンビを制圧し続けていた。
終わりは近い。僕が今回学んだのは迷わないこと。今はとにかく、前に進む。肩を並べている二人に、今も耐えているだろうマツシマ基地の同志に、こちらへ向かってきているであろう軍曹が率いる仲間たち。彼らもきっと、気持ちを同じくしていると信じて。
二か月と2週間たった。ヒヨコはすくすくと成長している。最近は外に連れ出し日光浴をさせたりしている。そしてようやく見つけた偵察用の鳥は元気に鳴いている。仕掛けた巣に入って行った数羽に契約の魔法を叩きつけたのが悪かったのか、一度に3羽と契約してしまった。
黒いネクタイのような体毛の鳥は知っている。シジュウカラだ。他の二羽はわからない。何でそれぞれ色が違うのかとか、大きさも微妙に違うし鳴き声もそれぞれ違うとかどうなっているのか。ともあれ、無事に偵察用としたのは良いが、この鳥共、鳴き声と一緒にこちらに飛ばしてくる意志がまあ五月蝿い。五月蝿すぎて偵察に使うのをあきらめてニッカワ周辺を好きに飛ばすくらいしかすることが無い。とはいえサイズから考えても食いではないし、せいぜいがアラーム係とするくらいだ。
ヒヨコに与えた餌はほぼおかゆ状のものだが他の鳥連中には俺が炊いた米の残りを分けている。腹が減ると揃って俺のところに来るのはどうにかならんのかね。君たち野生忘れるの早すぎないか。いや、そうだったな。鳥頭だもんな。ごめんな。
センダイではマツシマ基地で活躍したトウキョウの防衛隊の活躍が噂として広まっている。中谷里が依頼を終えた後のことだ。
中谷里が受けた依頼では厳重に保管されていた動物園内の動物たちを見てきたらしい。実弾を消費することなく動物園の飼育員業務を体験してきたと随分とあっさりした反応だった。別口から侵入した千聖も動物の反応が思ったより敏感で近づけなかったけど動物園面白かったと言っていた。お前ら何してるんだ。俺としては元飼育員の八木と聞いて、今後変に絡まれる可能性もある気がして中谷里を呼び戻すことも考えている。
酒の販売、物々交換は順調だが最近は尾行を受ける機会が増えたらしい。顔見知りが取引の仲介を受けたとかで接触を受けたらしいが、それなら尾行をする必要は無いはず。仲介というのが嘘なのか、それとも売れる情報を得ようとしての尾行なのかまだ判断はつかないとの事。印東もそれらしい情報は無いと言っていた。
俺としてはそういうときのためのミヤギ西市民センターなどの一時保管場所だ。とはいえ未だに酒は捌き切れていない。マツシマが終わり、既に動物園編が動き出している。その後はシカマの演習場なのだが、それまでに必要なサブクエストがいくつかあったはずだ。
動物園編は八木を通して中谷里に探りを入れさせれば日取りはつかめるだろう。出来ればその日に合わせて先にシカマを押さえたい。そろそろナノマシンインターフェースを使って作業を進めたいところだ。
とはいえ、町で探りを受けている小屋姉妹のことを考えれば、こちらの作業を一時的に誰かに任せてしまいたいところ。車さえあれば一日で往復できる距離なのだ。土地の情報、勢力図、車と燃料。いろいろと考えたが、一人で実行は可能だ。
夜中にショートジャンプを繰り返し到達点とニッカワの拠点を転移する。それを繰り返せばサクッと転移できる。荷物自体も大した量ではないから転移の往復で事足りる。ただ、もう予定は組んでしまったし、一人で物事を進めたところで俺の動きが謎過ぎるしでどうにもおさまりが悪い。
魔法によるアリバイ崩しは秘中の秘。頼りすぎるのは危険だが、それを気にしすぎて控えすぎるのも問題だ。感染自体は問題ない。というかゾンビの強化薬の臨床試験はいずれ必要になる可能性については既に至っている。それが何年後になるかはわからないが、ゾンビに関わらず生きてゆくというのが難しいことは百も承知だ。とはいえ、それは折を見て行えばいい。
俺たちを狙う元凶については大々的に殺すには問題がありすぎるし、始末したところで俺たちが出て行っても嫌疑をかけるに丁度いい存在であることには変わりない。真栄城や生泉が罪科に処されるのを見届けなければ俺たちの生存保証は成り立たない。よしんばそれが成り立ったとして、俺たちが活動している限りそういった権力構造との対立は終わらないだろう。じゃあ自分の国をつくる? それこそ有り得ない。そんなことで安全が保障されるなら人類は、国家は既に一致団結しこの未曽有の危機に対処しきっているはずだ。
人間の善性などその程度だ。誰しもが自らのネットワークのうちで、もしくは自らが信頼する関係性の中で自分の生きる道を見つけるしかない。
考えすぎた。今は目の前の問題を順々に対処しよう。
俺個人について。サテ山のショップ。生体ドローンやクローニングに必要な野生動物、その体組織、細胞の取得。ファンタジースライムの培養。主人公の行動把握。
群狼について。酒の販売について探りを入れている連中の対処。下手人のピックアップ。キャンピングカーの資材調達。ナノマシンインターフェースの入手。源泉の捜索もあったか。
まずはショップについて。現状打つ手なし。試してみたいことといえばあくまでショップ側の立場で売買を成立させること。売却や貸し出しによる行為をすることでショップ側の運営に関われば何か変わるのではないかと考えているだけだ。ガスによる給湯が出来たと言って小屋妹にシャワー小屋使わせるか?
野生動物に関してはゾンビ熊と鹿を仕留め、その細胞を頂戴している。正直使う機会があるとは思っていない。欲しいのは魚類だが今はそこまで手が回っていない。鳥を探しているタイミングでの遭遇だったため、本来は動物の細胞の採取も後回しにする予定だったものだ。
マザーの培養。順調。アレは最悪俺の血液を投与すれば問題は無い。無いが、適当なものを与えて予想できない能力を得ても俺の制御が困難になるだけだ。それなりに気を付けている。
主人公の行動把握は小屋姉妹と中谷里に軍の動向を常に探らせている。顔が割れている千聖には近づかないようにさせてはいるが、中谷里に関しては軍曹が顔を覚えている可能性がある。中谷里の髪が大分伸びているから印象は過去とは違うはずだが。中谷里も軍の高機動車などからには身を隠すといった行動はしているようだから彼女に関してはあまり心配していない。
キャンピングカーの資材調達は小屋姉妹と印東に任せている。現状ではタイヤは在庫確保済み。バッテリーも使用に耐えるものはある。インバーターとその他細かい部品を捜索中との事。近いうちに一度工場でバラシてエンジンとタンクの洗浄予定との事。電気自動車は今の段階ではついでに探す程度にするとの事。中谷里の情報にあったセンダイ北部の自動車工場が本命なのだろう。
俺が真っ先にするべきは酒の販売方法や探りを入れている連中に対する直接的な対処だろう。印東でとれない情報なら俺がやった方がいいだろう。こういう時のための魔法があるのだ。盗撮とか盗聴ではない。結果的にそれに近い方法になっているというだけで。
死角に設置される観測の魔法というのがある。これ、人の死角に潜む魔法でその人間の視覚を共有する魔法だ。俺の魔法は発動すると燐光が発するが人の死角に存在するその魔法は燐光を察知できないようになっている。観測点が2カ所以上あれば基本的に死角をカバーできると考えるかもしれないが、その際は眼球内の死角に入り込む。
観測の魔法は視覚であり死角でもある。ついでに言えばEyeとⅠも含めてかなり完成度の高い魔法だ。概念的な統合を果たした魔法というのはこれ以外にもあるがガイドという
なぜこんな面倒くさいことをしているかといえば、魔法の仕様によるものだ。理論や理屈、こじつけに近い屁理屈でも理屈は理屈なのか効果を発揮しやすい傾向がある。逆にそういったものに頼らないイメージ先行の物でも一定の効果は出る。しかし、ファンタジーにおける炎や水の魔法などはひどく効率が悪い。これはファンタジー系の物語に出てくる魔法を基準としたときの話だ。着火させる程度なら問題ないし、水は飲み水をつくる程度には困らない。何事も使い方によるのだろう。
ともあれ目を増やすのは情報の取得に役立つはずだ。顔や場所だけでもわかれば印東がうまくやるだろう。
直接の対処法としてはどうするか。まあ基本的には変わらない。小屋姉妹を人質にとったところで意味が無いことを示せれば早いのだが、そうすると俺の時間が拘束されるんだよなあ。今のところ夜に保管所へ運んでいることを知っているのは極僅かだ。呑兵衛どもがいの一番に集まってくる。俺が斧を持っているときは大人しく帰るが持っていないとその場で飲み始めるんだよなあ。最近は斧を常備していることから相手の方から察して情報寄越してくれないだろうか。
ミヤギ西市民センターには施設内に直接転移している。小屋姉妹はようやく情報屋を一つ完全に抑えたそうだが、樽三つはぼったくられてねえか? 市民センターにあった分が目減りしていて少し焦った。とはいえ信頼できる情報屋の存在は有用だ。
言い方が変にはなるが、裏町にある情報屋を表とし、裏は印東が探る。小屋姉妹と中谷里が表向きの実行部隊だが、それすら擬態だ。千聖は使わないに越したことは無いが、いるのといないのとでは出来ることに差が出る。そして自由に動ける俺が最終的に処理する。体制的にはこんなものだ。
一先ずは相手の情報待ち。俺についてはそろそろ源泉探索にでも行こうか。
軒先でピーピー鳴いている鳥共から更なる食事の催促を受けつつ、最近毛色に茶が混じってきたヒナイヂドリも元気にぴよぴよ言っている。ちなみにヒナイヂドリは千聖が名付けた名前だ。まあ養鶏だから雌鶏だし、卵産まなくなったら肉になるんだろうが、期待値高すぎないか?
それから数日後、見慣れたピックアップトラックに乗ってやってきたのは小屋姉妹に中谷里と千聖。更に招かれざる客を二人も連れてきていた。キャンキャンと響く鳴き声に少しだけ嫌な予感を感じながら、ニッカワの拠点としている家の前、車から降りてきたのはまだ幼さすら感じる男女だ。
「仲間候補連れてきたー」
小屋妹が暢気に吐いた言葉への返答は手のひらだ。別に打ったわけではない。頭皮とかこめかみとかを片手でマッサージしているだけだ。小屋妹の悲鳴をBGMに事情を知っていそうな中谷里を見る。
「ちょっと研究に協力できそうな人材だから連れてきたよー」
そういうことか。仮に採用しなくてもここで始末してしまえばいいという判断だろうが、それはまずい。すごく、とてもまずい。
先ほどからトラックの荷台からキャンキャン言っているのは目の前に来た男女の甲斐犬だろう。そうなれば彼らの事情も察するし、中谷里の発言の意味も分かる。
目の前の男女は片平兄妹。兄の片平
彼らはゲーム内で二人と一頭のキャラクターとして登場する。兄の判は鉈と罠を使い、妹は猟犬である甲斐犬を使う変わったキャラクターだ。もっと煮詰めればいいキャラクターになっただろうに、犬のAIが残念で使用率が低いキャラクターとなっている。
とはいえ、作品内で明言されている通り甲斐犬のメスであるたんぽぽを連れている。そして彼らの目的も面倒だ。
「で、君らは何でこいつらに連れてこられたの」
「俺たち親父を探してるんです!」
そうなのだ。彼らの父である佐沼藤寿郎がそれらしい言葉を残して別れたのだ。ちなみに言えばこの佐沼藤寿郎はまだミヤギにいるかもしれないが、後々カントウで主人公たちと出会う。物語中盤から後半にかけての稼ぎに連れて行く必須キャラクターといってもいい。
猟師というキャラクター設定と、関東における野外マップ、動物型ゾンビが多く出現するチチブという地で彼を編成すると彼の攻撃力がパッシブで上昇し、動物型ゾンビからのドロップアイテムの取得量が割合上昇するという固有のパッシブが噛み合いすぎているからだ。
それに比べてキャラクター設定の見習いという部分、それから犬に関する挙動が残念なあまり比較して下げられるという悲運のキャラクター。それが片平兄妹だ。
父と性が違うのはパンデミック前に両親が離婚し、母方の元にいたのも束の間パンデミックで一家離散した際に救援に来たのが分かれた前夫である佐沼だったからだ。母は佐沼に子供を託したが当時10代前半のこの兄妹をパンデミック後の世界で男手一つで養っていた佐沼には頭が下がる思いだ。まあバツイチである件は置いておいて。
「別れた状況は?」
「分かりません……ある時急に……」
「ぽぽが吼えていたので起きたんですけど、その時には……」
「ぽぽ? あの犬か」
小屋姉がリードと首輪を掴んで押さえている。後ろ足で立ち上がってるのに小屋姉は微動だにしない。とりあえずひっつかんでるだけか。
「ぽぽが何かの実験に協力すれば、雇っていただけると聞きました」
「まあ待ちなよ」
既にぐったりとしていた小屋妹を中谷里へ押しだす。小屋妹は中谷里に抱き着いて泣き崩れている。嘘泣きなのは百も承知だがお前の次の卵は浄化無しでいいな?
「いなくなった理由に心当たりは?」
「分かりません、本当に急にとしか」
「君らみたいな家族見てきた限りの話だけど、大抵は感染したからだったよ。君らのお父さんは感染してたの?」
「えっ! そんな……でも」
「ゾンビ症は野生動物にも感染するよ? 動物から人間も然りだね」
「……わかりません」
「まあちょっとした怪我でも隠されたらわかんないよね」
「あのっ! お父さんはゾンビになるから、私たちの前からいなくなったっていう事ですか?」
「実際になるかどうかは別だけど、まともな親ならそうかもね」
「そう、ですか」
まあ一般の人間が知ることが出来る情報なんてたかが知れているか。特に猟師のもとで育った彼らには特に情報は制限されていたような雰囲気がある。どうするかな。ここは恩を売って犬を借りるべきかな?
「一応予想はあるけど、聞くかい?」
「あ、はい」
「少なくとも北ではないだろうね。猟師がセンダイで利用するのは何でも屋だ。そこには運び屋の情報も入る。そうすれば北は無い。未開の地と化しているからね。君たちのお父さんは自死を選ぶタイプの人かな?」
「いえ、思い切りは良いですが、割と執念深いタイプかと」
「それ猟のスタイルの話? まあいいや。そうすれば南なんだけど、どれだけ耐えていたのかにもよるね。ゾンビ症は確かに高い確率で発症、ゾンビになるけど、天然の抗体持ちも数は少ないけど存在するんだ。ゾンビに噛まれた程度ではゾンビ化しないって人が」
「そうなんですか?」
「そうだとも。ほら」
そう言って俺は昔作った左腕の傷跡を見せる。千聖や小屋姉にもあるが、彼女たちは別にいいだろう。いいって言ってんだろ、小屋姉は首元を見せるように襟を引っ張るんじゃありません。
傷跡を見て俺を見て驚く兄妹に俺は微笑む。
「俺らはここで活動してるし、南にはいかないけど、運び屋や軍に伝手はある。南に行くための資金や資材を貯めたいっていうなら、条件付きで受け入れるよ?」
「あ、えと、それは」
「お願いします!」
まごつく兄に即断即決の妹。まあ交換条件の対象が自分ならって覚悟なのだろうか。こういう時は何故か女の方が決断が早いっていうしな。
「相談する時間を取ってもらって構わないよ。彼女に聞いただろうけど、用があるのは君たちの犬だしね」
「あ、そうだった……ちなみにぽぽに何するつもりなんですか?」
「ちょっとした検査とクローン犬の出産」
「……はい?」
仮親がいるなら培養したクローン胚を受胎させるためのカテーテルが必要になるか? いや、内視鏡? カラスに使っているナノチューブは手持ちにはない。いっそマザーに頼むか? よし、ナノマシンインターフェースが先だな。動物園の計画も明日らしいし、まずは北で道具の確保だな。
「俺、元々遺伝子学の教授のもとで働いてた研究員」
嘘は言っていない。久間楠女史の元で研究員の肩書は得ていたわけだし。どこのとも言っていない。近場ならセンダイを想像するだろう。
「えっと、あの、その」
「こんなところで出来るのか、っていう疑問かな」
「はい、その、人工交配って出来るものなんですか」
「交配ではないけど、できるね。精子でも体組織からでも。もっと言えば遺伝子組み換えした作物とか、ここにいるヒヨコも、あの鶏のクローンだからね」
実験の成功というのは理論の証明だ。理論の証明とは科学者の正しさを示すものだ。この世の中でモラルや道徳がある程度無視、否定される状況であれば、それは何にも勝る正しさの証明ともなる。
「あの子、メスの甲斐犬って聞いたけど、子供は産んだことある?」
「いえ、ぽぽはお父さんの飼っていたクロの子供なので。えっと六歳くらい? だったと思います」
子供と犬の面倒を見てたのか。というかそうなると佐沼の元にも犬がいることになるが。
「お父さんが他の犬を連れて行ったのかな?」
「いえ、クロは2年前にクマに襲われて亡くなったそうです」
甲斐犬って一代一主と呼ばれるくらい一人の主に忠誠を誓う、所謂複数の犬との狩猟が困難な犬種じゃなかったか? ああ、いやだからあの犬が子供たちである片平兄妹についているのか。この感じだと妹を主としているのは間違いないか。
「俺が知っている範囲では出産回数が6回未満なら7歳、6回以上なら6歳までがボーダーラインだったはずだから、多分大丈夫だと思うよ。交配する側もブルドッグとかの自然分娩が困難な犬種ではないからね」
「えっと、つまり、その、ぽぽのクローンをつくるってことですか?」
「どちらかといえばこちらで保管している犬種のクローンになるかな」
生まれるのはゾンビ化していない強化ゾンビ犬になるけどね。
「ぽぽが死んだりとかはしないんですよね?」
「自然分娩だからね。手は尽くすけど絶対とは言えないかな」
魔法使うんで大丈夫です。ナノマシンインターフェースを使うことでマザーを定期摂取させ健康管理をすれば恐らくは大丈夫。何をもって健康というのかの定義にはブレがあるのをご了承ください。
「一先ず今日は休んで、ゆっくり考えると良い」
そう言って彼らを中谷里と小屋姉妹に任せる。2か月かけて整備した家は今のところ不都合なく使えている。投げ込み型の電気ヒーターなんて初めて知ったが割と手軽に風呂に浸かれるようになっている。電気湯沸かし器はそれなりに電力を消費するが、基本的に家では電気を貯めるだけなのでバッテリーの増設を計画した印東には頭が上がらない。
食材はあまりないが飢えるほどではない。かなり過ごしやすくなっているのは間違いないだろう。
さて、まずは千聖だ。
「お前どうする? 残って監視するか、演習場に行くか」
「演習場」
「じゃあ中谷里が居残りだな」
「何で?」
何ではこっちのセリフなんだが。地味に機嫌悪いなコイツ。
シカマへ行っている間、この拠点を放置するのももったいなくはあるのだが、現状どうしてもキープしておかなければならないものはない。なんなら隣のサテ山で隠れて生活できる。ショップは可能な限りの米と交換した後で破壊するが。
いや、まてよ? そもそも自分以外の人間が使った場合にどうなるかというのを試していなかった。いっそここに誘導して、適当に実験した後に始末すればいいか? 暗示や洗脳は初対面だと余程都合のいい指示でないと抵抗される。記憶を消すことは現状範囲を指定できないので、ひらめきや記憶を掘り返すことで同じ結果になる可能性がある。そうなると始末するしかない、ということになる。
まあサテ山の件は置いておくが、片平兄妹が何を目的にしているかだ。
十中八九資金や資材なのはわかっているがそれをどうするのか。そもそも足がないのに運び屋の真似なんてできるわけがない。何も考えていない? 猟師として食料を保証できる? 何かしら力になることを対価にするつもりだったのだろうが、俺たちの目的はあの犬だ。
彼らの目的は父である佐沼を探すこと。探してどうするんだろうか。一時的に協力してもいいが、彼らに俺たちのことを漏らされるのも嫌だなあ。かといって始末できるような相手でもないし。まあ心情的なものなので、結果的に死地に行ってしまうのは仕方ないかもしれないが。
とはいえ、どうしたものかな。情報を握らせるなら、もっとうまい使い方があればいいのだが。繋がりがあるのなら利用しないのは嘘だろう。
道筋は見つからないが、できれば主人公に同道させたい。最低限知り合いになってカントウ方面に行ければ親とも会えるだろうし、観測をかけておけばトウキョウまで行った場合研究所の状況も観測できるはずだ。となれば彼らを少し強化することで、主人公たちについて行ける自信と、仲間として引き入れるたくなる魅力を持たせることが出来ればそれが一番いい気がする。ついでに偽名と所属を偽っておけば勝手に深読みしてくれるかな? 都合のいい展開ではあるが、有り得ないとまでは言えないはず。
「あの子らが死なないようにだな」
「え、死ぬの? 殺すんじゃなくて?」
「俺を何だと思ってるんだ」
「情報握られたから最後には始末するのかなって」
「欺瞞情報掴ませて泳がせるに決まってんだろ」
「えっ、優しい」
「お前も頭部マッサージしてほしいみたいだな」
伸ばした腕から飛びのく様は猫が驚いて飛びのく様のようで。
「私はまだ若いのでいりません」
「小屋妹ガチギレ不可避」
「だってマックスゴリラじゃん」
ごめんな。今回は本気で捕まえる。しっかり頭部をキャッチした俺は徐々に力を籠める。
「正直演習場には運び役とその護衛の小屋姉妹がいればいい。ただしシカマのゾンビもそれなりに対策が必要だ」
「本気じゃん……ごめんなさい」
「ゾンビ対策より探索時間を削りたいから人手があれば、と考えていた」
「あ、あ、あぁぁ謝ってるぅぅぅ私謝ってるのぉぉぉ」
「設備自体は大したことは無いはずだが、入った痕跡はどうしたって残る。それは出来れば少なくしたい」
「ああああああああ」
「おい聞いてるか」
ぱっと手を放す。頭を抱えながら俺から後ずさる千聖に俺は距離を詰める。
「あいつらが小屋姉妹より先に接触した相手は誰だ」
「……わかんない」
「裏で都市と繋がってる可能性がある。恐らく上層部。次点で別勢力。それとなく見張れ。卵かけご飯」
「了解」
別に対価を示さなくてもきちんと返事をしていたとは思うが、一応対価を示した俺に千聖のトーンが戻ったように感じた。
小屋妹が得体の知れない相手を引き入れるなんてことはまずない。少なくともそれくらいの分別はある。話を聞かれて、犬の存在を知った中谷里が丸め込んだ? 可能性は無いわけでは無いが、仲間候補と言っていた。中谷里が助言したのは間違いないと思う。
元々南方はある程度広く、運び屋の荷としてセンダイ南部へは行けるだろう。しかしここでわざわざ西を探索拠点としていた小屋姉妹に話を振ってきた理由はなんだ。酒を捌いているから稼げる? そんなことはない。酒は手に入れた者が町へ持ち込むから運び屋の利となる。酒を運び込むから稼げるなら小屋姉妹より稼ぎの多い連中はいるはずだ。そんな中で小屋姉妹に照準を当てる理由は何か。
ニッカワの正体不明の酒狂いと小屋姉妹が繋がっていると考える可能性があるのは、小屋姉が壁の染みにした連中か、もっと深い情報が欲しいやつの仕業だ。そういった連中が小銭を握らせて怪しまれない方法で情報を抜こうとしている? やっぱ中谷里連れて行こう。千聖の方が躊躇いがない。
まあ現段階では可能性の話だ。詳しくは印東に調べさせよう。
電力消費量はまずまず。風呂に食事と随分と充実していたようで片平兄妹はすでに寝入っている。悪いが犬を洗うほどの余裕はないので釘を刺したが結構図々しいな、片平妹。
今夜は俺が見張り役をかってでた。朝は早めに出発する予定だから夜半に交代する予定だが、その前に話を聞かなければならない相手がいた。
「お待たせ」
もともと派手な化粧をしているわけでは無いが、化粧を落とした中谷里はいつもより幾分幼く見える。パーカーという普段身に着けることのないような服を身に着けていることもあるだろうか。
この『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』の製作元が海外だからか、日本を舞台にしているのにどこか服飾センスが日本っぽくないと思えるようなコーディネートが多い。特にメインヒロインの笹美霧瀬は防衛隊の迷彩服以外はこの世界にあってかなり身ぎれいだ。まあ俺たちにはそんなことは関係ないのだが、中谷里はどこかそんな『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』内の服飾センスに近い服装をしていることが多い。
「あの兄妹誘ったのお前だろ」
「うん」
「経緯は?」
「八木さんに頼まれたんだよね」
ああ、なんとなくわかった。八木の以前の仕事仲間の猟師というのが佐沼だったというオチか。
「いなくなった仕事仲間があの兄妹の親だったか」
「正解。それだけじゃないけどね」
顎をしゃくり続きを促す。
「犬を連れてたのも理由の一つ」
「知ってる」
「あとは女の子だったからかな」
「は?」
本当に何を言っているか分からない。性別で左右されるような判断基準とかあったのか? いや、さすがに安易すぎるか?
「女の子いたら普通に売られるから」
「それはそうかも知れんが」
「正直断る方が難しかったのもあるかな」
女所帯のところに年頃の女性を預けるというのは八木も何でも屋も良心に従った判断だと思う。というか何でも屋はそんな綺麗な奴なのか? 聞いた限りじゃ清濁併せ呑むような印象だったが。
「私としてはガンショップの伝手が欲しかったのもあるし」
正確には片平兄妹の親が使っていた伝手、だな。
現状、存在する猟銃はほとんどが政府か自治組織の直轄として扱われることが多い。少なくともガンショップは誰でも気軽に入れるような場所ではない。猟銃所持、もしくは取得者は許可証を持っている。ただし中谷里や小屋姉妹の持っているものは非合法品、許可証は偽造文書だ。調べられたら足がつく。とはいえ印東の仕事である以上、そこまで単純ではない。所属や時期を誤魔化して確認作業が難しくなるようにしていると聞いた。統括部門や所属先の違いから問い合わせ先の違いが確認作業を難しくしている、問い合わせたほうが騙りである可能性だってあるし、とのことらしい。中谷里や小屋姉妹も許可証を検められたぐらいで狼狽えるようなことはない。なんなら堂々と自分の許可証が本物であると言い張るし、それを理由にここでの許可証をつくるくらいはするだろう。問題はそれが政府に届く可能性があること。文章だけなら問題ないのだが、最近では感染確認のための採血や身体検査などから個人データを計測され本人照合がされる可能性がある。センダイは政府と連携を取っているため個人データを照合されると恐らく研究所に所属していた時のデータがヒットするだろう。すでにMIAしたはずの中谷里のデータが。
そうなると芋づる式に印東、千聖、俺の存在もバレることになる。普段つるんでいる小屋姉妹もだ。だから西の軍が検問しているところに伝手とちょっとした贈り物を欠かさないようにしているのだ。軍自体は自治体に比べ独立志向がある。国というよりもっと限定的な土地に根を張っているからだ。トウキョウの連中が何しに来た、くらいには思っているだろう。もちろんそんな人間だけではないだろうが、センダイは比較的安定した土地だ。余裕もあるし慢心もあるだろう。そういった部分に付け込むのは流石に長年運び屋をやっているだけあって、小屋姉妹は上手い。
「リーダーもそろそろ操りやすい手駒が欲しいかなって」
「……はあ」
間違ってはいない。ここに来る人間のうちうまく情報を流し、上手く情報を抜いてこれるような存在がいればと思っていたことは確かに俺の中にあった。
「あいつらどこから来た」
「錦が調べてる」
「どこだと思う」
「あの子たちイズミから来たみたいよ」
イズミはセンダイの北部だ。地下鉄の終着駅があり、駅を中心に山間部まで広がる住宅地があるベッドタウン。しかしその西と北は人が入らぬような山がある。そういうことだ。
もっと言えばそのイズミも一部センダイ生存圏に含まれていて今は人気が少ない。ゾンビがいるだろう北部の町との間にあるイズミは人がいない緩衝地帯となっているのだ。
接触する可能性があるのは北部を根城にしている連中か。
「他勢力か」
「北部で絞るだけなら時間はかからないけど、繋がりを遡るには少し時間がかかるって」
「んーどうすっかなあ」
「何を?」
「どっちを残すかって話」
「ああ。私残るよ?」
「……千聖にする」
「何で?」
「なんでって、素人二人と犬捌くならあいつが……」
いや、そうとも言い切れない。トウキョウで活動していた時、中谷里は小銃、狙撃銃、クロスボウなどをメインに扱っていた。
「無駄に犬抜くの上手かったよな、お前」
「え、なに? 始末するの?」
「……クマガネで実力テストでもしてみるか?」
「わぁ、ひっどい」
酒を運ばせつつ、ゾンビ処理の手並みを見て使えるかどうか判断するのもいいかもしれない。というかそれぐらいしかさせることが無い。狩猟がしたいならすると良い。西側の山の中でなら何をしてもらってもいいだろう。
基本は小屋姉妹の元で働いてもらうことになるが、印東とはバッティングさせない。これは二人も理解しているだろう。となると印東を一度こちらに戻すか? 印東がいなければある程度、例の拠点を使っても大丈夫だろう。機械に強い印象はなかったし、印東も自分がいないときに他の人間が立ち入る可能性を考えないはずがない。
むしろ印東がこちらですべきことといえばキャンピングカーの整備だが、地味に場所が悪い。そこまでの足を用意するところからか? いや、別行動でいいか。キャンプ道具はあるしサテ山の頂上近くで作業しながら生活できるはずだ。ただ単純にそのくらいの距離感で自由に動かれるとなにかしら不都合が起きた時に対処し辛いというか。いや、そうならないように事前に対処はするつもりだが絶対安全という事は無い。
可能な限り詰めて、適当なところで思考を切らないとずっと考えることになる。これは後。
「印東を戻して、そっちは6人体制で」
「千聖ちゃんはいいの?」
「片平兄妹を分けて使え。拠点に残った方につけろ。従わせろ」
「了解。ね、リーダー」
「なんだ」
「犬生まれたら、私もらっていい?」
「猫派にあげるのは癪だ」
どうやら彼女の中で俺は犬派。全面戦争を仕掛けられた気がしたので断固拒否の構えを見せる。
「じゃあ名前だけでも!」
「聞くだけ聞いてやる」
「マックスで」
「お前は明日俺と来い。ゾンビツアーだ」
猫派と犬派の溝は深い。
明けて翌日。4人での行動だ。珍しく小屋姉がハンドルを握っている。昨晩は遅くまで小屋妹は片平妹と妹トークを繰り広げていたようで、何故か小屋姉の株が上がっているらしい。中谷里も知っているようで俺はそれを後部座席で聞いていた。
アヤシの手前を北上し、国道457号へ合流する。途中で軍がよく使っているという県道55号、オオクラダムへの一本道を交差し所謂裏の道を通って北上する。交通の利便性を追求するのであれば国道4号を使った方が手っ取り早いが、単純に人目を避けるためでもある。もちろんそれ以外もあるが。
今回のルート選定は小屋妹だが、コイツ本当に優秀だ。以前俺たちがダムの近くを通ってカメラに映りこんだことを覚えていて、今回はそれを生かしたルート選定だ。何かといえば、道中にあるミヤトコダムそばを通り、わざわざ証拠を残しつつこの後に繋げるつもりらしい。
457号線はそもそもセンダイ北部のトミヤを迂回してその更に北へ抜けるルートなのだが、北側を中心に活動している連中へのけん制も込めているとの事だ。そんなわけで俺は荷台ではなく後部座席だ。どう映っても3人で移動していたと言い張ることが出来るというのは良い案だと思う。まあ詰められれば一時行方不明なのだがそれは運び屋にはよくあることだ。ニッカワにいる片平兄妹にも千聖が言わなければ、帰ってきた後に誰かが言わなければどこにいたか等はわからないはずだ。片平兄妹には今後それぞれ人をつけるし、下手なことは言わないだろう。発信機等をつけて監視していたらそもそも片平兄妹を使う理由はない。因みに印東や小屋妹は車両チェックを欠かさないらしい。以前車上荒らしにあったらしく、その警戒度合いは強い。
そのミヤトコダムを越え、さらに北上する。ヨシオカという地区は商店区画だが、それを避けて西側の道を使って再び457号へ合流し更に北上する。山間に広がる田園地帯跡を通る道を走る。西側に見える山間部を切り開いてできたのが目標である軍の演習場だ。因みに周囲の道からも入れるが敷地内の林道を抜ける必要がある。目的となる施設群は北に集中しているため北に回り込んでいくのだ。
「流石にゾンビ増えてきたね」
当然車の走行スピードに追い付けるはずもなく、置き去りにされるゾンビたち。極稀に迷彩服やスーツのような服を着たゾンビが目に入り、俺は気合を入れなおす。
町境を示す看板の下を通過する。シカマに入ったら交差点を左に折れ、後は道なりだ。左に折れて右に折れて、演習場をしめす看板らしきものにフェンスゲート。その前には十数体のゾンビが散開しており、道路だけでなく一段低い田園跡にも幅広く見える。遠くに見えるフェンスゲートは開け放たれており、道の奥にもゾンビがいるのがわかる。
これ、明らかにおかしいんだが、やっぱり気付かないもんなのかね。
「どうすんの?」
途中で運転を変わった小屋妹がまっすぐ前を見ながら聞いてくる。答えは決まっている。
「つっこめ。演習場は広いからトレインしながら削れば時間稼げる」
「え、こっち私一人?」
「逆だ。俺一人で行く。連絡するからタイミング併せてピックしてくれ」
「はいはい。今宵のオオカミは血に飢えておるぞって?」
「もうとっくに明けてるんだが」
「いきまーす!」
こうして一台の暴走トラックがゾンビの群れに突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます