センダイ
第12話
深夜の国道48号線。山間と川に挟まれた道の脇、鬱蒼と生い茂る草木に囲まれた一つの工場跡地があった。そこで俺は一人の男と対峙していた。手には防火斧を持っていて切っ先を引き摺った跡には赤黒い血の跡が描かれている。どうしてこうなったのか。
今センダイの裏通りの一部、運び屋やスカベンジャーの間で流れている噂があった。センダイの西で酒を売っている奴がいる。閉鎖している蒸留所に残っていた蒸留酒を回収してきたとある運び屋が、裏通りの合法非合法問わず取引をする何でも屋に酒と共に伝えた言葉だ。
酒を持ってきたのは車両持ちの女三人組。ここセンダイに来てから比較的日が浅いが住宅地や都市郊外から機械製品や機械パーツなどを多く持ちこんでいる新進気鋭の運び屋トリオだ。小屋姉妹に中里と名乗った女性は20代半ばの女盛りという事もあり多くの男に声をかけられるがそのすべてを袖にしているというのも有名な話だ。
その運び屋トリオが言うには蒸留所にいる酒狂いが樽を運んでいるところに出くわしたのだという。ニッカワから出ようとしていたので物資狙いで声をかければ、食事と交換できたという。何でも屋に持ち込まれたのは瓶に詰められたウィスキー12本。それを自分たちには必要ないからと豪勢に売り払ったのだ。
そこにいた連中の一部は喜んだ。酒にではなく、新たな金の生る木が無造作に置かれている状況にほくそ笑んだ。もちろんそんなうまいだけの話などないと女運び屋は言った。
作業服は血だらけで、酒と血の匂いが充満してたから危険人物であることには変わりない。せいぜい上手く交渉すれば酒の一瓶くらいはもらえるんじゃないか、と。その話を聞いた男は嘲笑した。高々気狂い一人、始末してしまえばいいだけの話。殺さなくとも実力行使で脅してしまえばいい。とはいえ何の情報も無しに行くほど無鉄砲でも考え無しでもない。ここで話を聞いていたうちの数人、規模が小さく最近稼ぎの少なかった連中がいる。北側にいた連中だ。
東側は海の連中に町の物資を流している蝙蝠野郎。南の連中は軍が広げた生存域で物資漁りをする忠犬。西側は今回の酒の件で稼ぎが見込めるだろう。それに先駆けるため北側の探索を中心にしている連中が行くだろう。
西側から酒が得られるという話が広がって一月ほど経った。結果は正直なんとも言えない。
酒を持ってきた連中は確かにいる。数こそ疎らだが一ケース持って帰ってきたやつもいた。しかし勇み足で行った連中の内数名が今も帰ってきていない。恐らく死んだと判断されたやつと、酒を回収できる地点に死体があったやつ、飲んで帰ってきただけのやつもいた。
どんな対応をしたのか。交渉内容や交渉した時間、人数、場所を確認してもいまいち要領がつかめなかった。そうして俺は決断した。
一月の間に酒を交換するシステムが整えられたようだ。48号線にある工場跡。そこになければ蒸留所前の商店跡。最初に交渉した女運び屋の連中がこのシステムを整えたらしい。その女運び屋は独占して睨まれるのを防ぐためか、それとも重量物を大量に持って往復するのを嫌がったのか今ではほとんど手を引いている。1週間に1度様子を見に行ってるくらいで、持って帰ってくるのも瓶の数本だ。当人らは欲張ったって自分の命を要求されたら割に合わないなんて言って最近は空荷で帰ってくることもある。別の場所に流しているのかは定かでは無いが、少なくともセンダイを中心とした運び屋やスカベンジャーの情報網には彼女たちが酒を売ったという情報は入っていない。唯一入ったのはBDF売りの爺に酒を渡していたといった情報くらいだ。
あの燃料屋は都市内の上層部と繋がっているし、本人はバレていないと思っているが海側の食品工場の幹部と繋がっているのは明白だ。そんな間抜け爺が上層部に酒を貢いだって今はセンダイの裏街で時折入手できる。なんて言って渡したのかはわからないがアレはきっと女運び屋の嫌がらせの様なものだろう。ざまあみろ。
俺は運び屋のトップとして仲間数名と酒を回収しに動いた。どうやら酒を売る場として今回は廃工場が選ばれていたようで、俺たちを除いて数組の運び屋がその場にいた。工場内のガレージ奥で酒樽の傍に建つのがその男だろうか。他の連中が捌けるのを待って俺たちはその男を取り囲む。
部下が鉈やナイフで脅しているのは恰幅のいい髭の豊かな壮年。いかにも山で暮らす男のようなナリで、突きつけられた刃物を気にした様子もない。このガレージにあるのは樽一つ。瓶で持って行くよりよっぽど効率がいい。まだ工場にあるだろうから殺すつもりは無いがある程度の優遇措置を求めた俺たちへの答えは男の斧だった。
一番近くにいた部下の首が飛んだ。俺も部下も間抜け面をさらしていただろう。抜け駆けの対価は首一つ。ここで止まっていれば話は違ったのかもしれない。急な展開に立ち止まる部下をしっかり待っていた男は気にした様子もなく、用が無いなら帰れと言い放った。今思えばこれはただの煽りだったのだとも思う。退けるわけがない俺たちはそれぞれ獲物を抜いて男に襲い掛かるが、男が振った斧ごと両断される、無造作な蹴りで血を吐きながら壁際まで吹き飛ぶ、腕や足が千切れる鉄火場に早変わりした。気づいたときには俺一人、俺は自分でも覚えていないがどうにかしてここまで戻ってきた。何故か車には酒樽ごと置かれていて、検問で一部軍に抜かれたがそれでも樽の中には半分以上残っていた。これがその酒だ。
いいか、決して奪おうなんて思うな。あのおっさん、やりなれてやがる。酒に酔ってるようなのも気前がいいようなのも擬態だ。ありゃ正真正銘、酒に狂った変人だ。仲間? 何もわからねえ。いるかもしれねえが工場にもいるんじゃねえか? 少なくとも酒を取りに行った連中が会ったのはそのおっさんのはずだ。基本的には交換で手に入る。いいか、絶対に奪おうとするなよ。
『こんなかんじ』
「奪おうとしたやつらが最後だったんでな。とりあえず一度引き締めなおした」
『なるほどね。わざわざ変装したの?』
「そうだな。髭は描いただけだが」
『化粧道具貸したけど髭描いただけ? まいいや。クマガネはどうしたの?』
「どうも何も、俺が聞きたい。あそこどうなってるんだよ」
酒の流通を始めて約2か月ほどたった。俺は目の前でぴーちくぱーちく五月蝿いひよこを前に中谷里からの連絡を受けていた。
ニッカワで俺が生活を始めてから最初に着手したのは隣のサテ山の入り口の調整。車のバリケードはあるが数を減らしておいた。かかる時間が減るだけで未だに開通させていないのは基本的にサテ山を封鎖する方向に考えているからだ。主にショップの情報を封じるために。
それからマザーを使ったクローニングに選んだのは鶏だ。案外早くクローン元になる鶏を手に入れた小屋妹によれば、酒がうまい具合に売れたらしい。正直、他の動物は哺乳類、最初に手持ちから生み出すのであれば牛なのだが、牛では時間がかかりすぎる。かといって他の動物では餌の確保が難しい。
更に同時に進めていたアヤシとニッカワの間、クマガネにいたはずのゾンビ。その調査を隙間時間に始めた結果、センダイで一番西にある中学校から湧いていることを確認した。
クマガネ駅正面にある中学校から歩き出す、大人のゾンビ。更には日本の中学生にしてはサイズの大きいスポーツウェアを身にまとったゾンビが登場している。そしてこのゾンビ、クマガネから西にはいかず、国道沿いを歩き回っている。
俺がクマガネまで出てきたのは町で暮らしている連中が使えるように仮拠点や仮の保管所としてミヤギ西市民センターを調査しようとしたのがきっかけだ。市民センターには防災資機材倉庫があり、更にはLPガスの貯蔵タンクがあった。有り余る有用資材に喜んだのも束の間、市民センター脇にある学校へと続く歩行者用の細道からゾンビが出てきたときは驚いた。
マップの概念があろうとも非戦闘エリアにゾンビが入ってくる、なんていうのはゾンビゲームではありふれたシーンだ。案の定市民センターにいた俺に襲い掛かるフェンス越しのゾンビ。残念ながらフェンスを越えるような個体はいなかったため処理はすぐに終わった。
『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』における非戦闘マップである市街地マップはほとんどが1枚マップだ。エリアによる切り替えがほとんどない。基本的には施設に入るとロードが入る。仕様をメタ読みするのであれば門か扉を越えればリロードが始まる。が、残念ながらここは非戦闘マップだったところであったようで、手つかずの防災資機材はリポップすることはなかった。
惜しいと思ったのは貯蔵されていた物資に粉ミルクがあったことだ。紙おむつは回収。非常食などもあったがこれはいくつか残しておく。他にもバールやつるはしに斧。ジャッキやヒッパラーと呼ばれる道具に、まさかのチェーンソーまであった。災害時に障害物を除去、破壊するのに用意されたもののようだが、すこし物資が充実し過ぎていないか? 何なら巨大な救急箱や工具一式、エアーチューブ式の水槽、バケツにスコップ、土嚢など成程、災害に対しての備えのための資材、機材倉庫というのは伊達ではないようだ。まあこれら一式ある程度はもらって行くが。
資機材倉庫を開けた分、酒樽を置きシャッターを閉め結界を張る。ゾンビ避けにはならないが学校側の裏道となる場所から市民センターに繋がる道を封鎖。酒の回収がしやすいような拠点を用意した。忌避剤にはゾンビという材料が必要になる。主には変異結晶だが今は培養槽が足りていない。それに今はいろいろと忙しい状況になっている。
立地や資材も充実していて、ショップもあるし食材や身の回りの物も追加出来た。鶏、ヒヨコの育成も進んでいるが、一つ大きなミスをしていた。それがサテ山のキャンプサイトにあったショップだ。
あのショップは、ショップというにはとても無防備な、それでいてニッチな売り場であった。キャンプで使うような木炭やガスバーナーに使うボンベ、ランタンなどの燃料にもなるホワイトガソリンなど。もちろん食料もあった。ブランド米2㎏。俺が犯したミスは大きいが、それがこの米でなかったことは不幸中の幸いだった。
俺はここがショップであるという事を忘れて、ホワイトガソリンとランタンを持ち出したのだ。ショップであるからして、ここは金銭、もしくはゲーム内通貨にもなる変異結晶や売却用アイテムなどを置かないと売買は成立しないのだ。
敷地を出てからそのことに気付いた俺だったが、それ以降ホワイトガソリンとランタンは手持ちにあるものだけで、ショップのラインナップから消えたままだ。その失敗を糧に、2㎏で売られている米と薪3束で交換が可能だ。不思議なことに、ショップの収支はぴったり消えるのだ。
最初は薪10束を置き米を取って外に出る。再び店内に入れば薪が7束残っている状態になる。これらを繰り返しその場にあるモノの値段をおおよそだが調べてある。ホワイトガソリンとランタンは確かに失敗したが、着火剤に木炭はそれぞれ薪2束で交換可能だ。ガスボンベも2,3束だ。
後はショップ側の売買の管理さえできれば良いのだろうが、それは未だに上手くいっていない。今は鶏の世話をしている。というか時折ここまでくる小屋姉妹は卵の一部回収ついでに鶏を愛でてゆく。更には俺が米を回収しているのに気づいて
ニッカワの村落にある薪小屋から薪を回収して、蒸留所でマザーを培養しつつクローン体の培養を進めている。蒸留所前の商店に複数の樽を並べて自分用に演出しているが、アレは独自にブレンドしていいぞ、という酒の配給所だ。あそこまできて瓶に詰めてゆく者、飲むだけの者は基本的に返している。酒に酔った状態では催眠や暗示が良くかかる。ここでの記憶を朧げに、やり取りを朧げに、そのままセンダイ市街地へ返す。まあ蒸留所前から樽ごと持ちだす者は問答無用で始末するのだが。
廃工場跡は対価さえあれば持ち出し自由だ。ただしセンダイ北部で幅を利かせている連中は少し削りたかった。これは俺が後々軍事演習場へ行く際に邪魔になりそうな連中を片付けたかったというのもある。とはいえここに来たのは両手の指に収まる程度の数。代表者を返し、此処には近づかないようにしておけば後々楽になるはずだ。小屋姉妹も変に舐められることもなくなって多少は動きやすくなるだろう。
そんな中でようやくクマガネのゾンビのことが市街地の連中に伝わったらしい。山間に入る最終地点。そこまでは比較的開けた土地になっているがそこから一気に山に入ることになる。蒸留所へ来るにはどうしてもそのゾンビのたむろする場所を抜けなければならない。
小屋姉と中谷里、千聖は余裕があれば狩っているらしいが少し疑問に感じているらしい。俺が普通に疑われたがそんなことを言われてもね。正直、意図してルールを書き換えるような魔法は使えなかった。正確には効果が薄かった。
俺が一人の存在を消すために実験にした存在がサテ山地区の頂上付近にいるが、そいつは未だに消えていない。消えたのは白骨の方だった。あの狂人研究者の家は、狂人研究者の家ではなく、ただただあの女を処理するためだけの家になっていた。事実、研究者の研究拠点となっていた別の家を見つけた時には遺体が残っていた。ご丁寧にあの時拾ったノートと同じものを拾ったのも、何かの勘違いかと思いたかった。しかし、考察結果から得られたものの方が俺には重要だった。
同じ研究ノートが二つになったことで俺の頭の中には、本来一つしかない分類大事なものカテゴリにあるものが複数存在している矛盾、それを実行するチートコードが思い浮かんだ。良く言ってもバグだ。もちろん複数所持できるものもあるだろうが、そういうことでは無いはずだ。研究ノートのバックアップがあったとして、全く同じ記述でノートにとっておくなんてマメな人間は果たしているのだろうか。俺はいないと思っている。
結局、俺が使った書き換えの魔法が具体的にどんな効果があるのか、何をどう解釈すれば俺の魔法はそんな結果をもたらすのだろうか。少なくとも、あの女自体の存在を消そうとしても消えないのであれば、もう放置する他ない。本当は保護した方がいいのは何となくわかっている。ただ、一度殺した人物に対してどの面下げて相対せばいいのか分からないのだ。死にたがりを何度も殺したところで俺にメリットはないという理論武装は果たしてどこまで通用するのか。少なくとも今の俺ではあの女を救う手立ては持っていないのだ。
それはそれとして。今のところ一つのことを除いて順調だ。印東から返してもらっているカラスに米を与えながら俺はニッカワにある住宅の一つで考えていた。ブランド米は美味いか。というか
「お前ら資材確保や情報収集は万全か?」
『まずまずかなあ。何から聞きたい?』
「軍」
『おっけー』
中谷里は小屋姉妹と常に一緒に動いているようで、情報収集に力を入れている。印東は明確に資材を回収する際に連れて行くくらいで、普段はセンダイ市街地の上層部や裏町のやり取りなどを監視しているらしい。そのやり取りの一つを掴んだようだ。
『トウキョウから来た隊員は全員復帰。合同訓練に早期から参加してた面々は近くマツシマ基地発案の作戦に参加するみたいだね』
「わざわざ海側の連中と、ねえ」
『どこだと思う?』
「マツシマ市街地」
マツシマにあるのは本来空軍駐屯地だ。それが陸地で陸軍より上手く展開できるかと言われれば少し疑問がある。何よりマツシマ基地はマツシマという町より大分東にある。基地から東西に港町がありその両方の沿岸沿いを何とか収めた彼らには敬意を表したい。更には湾を挟んでシオガマ港、センダイ港にまで戦力を分けているのだからその獅子奮迅振りは見事なものだと感心する。
ちなみにマツシマ基地から東はオナガワまで人を分けているので余裕はほとんどないだろう。防衛線が拡大しすぎて大変なことになっている。恐らく現地の人間と協力体制を築いているはずだ。とはいえそんな状態でマツシマ基地発案の作戦が何をもたらすかといえば、生存域の拡大しかありえまい。
マツシマの北のカシマダイとオオサト、イシノマキの北にはトメ、二つの間にワクヤ、そこからフルカワといった広大な平野部が広がっているのだ。そしてそれを後押しするのがその地から避難してきた元住人達だ。要は元住民たちから突き上げをくらっているのだ。
この辺りの話はゲーム内ではほんのわずかに触れられる程度だったがよく考えてみればイシノマキの北にあるトメという地は広大だ。人口比率ではセンダイと比べるべくも無いがその圧倒的な広さは確保すればそれまでどうりの農地とすることで大きな収穫が見込めるようになる。まあ見込みだけなのだが。
ともあれ、そんなマツシマ基地からトウキョウからの追加人員である主人公達に白羽の矢が立つのはある意味当然だった。市街地側にある陸軍駐屯地は市街地の警備の他、センダイを中心に徐々に南と東の海側の生存域の拡張に尽力してきた。陸と空、町と港、都会と田舎の対立が予想されていたが、なぜこんなにあっさり主人公たちはマツシマ基地へ行くことになったのか。
それは厄介払いという意味もあるが、マツシマ基地の軍関係の人員の精神的な負担が大きい。泣きつかれたセンダイの都市防衛隊も自分たちの管轄外となるトウキョウからの出向組に面倒を投げただけとも言える。それだけマツシマ基地にいる元一般市民の割合は多く、管理が厳しい状況にあるのだ。
『正解』
「カシマダイまでか」
『一応計画ではそうなってる。元々守るだけで精一杯だったから、一度押し返せるところを見せればいいだろうって作戦みたい』
「トウキョウからの出向組が全員組み込まれる形か?」
『そうだね。それだけで何とかなる広さだとは思えないけど』
それに加えて地形や距離もある。普通に考えれば常軌を逸した作戦ではあるのだ。しかしそれを軽く凌駕するのが我らが主人公。普通にプレイしてもキルカウント1000を超えるステージで、特異個体も出てこないただただゾンビを殺して進む作業場だ。このマップはチュートリアルで都市防衛隊との連携を練習した成果を思う存分発揮し『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』を楽しむステージである。つまり、主人公のメインウェポンとなる近接武器、刀を初めて試すステージなのだ。これまで小銃を使ってちまちまと進めていた掃討作戦だったが刀を振り回して吶喊する主人公が見れるようになる。
ここで『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』主人公の近接戦闘システムについて軽く触れておく。基本操作に歩き、ランニング、ダッシュ、回避が存在し、近接武器装備時には速攻撃と溜が利く強攻撃、カウンター攻撃を誘発させる受けと一通り存在する。ランニングやダッシュ、回避と強攻撃は体力を消費する動きのため乱発は難しいが、速攻撃や受けを織り交ぜてゆくと延々攻撃し続けるキリングマシーンとなる。マップ途中にはイベントで各攻撃モーションから派生する必殺技も習得し、速攻撃では隙の少ない素早い切り返しと突きのコンビネーション、受けは抜刀技、強攻撃は範囲の広い斬り払いだ。これらの必殺技の練度を上げることによってより強力な必殺技を覚え、かつスタイリッシュなキルムーブが可能となる。
ちなみにだが、ランニングやダッシュ、回避の性能や動きを変化させるパッシブスキルなどもあり、それらを組み合わせることで抜刀特化や大技特化、誰が言ったか絶影と呼ばれる速度特化スタイルにもなる。先ずはともあれ、キルカウント1000を目指すのが最初の目標だ。ゲーム内では最大体力を増加させ、体力回復速度を上げる呼吸術というスキルを得ることが最初の一歩だ。
「よく受けたな」
『隊員がやる気みたいね。知ってる人?』
「大体知ってる。お前は?」
『私は知らない人多いから新人かと思ったんだけど』
「まあ知ってるやつで今も生き残ってるやつの方が少ないか」
『それ』
作戦の詳細を見るにマツシマの任務と考えていいだろう。ファーストミッションは完全に主人公の練習ステージなのだが、この結果を持って主人公は今後センダイでちょっとした有名人になる。とは言っても未開放地域の開放に尽力した軍の秘密兵器として経験と栄誉を重ねる主人公と、そのサポートに甘んじるヒロインのすれ違いもここから徐々に起こり始めるわけだが。
さて、そんな少しだけ甘酸っぱい話は置いておこう。
「酒の売れ行きはどうだ」
『おかげさまで順調。かなり集まってるかな』
「なんかあるか?」
『センダイ北部の自動車工場が今は熱いかな』
「センダイの北部は俺もいずれ向かうつもりだ。予定は立ててあるか?」
『まだかなー。今は売れるだけ売る方針だからいずれ』
「了解だ。他には?」
『まなちゃんがスカウトされた話とか?』
「別にいいや」
『本人から聞くの?』
「小屋姉がそれを許すかね?」
『あー、ねー? 瞳さん過保護だから』
「あの姉妹はどっちもどっちだろ。次」
『千聖ちゃんが機嫌悪いとかは?』
「なんで?」
『卵かけご飯食べたかったって』
「サルモネラ菌で苦しみたいなら止めんぞ?」
『あ、そうだ! リーダー、生体ドローンって今から作れるの?』
生体ドローン。生き物を利用した偵察機だ。元々は昆虫を利用した研究だったのを、俺が魔法で疑似的に再現したものを印東に預けていたのだ。今はメンテナンスと言って俺の手元にあるのだが。
使った魔法は契約の魔法。使った相手を使い魔として操る魔法だ。操るは言いすぎだが、少なくとも自死しろといった理不尽なものでなければ聞いてくれる。俺がカラス相手に契約して、そのカラスに印東の命令に従うようにしているものだ。因みに俺はカラスの視界を共有することが出来るが、印東は出来ないので生体ドローンのように小さなバッグを背負わせカメラやソーラーバッテリーを積んで、制御装置から延びるナノチューブをカラスの脳に刺さっているように見せかけている。具体的にはただのブラフとなる装置の調整をするためだけに預かっているのだ。
機械系はエンジニアの専門だが、生体が絡むことになるとエンジニアには手が負えないため、俺がまとめて面倒を見ているといった具合だ。わざわざ音声認識機能にしているのも使い魔というのを誤魔化すためなのだが、これずいぶん昔に印東に貸してすっかり忘れていた。魔法が便利すぎるのが悪い。
「生体の方はどうするんだ?」
『猫とか犬いけるって言ってなかった?』
「クローン体の生成は可能。ただし生まれてからの飼育が難しい」
『ミルクかあ』
「乳牛を先に産んでも結局必要になるんだけどな」
『え、じゃあどうするの?』
「過期産させる」
『かきさん?』
過期産とは出産予定日を過ぎた状態で出産することを指す。猫の妊娠期間はおよそ2月と少し。それを超過した状態で産ませるのだが、そもそもクローン体の創生にはマザー細胞は便利に過ぎた。
どうするかといえば、マザーがすべての工程を行うのだ。魔法で。
そもそもの話で、クローニングには未授精卵子であるレシピエント卵子というものが必要になる。それをマザーが作ることが出来る。
そのレシピエント卵子に作りたいクローンの細胞を融合させ、クローン胚を作る。これもマザーが行う。
そのクローン胚を仮親の子宮に移植し、受胎、出産。これもマザーが再現する。
言っていて大分頭がおかしいが、途中で挟まる必要な培養工程もマザーが行うのだ。実にファンタジーしてるスライムだと思う。いやSFか? ゾンビ系のゲームにはよくあるガラスの円柱水槽に緑色の培養液で満たされたあの感じといえば伝わるだろうか。
そもそもの話、科学的に説明したところでこれが本当に起こっているかどうかは別な話で、俺の観測ではマザーはこの行程中はずっと魔法を使用していた形跡があった。更に言えばマザーは変異結晶を取りこんでいる。更に更に元々医療用のナノマシンも取り込んでいる。直接取りこんだ変異結晶と、ナノマシンの運用に用いられた変異結晶、ついでに言えば俺の血液から遺伝子情報以外に魔力なども取り込んでいる。とどめに俺が実際にマザーを生み出すときに魔法を使ったりもしている。正直に言えば、マザー自体がどうなっているのかは俺でももうよくわからない。しかしそんなマザーと唯一共通の認識があるとすれば、それがナノマシン用のインターフェースによる操作だ。
まあ、現状それがないからクローニングはある程度運任せになる。出産に当たる培養液内からの排出時期などはそうだろう。
「マザー細胞によるクローニングは早期熟成する傾向がある。時間で言えば7割くらい」
『えっと? 大体一月半くらいで生まれるってこと?』
「実際にはもうちょい伸びる。過期産させることにより哺乳期間を短縮できるんじゃないかって考えだな」
『え、そんなことできるの?』
「マウスでは出来たな。というかそうなった。とはいえ免疫付けるためにもホントは仮親でもいたほうがいいんだけどな」
『……やるの?』
「あんまやりたくないな、現状運が絡む」
『ほっとした。リーダーならやるかなって』
「猫欲しいんだろ? 何でだ?」
『猫型の生体ドローンいたら便利じゃないかって話になってね』
「犬の方がおすすめだが。鼻が良くて社会性がある。役には立つと思うが」
『犬派は瞳さんしかいないよ?』
「派閥争いは何も生まないからやめとけ」
『リーダー犬派?』
「特定の派閥には所属していませんが?」
『犬派なんだ』
いやほんとにどっちでもいい。というか好き嫌いで言うならどちらも嫌いだ。主にゾンビ化した獣という意味ではどちらも厄介だから。だが、そうか。クローニングするための技術ばかり注目していたが、飼育することを考えればその知識と技術が必要になるか。粉ミルクで哺乳は出来てもそれできちんと成長させられるかは別の話か。正直鶏がうまく行き過ぎて考えていなかった。
「そっちで手が空いてるやついるか?」
『んーやっぱり千聖ちゃんが暇してるかなあ』
「やっぱ良いや」
『千聖ちゃん嫌いなの?』
「いや、お前か印東の手が空いてればと思っただけだ」
具体的には遠距離、後方からの支援ができるタイプ。
俺は印東から預かっているカラスを使ってここ数日カワサキの偵察をしていた。山間を越えるまでは僅かに野鳥の類もいたが、市街地ではまあ見ない。あまり派手に飛ぶと撃ち落されるので警戒しながら指示を出していたが、カワサキに人の姿はなくゾンビもほとんど存在しない。全くいないわけでは無いが、活動が鈍化している。2月前には確かにいたはずだったんだが。いなくなる、移動するという事があり得るのだろうか。
発生したゾンビが住処を変えるという事はあり得る。実際の事例があるのでそこは理解している。しかしトウキョウで確認したゾンビは馬型だ。アレに関しては食料を求めて徐々に移動していたという理由もある。しかし人型が大きく移動するという事はこれまで事例がないように思う。
まあ移動するといっても一定の範囲で区切られた場所だ。どこかにいるだろうと思っていたのだがなかなか見つからなかった。残念ながら今回はこれで終わりだ。
このニッカワを起点とした周囲を、契約した鳥類たちに見張らせるのが手っ取り早いか。そう思いながら探してもなかなか鳥が現われなかった。結局一月かけて見つからなかったので印東にメンテナンスを呼びかけたのだ。
とはいえ少なくとも鳥類が存在することを確認したので、今後は鳥の巣でも作って適当に捕獲できないか試してみよう。西にある駅の跡辺りがベストだろうか。
『私はちょっと忙しいかな』
「そうか、がんばれ」
『理由は聞かないの?』
「他にはなんかあるか?」
『私はねー動物園の偵察行こうかなーって思ってる』
「……は?」
思わぬ返答に一瞬思考がショートする。動物園の偵察? 何のために? いや、そこはまずくないか? でも偵察程度なら大丈夫か?
『動物園の定期調査任務で、狙撃役が欲しいんだって』
「まあ、狙撃銃なんて持ってるやつはそういないだろうが」
『でも依頼持ってきた人が狙撃役みたいだよ? やっぱり変かな?』
ああ、そういった意味で受けようとしてるってことか? 狙撃役がいるのに狙撃者を求める理由。これはほとんど狙い撃ちの様なものではなかろうか。
「依頼者は?」
『動物保護団体』
「お前以外に狙撃役は何人だ?」
『一人みたい。麻酔銃らしいよ』
「うん? 麻酔銃?」
『そう。動物保護団体だからね』
「ああ、そういう訳じゃ……。いや、千聖を伏せた状態で連れて行け」
任務の怪しさもさることながら、このご時世に動物保護団体という組織が活動しているのが世紀末感を助長しているといえばいいのか。麻酔銃装備で元飼育員の八木を思い浮かべるがそう言えば所属が不明であったことを思い出す。元飼育員は肩書だけで、本来どういう生活をしていたのかというのは俺の知識の中にもない。とはいえ、八木がストーリーに絡むのは少なくともセンダイで主人公が有名になってからのはずだ。ゾンビを研究している研究所の研究員の伝手を頼りに主人公に動物園への帯同依頼が来るという流れだったと思うが。
動物園編はセンダイ市街地内に残る最後のゾンビの拠点であり、ゾンビ化した動物たちが相手となるステージだ。高速、高耐久、高攻撃力と3つ揃っている猛獣に状態異常攻撃を仕掛けてくる中型。数が多い鳥類。バラエティーに富むこのステージでは、依頼によって一部捕獲以外は殲滅する必要があるミッションになっていて、捕獲対象も厄介ながらボスクラスが数体出てくる序盤の試練でもある。ここに出てくる動物たちも厄介ではあるが物語後半の特異覚醒個体のボス、特異個体の取り巻きが出てくる地獄もある。強さと数を揃えましたという状況がそのうちやってくると思うと、ご愁傷様と言いたくもなる。
『そんなに?』
「麻酔銃で大人しくさせなきゃならん状況ってのがどういう位置付けなのかにもよる。大変なことになる前の任務なのか、一定の処理作業なのか」
『千聖ちゃんは?』
「保険。動物だろうがゾンビだろうが人間だろうが、ペアなら何とでもなるだろ」
『そだね。了解しました』
「他にはなんかあるか?」
『今のところはこれくらいかな。リーダーは何かある?』
「お前が離れている間、こっちに来るか出歩かないように小屋姉妹に言っとけ」
『あ、そうだね。了解』
「印東にもカラス取りに来させろ」
『じゃあみんないなくなるね』
正直千聖の行動には若干の不安がある。中谷里の背後を固めるのはいいがそれに集中しすぎて誰かに顔を覚えられたりすると厄介だ。とはいえ毎回言い含めてあるから大丈夫だと思いたいところではあるが。
「千聖は普段そっちで何してる?」
『普段は拠点に籠ってるね。一度ナイフ研ぎに出したくらいで』
「まあそれならいい、か?」
『瞳さんがいつも使ってるところだから多分大丈夫』
それはフラグというやつではないのか。そんな文言が脳裏をかすめるが、さすがに心配しすぎだろう。裏町に数回出かける程度ならいちいち咎めるようなことでは無いのだから。
「裏町だよな?」
『そうだよー。リーダーのも手入れしとく?』
「いらん。得物は選ばないからな」
『さすがゾンビ一本釣りした人は違うね』
随分と懐かしいことを言い出したな。それこそ学生時代に、学校を脱出してトウキョウに向かっていたころにやったテグスのトラップの話だ。テグスと竿、肉体を強化した状態で建物内のゾンビを引き摺りだそうとして首を飛ばした一件だろう。一時拠点にしようとしていた建物であったため首が飛んだのはミスなのだが誰にも言っていないので俺が意図的にやったと認識されているはずだ。
「罠も最近は全然使ってないな」
『刃物とアレは何とやらだね』
「千聖をいじめてやるな」
『あれえ?』
刃物は印東以外が使うがまあ俺と千聖なら千聖のことを指しているはずだ。話の流れは俺だろうが、そこまで刃物に傾倒したつもりはない。
そもそもの話、ナイフの耐久度強化や風の魔法を多用する俺は然程ナイフが痛まない。大事にしているわけではなく、切れ味と刃渡り調整をしているので基本的に刃物の方が応用が利きやすい。そういう意味では刃物に傾倒しているといえるのかもしれないが、使える場面であれば銃を優先する。その程度の扱いだ。
「取り合えず、気を付けてな」
『はーい、お土産は何がいいですか?』
「情報と帰還報告で」
『了解です』
懐かしさにひかれたか、俺の返事もまたトウキョウでスカベンジャー時代に良く言っていた言葉だ。今日は随分と昔を思い出すことが多い。まだ20代のはずなんだがなあ。
リーダーとの連絡を終えて建物の中へ戻る。ここはセンダイ市街地のやや西寄りの地、キマチと呼ばれる地区のバンスイ通り傍にあるビルの一つ。キマチと呼ばれる地区は情報屋、運び屋が集まる一角で愛美ちゃんの紹介でここに通い始めて大体2年くらいになる。
トウキョウで群狼を狙った自爆作戦の隙をついて小屋姉妹と錦と一緒にここへ来た時のことが懐かしい。いかにも運動できませんという見た目の錦を無視して小屋姉妹と自分に声をかける有象無象が多くて、あの時はいつもイライラしていた気がする。瞳さんが防火斧を叩きつけて無ければ私が引き金を引いていたかもしれない。それくらいには面倒しかなかった。
一月もすれば運び屋、スカベンジャーとして私たちの腕を正しく理解した同業は積極的な情報共有に動いた。それ以外の、それこそ与しやすいと私たちを狙った連中のいくつかはアジトの壁の染みになっている。瞳さんには頭が上がらない。
私たちのアジトはセンダイの西の端、高速道路のインターに近いファッションホテルだった。学生時代にトウキョウへの逃避行の最中に入って以来だったけど、おしゃれな部屋が多くてうれしい限りだった。ただし封鎖している部屋は片付けていないそうだ。まあそういう事もあるよね。
センダイの市街地内にも拠点はあるそうだが、キープしてるだけで基本的には使っていないらしい。錦がいくつかの拠点に機械を仕掛けていたけど何に使うんだろう? まあいいか。昔から彼はしっかりと結果を出すタイプだった。触らないように言われた機械には触らなければいいだけ。それ以外に彼も面倒なことは言わないし、私的な機材のメンテナンスも文句を言いながら見てくれるし。その錦は基本的にアジトに籠ってる。今だと千聖ちゃんも一緒だ。
今日はいつも通り3人でキマチの運び屋の集まるビルに来ている。バンスイ通りは運び屋の中でも大型の車を持っている集団の車がとまっていて、その車や混雑具合で何が起こっているのか理解できる程度には、私にも慣れた場所になっている。
「お待たせしました」
「いいえ、お気になさらず」
ここから少し離れたタチマチにある何でも屋から来たという女性と話をしていた。彼女は現在動物保護団体で活動している八木さんだ。私と同じく背中に銃を背負っていて、普段は防衛線周辺で狩りをしているらしい。
矛盾していないかと聞いた際には彼女は朗らかな笑みを浮かべて、生きる糧は必要だし、ゾンビ化した動物は現状駆除するほかないと言い切った。
私よりやや上の30代前半の女性だが朗らかとした雰囲気の中にどこか貫録を感じる佇まい。表情は明るいのにどこか寂し気なこの女性は、どうやら私に話があったようで。
「それで、どうかしら?」
「いいですよ。ご依頼、承りました」
依頼は動物園の定期調査。主に飢餓状態から暴れだす動物たちに対して麻酔銃で大人しくさせて、鎮静剤や睡眠薬を含ませた水や餌を置いてくるというもの。ただし必ずしもそれをする必要はなく、場合によっては殺傷も可、とのことらしい。
以前は狩猟を生業としていた猟師の方に応援を頼んでいたらしいが、どうやらセンダイを離れたようで手が足りないのだという。一人欠けたくらいでと思ったが、これ自体は彼女が独自にやっていることのようで、それを追認する形で保護団体や病院、研究所が出資しているらしい。やめるにやめられないと言っていたが、その表情は特に暗さを感じさせるものではなかった。
「動物、お好きなんですね」
「ええ。飼育員になるくらいには」
「担当とかあったんですか?」
「私はタヌキでしたね。ホンドタヌキ」
「タヌキかあ」
「どうしました?」
「タヌキもイヌ科だなあ、と」
まあ動物園にいるネコ科なんてトラとかライオンだからそういう風にもなるかあ。猫可愛いと思うんだけどなあ。
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