第11話


 起きたのは深夜。体内時計では日付が変わったあたりだろうか。壁際で休んでいた俺はそっと部屋を抜けだした。ホールの明かりは落ちているが、いくつかのパネルや資料、模型を浮かび上がらせるライトは付いたままだ。

 そのままビジターセンターを後にしようとして、探知の魔法が背後に動くものをキャッチした。


「……おでかけ?」

「発酵槽の掃除だな」


 仕込み水を使う以上、糖化槽から発酵槽に直接注入できる形になっているはず。で、糖化には温めた水を使う必要がある。


「電気が使えるならお湯が使えると思わないか?」

「……? うん」

「糖化槽ってでっかい桶みたいなやつなんだよな」

「うん」

「風呂っぽくね?」

「!」

「まあお前は匂いに耐えられないだろうが」

「……残念」


 小屋姉は項垂れた。いや、本当に感覚が鋭い。俺も気を付けていたが魔法なしじゃ気付かれるか。


「まあ換気はしていたし、お湯貯めて匂いが無ければ、だな」

「期待してる」

「あいよ」


 ビジターセンターを出て仕込み棟へ。開け放した扉の近くからは相変わらずひどい臭いが漂っている。糖化槽を覗き込む前に、念入りに探知を飛ばし誰も近寄ってきていないことを確認し、俺は魔法を唱える。

 浄化、とは不純物を死滅させる魔法だ。この不純物の解釈が特殊で、化学的な不純物なのか、概念としての純粋物とするものなのかで効果にブレがある魔法なのだ。シンプルに大気を浄化させる。空気の不純物とは気体の極小のチリや有害な汚染物質のことを指し、逆にそれ以外、窒素や酸素などを残す状態にする。

 瞬間的に匂いが消えた。とはいえ再び匂ってくるのも時間の問題だ。一応問題の対処は出来るとし、まずはそれぞれの糖化槽に注水をしようとし、ふと壁に貼られた注意書きに視線が向いた。

 そこには連絡や確認の注意を促す看板にパネル。そして、中央制御室の存在が示唆されていた。こういった棟であれば建物単位で管理していると思ったが、施設全体を一括で管理するシステムが存在していたようだ。

 ともあれ今の内から温水を出して匂いを立ち昇らせる必要もない。幸い注水は出来るようで仕込み棟1階から注水をし、中を水で満たしてから水に浄化をかける。すると一瞬できれいな水へ早変わり。所謂超純水と呼ばれるものに変化する。魔法で作った水も基本的には同じものだが、水があるならこちらの方が手っ取り早い。

 注水を終え浄化を終え室内の空気に浄化をかければ一応の作業の半分は完了。さて2階の発酵槽はと回り込んだところで、中央制御室の文字。

 思わずこの棟にあるんかいと独り言ちたのは仕方のないことだろう。

 糖化槽はどちらかといえば窯のような構造をしており、人の出入りは出来るが中には撹拌するための装置が備え付けられている。一先ず制御室に寄るが室内の電気がつかない状態。ああ、これは配電盤が別にあるなと高圧配電盤へ往復をして制御システムを起動した。

 普通に考えれば再起動時にシステムのチェックが入るし、なんなら都市内にあるであろう蒸留所のオフィスにデータが送られるだろうが、どうだろう。

 システムは無事に起動した。してしまった。そしていくつかのエラー表示。いくつかのシステムがダウンしている。この制御室では仕込みから蒸留まで一括で制御しているようで、エラーを吐いているのはミドルウェアと通信の項目。続行は、可能? マジか。いや、とはいえ一応動かしてみるか? 一先ず糖化槽の中身を発酵槽へ移動させ様子を見る。水温も表示されており、壁の向こうから水が流れる音がしている。

 ややあって内容物の移動が完了したという報告。俺は一度席を外し2階へ向かう。問題の異臭の原因ではあるが、既に匂いはカットしてある。大きな桶に水は入っており、水底には黒い得体の知れない沈殿物が見える。俺は再び発酵槽に入った水を浄化して回り、最後に空気を浄化して制御室に戻った。

 さて本来であれば蒸留の工程に回すのだろうが、すべての仕込みがうまくいく前提でシステムを組んではいないだろう。恐らく途中で廃棄するためのシステムがあるはずだ。廃棄を選ぼうとして、今度はしっかりとエラーが出る。工業用水として排出する際に用いられる浄化設備が起動していないのが原因らしい。

 これ浄化設備も掃除しないといけないか? 俺は再び高圧配電盤へと足を進めた。




 結局確認作業の一環としてほとんどの設備を動かすことになった。サイロにある原材料は確認すらしていないが、少なくとも一つ18トンを貯蔵できるサイロが8本あり、どうやら相当量の何かが残っているようである。

 仕込み棟だが、糖化槽、発酵槽の内側はかなり綺麗になった。棟内の空気も綺麗なものにしたが壁や鉄骨が纏う匂いや錆には作用していない。先ほどまでの強烈な腐敗臭や鼻の奥を刺すような臭いはしていないが、やはりどこか変わった匂いがしている気がする。いやな匂いという訳では無いが、独特な匂いといえばいいのか。

 一通り仕込み棟の掃除を終えるまでに数時間かかっている。今は日の出前。俺は国道に出て川越しに蒸留所を眺めていた。

 結界の基点としていくつかの場所を見繕いながら考える。ウィスキー樽や、手作業にはなるが瓶詰した酒を売り物にするのはアリだと思う。情報や素材の入手、技術の入手には事欠かないはずだ。少なくとも事を起こしていないのに最悪ばかりを予想しては何もできないのだから。

 裏口ともいえるもう一つの工場へつながる橋がある。今この場で落としてもいいがここを結界の基点の一つにして隠してしまおう。1/4は覆い隠せる。後は施設内の建物屋上などにドローン対策の効果を持たせてこの地を覆い隠してしまおう。

 蒸留所敷地内を回り、一通りの作業を終えるころには既に日が昇っていた。中央制御室で注水と排水を繰り返しているがこの施設で使われる温度調整のシステムについて、恐らく蒸留所の作業工程の一部で重油を燃料としたボイラーによって加熱されている。とはいえ今はまだボイラーは稼働させていない。発酵槽に入った水は伏流水でしっかりと冷えた軟水だ。飲み水としても日本人には馴染む水だと思う。硬水と軟水の違いを知識以上には知らないのだが。

 蒸留棟の屋上で結界の基点を刻んだ後、俺は朝日をぼーっと眺めていた。今日は一先ずニッカワ南部の山頂から行ける東部の集落まで印東を連れてゆく必要がある。工場を検めることも必要だが、小屋姉妹の目利きもしておいた方がいいだろう。

 余談だが今いる土地はニッカワで間違いないが、南方の山頂付近がイモ峠、山頂から東へ向かって降りて行った先、国道に繋がるまでの地区をサテ山というらしい。因みにサテ山地区の目玉としてドローンを扱う会社があったらしく、そこのチェックもしたいとの事。

 確かに俺たちも国道との合流地点を確認して往復しただけなのであまりきっちりとチェックをしたわけではない。掘り出し物が見つかると良いのだが。そんなことを迎えに来た小屋姉と話しながらビジターセンターまで戻ってくる。


「掃除はどんな感じ?」

「水入れて出してを繰り返してただけだぞ」

「でも大分匂いしなくなった」

「そいつは何よりだ。日中気温が上がればまた違うかもな」

「それはそう」


 ビジターセンターでは未だに横になっている印東や小屋妹をシアタールームに残したまま中谷里と千聖が待っていた。


「お湯出そうですか?」

「試してない。一応制御室で見た限りではボイラーにエラーは出てない」

「なら大丈夫じゃないんですか? ボイラーにもタンクにもセンサー類ってついてませんでしたっけ?」

「安全装置的な?」

「制御室あるからそっちで見れるだろうな。単純に万一を考えて使ってないだけだ。火事になったらもったいないし」

「そうですか。でも水は使えるんですよね?」

「ああ。俺は問題なく」

「俺は?」

「まあ一応自分たちでチェックしてみてくれ。俺は大丈夫だったってだけだから」

「何それ怖いんですけど」


 そう言って連れ立って仕込み棟に向かい、中に入って2階へ。発酵槽に溜まったきれいな水を見て中谷里は歓声を上げる。


「コレ飲めるんですよね?」

「一応俺が数時間前に飲んでるな。まだ問題ない」

「大丈夫かな。少し水キープしておきたいですね」

「どっちの意味? 待つ方?」

「確保する方ですよ」


 少しだけ心配そうな千聖と小屋姉。やはり二人とも少しだけ匂いが気になるようで。俺も中谷里も特には感じないが元感染者のこの二人はしっかりと強化された感覚でそれを感じ取っているようだ。


「今日はどうするの」

「東の地区を見に行く予定。小屋妹と錦は確定。行きたい奴は?」

「リーダーか千聖ちゃんはどちらが?」

「千聖?」

「どうぞ?」

「じゃあ俺も」

「瞳さんどうします?」

「つるちゃんどうぞ」

「じゃあ私も」


 小屋姉と中谷里は名前で呼び合う仲になっているようだ。一緒に行動するようになって1年以上もあればそれなりに仲良くもなるか。


「東の地区、サテ山は俺、中谷里、印東、小屋妹で」

「こっちは私と瞳さんですね」

「よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 千聖はまだ少し距離がある、と。いや、これが二人とも普通な距離感かな。


「なにすればいい?」

「そうだな……。昨日整えてた拠点候補地の整備。薪なんかも使えるものから集めといてくれ。後は近場で食料確保と資材確保頼む」

「後必要なことはこっちでやっておきます」


 千聖のインターセプト。まあ生活するにしても男女差があるし、俺が細かく指定する必要もないだろう。


「それから軽トラだが」


 俺の中では得体の知れないオブジェクト扱いになっているものの一つだ。昨日まで走っていたのだから使えるはずだが、燃料ゲージはほぼ底値になっている。ランプは点灯していないがいずれ切れるだろう。小屋妹が欲しがっていたが、使い続けるためには課題が多い。

 一先ずそういった状況であることを伝え、基本徒歩での作業になることを謝罪する。二人は特に問題ないと答え、自転車やリヤカーを利用するつもりであると俺に返した。


「悪いな」

「電気自動車欲しい」

「キャンピングカーじゃなくていいんですか?」

「私の中じゃ仮宿くらいの印象。今のトラックでキャンプ生活するのと変わらないイメージ」

「そんなもんか?」

「鍵かけられる分は優秀かな?」


 小屋姉はあんまり不便に思っていないようだ。恐らく自分の生活より妹の安全が第一なのだろう。仲のいい姉妹だ。

 キャンピングカーはディーゼルエンジンらしいのでエンジンやタンクの洗浄は必要になるらしいがBDFで走らせることが出来るらしい。とはいえ最低限整備工場にある工具やクレーンなどが無ければ作業は難しいだろうから、どうやったって牽引する必要がある。その計画も立てなければいけないだろう。

 それに比べて電気自動車であれば充電スタンドがあれば比較的容易に燃料問題を解決できる。そう言っていたのは印東だったか。


「実際電気自動車ってどうなんですかね?」

「意外と悪くないみたい」

「買えるんですか?」

「無理。今億行ってる」

「は? え、マジか?」

「愛美が言ってた。中古で1.5億って言われたって」

「今使ってるトラックだって悪くないだろうに」

「トラック下取りして1.5億だって」

「マジか」


 これはちょっと調達難易度高くなったな。購入、は難しいか。

 いや、待てよ。いっそのこと工場の利権ごと渡せば穏便に購入できるのでは? 俺としては少し日和った考えだが、昨日印東が電気自動車を改造するといっていた言葉を思い出す。これを知っていたからだろうし、何よりわざわざ作る可能性を示唆した理由があるはずだ。


「今更製造はしてないよな? 中古か?」

「そう。で車両管理は販売元でやってる」

「うん? そりゃそうだろ。ああ、いや車両管理って」

「居場所と車内情報や車両の機能管理まで遠隔で出来るみたい。政府御用達」

「ってことは国内では幅聞かせてる連中を掣肘するために情報取得する体制整えてるってことか」

「大体あってる」

「まさか事故を装った暗殺ってことはあるまい」

「無いと良いね」

「怖いんですけど」


 陰謀でとどまっていると信じたい。はっきりしていないからこそプランで留まっているのだろうけど、印東が掛けた保険か。必要にならないことを祈るばかりだ。


「そう言えばゲストホールってどうでした? 何かありました?」

「ああ、あっちならお湯使えるかも。とりあえず二人が起きるまで時間潰してましょうよ」

「リーダーどうします?」

「それでいいぞ。俺は少し施設周辺見回ってくる。二人が起きたら連絡くれ」

「了解」

「いってらっしゃい」

「いてらー」


 さて、俺は少し外で時間を潰そう。国道沿いを晴れている状態で一度見て見たかったのだ。


 国道48号をセンダイ市街地方面へ東進。西はすぐに諦めた。Nシステムが設置されていたからだ。

 Nシステム自体は犯罪捜査における迅速な手掛かりの入手のための自動車ナンバーの自動読み取り装置だが、以前ダムの監視カメラに気付かず映りこむというミスを犯した手前、即座に退却。西へ向かうのを禁止した。起動しているかどうかに関わらず少なくとも警戒するという事を徹底したい。

 さて東へ向かい見えてくるのは南北を挟む山々の緑と、川沿いの疎らに存在する一軒家、閉鎖した施設、売却物件の数々だ。朽ちていたが、営業時間らしき看板も見えたので、もしかしたら飲食店なども存在していたのかもしれない。

 蒸留所の反応を観察しつつ、短距離転移で跳びながら観察する。家々をいちいち調べることは無いが、ふと気になって調べてしまったものがある。所謂再生エネルギーを利用した給湯器だ。これは上部に配管が伸びていて、太陽光を利用したものにも見える。

 大別すると電気給湯器なのだが比較的ランニングコストが安価で済む方法による加熱方式をしているのだが、その加熱方式で貯めたお湯が貯湯するユニットからなくなるとしばらくは水しか出なくなるという、使用量を間違えると全く使えないタイプの給湯器だ。とはいえ湯沸かしにガスや灯油を使わない方式なので今でも使えそうではある。老朽化という問題を除けば。後で印東に報告しておこう。

 川沿いを跳びながら、広い駐車場のある蕎麦屋の跡にたどり着く。ここはガラス戸を破られたのか店の入り口周辺がひどく破壊されており、ちらりと覗いても椅子や座布団といったものが倒れて散乱していたりと襲撃の名残を残している。ただ、その割には汚れが少なかった。もちろん多少の砂埃などはあっても何年も外の空気にさらされたような様子が見えない。なんなら人の跡が見えないだけで、比較的最近破壊されたような印象さえある。

 蕎麦屋を後にすれば、以前逆側から来たサテ山の道の先、国道への合流地点となる。車のバリケードは変わらずにある。するすると車の間、橋と車の間にある隙間を抜けて橋を越える。この車も資材として使えはするだろうが、代わりのバリケードを用意する必要がある。場合によっては人避けの魔法を使って車をすべて資材化させても問題は無いだろうが、進入を躊躇うくらいのものは用意しておきたい。何なら落としてもいい。俺橋見ると落としたくなるのなんでだろ。

 この場所は橋を落とせばアキウ、ニッカワからイモ峠を越えてこなければならなくなる。とはいえこのサテ山のチェックはまだ済んでない。一時的に車を避けてもいいが。

 橋を渡ってすぐの場所に乗り捨てられた車がある。砂利が敷かれた空き地のような場所で中型の貨物トラック、ガスボンベを乗せた運搬車、乗用車数台が放置されているようであった。以前ここまで来た時は確かに暗かったが、こんなにあったか? というかこの車両、橋のバリケードに利用されていなかったか?

 最近の不注意を反省しながら俺は坂道を登ってゆく。メインの片側1車線の道を登りながら住宅地を見分してゆくが、どうにも空き地に繁茂する雑草類が視界を遮っていて詳細が覗けない。目についた家々を検めてみると、どの家も荒らされた形跡がなく時折置かれたプレハブ小屋やログハウスには農具や工具、肥料やちょっとした資材などが置かれている。

 思ったより回収には時間がかかりそうだと下見していたが、ある場所にたどり着いたとき俺は再び大きく溜息をつくことになった。

 そこはキャンプサイトで、しかもかなりサービスが充実している場所だ。プレハブ小屋には管理棟に販売物。別の小屋にはトイレとシャワー。炊事場もあるし薪が積み重なった小屋もある。テントなどのキャンプ道具も充実しているうえに、まさかの燃料類も置いてある。

 さらにはついやってしまったが小屋の中の電灯が付いた。一瞬動きをとめた俺はそれを消した後、小屋の周囲の探索をする。キャンプサイトにありがちな燃料を供給するタイプの発電機が置いてある可能性を考えた。もちろんそんなことはないのだが。いや、あるならあるでうれしいのだが。

 もちろんそんなことはなく、このキャンプサイトは電力の供給がされていることになる。置かれている商品は大した汚れもなく新しさすら感じる。見つけたブレーカーを一度切り、そして上げる。周囲から起動音。内は受付傍にある窓の付いた冷蔵庫、外は自動販売機の電源が入ったようだった。


 どうなっているのか。蕎麦屋を見た時から感じていたことだが、恐らくどこかの時点からロード、更新されている。俺が来たから更新されるようになったのか、それとも主人公が来たからこうなったのか。

 俺が記憶している中でまさかと思っている可能性が一つある。それは、俺が魔法を使ってこうしてしまった可能性だ。俺がこの世界をゲームの世界にしたという可能性があるのではないか、と。

 はじめは間違いなく現実ではあったはずだ。『ZOMBIE×ZOMBIE 』という現実の世界にあって、俺は可能な限りのキャラクターとしての立ち回りを徹底していたはずだった。魔法を使えるという個性をもつ一人のキャラクター。それが俺だったはずだ。

 それが何の因果か、俺が願ってしまった。言葉にせずとも、思い浮かべずとも、俺自身が奥底で考えていた、ゲームとのすり合わせ。ゲームであればこうだった。ゲームではこうなっていた。

 ゲームでは。

 ゲームでは。

 ゲームでは。


 俺自身が現実に対応しようとしていても、何処かで『ZOMBIE×ZOMBIE 』というゲームを遊んでいる感覚があったのかもしれない。

 『ZOMBIE×ZOMBIE 』では主人公達一部の人間を除けば、人間は基本的に被害担当であることが多い。そんな中で俺はゲーム内のキャラクターでありながら、プレーヤーでもあり、そしてクリエイターとしての能力も持ち得ていたのだ。


 高速道路での最初の襲撃。ゲーム内では主人公のチュートリアルステージ。主人公はトウキョウでゾンビ相手の実践訓練を経たうえでの初戦が人間相手という状況。背後からは追跡する人間を相手に高速道路を車で走り抜ける緊張感のあるステージ。辛くも倒しきるが高機動車へ自爆突撃。車を破壊された主人公たちは重症の味方を置いて高速道路を北上。そうしてセンダイという地でスタートを切るというのが本来の流れだ。

 そこを俺と千聖が全て排除してしまった。置いて行かれる味方も無しで追撃してくるであろう相手もきっちり殺しきった。置いて行かれる味方役として俺と千聖が残ったわけで、心情的には主人公たちに大きな変化はないと思いたい。

 カワサキでのゾンビ集団。襲撃に来たゾンビはすべて倒した。とはいえ数が少なかったのは未だに気にしている。人間も倒したが、カワサキを抜ける時にはどうしても数が足りないと感じていた。モトイサゴ、アキウへ抜ける時に思ったのがこんなところにまでいるのかという事と、こうなっていたのかという発見。

 カワサキは『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』という作品には文章でしか出てこない場所だ。本来アキウ、ニッカワも出てこない。センダイという地は出てきても、そこがどうなっているかは完全に空白になっていたはずだ。その余白の部分を俺が書き足した可能性がある。

 ダムの状況もそうだが、モトイサゴ、アキウでは詳細を把握するだけでゾンビに関しては考えていなかった。考えたのは千聖の症状だ。彼女を進行度の高い変異結晶による強化人間状態にするか、進行度の高いゾンビ症患者にするかと考えていたことにある程度の結論を出したのがあの時だったように思う。それ以外では変電所の抜け方くらいか。

 ニッカワについてからもあったが、ソーラーパネルを導入していた家々の自己消費型発電による家電の利用もそうだろう。これ自体は年々貯めた電力を売ることが少なくなってきていることも原因にあげられるが、正直もっと田舎の生活であってもかしくないように感じていた。それこそガルバリウム合板にソーラーパネルの自己消費型の自宅、家庭菜園などもあって悠々自適な生活をしているより、毎朝井戸の水を汲み、薪で火を起こして家は土間のあるような古い家があるといった状況だ。

 そんな考えも実際には思考の外に放り投げていた。そりゃあ便利な方がいいに決まっているんだから。こういう家でこういう機能があって。それを実際にありそう、という状態まで考えた結果のニッカワの状況なのかもしれない。

 蒸留所は完全に俺が考えたマップ、というような構成になっているはずだ。

 センダイにあるマップは数える程度のマップしかない。ゾンビが出てくるマップに限定すれば軍事演習場、動物園、屋内マップ2種、それ以外はセンダイの市街地マップだ。その市街地のマップが何より広い。

 そして俺が蒸留所をゲーム内にあるマップとして考えた際に、センダイの市街地マップと混ざった可能性がある。非戦闘マップだ。

 『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』はシリーズ随一のアクション性によりマップ攻略にはキャラクターのレベルや装備以外に、プレイヤースキルと推理力が求められる、ステージギミックの存在がある。

 動物園マップではゾンビ化した動物を誘導しつつ部屋のロックをかけたり開けたりする方法で奥へ進む。工場ではクレーンや資材の移動をして道をつくる。アクションゲームによくあるギミックなのだが、ここで考えてほしいのは、ステージギミックを踏破するのに施設内設備を使う部分にある。

 流石にそのままで動く場所は少ないが、いくつかのゲームでは電源を復旧させギミックを作動させステージを踏破させるというものがほぼ定番と化している。配線を組んだり、抜かれているヒューズをはめ込んだりするギミックは様々な作品でも用いられる定番ギミックだ。

 ニッカワの蒸留所で何が起こったか。俺がそういったギミックがある工場マップであるとせず、拠点として構えるからには市街地マップとして思い浮かべるのはある種当然のことだった。そもそも施設を研究用設備として流用するのであればそこはもう生活の場といっても過言ではない。安穏とした日々を送るつもりはないにしても、今後困ることは無いように設備を使える状態にするために俺が意図した場合はある。

 そしてこのサテ山地区で見つけたキャンプサイトだが、此処は完全にショップだろう。多くのゲームに登場するショップは無限の在庫があり、無限の資金がある。もちろんそうでないゲームもあるだろう。売買数が決められている。一つ買ったらショップそのものがなくなる。場合によっては売買したものの数によって相場の変動をゲーム内に反映させるものだってある。しかし、残念ながら『ZOMBIE×ZOMBIE×ZOMBIE』のショップは一般的なゲームのショップと変わらない。

 出せるものがある限り商品を売り続ける。サブクエストで指定された資材を収めると販売しているものをアップグレードしてくれる装備屋もいる。なんならセンダイにもトウキョウにも裏町と呼ばれる場所に変異結晶を売りさばくショップがあるのだ。人の欲とは恐ろしいものだ。ではなく。

 俺が少し食事や資材、特に軽自動車の燃料について考えていたからか。更に自分の魔法について作用している可能性を考えたからか。このキャンプサイトで販売、レンタルしているものがショップとして機能した可能性がある。現状は綺麗めな商品があって電力の供給がされていて、恐らくだがシャワーも使えるだろう。お金を払って使うシステムのようだし。ここを見せるかどうかはちょっと考える必要がある。何よりサテ山も蒸留所もニッカワだが、蒸留所は厳密に言えば別の地区名になっている。サテ山でもニッカワでもない地名になっていて、蒸留所とサテ山ではマップの構造が変わっている可能性がある。

 市街地であることに変わりは無いが、キャンプサイトがショップとして機能しているあたり他の商店なども同じようにショップ化している可能性がある。俺はメインの大通りに出てショートジャンプで跳んでゆく。

 途中に木の板を並べた塀がある場所を調べたが、先ほどとは違い少しだけ古臭くなっているキャンプサイトのようだった。先ほどのキャンプサイトは山の端、所謂崖の手前が拓かれた場所であったが、こちらは分かりやすく塀で区切られた土地にあるキャンプサイトのようだ。いくつかロッジの様なものも置かれていた。管理棟と思しき建物を調べるが、そちらでは特に何か物を売っているというようなこともなく、敷地内にトイレはあるがシャワーといった入浴施設はない。ロッジ内は水回りがあるようだったが、こちらは既に廃棄されたものなのかもしれない。電力も水も反応することはなかった。

 イモ峠近くにある自動車工場だったが、よく見ると向かい合って立っている工場だった。パッと見た限りでは片方は随分年季を案じさせるようになっている。壁に貼り付けたアルファベットの並びが欠けていることからもそれは明らかだ。とはいえ一応中に入って調べてみるかと足を向けた時点でタイムアップ。


「はいよ」

『二人とも起きたよー』

「今から戻る」

『はーい。ゲストホールにいるからねー』

「了解」


 ふといつものように探知の魔法を起動する。そうして何もいるわけないか、と自嘲する直前、後方に一人の人間の反応を感じた。とっさに反応の方へ振り替えるが、それは昨日感じていたものとは比べ物にならないほど弱く、しかし確かに嗅いだことのある血臭を感じた。

 ああ、そうなったのか。俺はほんの少しの驚愕と納得を得つつ、しかしどうするつもりでもなく。応急処置として人避けの魔法を適当に配置して、蒸留所へ転移した。

 どうしてそうなったのかはわからない。もしかしたらアレが持っていた復元力が異常に発達していた可能性もある。もしかすれば頭部を銃で撃たれても、しばらくすれば活動を再開できるほどに。

 原理はわからなくとも、俺はあの狂人研究者の家にいた石田という実験素材がNPC化した可能性を排除するために、必死でこれから先のことを考えるのだった。




「それでどうするって?」

「俺はここで研究を進める」

「それペットショップとかじゃダメなの?」

「営業してるペットショップとかないだろ」

「ここが一番便利だからな」

「人来たらどうするの?」

「むしろこっちに寄越せ。俺が処理する」

「こっちにいることになる人大変そう」

「こっちは俺一人でいい」

「はい? え、一人? 本気?」

「ああ」


 これが一番手っ取り早い。それから俺以外の面々にどんな影響があるかを調べる必要があると判断した。俺がすべきことは魔法生物スライムの進化。急にファンタジーな字面になったがそういう訳ではなく、マザー細胞の魔法的な進化と実験をすることにしたからだ。

 本来この世界にあるはずもない不思議細胞であるマザーだが、既に出来ることが大分多い。特にギンブナの雌性発生を利用した独自の細胞分裂によるクローン体の生成、体組織からも受精卵からもマザー細胞を含んだ培養液内でのクローン体生成が出来る。何を言っているのかと自分でも思うが、これがマザーと名付けた一番の理由でもある。

 植物細胞のゲノム編集、卵子の生成、入手したドナー細胞の細胞融合、培養液内での成長には促進効果がかかっていたりとトウキョウの研究所で行った実験では少し引くぐらいの万能性と意味不明さで俺を驚愕させたこの細胞に、俺は更なる汎用性を求めようとしていた。

 元々はゾンビ化薬を調整した、変異結晶を用いた強化薬を生成するために必要なものとして用意したものだ。俺の口内から採取した細胞片、血液、変異結晶から何故か生まれたこいつは研究所内で作られたナノマシンを取りこんでから著しい変化を遂げた。

 俺の細胞が魔法の発動媒体である血液を取りこんだことで異常な成長速度を手に入れ、ナノマシンという自己の手足となる能力を手に入れ、ナノマシンインターフェースで受けた入力を学習して自己の能力とした。

 と、俺なりの解釈を挟むが正直に言えばただの観察結果でしかなく、自己肥大、分裂、縮小した時点でこの細胞は俺の中では魔法生物化している。このマザーに関しては理論を並べたところで、ただそうなったものでしかない。魔法という理不尽な能力を継承したこの細胞は既に俺の想像を超えている。

 とはいえ、このマザー細胞も定期的に俺の血液を得ないと活動が著しく鈍ることが確認できている。とはいえそれでなかなか死なないのは変異結晶の保存能力があるからか。今日で4日ほど空いているが、浄化をかけた温水の中に入れ血液を追加するだけで元気になってくれるだろう。

 実はこれまでトウキョウでの活動中に採取したサンプルが十数種類ある。犬、猫、豚、牛、馬などがいる。全てゾンビ化した後のものだが。特にゾンビ化した馬はトウキョウで特異個体となったものの細胞だ。発酵槽で培養するにはぎりぎりの大きさだろうか。

 ゾンビ化した動物を培養した際、生まれてくるクローン体は変異結晶を持たない。ただしこれまでとは桁違いの耐久性とゾンビ化への抗体をもって生まれてくる。広い土地で放し飼いするつもりだったので多少でもゾンビを気にする必要がなくなるのだ。

 食用として牛や豚を育て、それらの肉を摂取したとしよう。高いゾンビへの耐性を得られるかといえばそうでもない。結局は普通の家畜となる。

 犬と猫は警備に、馬は足に。牛豚は研究成果と共に売却用だ。それらを育てることが出来るという条件もニッカワ選出の理由だ。もちろん本気ではないのだが。あくまで牧場が必要になった場合を考えて広い土地、かつ閉塞環境であることを重視したのだ。


「ご飯は?」

「売ってくれ。しばらくは酒を出す」


 ウィスキーの販売元になると目を付けられる。しかし日々の糧を得るには先立つものが必要だ。それが酒だ。と、此処までが表向きの理由。


「俺たちは?」

「小屋姉妹に協力。酒のルートを限定してこっちに誘導してくれ」

「私は無理でしょ」

「顔バレすればまずいのはどこにいても同じだ。だったら手を動かせ」

「ぶー」

「リーダー、千聖ちゃんはこっちがいいんですって」

「却下だ。お前らの一番不得手なものが潜入だ。印東、街中でドローン使って情報収集できるか?」

「無理だろうね。機械も生体も狙われる」

「人目とゾンビに両対応できるのがそいつだ」

「私達そういう仕事しないんだけど?」

「酒を売りだせば尾行、潜入からの誘拐暗殺も考えられるが?」

「千聖ちゃんなら対応できるねってこと?」

「私も出来る」

「千聖よりか?」

「……」

「リーダー、私は?」

「小屋妹」

「つるちゃんは出来ればこっちにいてほしいなー対人の負担分割してくれるし」

「だそうだ」

「はーい」


 こちらからは酒を瓶詰めして渡す。小屋姉妹を通して町に流通させる。印東がルート監視、中谷里がフロント、千聖が裏警戒。小屋姉は強化度合いは高いが戦闘技術自体は千聖に劣る。戦力として数に数えるのは少し難しい。車に乗った状態で、銃の弾薬が豊富なら問題ないのだが。


「最初は絞って噂が流れるのを待て。流行り始めたら軍が接収したことをリークする」

「検閲で融通して私達のスケープゴートにする、と。で、そのあとは?」

「再び瓶で流す。今度は少しあからさまに。いかにも軍がヘイトを分散させようとしてる感じで」

「なるほど?」

「お前たちも問い詰められたら場所はばらしてしまってもいい。変な奴相手に鬼ごっこしたとでも言っておいてくれるとありがたい」

「なんで?」

「鬼ごっこするからだが?」

「鬼が強すぎませんかね」

「本物の鬼とどっちが怖いかな」

「地獄に行くにも、地獄に行っても鬼がいるとか」

「やってられませんね」


 随分な言われようだが、俺としては貴重な情報の蒐集だ。こちらに来るであろう人間を捕らえて魔法で情報を攫って放流する。恐怖体験と手足か指の1本でも奪えば来る奴は限られるだろう。情報の多寡に応じて、またはその人間が持つ信頼度に応じて恐怖の強度に差をつけるなりすればいい。

 木っ端の運び屋やスカベンジャーが大したことが無いというのと、実績のある同職の者が言うのでは事態の深刻さが違う。センダイの運び屋やスカベンジャーの信頼関係にひびを入れれば小屋姉妹も多少は動きやすくなるだろう。

 俺としても何人か始末するなり他所へ放逐するなりしてニッカワの外、それこそセンダイの街中や人の目がある場所で活動する際の仮面にすればいい。その仮面を使ってサテ山のショップを使うのもいいだろう。食料に燃料もあることだ。先ずは一歩踏み出し事態の推移を見守ることにしよう。それから手を打つことになっても遅くはないだろう。

 気になることといえば主人公の最初のストーリーイベントまでどれくらいかかるか分からないことか。センダイの市街地へ行った翌日以降、現地の防衛隊との顔合わせ、センダイ市街地の案内に歓迎会。訓練を通して仲間となる人間との邂逅など、彼がこなすべきイベントがいくつもある。

 そのうちセンダイ圏内での活動を限定に強力なキャラクターが仲間になることがある。それが賢瑞けんずいとよばれる老兵だ。この賢瑞、名を本田佐平ほんださへいと言い、とあるセンダイローカルな伝説をもとにした凄腕の剣客なのだ。そう、剣客。

 本来サブクエストをいくつか熟したうえで、尚且つ特定のタイミングで仲間になるという居合の達人。物語初期に登場してはいけない人物筆頭であり、本来は救済用キャラクターとして位置づけられていたこの老兵は、祖先に三尺左五平と呼ばれる居合の達人をもつ現代人である。パチンという高い鍔音が鳴ったかと思えば相手の首が落ちるという絵にかいたような剣豪であり、しかも先祖に当たる左五平が生涯唯一敗れたという団子屋の団子がキーアイテムになるという面白いキャラクターでもある。キャラクターとしては和服を着た総髪の矍鑠とした好々爺であるのに、柔和な笑みで主人公たちに助言する立派な先達。軍曹とはまた違った魅力にあふれた年配男性キャラクターだ。

 何よりもそのキャラクター性能は近接攻撃力に極振りした特化型と呼ばれるもの。プレイヤーの方針次第で遠近両方の立ち回りが可能な主人公のサポートをさせるなり、操作キャラクターを変更してばっさばっさと切り捨てる爽快感を味わえる。低耐久と低体力であることに気を付ければ近接最強キャラクターに挙げるファンも少なくない。特に海外では賢瑞を指してサムライと呼ぶファンが多い。

 とはいえ、条件が条件なだけに認知度は作品登場キャラクターの中でも低いほうではある。それに比べて動物園編で仲間にできる元飼育員の八木は狙撃銃装備という数少ない攻撃範囲・超遠をもつ後方支援キャラクターで、持っているものは麻酔銃だが、CPU操作と相まって神憑り的なエイミング技術を持つ。また麻酔銃をくらった敵は行動不能状態や睡眠状態になり、味方のダメージアップにつながる働きをしてくれるのだ。他には罠設置にデコイ用の餌を設置するなどサポートに特化した性能を持ち、ストーリーイベントでの強制加入によりプレイヤーは必ず彼女の世話になる。そういう意味では知名度は高い。

 この二人以外にも個性豊かなキャラクターがセンダイで主人公の手助けをしてくれるのだが、固定メンバーの主人公とヒロインに空いた枠は一人だけ。もしかしたら数の制約を越えてくる可能性もあるが、ゲームのように一度仲間になれば今後も好きなタイミングで呼び出せるという訳ではないのが救いか。呼び出せないよな?

 ちなみにセンダイの防衛隊からも数名仲間になるが、そちらは平均的な能力だ。当たり前の、現実的な戦力こそが至高というプレーヤーももちろんいるし、女性キャラクター、男性キャラクターで縛りプレイをしたりとバラエティに富んでいる。


「じゃあどうする? 先にお酒積む?」

「今回はいいんじゃないか? 情報だけ匂わせて、次は、って感じで。ついでに飯頼む」

「なんでもいい?」

「贅沢は言わん。で、その時に樽ごと賄賂代わりに渡して情報なり優遇措置なり引き出して、瓶の方を隠していけばいい。見逃すだろ」

「まあ樽一つなら、そうなる、のか?」

「最初は目を付けられるだろうからそれ以降はちゃんと籠っとけよ」

「はいはい……ってアンタは良いの?」

「水さえあればそうそう死なん」

「ワイルドじゃん」

「慣れだ慣れ」


 今回市街地へ戻るのは俺を除いた面々。少なくとも千聖は隠れて戻り、検閲を回避する。次に来るときには樽を持って帰り検閲にわざとかかる。どうせ検問で張ってる連中が情報をその筋に流すだろうから酒の噂を市街地に流す。同時に少数の酒を流通に乗せ様子を見る。物を見ればどこの物か分かるだろうから蒸留所へ誘引。俺が情報その他諸々を得つつ、蒸留所の危険度を誤魔化す。因みに持ち帰らせる数もある程度絞る。流石にきたやつ全員始末するつもりはない。しばらくはそれで情報と金や物資を集めることが出来るだろう。大きいところに引っ掛かっても取引ができる相手ならしてもかまわない。その匙加減は小屋妹に任せる。何かあっても小屋姉、中谷里、千聖が何とかする。この酒販売をごく少数で出回らせることで、表ではなく裏から資金や資材、情報を集める。

 個人的にはこれで最低二、三か月は稼げると思っている。市街地と海側で揉めていれば多少は誤魔化せるだろう。温泉事業も進めるようだし。それだけあれば犬猫の最初のクローン体は生まれるだろう。豚は少し厳しいか。牛と馬は当然足りない。一年稼げるとは思っていないが、主人公がセンダイを離れるまでは大きく動きたくない。彼に会ってしまうと一発アウトだ。他の研究員や軍の隊員ももちろんそうなのだが、大きく動いているのは彼とヒロインくらいだ。市街地は特に注意が必要だ。


「とりあえず俺は工場みたいんだけど」

「こっちでキャンピングカー直すのか?」

「そうなるだろうねえ。資材持ち込んで、燃料もしこしこ貯めてさ」

「拠点充実してるとか言ってなかったか」

「してるけど、わざわざ牽引していくほどかっていうのはある」

「なるほど」

「ついでに言えば現状トラックに積めるようなパーツだけで足りてるから」

「電気自動車には関わらないけど大丈夫か?」

「いいよーなんならキャンピングカー終わってからゆっくりでも」

「それこそ拠点決めてからじゃないと動きづらいじゃない?」

「どこならいいの?」

「えーっと、島?」

「船なんて動かせんの?」

「一応橋が繋がってた島とかならあるぞ。オオシマとか」


 ミヤギの北東、現在稼働しているイシノマキの更に北。原発で騒ぎになっているオナガワを越え、その先のミナミサンリクを越えた先にあるケセンヌマの湾内にある有人島で、それなりの規模だったはずだが。


「人いるんじゃない?」

「正直、あの閉塞環境は逆に危険だと思ってる」

「ダメじゃん」

「掃除すればいいから」

「考えがワイルドすぎるんだよな」

「でもうちらってこんな感じじゃない?」

「それはそう」

「あくまで一つの案だ。どう頑張ったって少数で過ごすことはできないし、もし生存圏を確保したところで行き止まりが見えてる」


 センダイはトウホクの中でも比較的穏やかな気候で過ごしやすい土地だ。とはいえしっかりと雪が降るし、イシノマキ以北は海風もあり、周囲を山に囲まれているのもあって環境はどうあっても厳しい。漁場が近いので釣りで食料を確保することはできるかもしれないが、燃料の確保が課題となる。

 もちろん人がいないとは必ずしも言えないが、パンデミック後10年を過ごしてきた人間が、まともな人間であることの方が少ない。内陸の地で集落として生き残ってきた人々も外からやってきた人々と揉めたように、特に田舎、僻地と呼べるような場所にあって以前と同じような社会構造が維持できているはずがない。分かりやすいカースト制が出来上がっているはずだ。正直破壊するのが手っ取り早いと思うし、なんならサイコパスでもいれば憂いなく始末できる。

 とはいえ、そんな集落とも渡りをつけて取引をしてきたのが小屋姉妹という存在だ。俺たちはいざというときの暴力装置くらいのつもりでいたほうがいいだろう。

 いけないな、もう完全にここを離れて旅をする計画を描いていた。先ずは目の前のことから処理していこう。

 俺がすべきは酒の瓶詰。タップがあるのは確認したし、なんなら詰め替え作業の時に使うホース類は見つけている。使えるのだろうが、少し怖いな。樽を斧で開け、柄杓やお玉、ボウルで掬い、じょうごで瓶に入れて封をする。開けた形跡があるとかどうでもいいな。キープした樽を小分けにして売ってるだけだ。


「私たちが樽を別の場所にキープしてるって思われたらどうすればいい?」

「無いでもいいし、それもこっちに寄越してくれればいい。ニッカワの手前に工場跡があるからそこに置いておいて、気付いたやつに分けてやりゃあいい」

「いいの?」

「時折ランダムで狩る」

「情報に差をつけるってことね」

「なるほどね。私達への助け舟?」

「どうするかはそっち次第だ」

「ふーん」


 その通りだが小屋妹のにやけ面に少しイラっとさせられる。コイツ俺のこと勘違いしてそうだが。


「素直じゃないんだから」

「場所は適当に見繕っておく。隠し場所として教えておくからそれもある程度自由にしろ」

「はーい」


 隠し場所に置いてあるので満足するならそれでいい。欲をかいて蒸留所に来るなら狩る。欲をかいていなくても狩るんだけどな。


 一先ず、俺たちの新生活の一歩が始まることになった。印東には工場を案内しようとして、遠回りも面倒だからと俺に道の整備を依頼した。また近々こちらへ来ることもあり、今回はニッカワの探索に絞ることにしたらしい。

 国道とサテ山地区を結ぶ橋にあるバリケードの整列を気軽に依頼されたが、普通は無理だ。俺だからできると判断したのかは定かではない。とはいえ、国道からサテ山へ抜ける道を整備しつつ、サテ山の一部にあからさまに酒を置いてあることを示唆した場所をつくり、また蒸留所の貯蔵棟には一つ以外に幻影と施錠の魔法をかけることにした。

 さて、世界は動き出している。主人公がストーリーを進めているのだ。ゲームは俺に何をもたらしてくれるのだろうか。今から楽しみだ。



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