第3話
「この辺は大体略奪にあってるみたいだな」
「ガラスどころか壁まで壊す必要あるかな?」
「バリケードに使うために引っぺがしたとか?」
「車しかなかったと思うけど」
「隙間抜けてったみたいだけどな」
襲撃を殲滅して後始末をした後、俺たちは山間の道を抜け所々にある民家や畑を眺めながら車を転がしていた。ゾンビや襲撃者の遺体はもれなく焼いてきた。俺たちの持っていた服の一部も焼いてきたことから上手くいけば正式にMIAになり、俺たちは別人になる。そうでなくとも一応MIAとなり晴れて自由の身となる。別に囚われていたわけではないのだが。
今乗っている車は襲撃者が乗っていた軽トラックだ。レギュレータハンドルなんて久しぶりに見た。千聖は窓の開け方に迷っていた辺りジェネレーションギャップをしみじみと感じる。
残念ながらこの辺りの地図がなかったため周囲の家漁りをしているのだが、なかなか当たりがない。車が1台ぎりぎり通れるようなひび割れたコンクリートの道を登っては降りて、民家を見かけるたびに家を漁る。ことある毎に探知を飛ばし千聖を行かせる。地図ってこんなに見つからんもんかね。
「ありませんね」
「適当に山越えしてみるか?」
「いっそそれでもいいのでは? というか少し疲れました。お休みしましょう」
「できればさっさと離れたいんだがね」
民家の間の細道を抜けてゆく。やがて砂利道に轍があるだけの道にさしかかる。道というにはあまりにも野性的だがいいだろう。一応道は繋がっているようだし。
「え、ほんとに行くんですか」
「ゾンビも人もいなさそうなんでな」
急斜面にヘアピンカーブも生ぬるい急角度の山の斜面をそろそろと進む軽トラック。隣でわーきゃーとうるさいがなんだかんだで楽しんでんなコイツ。疲れたとか休みたいとか言ってたじゃねーか。
鬱蒼と生い茂る木々と草花、日差しを遮る葉がさざめく音に千聖の歓声を受けて最後の細道を抜けると、普通車が余裕ですれ違えそうな広い道が見えた。
「あ、山抜けたんじゃないですか!」
「おう、あんま暴れんな。こっちは池が近くて割とビビってる」
広い道に出ればそこは北以外を山に囲まれた盆地で、目の前には綺麗に区画が分かれた田園地帯だったものが広がっていた。周囲に家らしきものは見えるが、見える範囲では2軒程度。ここは田園地帯跡の端なのだろう。
うーん。一先ず細道を抜けて真っ直ぐに続く道からそれ山間に向かう道へハンドルを切る。
「あれ? 北じゃないんですか?」
「郊外の田園地帯が流行っていない理由を考えたら様子見くらいしたくなるだろ」
「そうですか? 単純に維持が難しくなったとか、山間では不便だから住まいを変えたとかの可能性もあるのでは?」
「生きてるやつで共同管理する体制になったとか? まあ維持が難しくなったってのは理由としては間違いないだろうが……」
「というかこっちは何があるんですか?」
「さてな」
木々の間を抜けて坂を上ってゆく。左手に山の斜面を見ながら進む。あらわれたのは古びた二階建てのコンテナハウスだ。外についていた階段は赤く錆びていて、植物の緑が覆いつくさんとその蔓を伸ばしていた。1階部分のシャッターは閉まっていたが、2階についている窓は空きっぱなしで人の気配はない。
そのコンテナハウスを遠目に確認し徐々に近づくにつれ、道の奥にある看板を見つけた千聖が騒ぎ始めた。
「ザオウ高原牧場……育成牧場って、あ、牛の絵が描いてありますよ!」
「俺はそれより下の猛犬注意の方が気になるよ」
「行きましょう!」
「はいはい」
探知では生命反応はない。ゾンビの反応も皆無だ。とりあえず物資を漁るにはそれなり大きさの施設だ。この軽トラックにもいつまでも乗っていられるわけではない。最低限の荷物くらいは回収できればいいけど。
そんなことを思いながら俺は急坂を乗り越えるため、アクセルを踏み込んだ。
広大な放牧地と大規模な厩舎群があったが、調べるべきところはほとんどなかった。地図も無事入手し、行き先の選定をしながら事務所内を探索する。千聖は着替えて外に出ている。既に生きているものが皆無なこの牧場ではあるが山というか丘というか、丘陵地帯の頂上にある。周囲も同じような高さではあるがわずかに見える土地を見下ろすことはできる。鉄骨建てだが老朽化もあるだろうし気をつけろとは言ってあるが、まあ今更無茶はするまい。
俺はと言えばここの厩務員の日誌らしきものを見つけたが、かなり古い。最新でも日付は7年前のものだ。それまでは世話をしていたということだろう。飼料はとうの昔に途切れており、冬場の燃料も無いことからパンデミック後は早々に規模を縮小したようだがそれでもこの牧場を維持するのは無理だとこの地を去ったらしい。いくらかの生活用品があったが保存食などは無く、しかし襲撃や略奪の形跡もなかったことから今日の宿をここにすることに決めた。
「マックス、きたよ」
「あん? 何が」
「連絡」
夕暮れ時、外から戻ってきた千聖が俺に通信機を持ってきた。
通信機とは名ばかりの魔法による通話装置だが、特に考えない面子に渡しているものだ。仲間の一人に文字通りのエンジニアがいるが彼には生体ドローンの管理を頼んでいる。ただの壊れた通信機に魔法を付与しているだけなので中身を見たところで既存の技術では何故動作しているのか納得できない仕様になっている。もちろんダミーの部品が中に入っている以上見られたところで、そういうもの、でしかないのだが。
ちなみに俺も千聖も昔使っていたコードネームを今でも使っている。俺がマックスで千聖がキャットだ。他にはアーチャーとエンジニアがセンダイに、ブランドとドクターは随分前に軍に移籍した。ただしブランドとドクターは残念ながらMIAしたらしい。これには少々きな臭い噂もあるが、俺はあまり気にしていない。元群狼の幹部クラスであれば多少のことでは死なないようにお呪いを施していたんだがね。上手く利用していることを祈るばかりだ。
「俺だ」
『あ、やっぱり生きてたんだ』
馴染みの運び屋である
「死んでて欲しかったか?」
『そんなこと言ってないじゃん。少し軍が慌ただしかったからどうしたのかなって』
「ここは任せて先に行けした」
『なにそれ。キャットは無事なの?』
「あいつお前の姉貴より強えーぞ?」
運び屋の小屋姉妹。姉の瞳と妹の愛美。彼女らも元はトウキョウで活動していた生存者だったが、姉が事故でゾンビ症に感染し、それを隔離、保護していたのが妹だった。軍が守っていた避難場所と隠れ家として使っていたマンションの往復の途中で作戦行動中の俺とかち合い、取引を経て姉の治療代として働いてもらっている。本人たちは運び屋生活自体は性に合っていたようでそれなりに楽しそうに生活していた。
元々の性格が快活で物怖じしない質だったからか、各地にある生存者集団との伝手や接近厳禁の情報などもよく集めてくる働きものだ。とはいえ女だけの旅では危険も面倒事も多い。それを解決するのが復帰した姉の瞳だ。元々は虫も殺せぬような手弱女だったと聞いているが、復帰以降は随分アグレッシブになったらしい。小銃や手斧を片手に闊歩しているらしい。俺はその姿しか見ていないが、小屋妹は事ある毎に姉さんは変わったと言っている。
『知ってるけど? なに、心配したら悪い?』
「悪かねーさ。そっちは何か掴んだか?」
『特に何にも。センダイに来る軍の一部が被害を受けたって話が広がってる。この辺りの運び屋に注意喚起されたぐらいかしら』
「じゃあしばらくは動けないか」
『別に問題ないと思うわよ? 西と南に行かなければ』
「んじゃ、そうだな……」
目の前に開いていた地図をめくりセンダイの北西部を見る。センダイの中心は今や二つに分かれている。パンデミック前までの中心であったセンダイ市街地と、海沿いのセンダイ港を中心にした港湾地区だ。センダイという土地はなだらかな高低差のある山側と海まで続く盆地があり、それをトウホク道、センダイの東側にある東部道路、国道4号線、天然の堀でもあるナナキタ川とヒロセ川、ナトリ川を用いた段階的なエリア分けをしているらしい。一応都市部はヒロセ川と国道4号線、西のトウホク道とアオバ山、北のナナキタ川という範囲で区切られた範囲だが、その周囲もある程度の掃討は済んでいるらしい。あくまで内を固めるという方針らしくそれこそ西側やセンダイより北の土地は手つかず。南方はセンダイ空港まであと一息らしい。
そもそも日本という国は国土の多くが山であり、トウホク、特に北トウホクは海沿いか山間に開かれた町がいくつか存在しているだけになる。町から町へ行くのにいくつも山を越えなければならないという過酷な地であるがゆえに、ゾンビ被害が少なく、多くの生存者がいると思われているがそこまで簡単ではないと思う。
単純に過酷だ。立地という意味でもそうだが冬場の気温もそうだし、山間で積もるほど雪が降るという状況はとても笑えるものではない。さらに物資が不足している現状ではこれまでのような暮らしを続けることも難しいと言わざるを得ない。
センダイは比較的、気候的にも立地的にも良く発展度合いも高く生活しやすい土地ではあるのだろう。センダイ港は物流拠点であったが、すぐそばに漁港として有名なシオガマ港や海沿いにはイシノマキ港などの漁港も多く、またそれらの近くには浜もあるため、それらが漁業の拠点として機能しているというのがセンダイの強みだろう。
だからか海沿いが力を持ち始めているらしい。またかと思いながら現状安全な収穫物のうちの一つが海産物であるのだから、まあそうなるかと納得もする。
改めて地図を確認してもひどく遠回りになるような道しかない。どうしたもんかと思いながら、思ったままを声に出す。
「北から出てもこっち回ってこれねえだろ、これ」
『行けるわよ』
「は? 西と南行けねえって言ってたろ」
『西は道沿いに定期的にゾンビが湧くのよ、何故かは知らないけど』
「……それヤマガタから流れてきてんのか?」
『さあ? ヤマガタから流れてきてる説、クローンゾンビが生まれてる説、市内のゾンビが回りまわって西に集まってる説。いろいろあるわよ?』
なんだそれ。というか西側はそんなことになってんのか。ああ、いや待てよ。
「……一番西側の拠点はどこだ?」
『えーっと、天文台があるあたりかしら。西の検問からそんなに離れてないわ』
地図に視線を落とし、確認する。センダイ市街地と山を一つ隔てた場所にあるトウホク道のインターチェンジからまっすぐ伸びる市道を西に進み、南にある山間にぽっかりと開いたベッドタウン。その端に天文台の記号とセンダイ天文台の表記。ここか。確かに南北に繋がる道が一つずつだけで守りやすい土地に見える。市街地へのアクセスの良さもあるのだろう。
ゾンビが道沿いに発生するという事はここよりさらに西。地図に記された道をなぞる。死中に活を求めるように、俺は山間にある隘路に目を付けた。
「大体3日後くらいでいい」
『合流? 案外時間かかるわね。場所は?』
「センダイから西に真っ直ぐだ。状況次第だが、仮拠点くらいは建てるつもりだ」
『地名で言ってよ』
「ニッカワだ」
一先ず明日までに情報を頼むと伝えて、俺は通信を切った。
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