第十九話 魔王様の憂鬱 IV
式典はつつがなく終了した。
フカーラ国ニゴーリ王の戴冠十周年記念は、西部王国連合を上げて盛大に執り行われた。実際は魔王領に取り込まれた西部連合が、その権勢が衰えていないことを内外に示すための催しだろう。そしてそれは、魔王の俺をして一定の説得力を感じさせるだけのものだった。
式典後のパーティーも、また華やかだった。
巨大なホールに豪奢なシャンデリアが下げられ、テーブルには一流のシェフによる料理が並び、楽団の見事な演奏が人々を楽しませた。
俺は例のスーツだ。薄く化粧も施された。
「……いけない、段々と他人に着替えさせてもらうことに慣れてきてしまった」
俺は自身を戒めた。尊厳を、生命を守り通すんだ!
「無駄毛の処理までさせてるくせに、今更だね」
そりゃお前らが勝手にやったんだろうが。
俺はややキレ気味に振り返ったが、ミザールはその十倍は怒っていた。
「何か、他に言うことがあるのではないですか?」
「前髪切った?」
「怒りますよ」
もう怒ってるじゃねーか。
「夜空に煌めく星のようだ、とでも言ってほしいのか?」
「あんまりつれないと、魔王様を夜空に煌めく星にしてしまいそうです」
冗談は置いておいて、さすがの俺もこの場面に必要なセリフが分らないほどのアホじゃない。褒めるときは褒められる男なのだ。俺は改めて一同を見回し、言った。
「やあみんな、今日もキューティクルだね」
「何だいそれは、意味が分からないよ」
「馬鹿になさっているのですか?」
自分では分からなかったが、俺はアホだった。
「お二人とも、落ち着いてください。あれでも魔王様は褒めていらっしゃるのです」
俺を分かってくれるのはメグレズだけだよ。
「みや子さんを可愛がるときにもよくおっしゃってますから」
「へー、僕らは猫と同レベルってことかい」
「メグレズ、お前裏切っ……あ、あれ、なんか怒ってる?」
「いえ、そのようなことはありません」
「裏切ったも何も、あんな褒め方をされれば怒るのは当然。これは表切りです」
ミザールにお叱りを受けてしまった俺は他人とのコミニケーションを諦め、大人しく壁の花として料理をつまんで過ごした。いや、挨拶を避けていたわけじゃない。「あれが魔王様? ……いや、普通すぎるし別人か」と引き返していった人が何人もいただけだ。
女性陣の下には何人もの男たちが挨拶に来たが、メグレズがそれとなく、しかし明確に拒絶しては追い返していた。見事なコミニケーション能力だ、ぜひ見習いたい――いや、余計な仕事が増えるだけだな。俺は花、壁に咲く一輪の花。
俺がめぼしい料理を堪能し終わり、いよいよデザートに手を付けようかというところで、周囲が一斉に静まった。多くの取り巻きを引き連れ、国王が現れたのだ。パーティーが真の意味で始まった瞬間でもあった。
「では魔王様、後はよろしくお願いしますね」
「僕たちは向こうにいるから、面倒な外交頑張ってくれたまえ」
「何しに来たんだよお前ら……」
とは言っても、俺も全然働いてないんだけど。いや、違うんだよ。魔王くらいになると身分的にこっちからは話しかけられないんだよ。その点、国王様なら相手にとって不足はなし、つまり俺の仕事ってわけだ。はぁー、主賓への挨拶なんて俺も嫌だが、こればっかりは避けて通れない。避けられないならさっさと潰すしかない。
「お会いできて光栄です、ニゴーリ王」
「おお、魔王様。この度は式典に御臨席賜り、光栄の極みです」
「いえ、西部王国連合は魔王領でも最も重要な地域の一つ、私としても今回のことを大変嬉しく思います」
差し出された手を強く握る。
「フカーラは素晴らしい所ですね。街は華やかで活気があり、何より文化的だ。魔王領全土がこのようになればいいと、今も話し合っていたところです」
「おお、おお! そのお言葉をいただけただけでも、式典を催した甲斐があったというものです」
歯が浮きそうになるが、これは本心だ。フカーラはモデル都市として最適、後で視察団の派遣も考えてるくらいだからな。
「魔王様」
まあ身のある会話はそれだけ、以降歯の浮きまくった会話を続けている俺のところにメグレズ達が現れた。昨日の男を引き連れ現れて。
「おお、ツヴァイか。魔王様、これが皇太子のツヴァイになります」
「ま、魔王……!? 本当に?」
「ツヴァイさん、これからもどうぞよろしくお願いしますね」
俺は昨日のことなどなかったかのように、皇太子に挨拶をする。何だか面白いことになってるみたいだ。
男はしばらく固まっていたが、次第にその目が怒りに染まっていった。いや、そんな顔されても困りますよ。恥をかかされたとでも思っているのだろうけど、本当に知らなかったんですよ。
「それはそれで失礼では?」
確かに。
とは言えそれ以上の事態に発展することは勿論なく、国王陛下へのご挨拶を終えた俺たちは早々に会場を後にした。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「最悪だったね」
アリオトがそう吐き捨て、ソファのクッションにポカポカと八つ当たりする。
「魔王様と別れた後であの馬鹿ボンが現れたのさ。妾になれだってさ」
「え、なるの?」
「なるわけ無いだろう! あんな男、ハイトゲイボイモムシのほうがましだよ」
尻から超臭いガスを出すことでおなじみ、ベンジョカミキリムシの幼虫じゃん。
「本当、あんな男なんか……ちょっと魔王様、聞いてるのかね! 全く書類にばかり熱心だね、仕事と僕たちどちらが大切なんだい!」
「今必死で片付けてる書類、お前の尻拭いなんだが」
目を背けるな。
俺達はパーティーをさっさと抜け出し、宿へと戻っていた。もっとあいさつ回りしたほうがいいかなとも思ったんだけど、国王とだけ会話することでその権威を高められるからあれはあれでいいらしい。
「しかし、どうしてあの国王からあんな下衆が生まれるんだろうね」
「国王の方もかなりの曲者たけどな」
「え、あんなに人が良さそうなのにかい?」
「アリオトさん、何度も議題に上っていたじゃないですか……」
「し、仕方ないだろ! 交渉とか外交は僕の担当じゃないんだから!!」
もちろん狙って遠ざけてるんだけど。
「ニゴーリ王は、先代のフカーラ国王から王位を簒奪したのではないかと言われています」
メグレズが書類を片付けながら、簡単なレクチャーを始めた。
森狼族が俺達に破れた時、西部連合内では今こそ憎い狼どもを滅ぼす好機、と強硬論が噴出した。だが、前フカーラ国王はそれを認めなかった。平和論者と言う訳では無い、勝っても負けてもその後俺たちに介入されれば持たないと考えただけだろう。実際、森狼族が攻められれば加勢する予定で準備を進めていた。
ただ、王がいる限り連合は動かないだろう、というのが俺たちの見立てだったし、その通りに王は国内や連合内の強硬論者を抑えてくれた。おかげで西部の状況は安定し、俺たちは東部へと向かうことが出来たのだ。あそこで西部連合と事を構えていたら、魔王領の統一はかなり遅れていただろうな。
その王が病気を理由に早期に退位し、ニゴーリ皇太子が王位に就いたのは十年前だ。あまりに早すぎるイワーク王の退位は表向き病気のためとされたが、ニゴーリ皇太子を擁する強硬派のクーデターではなかったかという見方がある。あの時期、西部王国連合内では不自然な代替わりが頻発した。そして、新しく王位についたのは全て強硬派だったのだ。ニゴーリ一派の暗躍を考えないほうが不自然だろう。連合は強硬論へと傾き、着々と北部侵攻の準備を進めた。
だけど、連合は間に合わなかった。俺たちの魔王領統一が想定より早く進みすぎたのだ。柄に手を掛けた剣を抜く前に、大勢は決まってしまった。森狼族のアルカイドが七天七星として猛威を振るったのも大きかっただろう。北の森に攻め込めば魔王軍との敵対は避けられない、と誰もが理解した。
強硬派が大勢を占めていたため唱えていたため早期の講話も望めず、西部連合は魔王領に吸収された最後の国となった。どの世界でも新参者は大人しくするしかない。結果的に西部連合の立場を弱く出来たのは、後の統治に大いに役立った。もちろん、西部連合以外の多くの地域がそれを狙って動いてたのもあるんだけど。
「で、明日は街道整備の調整が主な議題だな」
これまでの話はこれまでの話、未来志向でいきたい、なんてのは征服者側が言う言葉じゃない。それでも、街道の拡張はお互いにとって悪くないと思うんだ。
なんなら鉄道も引いてみたいんだけど、以前試験的に設置した区間では喧嘩を売られていると勘違いした野生のクソデカバイソンに車両が穴ぼこにされ、野生のクソデカ怪鳥にレールを剥がされて巣の材料にされ、野生のクソデカドラゴンワームがとどめとばかりに枕木を端から丸呑みして、鉄道計画は完膚なきまでに叩き潰されたんだよなあ。あ、あの時のぐちゃぐちゃに号泣してたアリオトの顔思い出したら笑えてきた。
「へえ~」
講義を聞いていたアリオトはすっかり飽きていた。王の退位前にはもう飽きていた。
「まあ僕には関係のない話だからね! 明日は二人とも、会談とか交渉とか頑張ってくれたまえ!!」
「露天風呂の予約が取れたんです、一日五組限定の。明日は楽しんできますね」
お役御免組がはしゃぐ。くそっ、俺だってこんな会談放り出して温泉行きたい!
俺は水面が湯だったカメムシで一杯になるように呪った。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
どうして、こんなことに……。
俺は背中に突き刺さる殺意を顔に出さずにいるのに精一杯だった。
フカーラ王国との対談は、王宮の特別応接室で行われた。王国側はニゴーリ王と外務大臣、こちらは魔王である俺と筆頭補佐官のメグレズ。
そして、なぜかツヴァイ皇太子とアリオト、ミザールの姿もあった。
昨晩になって急に、もっとざっくばらんな会談にしたいからと二人の同席も求められたのだ。
ホテルの床が抜けるほどに土下座倒した結果、両名の出席を取り付けることには成功した。ミザールは今でも全く納得していない様子だが、あれだけ温泉を楽しみにしていたんだから無理もない。さすがは超のつく一流暗殺者、世界中をどす黒く塗り替えてしまうほどの殺気を的確にコントロールし、俺の背中にのみ放ってきている。おかげで俺の背面はズタズタだった。こら、殺意で背中に呪いの文字を書くな!
確かに二人がちょっと、ちょっとだけ困るように呪ったかもしれないが、これは効果が出すぎだろう。ミザールの殺気で俺の胃に空いた穴は、確実に二つ以上あった。
会談は和やかに行われた。だが、その雰囲気は文字通り俺の背中に守られていた。俺は双肩で地球を支えるアトラスの気分だった。笑顔のニゴーリ王が恨めしい。くそっ、お前んとこは下々に無理難題をふっかけるのが王の仕事かも知れないが、魔王領では指紋が擦り切れるほどの高速揉み手で部下のご機嫌を取るのが魔王の仕事なんだぞ!!
フカーラ国の形が物理的に変わってしまわないためにも、帰国してからのリカバリーは急務と言えた。そして、それだけの怒りなのに表面上は清楚なお嬢様を崩さないのは、さすがミザールだった。アリオトは不機嫌丸出しだった。
「首都と西部連合を繋ぐ街道が整備されれば、その繋がりはかつてないほど高まりましょう」
「そうでですね」
俺は最早、一刻も早くこの会談を終わらせることしか考えていなかった。
「ですが、我が国としてはもっと結びつきを強固なものにしたい」
「そうですね」
「それも街道のような物理的な面だけではなく、精神的な面においてもです」
「そうですね」
「そこで、うちの息子の夫人として、皆様をお迎えしたい」
「そうですね」
ん? 何言ってるんだこのオッサン。
俺は王の言葉を反芻し、驚愕した。
「ぼ、僕ですか!?」
俺は男だぞ、いくらなんでも王太子の嫁に……はっ、まさか昨日のファッションショーの情報が漏れて――
「失礼ながら、魔王様は男性でいらっしゃるようですが」
「はい。男性が男性に嫁いでも何の問題もないでしょう。魔王領では全ての恋愛や結婚を祝福しますよ。現に、私に一番言い寄ってくる人物も男性ですし」
「そ、そうですか……」
人型魔族故だろうか、西部の文化は人間領のそれに近いようだ。南部なんか単性生殖も珍しくないからなあ。
「ですが、息子は異性愛者ですからな。やはり嗜好が合わないと幸せにはなれない」
「おっしゃるとおりです」
「そこで、そちらのお三方です。メグレズ様も、アリオト様も、ミザール様も、いずれもお美しい女性だ。この縁談が成立すれば、魔王領はまた一つ強固になりましょう」
ん? 何言ってるんだこのオッサン。
「……まあ、本人たちが構わないなら私からは何も言いませんが」
「おお、それでは!」
僕は女性陣に振り向いた。
「で、誰か立候補者はいるかな?」
「大変光栄なお話ですが、辞退させていただきます。私は七星としても補佐官としても魔王領の情報を知り過ぎています、野に放てる人物ではないでしょう」
メグレズさんノータイム拒否。仕事を理由に、上手いことお断りだ。パーティーで見せた手腕は皇太子相手にも健在のようだ。
「僕はねえ、考えてもいいな」
「おお!」
アリオトは笑顔で応え、
「金貨七万三千枚」
カツアゲを始めた。
「……は?」
「僕のおこづかいさ。今はそれくらいもらってるからね、そこがスタートラインだ」
「さすがに皇太子妃一人に、それだけの年間予算は……」
「え? いや、月だよ」
「は? ま、毎月七万枚もの金貨を……?」
「年間七十万枚となると、下手な小国の国家予算に匹敵しますが……」
「ボーナスも含めると百万枚くらいにはなるね」
正確には
さて、残る一人のミザールだが
「私は、もう魔王様の女なので……」
こらーっ!! 誤解を招くような発言をするなーっ!! お前は「魔王様の(命を狙う)女」だろうがーっ!!!!
部屋の温度が一気に下がった。外務大臣は震え、アリオトは半泣きになり、ニゴーリ王は「む、魔道具が故障したか……?」とか言ってる。なるほど、俺を命を狙ったのであればなかなか的確なやり口だ。
「なるほど、お三方は難しそうですなあ」
国王は寒さにめげず話を続け、残念そうに眉を曇らせると
「では、こうしましょう。イーラ!」
と声を上げた。
現れたのは、一人の少女だった。
「紹介しましょう。我が国の第三王女、イーラです」
「イーラです。どうぞお見知り置きを」
少女はスカートをつまんで、優雅にお辞儀をした。
「息子の嫁取りが無理なら、魔王様にはぜひこの子を娶っていただきたい」
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