第十八話 魔王様の憂鬱 III


 女性陣の買い物は長い。



 貴族街の一角にある高級衣料店で、俺は暇を持て余していた。


 いや、そもそも男性陣の買い物に付き合ったことはないし、自分で服を買ったことも数えるほどしかないから比較しようがないんだけど。昔は着の身着のままだったし、最近は全部お仕着せだ。それに、魔王領は商売が盛んではなかった。


 自分で狩った獲物を交換するのはともかく、右から左へ流すだけの行為は寄生虫だと嫌われた。最近は商人への風当たりも弱くなってきたが、未だに貨幣を敬遠する人も多く頭の痛い問題だ。その点に関しては、西部連合は俺たちの遙か先を行っている。一棟丸々の服屋だなんて王都ではありえない規模だ。時間がかかるのも仕方ないし、それに、こんな待ち時間も文化的な証と言えるだろう。


 うん、だからといって限度はあると思うんですよね。


「城から持ってきてるんだろ、これ以上ドレスが必要なのか?」

「暗殺はその土地の服装で行うのが一番目立たない、常識ですよ?」


 あ、はい。


 俺は聞かなかったことにした。犯罪の片棒を担いでいると勘違いされたら困る。違う、俺たちはそんなんじゃない。せいぜい「彼女はいつかやると思っていたんです……」ってインタビューに答えるくらいの間柄だ。


「やはり絹の質は一等ですね、この価格なら……」


 暗殺者が獲物を選定する隣では、メグレズさんが市場調査していた。あれ、うちの女性陣、真っ当な買い物してるやついないのでは? 魔王城、文化度低すぎるのでは?


「メグレズお姉さまにこそ、買い物で気分転換していただきたかったんですが……」


 いつの間にか俺の背後を取ったミザールがため息をついた。


「ここは魔王様が付き合うところでしょう?」

「いやいや、無理でしょ。『このスカート似合うと思うよ』とかやるの? 捕まる」


 一面トップ飾っちゃう。


「アリオトさんもですが、ご自身の見た目にあまり興味をお持ちではないですからねえ」


 魔族自体がそういうとこある。可愛く着飾るより相手の血で化粧をすることを好むところある。


「へえ、これだけ導魔性が高い生地なら色々と使い所がありそうだね」


 そのアリオトは、布の魔導特性を確かめようとして店員に止められていた。


「……アレの責任はお前が取れよ」

「部下のケツを拭くのは上司の役目では?」


 まあ、布の一枚や二枚なら金でどうにでもなるので気は楽だ。札束で拭けるケツならいくらでも拭いてやるさ、あいつの給料から天引しとけばいいもん。


 「仕方ありませんね」


 ミザールがメグレズとアリオトを店員から引き離し、冬物売り場へと引きずっていった。俺も連行された。


 それからも女性陣の買い物は続いた。俺も感想を求められたがよく分からないので「普通ですね」を連発していたらそのうち無視されるようになったので、近くの店員を捕まえて素材や製法の説明を受けて暇をつぶした。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 それから三時間後。



 どうして俺は、こんなピチピチの半ズボンを履いてるんだろうか。


「今回のコンセプトは『幼年学校に入りたての、初心うぶな学生さん』です」


 ミザールが指示棒を振り回し、メガネ姿で解説した。


「なっはっは! いいご身分だね!」

「よくお似合いです」


 観客席は大層な盛り上がりだ。

 

「アリオトさん、他人の服装を笑ってはいけませんよ。大きな希望と少しの不安を胸に、初めての学校へと足を踏み入れた……ふ、踏み入れ……ぷぷっ」


 自分でも笑ってるじゃねーか!


「学生さん、じゃねーよ! なんでまたファッションショーが再開してんだよ!!」

「私達だけが衣装選びを楽しむのも申し訳ないと思いまして……」

「いいよ! 気にすんなよ! 何の問題もないよ!!」


 いつの間にか借り上げられていた服屋のバックヤードでは、地獄の着せ替えショーが再開されていた。


「大体何だよこのズボンは、ピチピチを通り越して殆どハイレグじゃねーか!!」

「不安とズボンは小さい方がいいと言いますから、とりあえず一番小さい方から試していこうかと思ったんですが、まさか本当に入ってしまうとは……」


 何が酷いって、この高級店の女性店員が総出で俺のファッションショーに駆り出されているとこだ。いや、駆り出されているというか「希望者は一歩前へ」って言ったら足並み揃えて皆さん参加表明してくれたんだけど。


 彼女たちの尽力によりこのピチピチズボンが入ってしまったと言うか、無理矢理入れされられたと言うか、四方八方からズボンのタックを掴まれてぐいぐい上に釣り上げられるの、新手の人間神輿か超人相撲の決まり手かという惨状だった。


「いかん、ズボンが食い込んでケツがいたい」


 さすがに無理があると思っていたのだろう、俺の申し出はすぐに認められ、新しい服を与えられた。本当に痛かったのは別の部位なのだが、それは言わぬが花だ。


「『邪神スタイル』~!!」


「ありえませんね」

「却下です」


 頭部に目が十対、腰から十本の手が生えた俺の姿はストライクゾーン激広のメグレズさんすら即アウトコール、二秒でチェンジとなった。


「私からはこちら、『女の子スタイル』」


 段々と感情の擦り切れてきた俺は、もはや投げやりでステージに立っていた。ここではお姉様方が着替えさせてくれるので、心を殺さないと生きていけないのだ。やる気のない足取りで中央まで歩く俺。だが、そんな態度にも関わらず観客達の興奮は最高潮、オーディエンスのざわめきや悲鳴が止まることはなかった。


「だっだっだっ、駄目だよこれは!!」

「これはいけません、お姉さま。お姉さまこれはいけません」


 二人はひどく取り乱すが、そんなに凄い格好か? 自分で着付けてないから、正直どんな格好になってるのか分からん。分かりたくもない。もうどうにでもな~れ。


「…………」

「…………」

「…………」


 やがて熱狂が収まると、三人はひとしきり目配せし合い


「これは止めておきましょう」

「そうだね。これは良くないよ、うん」

「ではそういうことで」


 えっ何その沈黙? どういうこと? 何についてどんな合意が取れたの?


「魔王様も、以降は禁止だからね!」

「二度とこのようなことの無いように」


 俺は禁止カードか何かか。


 その後、行列をなし俺のスカートのウエストに無言で紙幣を差し込む女達がいた。


 すごい、ファッションショーの文化全く分らない。全くわからないけど、魔王な、今の仕事首になったらこれで食べていこうと思うんだ。


 もはや正常な動作を止めた脳が、バラ色の未来予想図を描く。よくわかんないけどちょっと心を殺して、ひらひらのやつ着とけば入れ食いなんだろ? まあ多少守備に不安があるというか、足元がスースーすると言うか……


「っていうか、無くなってるんだけど」


 疲れ果てた俺の何気ない言葉で、場に衝撃が走った。


「えっ、な、無くなってるのかい!?」

「メグレズお姉さま、流石にそれは……」

「そうだよ、力ずくはよくないよ!! 言ってくれれば余った『ビショウジョニナールX』を分けてあげたのに……」


 おいコラ、あれは全部焼却処分にしたはずじゃなかったのかコラ。


「確かに焼却炉に放り込んだ! 僕がこの目で確認したからね!!」

「じゃあなんで残ってるんだ」

「いや、ほら……この世の全てが、燃えるものとは限らないじゃないか」


 アリオトは視線を床に落として言った。


「帰ったら牢屋行きな」

「いっ、嫌だ! それだけは駄目だよ、人倫にもとる行いだ!!!」


 魔族だけどね。


「ていうか、何か勘違いしているようだが無くなっているのはすね毛だ」

「あ、それは私です。せっかくの生足なのに、すね毛が飛び出ていたら興ざめですから」


 ミザールが悪びれもせず挙手する。


「おい、さすがに怒るぞ」

「高級宿だからと油断していた魔王様が悪いんですよ」


 説教強盗みたいな居直りしやがって、ここは断固鞭の場面だろう。


「やりすぎだ。お前も懲罰房行っとくか?」

「フェクダさんにこの映像送りますよ?」


 俺は折れた。


「だがねミザール、確かにこれはよくないよ」


 おおっと、まさかのアリオトさんによる常識的な発言だ。


「すね毛が必要な時もあるだろう?」


 ねえよ。


「そこはほら、アリオトさんなら生やす手段の一つや二つお持ちでしょう?」

「愚問だね」


 あるのかよ!


「全く、男のくせにガタガタと。減るもんでもないではないですか」

「減ってる。減ってるというか絶滅してる」


 俺はもはや会うことが叶わぬ兄弟たちに思いを馳せた。ああ、魔王領統一という激戦を共にくぐり抜けた、真の仲間たちよ。世には髪の毛の供養をする寺院もあると言うが、すね毛もお願いできるだろうか?


「確かに、この服装ですね毛があると興ざめではあるが……」


 俺は自分の足元に視線を落とした。ピンクの布地から伸びる、つるっつるの足。スカートなんて追手から逃れるために女装して以来だな。女性向けの服はよくわからないが、フリフリがいっぱい付いてて動きにくいことこの上ない。


 そういえばうちではあんまりこの手の服を着るやつはいないな。メグレズはスマートだし、アリオトは無頓着だし、ミザールはもっとシンプルだ。なるほど、この格好で切った張ったは無理だ。


「あれだな、ミザールの趣味って感じの服だな。ミザールが嫌がらせでアリオトに着せるような服」

「失礼ですね、真剣です」

「実験の邪魔でしかないと思ってたけど、こうして傍から見る分には悪くないね。なるほど、着て楽しい服ではなく着せて楽しい服ということかい」

「あら、アリオトさんも分かってきましたね」

「着せられるのは楽しくないけどね!」

「ですが、これで魔王様とお揃いですよ?」

「なっ……!?」

「皆さん、今です」


 哀れ、新たなる子羊として選ばれたアリオトは散々ミザールとメグレズとお姉様方のおもちゃにされて精も根も尽き果て、俺は救いを求める瞳に対し黙って首を振るだけだった。


 ケケケ、一人では死なんぞ!!


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