第十七話 魔王様の憂鬱 II


「こちらが式典用の衣装です。そのまま夜会にも出ていただきます」

「着替えなくていいのは楽で助かるよ。どうだい?」


 入浴を済ませて食事を取ると、式典用の衣装合わせだ。地味だが一級品のスーツに身を包み、俺は両手を軽く広げてご意見を募った。


「なんというか……普通ですね」

「普通だね」

「よくお似合いです」


 ぐっ……。残念ながら評判は芳しくないようだ。


「なんか悔しいけど、いや、普通でいいんだよ普通で」


 そう、俺はあくまでゲスト。普通が一番ふさわしいんだ。


 俺は衣装の出来に十分満足したが、そうは呉服問屋が卸さない。


「お姉さまのチョイスは保守的過ぎます。こちら、王都で最近流行している細身のシルエットです」


 俺には道中キャンセルの埋め合わせとして、きせかえ人形の運命が義務付けられていた。さっきのスーツに比べピチピチ気味で着心地が悪いが、スマートな見た目とトレードオフなら仕方ないか。衝立の奥でぱぱっと着替えを済ませ、三人の前に出る。


「……普通ですね」

「普通だね」

「そちらもよくお似合いです」


 反応が同じゃないか!!


「なんかもっとこう、変わったところがあるだろ!」

「そんな、前髪を2cm切った少女のような発言をされましても……」

「多少のマイナーチェンジじゃ味噌もクソも一緒だよ。式典なんてつまるところ示威行為、だったら可能な限り威圧的な装備にすべきだ。というわけで僕のチョイスはこれさ!」


 俺はアリオト渾身の衣装に袖を通した。


「……普通ですね」

「普通だね」

「そちらもよくお似合いです」

「おいお前ら、絶対適当にコメントしてるだろ。どう考えても普通なわけないじゃないか!」


 こんなトゲトゲ肩パッド、ねじれた角ヘルム、謎の骨ペンダント、ただのチンピラ丸出しじゃねーか!!


「コンセプトは『受け継がれる意思』、先代の服装として伝わる情報から再構成された、由緒ある魔王ファッションさ! 誰でもこれを見れば魔王様が正統な継承者であることを理解し、その残虐性に恐怖するだろうよ」

「却下だ」


 反逆した相手を受け継いでどうする。俺は肩パッドを脱ぎ捨てた。とんだ茶番だ。何着たって同じなら、動きやすいメグレズのスーツでいいだろう。やはりまともなのはメグレズだけだったな。


「では二週目に参りましょうか」

「待ちたまえ君たち」


 メグレズが当然のように差し出してきた新衣装を、しかし俺は拒否することが出来なかった。


「私はアリオトさんとは逆に、心優しい魔王様を演出すべく考えました。コンセプトは『紅顔のプリンス』、王でなく王子感を押し出すことにより権威的なイメージを取り除き、親しみやすさを演出します」


「なっはっはっは!!」

「ふふっ……これは……んふっ」

「おい、なんでこれは普通じゃないんだよ」


 嘲笑を隠さない二人組に、もはや腹立たしいという気すら湧いてこない。と言うか、他人事だったら俺も絶対笑ってる。


「……さすがにこの年で白タイツは厳しいんだけど……」


 俺の王子様(幼)スタイル、その目玉はこのスラリとしたタイツ姿だ。目玉ではない別の玉がスースーして心細いことこの上ない。何だか三人の視線が生暖かくて、居心地も非常に悪かった。


「見た目は青少年ですから、大丈夫です」

「しかし、これでは舐められるのでは?」

「可能な限り軽んじて欲しいですね。油断している相手ほど楽なものはありません、この会談は西部連合に決定的な打撃を与えるいい機会です」


 一番怖いこと考えてるじゃねーか。


「なるほど、一理ありますね」

「じゃあ見た目だけでなく仕草なんかも変えるべきだね。語尾は『でちゅ』にしてみようか」


 みようか、じゃねーよ。


「チークも濃い目のほうが良いでしょうか」

「あ、あれは無いのかい? 首に巻くヒラヒラしてるやつ」

「たしかこのカバンに……あら、こちらなどいかがです?」


 おい、おしゃぶりはやめろ。


 

 統治上の問題に係る高度な政治的判断によって、その晩の描写は控えさせていただこうと思う。悪夢の饗宴は、日が変わるまで続いた。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 翌日は予備日だったので、午前を書類仕事に当て、午後は休みとした。


「うーん、余計な突発イベントが割り込んでこないから、仕事が捗るな」

「魔王城は三日に一回は崩壊の危機が訪れますからね」


 手首を揉む俺の向かいで、ミザールが優雅にお茶の香りを楽しんでいる。


「……少しは手伝ってやろうとか思わない?」

「御冗談を」

「いや、俺じゃなくて」


 俺は視線を横に向けた。


「うう……嵌められた……まさかこんな罠が……」

「アリオトさん、午前中に終わらなければ昼食後も続けていただきますよ」

「メグレズの鬼! 悪魔!! 書類仕事!!!!」


 鬼教官による凶悪サボり魔の強制休出ショーだ。こぼれ落ちる涙はメグレズに凍らされ、書類を濡らさぬよう消し飛ばされていた。


「あれだよあれ」

「アリオトさんは少し反省したほうがよろしいかと」


 全くだ。やれば出来るのに三十一日まで頑なに宿題に手を付けない、夏休みの小学生並の精神性。いい機会なので鍛え直してもらって欲しい……はっ、いかんいかん。もう強圧的な上司は卒業するんだ、厳しくも優しいボスとして近代的なマネジメントを行うんだ。飴と鞭、飴と鞭!


「よし、昼までに終わったらメシ奢ってやるぞ」

「!? 本当だね!? みんなも聞いたね! 撤回は許さないからね!!」


 ギアを入れたアリオトが猛スピードで仕事を片付けていく。


 うわっ、何あれキモッ……。


「見てください。本気を出したら左右の手で同時にニつの書類を処理できるんです。これを手伝うなんて馬鹿らしくてやっていられませんよ」


 超高速で蠢く両手に、昼飯用の食欲がどんどん後退していく。


 みるみる積み上がる文書の山。同じくらいの速度でメグレズがチェックし、決裁フォルダに突っ込んでいく。これ城に帰ったら俺が地獄なやつでは?


「終わった! 自由!! 出所!! 娑婆!!!!」


 アリオトが椅子を跳ね飛ばして立ち上がり、両手を突き上げた。これ以上無い、晴れ晴れとしたどや顔だ。


 うん、よくわかった。今までの俺に足りなかったのは鞭。愛の鞭。今まではむしろ甘やかしすぎだったのだ。昨日だってやつらの要求は際限なくエスカレートした。飴を与え過ぎたのだ。


「よし、次からアリオトに回す書類を増やそう」

「なっ!?」

「そうですね、この速度が出るなら倍までは問題ないでしょう」

「まっ、待ちたまえ!!」


 アリオトが両手を振り回して何やらわめいているが、書類仕事が終わったのが相当嬉しいらしい。おっ、嬉し涙か? ついには両手をぐるぐるさせながら俺に突進までしてきたが、ハハハ、こら、はしゃぎ過ぎだぞ。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



「またきっつい所にきたな……」


 到着後二秒で、俺の顎はすでに上がりぎみだった。


 店から伸びる長蛇の列には若く元気な魔族の姿が並び、おしゃべりの花を咲かせていた。醸し出されるオーラが眩しい。いや、魔族ってあんまり外見から年齢が判断できないんだけど、それでも動きの端々に幼さが見て取れるお客さんが多いのだ。完全に若年層向けのスポット、つまり場違いだ。


 俺が昼食に連れてこられたのは、西部連合で大流行中のスイーツ店だった。


「今、若い女性に最も人気のあるお店らしいですよ」

「おい、無理やり予約取ったんじゃないだろうな」

「失礼ですね。人を遣って並んでもらってただけですよ」


 ならいいか。確かに、行列の中にもちらほらと代理で並んでいると思しき姿が見える。ホテルのコンシェルジュ経由だろうし、変なことにはならないだろう。


 並び屋にチップを渡して交代、数分待って案内された店内はポップでカラフルな内装に、オシャレなBGMが流れている。八割女子、ニ割カップルのきゅんきゅん空間だ。デートとはいえこんな店に突っ込まれ肩身の狭そうな男性陣に、シンパシーを感じずにはいられなかった。


「こちらのセットを四つ」


 着席するなりミザールが注文を済ませる。すごい、魔王なのにの選択権すら与えて貰えない。


 俺は死んだ子の年を数えるようにメニューを眺めた。さらば、ショートケーキ。さらば、季節のフルーツの彩りパフェ。俺は過ぎ去った女達に別れを告げた。誰もが魅力的な女達だった。やっぱり人間型魔族って味覚も人間に似るのかな、俺もう魔王様辞めてここに移住しようかな……。

 「これ、うちでも出来ないかな?」とメグレズに相談してたら、ミザールに睨まれてしまった。


「お待たせしました、スペシャルセット四つです」


 店員さんがカートを押して到着する。カラフルなランチプレートに盛られて現れたのは、熱々フワフワのパンケーキ、西部特産フルーツのスムージー、そして、透明でぷるぷるの、一口サイズのスイーツ。この店の名物にして大流行中の『スライム団子』だ。


「まあ、可愛らしいですね」

「本当に透明なんだね。実に興味深い」


 アリオトが早速ぷよぷよをフォークでつつく。ミザールは記録の魔道具を取り出して写真を撮り始めた。


「へえ、なかなかいいじゃないか」

「王都でも受けそうですね」


 組体操のピラミッドよろしく盛られた水玉たちにソースをかけて、一つ口に運ぶ。うん、なるほどなるほど――



 ――これ、もしかしてわらび餅か!!!!



「シェフにこれを」


 俺は小切手に素早くサインし、ウェイターへと預けた。詳しくは語るまい。裏側に記したメッセージ、『きな粉が合うだろう』のご意見だけで、一流の料理人なら全てを理解してくれるはずだ。


 そういえば餅が見つからないからって、きな粉の存在を忘れていたな。ご飯にかけて食べても美味いんだ、帰ったら試してみよう。確か炒った大豆を挽いて粉にすればいいんだっけ?


 夢と妄想がとめどなく広がっていく。よだれも口の中に広がっていく。フッ、真の魔王領への階段、またひとつ上がってしまったな……。


「見なよ、あのだらしのない顔。相当お気に召したようだね」

「これは魔王様御用達になってしまうかもしれませんね」


 などと口さがないやつらもいるが、失礼な、高度に文化的な思索にふけっていただけだ。決してだらしのない顔なんてしていない。


「見ろよ、あのだらしのない顔!!」


 流れ弾は、背後から飛んできた。


 二階から姿を現したのは、粗野な風体の男だった。シャツを着崩し、何人もの女性を引き連れて、階段を降りる仕草もドタドタと品がない。あれじゃせっかくの高そうな服が可哀想だ。男は俺たちのテーブルまで来ると、下品な顔を更に歪めて舌なめずりした。


「へえ、なるほど……全員いい女じゃねぇか、こりゃだらしのない顔になるのも分かるぜ」


「(そ、そんなにだらしのない顔だったか?)」

「(一緒のテーブルに着いてるのが恥ずかしくなるくらいにはね)」

「(正直、他人の振りをしようかどうか迷いました)」


 くそっ、好き勝手言いやがって! だが客観的な意見には逆らえない、俺は背筋を伸ばすときりりと眉を上げ、左斜めのキメ顔で男を迎え撃った。


「……フン、これだけの上玉に囲まれてる割には普通だな」


 俺のステータスにはだらしないと普通しか無いのか!!


「確かに普通ね」

「せっかく高い服着てるのに、これじゃ台無しだわ」

「そうよツヴァイ様。女の方も普通よ」

「せいぜいちょっとかわいいくらい、私達のほうがずっといいわ」

「ハッハッハ。そういう普通の女にも夢を見させてやるのが、俺の仕事ってもんよ」


 ハッハッハ。普通の女だったらどれだけよかったことか。


「おい、お前達もこんな普通の男といるより、俺のほうがいいいだろ?」


 普通でない男が遠慮なくナンパしてくるが、確かにこの神経は普通ではない。一方普通でない女共は目をキラキラとさせ、何かを期待した顔をこちらに向けていた。撮れ高を期待している、いいね中毒者の目だ。


 しかしここでやつらの期待に応え、切った張ったを立ち回る訳にはいかない。明日の大事な式典前に問題は起こせないのだ。なに、拳でなくても人は殴れる。そう、例えば言葉とかな!


「すみません、彼女たちにはずっとアプローチを続けて、やっと初めてのデートに漕ぎ着けたんです。どうか、ここはご勘弁願えませんか?」


 俺はテーブルに叩きつける勢いで頭を下げた。


「デート、デートですか」


 ふふふ、とミザールが目を細める。いけない、余計な言質を与えてしまった!!


「でっ、でっでっでっ!?」


 メグレズどうした、ボイパにでも目覚めたか?


「おいおい、情けない男だな! 言いたいことがあるなら、言葉じゃなく拳で語ってみろよ!」


 男は指をポキポキと鳴らしてみせるが、そんな考え魔王城じゃ三秒も持たないぞ!!


 そして、俺が心配した矢先に――男は選択を間違えた。


 挑発のつもりだったんだろうか、テーブルの上のスライム団子をむんずと掴み、そのまま口に運んだのだ。


 よりによって、メグレズのものを。


 店内の気温が急激に下がりはじめ、残された団子たちがパキパキと凍り始めた。


「……ッ! なんだこりゃ!?」


 男が叫び、お客さんたちもざわつき始める。おいおい、魔王城では三秒と言ったが、まかか西部がそれ以上に喧嘩っ早いとは思わなかったぜ! 騒がしい店内の中、このテーブルだけが静かなのは不自然だろう。俺もとりあえずキョロキョロとあたりを見回し、「まさか……襲撃か!?」と意味深につぶやいておいた。


「まさか……襲撃か!?」


 ナンパ男が焦ったように首を振り、周囲を確認する。おい、パクるな。お付きの女性たちも不安そうに集まっておしくらまんじゅうを始めた。さらには


「殿下!」


 と武装した男たちが突入してきて店内はもう滅茶苦茶。俺は腰を浮かしかけたが、平気で紅茶を飲んでいるミザールを見て座り直した。プロが落ち着いてるんだ、じゃあいいか。


 男はそのまま護衛に囲まれ退出していった。何だかよくわからないが、最後まで迷惑なやつだ。


 こうして悪は去り、村の平和は守られ、店内の気温も平穏を取り戻したのだった。事件は魔道具の故障として処理され、お詫びとして新たなスライムが各テーブルに提供された。あとで小切手をもう一枚切っておかないとなあ。


「あれはフカーラ国の皇太子、ツヴァイ様ですね」

「あれがですか?」

「ミザールちゃん」


 俺は不敬を嗜めた。気持ちは分かるがいやしくも他国の王子、あれとか言ってはいけないよ。それが許されるのは魔王城くらいだよ。


「だがね、あれを見る限り西部連合も長くはないんじゃないのかね」

「得てしてああいうハラッサーこそが上手くやるものですから」

「ハラッサー? ああ、魔王様みたいなってことかい」


 さすがにその評価はこたえるぞ。俺は抗議の声を上げずにはいられなかった。


「あれのどこが俺と一緒なんだよ」

「行列のできる女性向けスイーツ店で女を侍らせてるところですか?」

「しかもだらしのない顔まで晒しちゃってさ」

「服は高くても中身が伴ってないところもですね」

「その上シェフにメッセージまで送って、何様だって感じだよね」


 お、俺は、俺は……。


「感想を伝え芸術を守るのも、貴族の大切な役目です」

「そ、そうだぞ! メグレズの言う通りだぞ!」

「可愛いどころにチヤホヤされるのも仕事のうちかい?」

「先ほどのアレでも幇間ほうかんを連れて歩いたりはしてませんでしたよ」

「魔王領も長くはなさそうだねえ、西部とどっちが先かな」


 部下に必要なのは飴と鞭だが、上司に必要なのも飴と鞭だ。どちらも欠かせない存在、だからといって飴担当と鞭担当にはっきり分かれなくてもいいのではないかと思う。お前らは怖い警官と優しい警官か。せめて飴と鞭の割合を1:1にしてほしい。俺は鞭役女性陣のピシピシ言葉に背を打たれながら、凍りついたスライムを涙ながらに頬張った。ああ、何という責め苦!



 だが、こんなものは序の口だった。



 本当の地獄はそれからだったのだ。



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