第十六話 魔王様の憂鬱 I
魔王領は、魔王による独裁国家である。
魔王が一声かければ数万の軍勢が動き、魔王が邪魔だと言えば山が一つ消え、白いと言えばカラスは白くなり、馬だと言えば鹿の角も落ちる。
誰もが魔王を敬い、恐れ、従う。それが魔王領だ。
「よしよし、勇者は順調に成長しているみたいだな」
麓を荒らして回る凶悪な魔獣に、雷撃の魔術が殺到する。全身を撃ち抜かれ、とどめの剣戟を受けて、ついに倒れ込む暴れ熊。村を救って大変に感謝され、照れる勇者の姿がスクリーンの中にはあった。
最近は刀を構える姿もそれっぽくなってきたし、例の慰霊祭以降は顔つきも変わってきた。このまま勘違いせずに頼むぞ、俺は勇者に念を送った。
「じゃあ次。えーと、西部連合主催の式典への出席要請なんですが」
「行くわけねぇだろ」
「最近腰の調子が悪くてのう」
「北の山でバカンスの予定が」
「予定が入る予定なので」
「式典? ゴーレムでも送っていたまえ」
魔王領は、魔王による独裁国家である。
魔王が一声かければ幹部はこぞって拒否し、魔王が美味いと言っても誰も米を食べず、白いと訴えても書類の記入漏れは放置され、馬だと言えば「どう見ても鹿じゃないですか。魔王様大丈夫ですか?」と嗤われる。
誰もが魔王を敬い、恐れ、でも従わない。それが魔王領だ。
アルカイドは早々に立ち去り、フェクダとメラク先生はいつの間にか姿を消し、女子2人に至っては俺の顔すら見ずに旅行雑誌で盛り上がっている。
あれ、何でだろ。涙こぼれちゃうな。
「……魔王様?」
「いや、いいんだ。いいんだメグレズ」
急にがらんとした会議室に、溜息がひとつこぼれた。いけない、不満を表に出すようじゃ理想の上司失格だ。度量の広さを見せる、それも上役の努め。
「……仕方ない。招待を無視するわけにもいかないし、面倒だけど俺が出るか」
「見てくださいアリオトさん、西部連合No.1スイーツ店らしいですよ」
「へえ、いいじゃないか。西部と言えば温泉も有名だ、是非入っておかないとね」
「……」
こいつら……。
「おお、そうか! ニ人が行ってくれるか!!」
「『南部海岸名物・スーパージャンボトロピカルサンデー』、興味深いですね」
「『当館所属の水魔術師による、人工ビッグウェーブをお楽しみいただけます』だって。どれほどの腕前か見せてもらおうじゃないか」
「……」
何なんだよお前らは……。
「何なんだよお前らは……」
いけない、率直な気持ちがつい言葉になってしまった。
「式典だのパーティーだのはお断りだよ」
「ただ、魔王様が出席なさるのでしたら、ねえ」
女子二人が雑誌の角を折りながら言う。
「あの朴念仁の魔王様がパーティーに出席なさるんですよ。これを見逃す手はありません」
「南海岸は逃げないけど、魔王様は逃げるからね。あ、録画も忘れないようにしないと」
「俺は娯楽コンテンツじゃねーぞ」
便利な財布でもねーぞ。
「どうせ護衛は必要でしょう?」
「それはそうだが……」
「僕たちに任せてどーんと構えていたまえ」
「お前は居たほうが不安なんだよな……」
「なっ、失礼だね!? 僕のどこが不安だって言うんだい!?」
「……私一人でやりましょう」
うーん、ミザールの護衛は申し分なしとして、アリオトも置いていく方が危険なんだよな……。
「付いて来るなら、アリオトは山地の調査もやること」
「えぇ? まあいつか行かなくちゃと思ってたし丁度いいか」
「頑張るなら魔王権限で高い宿取っていいぞ」
「やったー魔王様愛してる!!」
せっかくの旅行だし、これくらいの役得はあっていいだろう。俺はできる上司、必要なのは鞭、そしてアメ。
「メグレズお姉さま、ホテルは私達で決めていいですよね!?」
「おい」
なぜ俺じゃなくメグレズに許可を取るんだ。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「さすがに酷いのではありませんか?」
「いやいや、すまないと思っているよ」
四頭立ての馬車はガタゴトと、西部へ続く街道をゆっくり進んでいた。楽しい旅行の前日に急な仕事が入り、アリオトとミザールだけ先に向かってもらったのだ。魔王専用の超高級仕様といえども馬車は馬車。一日乗れば腰にも背中にもガタは来るし、何より暇だ。ニ日遅れでようやく合流した俺は、彼女たちに頭を下げた。
「悪かったな、お前らだけで馬車の旅をさせてしまって」
「え? いえ。普通に転移魔法で先入りし、しこたま遊びましたけど」
「じゃあいいじゃないか!」
こちとら申し訳ないと思って必死で仕事を終わらせてきたんだぞ!
「全く、私達がどれほど魔王様との旅を楽しみにしていたか」
「魔王様がいないんじゃ馬車なんて乗っていられないよ」
「将軍の素振りを眺めるよりつまらないですね」
あ、あれはあれで勉強になるから。
「みや子さんの枝毛を探すより虚無だよ」
なにそれ楽しそう。
「お二人とも。魔王様に悪気があったわけでもないですし、そのあたりで」
見かねたメグレズママが、二人をたしなめてくれた。いいぞママ、もっと言ってやれ!
「ですがお姉さま。暇な車中は魔王様を着せ替えして遊ぼうと、衣装を沢山用意してきたんですよ」
「魔王様に悪気はありませんが、がっかりさせてしまったのも事実。謝罪として気の済むまで付き合うべきでしょうね」
俺を売るんじゃない。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
西部諸国連合の盟主、フカーラ国の街並みは美しかった。石とレンガの小綺麗な建物が並び、道行く人々も清潔で、目抜き通りは馬車が何台もすれ違えるほど広い。活気はあるが決して粗野ではなく、明るい顔で溢れている。さすが「フカーラの宝玉」と呼ばれ、西部の文化的な中心を張るだけのことはある。
ここは首都だ、もちろん地方は様相が異なるんだろう。でも、一つの理想形として見習うべきものは多いはず。俺は自分の両肩に掛かっているものを想った。同じような景色を、住民たちの笑顔を、魔王領の全土で見られるようにしなければならない――
いや、無理かな……魔族だもんな……。
だってアイツら、想像の中の笑顔でも目が爛々なんだもん。あとニ、三世代は覚悟しておかないといけない。
「一歩間違えば、この街並みが焼け落ちていたと思うと恐ろしいね。西部連合と戦争をしなくて本当に良かった」
窓の外に流れていく街並みを眺めながら、俺は心から思った。
西部王国連合は魔王領には珍しい、人間型魔族の大国だ。その名の通り幾つもの小国が結び付いた勢力で、北に住む森狼族と長年に渡り争いを続けてきた。西側は偉大なる龍神様が
俺たちの旗揚げは北部、そこから左回りに支配地域を拡大していったので、早い段階で西部連合の領土とは隣接していた。ただ、森狼族を取り込んだ時点で東に向かったので、直接事を構えたことはない。戦力的にきつい、東側のほうがきな臭い、人間型魔族の国に攻め込みたくない、と幾つも理由はあったが、まともに交渉の出来る相手だったのが一番大きかった。魔王領の大半は言葉の前に手が出るというか、殴り合いながらじゃないと話を聞いてもらえないとこも多いからな……。それに、伝統的に防衛に重きを置いてきた西部連合なら、放置しておいても大丈夫だろうという考えもあった。
実のところ、森林族がこちらに敗れたのを好機と見て、長年の敵を今こそ討ち滅ぼすべしと好戦論が高まり開戦まであと一歩だったらしい。十分に時間を費やして決戦の準備を進めたけど、魔王軍が電撃的に勢力範囲を広げ趨勢を決めてしまったため計画は頓挫。最終的には戦わずして降伏することとなった。
結果的に西部連合は、大勢力としては魔王に下った一番最後の地域となった。もちろん、この手の常として参加が遅いほど立場は悪くなる。人間型ということで舐められがちだった西部連合は、結果としてさらに侮られるようになってしまった。血の気の多い魔王領の人たちにとって、戦わずに軍門に下ったのも腰抜けと映ったみたいだ。
おかげでというか、街道整備における西部連合との交渉は非常にスムーズに進んだ。普通に考えて絶大なメリットがある話だ、変な欲をかかない限り拒否する手はない。そして、権力者とは得てして変な欲をかくものだ。だから、連合が反抗しにくい立場に陥ったのは申し訳ないが大いに助かった。
そんな西部連合からの、記念式典への出席要請。友好的な勢力からの要望はできるだけ応えておきたかった。国王就任十周年とか、魔王が直々に出ていくような話か? という気もするけど、誰も行きたがらないんだか仕方がない。どうせなら西方街道の出来も見ておこうか、というわけで馬車の旅にあいなったのだ。
カタカタと小さく車体を揺らし、馬車は王都の一等地へと進んだ。そういえばこの馬車で旅行するのって初めてだな、検問もフリーパスで気分いい。
「いらねーって思ってたけど、魔王専用馬車作っといてよかったか?」
「こんな長距離移動、転移魔法を使わない理由がないからねえ」
魔王領では犯罪対策として、転移魔法は原則禁止の許可制となっている。もちろん俺はフリーパスなんだけど、だからって魔王様が率先してぽんぽん利用するのも示しがつかない。それに、転移魔法って先達がいないと危険なんだよね。
代わりに馬とか狼とかペガサスとかドラゴンを使うんだけど、剥き身で移動するのにも問題があった。危ないのはもちろんだが、魔王領の皆さんはなんかこう、デカいとか強そうとか角生えてるとか、そういうのが好きすぎるのだ。以前とある街にワイバーンで乗り付けたら見物人で大変なことになった上、何故か力自慢たちが勝負を仕掛けてきたりして場を収めるのに大変苦労した。あとしこたま怒られた。最近は街の近くまで転移してこっそり、という手段を取ることが多い。
「あー、馬車用の転移魔法があったほうがいいか?」
「そうだねえ。なんならこの馬車専用のも作るかい」
「お二人とも、せっかくの旅行なんですからもっとこう……」
アリオトと細かい打ち合わせをしているうちに、馬車は宿へ到着した。
「はぁ~、どっこいしょ」
と馬車から降りて背伸びをすると、先入りしていた魔王軍の衛兵が一斉に敬礼した。
「……」
「いくらなんでも今のは……」
「アリオトさん、他人のフリです他人の」
魔王パーティーから追放された俺、「ご苦労さま」と手を上げ逃げるように館内へ。
「へえ、なんか良さそうなところだな」
下品にはならない程度に豪奢な内装や、ふかふかな絨毯が俺たちを出迎えてくれる。
「フカーラ国でも一、二を争う三つ星の宿ですよ。そんな雑な感想を……」
「ものの良し悪しが分らないのが魔王様だからね」
「西館を全て借り上げております。設備は全て整っているので、本館には行かれないようお願いします」
「今日は疲れたよ、部屋に行ってさっさと寝よう」
階段を登り最上階へと向かえば、スイートルームの名に恥じない、広く、美しく、快適な部屋。
そこで待っていたのは、地獄だった。
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