第十四話 魔王軍真夜中の憂鬱


 魔王城特設第三競技場の熱狂は、すでに最高潮だった。深夜にも関わらず煌々と焚かれた篝火と、その熱気にも負けない観客の興奮は、怒号や地鳴りとなって競技場を震わせた。席を取れなかった人々はスタジアムの外をも埋め尽くし、空中に投影された映像を見上げた。

 幻影魔術での中継は全世代で歴代最高視聴率を更新、視聴者は選手の一挙手一投足に歓喜し、あるいは頭を抱え、競技が途切れるごとに酒をあおった。



 蹴球である。



 蹴球とはもちろん首級のことであり、魔王領第七次戦乱期ブルーフォレスト戦線において野戦で敵の大将を討ち取ったトゥワード公がその勢いのまま相手の本拠地までなだれ込み、固く閉ざされた城門の上から敵将の首を蹴り込んで守備側が慄いたところを一気に突破、見事相手の本城を攻め落とした故事に由来する、敵対する地域の人間の首を足で転がしながら攻め上がり相手の領主館に蹴り込んだ方が勝ち、という各地で自然発生した競技とも祭りともつかない催しである。


 一人ずつ生贄を交換し(多くの場合、これは罪人である)、日の出とともにその首を落として蹴り飛ばしながら敵陣へ向けて出発、敵の守陣を突破しとにか相手の領主館に首を届ければ勝利。これが原始蹴球の基本形である。


 大抵はいつの間に首の数が増えているので、より多くの首を叩き込んだ方が勝ちとされた。専門家の中には、殺ったり殺られたりの八対七くらいが一番おもしろいとする者もいた。


 目的の分かり易さと、人数無制限で飛び入り自由という参加条件の緩さが血の気の多い魔族に受け、瞬く間に魔王領全土へ広まった。しかし、あくまで広範囲で催される地方のお祭りであった原始蹴球が蹴球へと姿を変えるには、他の多くの分野と同様、魔王領の統一と近代化を待たなければならなかった。


 魔王領の戦乱を終わらせ、領民を救う多くの改革をもたらした当時の魔王が、多大な犠牲を伴う危険極まりない原始蹴球の存在を憂いたのは当然であった。魔王は全国の蹴球を調査させるとそれらを発展的に統合、安全で競技性の高い統一ルールを定め、また名前を首級から蹴球へと改めた。近代サッカーの誕生である。


 蹴球とはサッカー、つまりSack(首にする、略奪する)である。


 魔王はさらにこれを国技と定め蹴球リーグの設立を宣言、スポンサーを募り各地にクラブチームを立ち上げるなどその普及に奔走、自身の名を冠したトーナメント制の大会「魔王杯」も開催した。


 勿論、現代蹴球に対する反発は大きかった。そもそも独立独歩を是とする魔王領の人々が、おらが村のルールを至上と捉えるのは自然なことと言えた。人数の制限やフィールドのサイズ等、やり玉に上げられたルールは多かったが、特に反発が集中したのは首でなく魔物の革で作ったボールを使用する点であった。生贄の顔の皮を剥ぎ、これを繋いでボールにする等の激しい抗議活動が各地で行われた。


 だが次第に近代蹴球の競技性が理解され始めると、多くの人々がこれに惹きつけられた。当時流行した「力から知へ」のスローガンが一役を買ったとも言われているが、歴史・文化方面の研究者達はむしろこの近代蹴球の誕生こそが、魔王による近代化政策の一つだったのではと考えている。


 以降、土着の催事から本格的に競技へと梶を切った蹴球は、幾多の紆余曲折を経ながらも、魔王のバックアップもあり爆発的な広がりを見せることになる。


 そして、その一つの結晶が、ここにある。



 「魔王杯」決勝である。



 魔王杯とは魔王領の最高権力者である魔王の名を冠した、蹴球の大会である。


 魔王領の蹴球チームならばどんなチームでも参加可能、とにかく登録された全てのチームでトーナメントを行い一番強いチームを決める、という非常に頭の悪いレギュレーションの大会だが、その分かりやすいルールと魔王領特有の負けることは死ぬこととの風潮が合致し、リーグ戦よりも盛り上がりを見せる国民的イベントへと瞬く間に発展した。


 特に決勝は魔王が直々に観戦をする「王覧試合」であり、その舞台に駒を進めるだけでも大変な栄誉とされた。また、舞台となる魔王城第三特別競技場は、聖地と呼ばれ全蹴球選手の憧れであった。


 今日の決勝は、魔王軍蹴球隊とトゥワード・フットボール・クラブにより争われる。近年指折りのビッグクラブ同士、下馬評の上位二つによる頂上決戦ということで、観衆の盛り上がりは類を見ないほどとなっていた。


 トゥワード・フットボール・クラブ(TFC)は、その名の通りトゥワード領を本拠地にする蹴球クラブである。

 蹴球とはフットボール(Foot Ball:歩兵の玉)、つまり鉄砲玉のことである。魔王軍蹴球隊に所属していたメンバーが退団、真っ直ぐに飛び出して二度と戻らない、ただゴールまで突き進むのみ、の精神を掲げて設立された、近代蹴球において最初期のクラブチームの一つである。当初は選手層の薄さや立地条件等の問題もあり目立った活躍がなかったものの、長年に渡る地道な強化策が実を結び、近年では指折りの強豪として華々しい結果を残していた。


 魔王軍蹴球隊は、その名の通り魔王軍が母体となったクラブであり、選手全員が魔王軍に所属している。

 近代蹴球の発生以前から細々と続いてきた趣味のクラブであったが、サッカーの転換という歴史の荒波に揉まれに揉まれた結果、誰もが認めるトップクラブとなった。一説には、彼らの試合を見た時の魔王が近代蹴球を発明したとも言われている、大変由緒あるチームだった。



 両者の激突は、まさに王覧試合に恥じない激闘となった。



 主審の笛が響く。キックオフである。



 キックオフとは、相手選手を一人選び、蹴り飛ばす(kick off)ことである。当然被害者は負傷退場となり、別の選手が投入される。キックオフでは相手エースを指名するのが当然であり、後攻側もそれを見越してエースを控えの一番手に置いておく、さらにそれを見て優しくケツを撫でるだけにする、などの駆け引きが行われる。


 この試合、後攻のTFCはエースを控えの一番手に置いた。蹴球隊の中でも相手を退場させるか否かの議論が交わされたが、助っ人狂戦士の「一回蹴ってみたかったんだよな」との発言により攻撃的キックオフ戦術が取られ、蹴り飛ばされた選手はまさに鉄砲玉のごとく観客席の壁に突き刺さり、救護班総出で治癒魔術が掛けられた。観客全てが尻に幻肢痛を抱える中、TFC側のボールで試合は再開された。


 近代蹴球の基本ルールは非常に簡素で、キーパーを除きボールを両手で扱わず(両手とは事前に申請した二本の足以外の手足、尻尾その他の類似の部位を指す)、相手ゴールにボールを入れる、それだけである。


 結果、とにかくボールを敵陣に蹴り込み、落下地点で殴り合いを繰り返すという大変野蛮なスポーツが誕生したが、これでも大分マイルドになった方だ、と原始蹴球の競技者は語る。当時の魔王は更に待ち伏せ禁止など幾つかのルールの導入を試みたが


「しかし魔王様、待ち伏せも立派な戦術の一つだよ?」

「待ち伏せされるような自軍の至らなさを問題にすべきじゃのう」

「待ち伏せされても蹴散らせばいいじゃねえか」

「待ち伏せ、いいですね。実に甘酸っぱい響きです」


 などの反対に合い枕を濡らしたと伝えられている。


 チャレンジしていいのはボールに対してだけ、相手の身体へのアタックは禁止、魔法は使用不可、武器も不可。鋭利な爪や角にはキャップを被せ、必要ならばプロテクターの着用も可。近代化により蹴球は大変安全な競技へと変貌した。

 

 勿論、ボールを競り合って偶然足の裏が相手のみぞおちに入ったり、偶然高く上げた足が偶然相手の延髄に入ったり、一対一を防ごうと飛び出したキーパーの膝が偶然相手の顔面に入ったりもするが、あくまで偶然、偶然であった。


 ゴールキーパーはフィールド上で唯一手を使ってもよい選手であり、多くの場合多腕、または多足の種族の者がこれにあたった。その圧倒的な優位を活かすため、相手に自陣深くまで攻め入らせて、GKの圧倒的な攻撃力で一網打尽にするクロスカウンター戦法も定着した。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 



 試合は、蹴球隊の優位のうちに進んでいた。


 ここ二年連続準決勝で涙を飲んだ彼らは、最終決戦兵器として魔王軍大幹部の七天七星、当代最強のアルカイドをそのチームに加えていた。蹴球のルールもチーム戦術も理解していない(本人の言によればする気もない)、ただただ圧倒的な個の力はこれまでのトーナメント同様、相手チームを蹂躙し続けた。前半の半ばを過ぎて、三失点で凌いでいるTFCは見事とさえ言えた。


 スタジアム中がこのまま一方的な試合で終わると感じていた中、どこか気の抜けた蹴球隊の隙をつきTFCのイアンが1点返す。誰もが彼を讃えたが、同時に焼け石に水だろうとも思った。


 イアン・フランク。


 近年で最高の蹴球者との呼び声も高い、TFCの大エースである。


 吸血鬼の血を継いだ彼は、日中でも十分な働きをしているが、その真骨頂はナイトゲーム、特にに深夜の試合にある。深夜帯に限ればその得点率は実に昼の二倍以上、他者の追随を許さない。二年前の魔王杯決勝では、残り2分で2点ビハインドの状況から1分間に3得点を記録、チームを伝説的な逆転優勝に導いた。スコアボードに並べられた


23:58 イアン・フランク

23:58 イアン・フランク

23:58 イアン・フランク


 の文字は今でも語り草、イアン自身も「真夜中のイアンイアン・ヨル」の呼称が定着、名実ともにレジェンドの仲間入りを果たした。


 イアンはゴールを決めるとパフォーマンスもせず、すぐにボールを持ってセンターサークルへ走った。今は一分一秒でも時間が惜しかった。センターマークにボールを置き、相手のキックオフを待つ。得点者に対するキックオフは報復行為として禁じられており、イアンは点を決め続ける限りピッチに残り続ける。これがTFCの快進撃を支えるスーパーエースシステムだった。


 イアンは吸血鬼だった。その能力はサッカーにおいて、非常に有効に働いた。霧化で相手を傷つけずディフェスを突破するのでペナルティを取られず、狼の姿では驚異的な速さを披露し、空に逃れて危機を回避できるためアクチュアルプレーイングタイム(実際のプレー時間。負傷の少ない選手程多い傾向にある)も長かった。そして何より、彼は強かった。


 ボールが片方のゴール前にある時、観客も審判も選手もそこを注視するため、逆サイドのゴール前は実質的な死角となった。つまり、殴り合いである。このディフェンスとの一対一(これをデュエルと言う)、あるいはそれ以上との争いに負けないことがFWの第一条件であり、イアンはその意味でも優秀だった。


 イアンは、元々魔王軍でも将来を嘱望された兵卒であった。だが、魔王領が統一され戦争も下火になると、手柄を立てて昇進する機会もない。不満を燻ぶらせる同僚も多い中、イアンはそれでいいと思っていた。イアンは魔王軍にあって貴重な、争いを好まず文化や芸術を嗜む男だった。


 だが軍の同僚達は、そうは考えなかった。戦闘が無いのならば、軍に残っても仕方がない。多くの同僚が散り散りとなるなか、イアンに誘いをかけたのは新兵時代の恩人だった。現代蹴球のクラブチームを作るから、お前も来てくれないか、と。


 イアンは元々、魔王軍の蹴球隊に所属していた。その恩人に数合わせで加えられたのである。そこで瞬く間に頭角を現し、一目置かれるようになった。イアンのような文系にとって、魔王軍の力こそ全てという風潮の中で生き抜くには、これは便利な勲章となった。軍隊内の小競り合いに比べれば、蹴球の争いはまだ理性的な部分が残っていた。それに、蹴球自体も嫌いではなかったのである。


 新しく設立されるサッカー連盟とリーグな、魔王様の肝入らしいぞ、という言葉が迷うイアンの背中を押した。活躍すれば魔王様に認められる、と多くの者は考えたがイアンは違った。イアンは魔王の考え自体に興味を持っていたのである。多くの新しい施策を試み、魔王領をあっという間に改革してしまった偉大な君主。それが何の意味や勝算もなく、こんな大事業を始めるとは思わない。例えば、そう……血の気の多い魔王軍や魔王領の住人達の、その暴力性をコントロールしながら発散させる場を設けるとか、各地に設立されたチームを対戦させることで、地方同士の交流を進めるだとか、全国リーグの頂点に魔王が立つことによって、その支配と正当性を確固たるものにする、とか――。


 なるほど、面白い。イアンは考えた。軍で同僚の尻拭いをしながら書類仕事を九時五時で続けるのも悪くないが、新しい文化の芽吹きを中から観察し支えるのは、きっと得難い体験になるだろう。なに、吸血鬼の人生は長い。何かあればまた軍に戻ればいいだけだ。


 イアン自身は、蹴球で成功出来るとは思ってもいなかった。必要な陣容が固まれば身を引いて、運営に回ればいいと考えていた。ただ、自分の持つ幾つかの能力と、全体を俯瞰し必要なときに必要な場所へ立てる戦術眼については、そこそこであると自己評価していた。


 イアンの所属するチームは、リーグではそれなりの強さだった。深夜に設定されたホームゲームで、イアンが八面六臂の活躍をしたためである。当然他チームはこれに対抗したため、アウェーの試合は軒並み真っ昼間開催だった。だが、それがイアンを成長させた。リーグが三順もする頃には、イアンは昼でもエースだった。その得点力を如何なく発揮して長らくリーグの顔となり、ついにはチームを魔王領でも屈指の強豪へと導いてみせた。


(魔王様の御前で、恥ずかしい試合は出来ない)


 イアンは気合を入れ直した。トゥワードの代表として、このままあの暴力に蹂躙され惨めに敗れるわけにはいかない。圧倒的不利の状況下にあって、イアンの、そしてTFCの選手たちの目はまだ力を失っていなかった。


 TFCが目をつけたのはこの試合の主審、悪名高いあのディック・ヒルだった。


 ディック・ヒル。


 ただでさえ流し気味のファウル基準をどんどん緩くしたり、選手間の対立を止めるどころか煽り立てては危険なプレーや乱闘を誘発。誰もが「こりゃ仕方ない」という形でレッドカードやペナルティーキックを乱発し、合法的に試合を破壊するその手腕から「P・K・ディック」と恐れられた、札付きの審判だった。


 ペナルティーキックとは、ペナルティー(反則)を犯した選手を思い切り蹴り飛ばすことである。当然蹴られた選手は再起不能となり、負傷退場する。真の名手は一回のタックルで相手選手を二人も三人も負傷させ、数的有利をつくることもしばしばだった。


 退場者多数で人数不足により試合を維持できなくなると、没収試合となり掛け金はマッチコミッショナーの総取りになる。かねてよりその一部が審判に流れていると噂されていたが、彼のいち審判とは思えない裕福な暮らしぶりが疑惑に拍車をかけていた。


 蹴球愛好者達からはヒルのように吸い、獣のように生きているている男と嫌われ、魔王杯決勝への抜擢にも抗議の声が上がったが、協会は総合的な判断の結果との回答を繰り返すばかりだった。


 普通に戦っていては、アルカイドを擁する蹴球隊には勝てない。選手の半数が退場するような、オープンな撃ち合いに持ち込むしか勝機はない。TFCは僅かな勝機を、その不自然な審判選定に見ていた。緩めのファウル基準を利用し、ボールそっちのけで相手選手を物理的に挑発し続けた。


 果たして作戦は功を奏し、前半で早くも三人ずつが退場する事態になった。人数減少とアルカイドの存在によりバランスを崩した蹴球隊の隙を突き、前半最後のプレーでイアンがサイドからのボールをねじ込む。スタジアムは揺れ、酒瓶やら豚の首やらがピッチに投げ込まれ、打ち上げに失敗した花火が暴発し屋台が燃えた。これで2-4、まだ何が起きるか分らない。


 まだ前半にも関わらず、歴代最高潮の盛り上がりを見せる観客席。イアンはその様子を目にし、身震いしていた。これが、魔王様の描いていた絵なのか。


 チームとは地方に根付くもの、どうしてもその地の種族が多くなる。それでも多種多様の魔族が、心を一つにしてTFCを応援しているのだ。元魔王軍のイアンにはよく分かる、戦乱期では想像すらできなかった光景。特に蹴球隊サイドは全国から集まった者たちが応援するため、人種のるつぼとでも言うような様相を呈していた。


 スタジアムだけではない。町中の広場では、子どもたちが名前も知らない相手と一つのボールを追いかけているし、今では魔王軍も駐屯先に溶け込むため、休日は草サッカーで当地のチームと試合をしているほどだ。この瞬間も全国で多くの魔族達が、あらゆる垣根を超えてこの試合を見ているだろう。


 素晴らしい。まさか競技一つで、魔王領をここまで変えてしまうとは。イアンはこみ上げるものを禁じ得なかった。あの日の決断は間違っていなかった。オフサイドなどという意味の分らないルールを殊更に導入しようとするのは理解できないが、魔王様についてきてよかった、心からそう思った。


 蹴球隊のキックオフで観客席の壁にまた一つ穴が空き、主審が右手を上げ前半終了のホイッスルを吹く――その瞬間、イアンの背を電流が貫いた。


 蹴球は素晴らしいスポーツだが、勿論批判もある。その筆頭がいわゆる「人型の魔族に合わせた競技」説であり、イアンも一理あると考えていた。


 だが、それが狙いならば?


 魔王様は、これを人間領にも広めるつもりなのでは?



 イアンは、気づかぬ間に笑っていた。



 そう、魔族だけではなかったのだ。魔王様はきっと、魔族と人間が一つのボールを笑いながら蹴り合い、一つのチームを肩を並べて応援する世界を既に見ている。いや、それだってただの通過点、遥か先には自分などでは考えもつかない絵が何枚も用意されているはずだ。


 ピッチからロッカールームへ向かう通路を抜けながら、後半へむけたミーティングに耳を傾けながら、イアンの思考は止まらなかった。


 魔王領が統一された以上、次は人間領だ。多くの者と違い、イアンは魔王が物理的な侵攻に乗り出すとは考えなかった。魔王様の軍事的な才能は間違いない。だが、真に恐ろしいのはもっと別の……最近耳にした言葉で言うなら、そう、文化的侵略だ。


 遠くないうちに魔王領から人間領へと、近代蹴球を広めるためのチームが派遣されるだろう。もちろん、試合は1チームでは成り立たない。既存のものか合同軍になるかは分らないが、数チームは必要だ。そして人間達に蹴球の試合を見せ、全国を指導して回る。


 そこには何人か、人気の高いエース級の人材が必要になるはずだ。



 イアンはこれまでにない気合を持って、後半のピッチへと向かった。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇



 TFCのキックオフで、蹴球隊の選手がまた一人ピッチを去る。


「おい、お前がイアンか。確かに見たことあるぞ、久しぶりだなぁ」

「……アルカイド様、ご無沙汰しております」


 後半早々のピッチの上、イアンに声をかける者がいた。アルカイドだ。


 自分の顔が憶えられていることに、イアンは驚いた。イアンは魔王軍時代、アルカイドの部下であった。


「そうイヤそうな顔すんなよ」

「いえ、私が軍を辞してもう長くなります。まさか憶えておいでとは、と」


 強敵と戦うことしか頭にない暴力の化身のようなこの男が、彼と戦って一瞬も持たないような自分を記憶しているのはイアンにとって意外であった。


「ああ、実は魔王様がオマエに……」


 アルカイドはそう言いかけ、口元を上げた。


「いや、そうだな。この試合に勝ったら教えてもいいぜ。その方が気合も入るだろ」


 アルカイドはにやにやと楽しそうに笑った。懐かしい笑顔だ、とイアンは思った。あの頃は一兵卒として、ただ遠くから見るだけだった顔だ。


 しかし、魔王様が一体自分に何を……? アルカイドの言葉がイアンの心を乱したが、それも一瞬だった。


 イアンには、もっと大事なものがあった。今はただ、魔王杯のカップ(ビッグヘッド)を掲げることだけが全てだった。辛く苦しかったこれまでの全てをこの決勝にぶつける、その準備は怠らななかったつもりだ。頃合いを見て自分から声を掛けるつもりだったが、相手から話しかけてきたなら好都合。イアンは切り出した。


「……そういえば、私は最近トゥワード領にお世話になっているのですが」

「トゥワードってあそこか? あの北東の端のやつ」

「そうです。そこに龍の住む峰、と呼ばれる山がありまして。実は先日、古龍の姿が目撃されたというのです」

「なんだと!!!!」


 アルカイドは吠えた。スタジアムを揺らすほどの大声だった。突然の叫び声にスタジアムは一瞬で静まり、誰もがアルカイドに注目したが、イアンは構わず続けた。


「何分領民の証言だけですから真偽は不明で、今は調査隊が向かっているはずです。アルカイド様は以前から古龍をお探しでしたから、そういえば、と思い出しまして」


 アルカイドは牙を見せて笑った。さっきのようなにやにやではない、獲物を見つけた野獣の顔。口角は釣り上がり、目は爛々と輝いていた。


「おい、トゥワード領の龍の住む峰だな!?」


 アルカイドは確認を取ると、「オレぁ用事が出来た! 後は任せたぜ!!」と蹴球隊のキャプテンに叫び、次の瞬間にはその姿は消えていた。


(……いささか卑怯な気もするがこれも戦略。アルカイド様を持ち出された以上、こちらも手段を選んではいられん)


 イアンは呆然とした顔の蹴球隊キャプテンと、何も知らされていない調査隊に心で謝り、顔を上げた。


(相手が立ち直るまでに勝負を決める!!)



 魔王領サッカー史に残る大激戦の末8-6で蹴球隊を下したTFCは見事栄冠を勝ち取り、5得点と爆発したイアンは大会得点王とMVPの称号を勲章の列に加えた。ビッグヘッドを掲げたTFCのメンバーは男泣きに泣き、誰もが口々にTFCとイアンを讃え、TFCに賭けて大儲けした魔王がアルカイドの不審な行動への関与を疑われその勝ち分を没収され、魔王杯は大盛況のうちに幕を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る