第十一話 魔王軍出会いの憂鬱
「春は、出会いの季節です」
スモークチキンをつつきながら、フェクダは語った。
「寒く厳しい冬を乗り越え、開放さた肉体と精神は新しい世界を求めます。新しい自分、新しい生活、そして、新しい出会い」
俺達は焚き火を囲み七輪で鳥を焼きながら、インキュバス説法を有り難く聞き流していた。
「夏も出会いの季節ですね。眩しくきらめく太陽はいつまでも天上に残り、人生を謳歌しろと我々の背を押します。人々は生命の輝き、つまり出会いを求めます」
「秋こそ、出会いの季節です。輝きの季節は去り、人々は心にどこか寂しさを抱えます。その隙間を埋めるように、出会いを求めるのです」
「冬はつとめて。雪が降った朝などは言うまでもなく、霜が白く輝いていたり、またそうでなくても大変寒いときには、人は誰かの暖かさでそれを乗り越えます。つまり、出会いです」
酔っ払いのうわ言と切って捨てたいが、残念ながらこいつはウワバミ、ガチガチの
「温めた米の酒というのもまた乙ですなあ」
「炭火で焼いた肉って、なんでこんなに美味いんですかね」
「火なんて焼ければどれも同じと思うとったが、確かに違うもんじゃのう」
「…………」
ご講釈を右から左へと流し、俺と先生は焚き火で焼いた鳥と七輪の炭火で焼いた鳥を食べ比べていた。いつもはやかましいアルカイドも、長口上に呆れ果てたのか黙り込んですじ肉を噛んでいる。うーん、飲兵衛二人に囲まれた俺も仕方なく久しぶりの酒を口にしているけど、やっぱよく分からないな。
「熱燗もいろいろ温度があるらしいですよ、熱めだとか人肌ぐらいだとか」
「ほう」
「お酒を熱すれば美味しい、つまり人はぬくもりを求めているのであり、人肌が恋しいわけです」
「やかましい」
俺はうんざりしておちょこを傾けた。
「さっきから偉そうに能書き垂れ流してるけど、お前の言う出会いって出会いじゃなくて『出会い』だろ」
火にかけられたとっくりもこのおちょこも、俺の話を聞いた先生が用意したものである。今日はこれら米酒用具の試運転、という立て付けの飲み会だった。
「出会いではなく『出会い』? ふむ、魔王様も深いことをおっしゃいますね」
「浅いのはお前の異性関係だろ」
「ところで酔ってませんか?」
「酔ってねえ」
カツン、と俺は杯を盆に置いた。みるみる酒で満たされる。
「アルカイドさん、やけに静かだと思っていれば……」
「コイツが酔っ払うなんてレアだろ、じゃんじゃんいくしかねぇ」
「メグレズの嬢ちゃんに叱られるの、ワシらなんじゃがのう」
「だから酔ってねえ」
なんだかんだ言って、二人も止める素振りはない。いいぞ、じゃんじゃん持ってこい! メグレズが怖くて酒が飲めるか!!
「そうですか……しかし、なるほど。一夜の夢を『出会い』と呼び習わす。さすが魔王様、実に雅な表現ですね」
しまった、また一つ魔王領の文化を歪めてしまった……!
俺は現実逃避にもう一杯飲み干した。
「この表現は禁止にしよう。俺が怒られる」
「そうおっしゃらずに。『出会い』――なんと素晴らしい響き、蒙を啓かれた気分です」
フェクダが額に手を当て、大仰にのけぞってみせる。
「なるほど、川や沢が合わさる場所を出会いと言いますが、二つの流れが溶け合い一つになる、まさに『出会い』だったわけです。ああ、なんと風流なんでしょう!」
そりゃ風流じゃなくて合流だよ。
「悪代官が『ええい、出会え出会え!』と言う時、それはそういうパーティー開催の合図なだったのですね!!」
怒られるから止めろっつってんだろ!!
「そうですか、残念ですね……『出会い』がまずければ、『出会いと別れ』とでもしましょうか。短期的な関係であることが分かり易いですし」
「それに儚い感じがして詩的だしな!」
よし、俺の責任じゃなくなったな!!
俺は安心してもう一杯飲み干した。
「しかし、『出会い』を期待しない出会いなど存在するのですかね?」
「普通はお前みたいに自分以外の全てを性的に見てねーんだよ」
はっはっは、まさかそんな、とフェクダは声を上げて笑った。
「プロのインキュバスとして言わせていただきますが」
アマのインキュバスとか、ただの性犯罪者では?
「皆さんこそ異常ですよ。魔王様のご結婚に関しては、高度に政治的な事情が絡みますからやむを得ないでしょう。ですが、七天七星の誰一人として浮いた話の一つも出ないのですよ。戦争も終わり、魔王領とは名ばかりの平和な世界になりました。今、愛を謳歌しないでどうするのです?」
フェクダが拳を握って力説する。
「お前、戦争中は『明日をもしれぬ身、今、愛を謳歌しないでどうするのです?』とか言ってなかったか?」
「言いました」
その目は澄み切っていた。
「アルカイドさんも、最近はおとなしいですよね。戦争中はいろいろお名前が挙がっていたような」
静かに飲んていたアルカイドが、話を向けられめんどくさそうに答えた。
「確かにあの頃はよ、やれどっかの族長の娘だとか、なんとか村一番の戦士とかが抱いてくれってゴマンと寄ってきたけど、めんどくさくてよ」
えっ何その話、魔王様聞いてないんだけど。まあパワー=正義の魔王領の中でも、特に強きを尊ぶ獣人種なら戦闘狂すら好材料、いいもん食ってるから毛艶もよくて、何より魔王軍の幹部様。アルカイドがモテない理由はないか。でも聞いてないんだけど。
「そこでひらめいたんだよ。俺の子供なら育てば強くなるんじゃねーかって。それでガキ作りまくったけどよ、全部カスみたいな奴だったからもう飽きたぜ」
やっぱ魔王領だわここ。
「やっぱよ、飢えてないヤツはダメだな」
「そうじゃのう」
アルカイドとメラク先生、叩き上げの二人が盛り上がる。
「若い頃は生きるのに必死で色恋沙汰に手を出す余裕もなかったし、剣鬼などと呼ばれるようになった後は家族なんぞ作ってみよ、人質に取られてお終いよ。誰も幸せにならん。だが、そう言う気概を今の世代に求めるのは酷じゃろう」
「今なら魔王軍の大幹部、手を出す間抜けもいないのでは?」
「ワシはいささか歳をとりすぎたわい。じゃが、心残りがあるとすれば……」
先生は新しい肉を切り出して串に並べ、地面に挿して焚き火にさらした。
「ワシより強いおなごと出会ってみたかったのう」
そりゃ無理じゃないですかね。
「だよなぁ」
だから無理だっつーの。
「それにの」
先生はおちょこに酒をついで、俺達を見回した。
「道場の者たちが息子なら、魔王軍は孫みたいなもんじゃ。もう十分、子孫に囲まれてるようなもんじゃからのう」
「おいジジイ、久しぶりに勝負しろよ」
「おじいちゃん、魔王、北部を荒らしてる暴れ猿平定してきてほしいな」
「おじいさま、西部連合主催の王宮パーティーの招待状、手に入りませんか?」
「老人を労らんかい」
先生が顔をしかめる。
「ふむ、私とアルカイドさんの子孫を足してもせいぜい一万。まだまだメラク老にはかないませんね」
お前らなにやってんの……。
「いえ、アルカイドさんではないですが、これでもなかなか重宝されるのですよ。出自が明らかで地位はあるが後腐れは無く、あらゆる生物に対応する子種提供者です。一族の血を繋いだり、種を消滅の危機から救ったり、お家争いに決着をつけたり。腐っても上級悪魔、子供の能力にも期待が持てますしね。おかげで協力を取り付けられた勢力は多いですよ」
「作った敵の数は?」
「はっはっは」
よくない、大変よくないことだと分かってはいるが、こいつ関連の報告は俺の耳に出来るだけ入れないようにしている。精神と常識が持たないので、専門部署(フェクダが「『宮内庁』にしましょう」とか最悪な事を言いだしたので必死で止めた)に上手いこと処理してもらっているのだ。重大な事態にはなってないようだし、ケツは自分で拭いてるみたいなのでいいけどよ……。
「ですがね、この私ですらなかなか『出会』えない相手がいるんですよ、魔王様」
フェクダが熱い視線を投げかけてくるが、誰のことか全くわからないな。
「その男性は異性愛者でしてね、なかなかガードが固い。苦しくて苦しくて、いっそ私が女性だったら、などと考えてしまうわけです」
フェクダがよよよ、と目尻を拭う。へえ、そりゃ大変だ。フェクダさんの来世のご活躍をお祈り申し上げます。
「というわけで、この僕の出番だね!」
突如地面がカッと光り、魔法陣の中から飛び出してきたアホが一匹。
俺は眉間を揉んだ。もしかしてこいつ、わざわざ今の今まで待機してたのだろうか……。
「この天才美少女魔術師にして天才美少女発明家アリオト様の最新作、『ビショウジョニナール73X』を飲めば、一切衆生悉美少女さ!!」
俺、こいつにならネーミングセンスで勝てるかもしれない。
「ほほう、これが例の……」
「さ、ぐーっと行っちゃって、ぐーっと」
虹色に光る小瓶を一気に飲み干したフェクダの身体が、同じような虹色に光りだす。
「どうしたんだい? 魔王様、そんな顔をして……ああ! すまないね、なかなか歩留まりが悪くて、成功作はこの一本だけなのさ」
「いや、俺の分はいらねー……」
「大丈夫、今回はきちんと倫理規定に則った書類を提出してるからね、合法だよ!」
「よく稟議通ったな、こんな薬」
「まあ裁可した技術省の長官は僕だけどね」
意味ねーじゃねーか!!
こんな穴だらけの運用を考えた魔王様とかいうやつの目も穴だらけに違いない、俺は遺憾に思った。
フェクダだった七色に光る何かはしばらくぐねぐねと蠢動した後段々と姿を整え、俺が三杯目を空けるころついに二本の足で大地に立った。
「……というわけで魔王様、わたし、フェクダです。いかがですか?」
「ぐっ!!」
ダメだ!!
ダメだダメだダメだ!!!!
こいつはフェクダ、間違えるな、間違えるな、間違えるな……。
「なるほど……ふわふわの髪の毛、小柄な体格に細い手足と大きな目、なるほどなるほど……」
やめろ! その姿で俺の前に立つな!!
俺は両目を手で覆った。
「ふふっ、そうおっしゃっても、身体は正直ですね。指の間が隙間だらけですよ」
フェクダ、だったもの、はそう言うと、俺の手に自分の手を重ね、目を覆う指を一本一本と剥がしていく。
「なっなっ」
口をわなわなさせたアリオトが、声を上げて抗議した。
「フェクダ! 何をやってるんだい!!」
「はて? 何とは?」
「自分の性別を変更し、ま、まっ、魔王様を
「と言われましても、こんな薬、他の用途に使えないのでは? 魔王様に関しては今日に始まったことではありませんし」
ほら、ほら、とフェクダはその場で一回転、スカートを翻してみせる。ウオオ、悪霊退散、悪霊退散! キエエエェェェーーーッ!!!!
「魔王様は男性の異性愛者ですからね、わたしが男である以上、魔王様と結ばれるには魔王様の性癖を歪ませるか、わたしが女性になるしか無いわけです」
フェクダちゃんが可愛らしく小首をかしげる。
「前者はなかなか成果が上がりませんでしたからね、後者で攻めるのも一興かと」
後者で攻めるのも一興、じゃねーんだよ。これじゃ七割くらい前者じゃねーかよ。
「ま、まっ、魔王様、魔王様は駄目だ! この実験は認められないよ!! 倫理規定違反だ!!」
「お前がそれを言うのか……」
「まあまあ、ですがこれは貴重なデータですよ。魔王様の『理想の異性』像です。人間年齢でいうと……十四歳くらいでしょうか? 良かったですね、アリオトさん」
「え、まっ、魔王様は十四歳くらいが……? そ、そうか……ふっ、ふへっ、へへ……いやいやいや! 何を言ってるんだ君は!!」
「それとも、わたしが魔王様とねんごろになると、何か問題でも?」
「そ、それは……それはだね! 幹部同士がくっつくと、権力のパワーバランスが崩れるとか私的な不和が政治に持ち込まれるとか、いろいろ問題があるのさ!!」
「……アリオトの言うとおりだよ」
俺はアリオトに同意する。
「魔王という立場である以上、俺の交際は政治の話だ。現状は魔王領の有力者や魔王軍、特に上のやつらとどうにかなる気はない」
特の特に、性転換した元インキュバスとかな!!
「そ、そらみろ。僕の言ったとおりだろ。へ、へへ、フェクダの……そらみろ……魔王様は……魔王様は……」
力強く宣言した俺の姿に感動したのか、アリオトはその身を震わせ
「わーーーーーん!! バカ! バカ! みんな死んじゃえ!!!!!!!」
歓喜に耐えられなくなった精神が暴走し、一気に放出された魔力が大爆発となって地面に炸裂した。魔術障壁を展開する間も無かった俺達は天高く吹き飛ばされ、そのまま気を失い――
「……あれ?」
俺は何か柔らかいものを枕に、ござの上に横たわっていた。これは――
「やっやあ、魔王様、目が覚めたのかい!?」
「……おはおう、アリオト」
俺は体を起こし、辺りを見回す。吹き飛んだはずの地面も焚き火も建物も、そんな事実はなかっと言わんばかりに綺麗な姿でそのままにあった。
「魔王様、大丈夫ですか? 酔いつぶれて寝てしまわれたのでそのまま横にしていたのですが、気付いたときには顔色が」
「……そうか、心配をかけたな。アリオトもありがとう」
「そっそっ、そ、そうだよ。悪酔いをするなんて、情けない魔王様だね!」
「それで、身体のほうはどうなんじゃ」
「はい。ちょっとヒドい夢を見ただけです」
まったく、ひどい夢だった――
――夢?
「おい、あの変な夢を見せたのはお前か?」
俺はフェクダに顔を近づけ、小声で詰問した。こいつは夢魔だ、他人の夢に介入するのは本業も本業。酔い潰れて抵抗力の弱まった俺になら、影響力を行使できてもおかしくはない。
全く、悪夢のような夢だった――夢だったよな?
「さて、どっちでしょう」
フェクダは、意味深に笑った。
「私としてはどちらでもかまわないのですが、魔王様はどちらがお好みです?」
そんなもの、決まってる。
俺もフェクダに笑い返す。
お前の間違った二択には騙されない。どっちもノーだ。
爆発オチも夢オチも、怒られるから駄目に決まってるだろ!!
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