第十話 魔王軍焼き鳥の憂鬱
「西部の街道整備もこれで一段落か……」
書類を紐でまとめて棚に突っ込むと、ふいに実感が湧いてきた。いやー、本当にクソ案件だったわ。いや、魔王領史に残る大事業だ、作業量が多いのは仕方ない。街道の脇に領地を構える山大蛇族の要求が、とにかく過大で話にならなかったのだ。個々の要望には出来るだけ応えたいけれど、好き勝手を許してしまえば涙を飲んで協力してくれた他の住人達に示しがつかない。
調整は難航に難航を極めたんだけど、なんだか知らない老人となんだか知らない獣人がそのへんの山を仲良く散歩した結果、ようやく合意することができたのだ。いや、仲良くじゃないな、あくまで偶然、両者に関係性など無い。ありがとう、なんだか知らない老人! なんだか知らない獣人!!
俺は一つ荷の降りた肩をぐるぐると回し、凝りをほぐした。面倒な事業だった分、達成感も格別だ。謎の水田荒らしにも調査隊を送ったし、もう一つの厄介事も気分のいいうちに終わらせてしまうか……!
と気合を入れた矢先に、鼻の曲がりそうな臭いの煙がゆらゆらと窓から侵入してきた。
「誰だ、ドブ川の水を炊き始めたやつは!!」
俺は激怒した。あーあ、せっかく人がやる気になったのになー、本当にやる気だったのになー!
素早くドアに鍵を掛けると、煙の出処を追って窓から飛び出す。どうやら下の中庭から昇っているみたいだ。俺は犯人一味を発見、その側へ勢いよく降り立った。
「おら、アリオト! どうして焚き火なんかしてるんだ! 煙が執務室まで入ってきて仕事にならないじゃないか!」
「おお、これはご機嫌よう。だがね魔王様、煙が嫌なら窓を閉めるなり風魔法で壁を作るなりすればいいじゃないか。仕事をサボるダシに僕を使わないでほしいな」
俺はアリオトの目を見ることができなかった。
「……まあいいさ、今日分のノルマは終わらせたし。それより焚き火だよ」
逸らした視線の先には半分くらい解体された巨大な鳥がござの上に横たわっていて、メラク先生が切り出した肉片にフェクダが鉄串を打っていた。すごい、状況が全く理解できない。
「これはね、『火喰い鳥』さ」
目で説明を促した俺に、アリオトが解説する。
「火喰い鳥? ってあれか、西方の山脈に住む、身体が常に燃え続けてる巨大な怪鳥」
「さすが魔王様、博識だね」
「……でも全然燃えてないな、偽物つかまされたんじゃないのか?」
「失敬だね! これは僕が直々に狩ってきた、正真正銘の火喰い鳥だよ」
あー、そういえば討伐の陳情が上がってた気がするな。
「身体は燃えさかり爪は鋭く、空を駆けては所構わず熱線を放つ。厄介な相手だったよ」
まあ僕の相手ではなかったがね、アリオトは胸を張った。
ただの少女に見えて、魔王軍でも一番の魔術師様だ。火喰い鳥も相手が悪かったな、俺は物言わぬ鶏肉を哀れんだ。こいつにやられるということは、実験材料として
「軽く遊んであげた後、首をバッサリさ。なぜか縄張りの山を降りて裾野を荒らし回ってたからね、平地で戦えた分は楽だったよ」
「うむ、お仕事ご苦労さまでした。助かるよ」
「えっ、あ、うん……まあ、これくらいは別に……」
礼を言われたアリオトは恥ずかしそうにモジモジして、串の肉を消し炭にした。
「で、なぜ焚き火?」
「だって気になるじゃないか。身体を覆う炎が、首を落としていくらもしないうちに消えちゃったんだ。あの現象がいかなる理屈で成り立っていたのか、実に興味深い。というわけで火喰い鳥の肉を火にさらして反応を見てるのさ」
なるほど、純粋に科学的、魔術的な観点から実験をしてるということか。
俺は
「焼き鳥をつまみに酒飲んでるようにしか見えないが?」
「肉がなかなか硬くてね。僕がやってもいいけど他の作業もあるし、メラク老に解体をお願いしたんだ。さすが剣仙、細胞を潰さない見事な切り口さ」
先生、最近何でも切り出す系おもしろ芸人になってますね……。
「私の方は、暇だったので」
仕事しろ。と言いたいところだが、こいつの場合は仕事が無いのがいい便り系の存在だ。ぜひこのまま人知れず酔いつぶれていて欲しい。
「検証の済んだ肉を食べてるのはお駄賃だよ。これくらいの役得はいいだろう?」
「まあな」
「魔王様に頂いたこの米の酒、実にいいですな。魔物の肉によく合いますぞ、一杯どうです?」
すっかり出来上がっている先生の提案を断り、代わりに串を一本受け取った。
「魔王様こそ何も仕事してないのに食べるのかい?」
「馬鹿を言え。これは米酒に合う食べ物を探すという、最重要課題だ」
焼き鳥と言えば酒、酒と言えば焼き鳥だ。まあ俺はそんなにお酒好きじゃないんだけど、焼き鳥丼とかは食べたいなあ。
「これが火喰い鳥の肉か……」
先っぽの一片をかじる。
「くっっっっっっっっさ!!!!!!!!」
口内に広がる三年ものの瘴気のような臭いに、思わずえずきそうになる。魔獣の肉にも慣れたはずだが、体の芯から発せられる拒否反応が止まらない。
「はっはっは、やはり魔王様には合いませんでしたか」
「先生はよくこんなもの口に入れますね……」
「なに、焼いてタレまでかかっておるのです、十分なごちそうですぞ」
そう笑って鳥串を一気に頬張る先生を見るだけで、胃が反乱を起こしそうだ。
「芳醇なお酒の香りがどぶ板のような肉の臭いとマリアージュし、見事なハーモニーを奏でてますね」
フェクダが分かったような食レポを始めるが、こんなに酷い政略結婚なかなか無いよ。
しかし食糧難の時代を生き抜いた先生や投げられたボール全部ストライクゾーンの変態インキュバスはともかく、アリオトも平気で俺の食べ残しを処理している。
「食べ物なんてね、腹に入れば何でもいいだろう?」
入らないから困ってんだよ。
「で、実験の成果は出てるのか?」
「芳しくないね。火に強いのは間違いないよ、特に羽はね。これを焼けるのは魔王軍でも数人じゃないかな? ただ、炎は出ないね。魔術的な作用だろうからいろんな魔力を流してるんだけど、なかなか反応がないんだ」
アリオトが肉を咀嚼しながら言った。こら、くちゃくちゃ音を立てるのは止めなさい。
「力技での再現は大変そうだな。生きてる火喰い鳥で実験できればいいんだろうが、それだけのために害のない生き物を殺すのもなあ」
「なるほど、じゃあ生き返らせようか」
そう言って鉄串を振るったアリオトは、肉を噛みちぎるよりも簡単そうに火喰い鳥を蘇生してみせた。切り離されていた頭と首がみるみるくっつき、よろよろ二足で立ち上がる。蘇った魔鳥は羽も肉もむしられた骨だけの腕を伸ばして大声で吠えると、割かれた腹から内蔵がぼとぼとと落ちた。
「こらーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!!」
俺はアリオトに拳骨を落とした。
「こういう実験はきちんと倫理規定に則って、書類出してからやれって言ってるだろ!!」
「な、なっ、なっ」
アリオトが頭をさすりながら涙目で抗議する。
「魔王様がやれって言ったんじゃん!!」
「言ってない。言ったとしても手順を踏みなさい。生体実験や死霊術は慎重にって決めただろ、場合によっては全面禁止に踏み切るぞ」
「横暴だ! 真理探求に対する無理解だ!」
暴れてみせても手加減はしないぞ、上が率先してルールを破るわけにはいないからな。
「アリオトちゃん、このペット捨ててきなさい」
「えーっ、せっかく生き返らせたのに」
「うちじゃ飼えません。臭いし。それに火喰い鳥さんも、いきなり復活させられても困るだろ」
俺は巨大アンデット鳥を見上げた。
「タシカニ リンリ テキニ ドウカト オモウ」
「なんで喋ってんだよ!!」
いきなり話し出しても困るわ!
「おい、火喰い鳥って喋るのか?」
「いや、聞いたこともないよ! すごいぞ、これは大発見だ!!」
目を輝かせ、ヒクイドリを見つめるアリオト。
「これが個体の問題なのか、種族の問題なのか……そうだね、とりあえず知性の高そうな巨大魔獣を片っ端からアンデット化して……」
だから許可したくねーんだよ。
「おい。お前、もしかして生前から喋れたのか?」
「イヤ ノド クサリオチテ イイカンジニ フルエル ヨウニナッタ」
なんだよいい感じって……。
「ということは生きてる火喰い鳥も加工によって言葉を発する可能性が……」
「倫理! 倫理!!」
俺は両手を振り回して抗議した。
「だ、だがね魔王様、これだけのテーマを前にして手をこまねくなど……」
「コマカイコト イウ オス モテナイ」
やかましいわ畜生。
「アノ ヤマ マダ ヒクイドリ ニヒキ イル ジッケン ジッケン」
「ジッケン ジッケン じゃねーよ!」
「ワタシノ コドモ ナノデ オケ」
「オケでもねーよ!!」
子供を売るとか畜生以下だよ!!
「ナマエ 『タレ』 ト 『シオ』」
「火喰い鳥の倫理感はアリオト以下かよ……」
「カルイ バード ジョーク」
火喰い鳥はケーッケッケッケと笑い声をあげた。
「コンナナマエ ツケルノ ハラスメント イワレテ フタリニ ヤマ オイダサレタ」
ゾンビ鳥が悲しい過去を開陳する。どう考えても自業自得だろ。
「ソレデ ヤマ オリタラ ナンカ ウマイモノ ハエテタ」
「美味いもの?」
「イネ? トカイウ カタイヤツ ウマイ タベタ タクサン」
「てめー絶対許さねぇぞ! 今すぐ串の錆にしてやる!!!!」
「ま、魔王様ダメだよ!! せっかくの貴重なサンプルが!」
ええい、やかましい! 俺の米路を邪魔するやつは、俺に蹴られて死んでしまえばいい!!
「ふむ、それならこの米から作った酒もいけるかの?」
とアリオトに羽交い締めて暴れる俺をよそに、先生から酒を受け取った火喰い鳥は器用に杯をあおった。
「ウィ~」
酔っ払いみたいなくさい息を吐くな。
「このお酒はいいですね、辛口なのにすっきりとして飲みやすい」
なんで流暢になってるんだよ!!
「卵のときから反抗的な子どもたちで……」
「親への反発は生物として正常な成長過程ですよ」
「親の心子知らずと言いますからのう」
おっさん(?)どもがよくわからない方向で盛り上がっているが、先生に子供はいないしフェクダに至っては存在が子育ての敵だろ。
「フタリ 『ヒューナーブルスト』 ト 『ヘンヒェンヘルツ』 ニ カイメイ シタ」
あー、そういう……。
「子供の名付けは大変ですからね。そういえば、火喰い鳥さんにもお名前が?」
「アノヤマ ヒクイドリ ワタシダケ。ナマエ ヒツヨウ ナイ」
くそっ、少しかっこいいじゃないか。
「ふん、しかし今じゃあただの火喰い鳥だ。この魔王様が直々に名前つけてやろうか」
「カッコイイノ タノム」
ヒクイドリは酒を注がれながら言った。
「ナマエ ツケルトキ オマエモマタ ナマエ ツケラレテルノダ」
ぐっ、こいつ無駄にプレッシャーを!!
しかし、自分で言うのも何だが俺のネーミングセンスは壊滅的だ。正直なところ、タレとシオレベルである。先生なんかは部下に頼まれてよく名付け親になってるし、フェクダもその相談相手を務めていた。俺も何度か頼まれはしたよ、なんたって天下の魔王様だ、これほどありがたい相手はいない。しかし、その波はすぐに去った。いや、悔しくはない。被害者は一人でも少ない方がいい。
「名前もいいがね、それより君の炎だよ。生き返ってこっち、炎の勢いは生前の半分以下だ。これはいかなる理由なのかね?」
アリオトが腕を組んで尋ねた。
「アレ ハ ガス」
「ガス?」
「ケアナ フキダシテル」
「なるほど、体内で生成されたガスが毛穴を通じて外部に染み出し、それが燃えているということか! 体内活動が弱まったアンデットでは火の勢いが落ちるのも納得だ」
「ソウソウ」
火喰い鳥はとさかを振って頷いた。
「ヘ ミタイナ モン」
「よし、お前の名前『屁こき鳥』な」
「シツレイ ナ!」
火喰い鳥は羽をばたつかせて怒りを表し、先っぽの骨が二、三本飛び散った。
「ネーミング ハラスメント デス! コウギ シマス!」
「お前も自分の子に酷い名前つけてただろ」
「……」
キョトンとした様子の鳥。
「ナンノ コト?」
「おいお前、そうお前のことだよ」
「ゼンブ ワスレタ」
火喰い鳥は可愛らしく小首をかしげた。
「トリ ダカラ」
バードジョーク!!!!
「よし、お前の記憶が戻るようにショック療法だ。この肉を食ってみろ!」
俺は串を一本引き抜き、火喰い鳥のくちばしに突っ込む。
「クッッッッッッッッッッッッサ!!!!!!!!!」
火喰い鳥は衝撃の新感覚テイストに中庭をのたうち回った。
「ほらみろ、これはお前の肉だ。お前の身体は臭い、五年間溜め続けた屁のようにな」
「……イヤ コレ チョウリホウ オカシイ ダケ ワタシノ ニク ホホ オチルホド ウマイ」
たしかにお前の頬は物理的に腐り落ちてるけどな。火喰い鳥は俺達をぐるりと見回し、落ちた喉を震わせ言った。
「イッシュウカン ゴ ココニ キテクダサイ。ホントウノ ヤキトリ オミセシマス」
何なんだお前は……。
はたして翌週呼び出された俺達は、一週間かけてじっくり燻された特製焼き鳥に舌鼓をうち、あまりの美味さに火喰い鳥の残ったパーツも全て解体され、中庭の隅には人知れず小さな墓が設けられ、翌日の訓練でアルカイドに粉々にされた。
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