第三話 魔王軍の憂鬱III


「と言うのが現状です」

「説明ありがとう」


 長台詞を回し終えたメグレズを労う。毎度毎度雑用やら面倒な役目やらを押し付けて申し訳ないとは思うが、彼女が仕切ると大変スムーズに会議が進むのでつい重用してしまうんだ。だけど、うーん、いや、当面このままでいいか。本人もまんざらでもないようだし、他参加者の進行能力が勇者の成長率レベルだし……。


「……さて、認めなければならないようだ。前回の作戦は失敗だった、と」


 俺はため息交じりで白旗を上げた。


「そうじゃのう」

「魔王様は悪くありません! 勇者が弱すぎるんです!!」

「確かにそうですが、そこを改善するための作戦でしたからね」


 メグレズの言葉に頷く。無念だが、それを直視しなければ先へは進めない。俺は指を組むと、出席者をぐるり見回した。


「何かアイデアのあるものはいるか?」

「もっと強い武器をやればいいんじゃねーの」

「安直ですが一番分かりやすいですね」

「じゃがのう、あれ以上を用意するのは難しいぞ」

「それにお気に入りみたいですし、もう一本作っても乗り換えてくれるかどうか」「…………」

「盾は……持てないでしょうね。鎧やアクセサリーですか?」

「刀なら本人が使用する確率は高かったですが、アクセサリーではどうでしょう」

「聖女へのポイント稼ぎに使われそうじゃの」

「スライムに与えたほうがまだ有意義では?」


 リスペクトの欠片もない言い草だが、実際適当な強化用装備を食わせたそこらのスライムのほうが勇者より強そうなので困る。


「あっ、あのっ、刀、いいと思いますっ!」


 忌憚のない意見交換が勇者糾弾会へと変貌する中、タリタが身を乗り出して自身の存在を主張した。乗り出しすぎて体が半分机に埋まってる。


「何か情報があるのかい?」

「あのっ、勇者は刀をですね、複数本欲しがっているようです。こう、両手に持って戦いたがってるみたいで。今は代わりに普通の長剣を試していると」


 タリタは両手をブンブンと可愛いらしく振り回した。


「うーむ、二刀流ということかのう」


 メラク先生があごひげを撫でながら唸る。

 

「二刀流ですか……」

「オイオイ、両手でも振り回すのがやっとなのに、片手に一本ずつなんてあれには無理だろ」

「一度に両手の指を切り落とすのが関の山ですよ」

「勇者、自殺願望でも?」


 出席者達はこぞってその構想に否定的な意見を述べた。ただ一人を除いて。

 

「何! 勇者君は二刀流なのですか!? 失礼、今から寝てきます」

「違います、座ってください」


 何かを取り違えたフェクダの転移魔法を、魔力で無理やり潰す。


「勇者は異性愛者らしいです。聖女にお熱です」

「なんだ、残念ですね。世界の半分をやろうと言われて断るようなものではないですか」


 フェクダは心底失望した様子で再び着席したが、お前みたいに動くものなら大体OKの存在を基準に考えられても困る。しかし二刀流……悪くないかもしれないな。


「確かに二刀流なら、新しい刀も自然と勇者が手に取るでしょう。次は筋力増加の付与を固定値で掛けておけば今の彼でも二本持てますし、基礎能力が上がれば相乗効果でムラクモの力も大きくなります。タリタ、いい案だ」


 タリタは真っ赤に照れて俯き、ズブズブと床へ沈んだ。


「二刀流なら次は脇差でええかの」

「そうですね。その方がそれっぽい」

「普通の刀とは違うんですか?」

「脇差は刀よりも一回り短く、護身用や予備の武器としての色合いが強い。本差と脇差を合わせて両刀という。両手に持てば両刀遣い、二刀流じゃな」

「両刀!?」

「違います」


 フェクダが浮かしかけた腰を下ろした。


「このくらいの長さじゃったかのう」


 先生が両手を軽く広げてみせる。肩幅くらいだろうか。


「片方短かったら二刀流じゃ無くねーか? せいぜい1.5刀流だろ」


 話がまとまりかけてるんだ、どうでもいい混ぜっ返しをするんじゃない。


「ふむ、勇者は女性と小さい男の子が好きということでしょうか?」

「違います」


 ほらー、話が変な方向に行っちゃっただろ!


「あのっ、勇者は女性なら上から下まで幅広くいけるそうです!」

「では、1.7刀流くらいですか?」

「……話を戻しましょう」


 物理的に下がった部屋の温度に、参加者達が命の危険を感じ始めた。俺は話をまとめにかかった。


「タリタの案を採用、刀をもう一本用意して勇者に届ける。この方向で行きましょう」

「ふむ、そういうことならまたワシが出張るかの。彼奴あやつには大変、大変悪いんじゃがもう一本打ってもらわんといかんのう」


 ひょっひょっひょ、と大変悪い顔で先生が笑った。俺も菓子折り持って頭下げに行ったほうがよさそうだな……。



◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ 



 かくして新たなる作戦、オペレーション:『天剣II』は発動された。


 名工の手による脇差『カゼキリ』もやはり見事な出来で、つい魅入られてしまいそうなほどだった。酒樽を抱えて足を運んだだけの甲斐は十二分にあったなあ。俺も一本打ってもらおうかなと思ったけど、死にそうな顔の匠の前では言い出せなかった。


 前回の人工ダンジョンに追加した隠し部屋では社の上棟式も終わり、あとは王国に情報を流すばかり。軽くなった肩をほぐしながらお茶を楽しんでいたある春の午後、タリタが俺のもとへ駆け込んできた。


「魔王様! 魔王様、大変です!」

「こら、タリタ。執務室にはきちんと扉から入ってきなさい。あとノックもしなさい」

「す、すみません!」

「で、何だい? そんなに急いで」

「そ、そうなんです! 勇者が、勇者が……」


 タリタは一息入れると、こちらの目を真っ直ぐ見て報告した。


「刀を口に咥えて『三刀流』とか名乗って魔物に突撃した結果、顔面と左足に大怪我を負って重症らしいです!!」


 俺は頭を抱えた。


 ……おかしい、計画は完璧だったはずだ。どうしてこんなことに。


 いや、何だよ三刀流って。二本ですらまともに扱えてないのに、どうして数を増やしたりするんだ! 触手型の魔物だってなあ、小さい頃は一本動かすことからスタートするんだぞ! 大体、口に咥えたら呪文が唱えられないだろうが!! 


 くそっ、やってくるぜ。俺は頭をかきむしった。この魔王様をここまで苦しめるとは、流石勇者様だ。二より三のほうが大きいから凄そうだとかいう幼児並の発想、魔王領ではスタンダードだが仮にも義務教育を終えた現代人がそれでいいのか。これじゃ魔族バカVS魔族バカの頂上決戦じゃないか。せめてカゼキリが手に入るまで待ってくれればよかったのに。


 だが、悲報はこれだけでは終わらなかった。


「魔王様! 魔王様、出来ました!!」


 苦悩している俺の元に、刃物を両手に持った新たな頭痛の種フェクダが扉を開けて乱入してきたのだ。なんだよ、今忙しいんだよ!!


「以前の会議を参考に、新しい流派を編み出しましてね。右手に刀、左手に刀で二刀流、さらにここ、この第三の刀が――



 俺は導入したばかりの警備用魔道具を最大出力で発動、ちん入者の第三の刀に撃ち込んだ。

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