第ニ話 魔王軍の憂鬱II



 勇者が弱すぎる。



 その事実が魔王軍喫緊の問題となって久しかった。

 

 天より力を与えられた勇者、アマカワ・コウキ。人類勢力が魔王軍に対抗するため、異世界より呼び出した救世主。邪な魔族から人々を救うため神々が遣わした、光り輝く存在。悪を打ち倒し世界を再び正しき形へと導くための、伝説の再来。


 彼の召喚が成功したときの魔王領の盛り上がりは、それはもう大変なものだった。


 勇者誕生を祝う祭りは七日七晩にわたり、飲める者はみな酔いつぶれ、飲めない者は食べて踊り、役所から畑仕事まで全ての労働が滞り、一部の文官が悲鳴を上げ、現実逃避のために飲み、半年後には第七十三次魔王領ベビーブームが訪れた。


 記念切手や記念硬貨の発行はもちろん、勇者饅頭や勇者焼き、勇者駅弁、白い勇者、勇者ペナントに勇者の塔のキーホルダー、勇者ドラゴンソード、魔スポ号外、勇者擬魔化アニメ(日常系)、「.brv」ドメインの新設、ノストラダムスの未発見予言の発掘等、ありとあらゆる便乗が行われ、この祝祭に拍車を掛けた。


 誰もが魔王領のこれからを希望に満ちた瞳で語り合い、神々に感謝の祈りを捧げた。これで、これで自分たちもようやく救われるのだと。


 一月目、みなウキウキ気分で勇者ちゃんの成長を見守った。

 半年目、異世界は大変だからね、ゆっくり着実に歩こうねと手を叩いて応援した。

 一年目、飽きっぽい者達は勇者の存在を忘れ、賢い者達は眉をひそめてささやき合った。



 勇者の成長がいくらなんでも遅すぎる、と。



 やがてその事実は大きな波となり、理想の勇者を育成すべく積極的に手を入れるべしと唱える『白樺派』、勇者のありのままの成長を見守る『アララギ派』、成長しないなら殺してしまえの『ホトトギス派』に別れ魔王領を三分する喧々諤々けんけんがくがくの大論争にまで発展した。


 そのうねりを「二年経つまでは様子を見よう」と問題の棚上げ宣言でき止めた魔王が半年も持たずにしびれを切らし「そろそろ魔王軍の大攻勢があるらしいよ~、早く一人前に育てないと間に合わないかもしれないよ~」と情報戦を仕掛け、ようやく勇者を王城から引っ張り出すことに成功したのは、勇者召喚から二周年を三ヶ月後に控えた秋のことだった。


 勇者達は王都周辺で、第一騎士団を挙げてのスライム狩りを始めた。その姿を確認した魔王軍は一様に胸をなで下ろし、実力的には格上だが毒や麻痺を防げれば十分に倒せ、経験値的にも美味しい魔物たちを嬉々として送り込んだ。念のため耐性装備も横流しした。


 魔物を次々と狩りレベルを上げる勇者、いけ、そこだ、殴り倒せと手に汗握り応援する魔王軍、少し頑張ってはすぐ長めの休憩を取る勇者、差し入れに来た聖女に言い寄るも気の利いたセリフが浮かばず会話に詰まる勇者、露骨に嫌そうな顔をする聖女、いけ、そこだ、殴り倒せと聖女を応援する魔王軍。


 二年という時間は人間にとって長いわけではないが、しかし短すぎるわけでもない。ひとかどの人物ならばすでに頭角を現していてもおかしくはないし、勇者という選ばれた存在ならばなおさらだ。しかし、その片鱗は一向に見えない。というか、どう贔屓目に見ても平均のかなり下をいっている。一体、どういうことだ?


 魔族三日会わざれば刮目しても誰だか分からない、下手すると性別どころか種族も変わってる、と言われる魔王領の住人たちが自分たちの文化的特徴から来る思い込みを必死で割り引いても、結論が変わることは無かった――この勇者、に過ぎる。


 いや、勇者に才能があるのは間違いない。魔法の威力はなかなかのものだし、身体能力もレベルの割には高いのだ。だが、あの素人丸出しの剣術はどうしようもない。「一体何を教えているのか!」と激怒していた魔王軍の剣術自慢すら、半年経っても成長の兆しが全く見えない勇者の姿を目の当たりにして王国騎士団に同情を始める有様だった。


 とにかく、魔物を怖がって仕方ないのである。いくら殴られてもろくにダメージを貰わないであろうスライム相手にすら、踏み込みが浅い。あれだけ腰が引けていればせっかくの身体能力も宝の持ち腐れ、へなへなの剣戟をどうにかかすらせるように魔物に当てるのが精一杯の仕上がり具合に、魔王軍の方針転換は時間の問題だった。


 王国軍と魔王軍の正邪を超えた世界的バックアップにも関わらず、遅々として進まない育成。天下り役員もびっくりのホワイト勤怠ぶりで一向に成長ペースの上がらない勇者に業を煮やした魔王は、勇者召喚二周年記念式典において新たなプロジェクトを発表した。



 勇者が成長するまで待てない。本人が弱くても戦えるよう、最高の武器を用意する。



 オペレーション:『天剣』の発動である。



 剣戟がへなちょこなら、へなちょこでも強い獲物を持たせればいいじゃないの精神だ。この際自動で戦う武器でいいのでは? 恐怖心が問題なのだから狂戦士化の呪いが掛かった武器でも持たせれば? なんなら薬でいいのでは? などの意見も提出されたが、これからの成長に悪影響を及ぼす恐れありとして見送られた。


 魔王軍の動きは早かった。勇者の動作を解析し最適な武器種を計算、王国軍に送り込んだスパイからの情報を加味し、魔王領東部に伝わる刀と呼ばれる両手剣をプレゼントに選定。当代随一と名高い刀匠に、金に糸目をつけず最高の一振りを打たせた。


 同時に、王都の外れに広がる雰囲気のある湿った山間部に侵入、大規模な土木工事を敢行しのありそうなダンジョンっぽい洞窟を建造した。見た目は恐ろしいが実力はそうでもない魔物や魔王領に侵犯してきた山賊の骨などをばら撒くと、最深部に小さな社を建てて刀を納める。

 撤収時には巡回中の王国軍と軽く鞘当て、「この地に魔王軍が注意する何かがあるよ~」とヒントを与えて任務完了、魔王軍は無事一人も欠けること無く帰国を果たした。


 居心地の良さに住み着いてしまった大蛇をつまみ出したり、王国軍より先に探索を始めた目端の利く冒険者を排除したりと予定外の動きもあったが、無事『妖刀ムラクモ』は勇者の手に渡った。できれば自分で取りに来て欲しかったが、贅沢は言うまい。担当者達はとりあえずの成功を祝った。


 勇者は刀に憧れている、これがスパイの持ち帰った情報だった。「かーっ、やっぱ刀じゃないと力が出ねーわ、あーあ剣じゃなくて刀だったらなー」的なアレだとも思われたが、刀を欲していたのも事実だったのだろう。勇者は嬉々としてムラクモをメインウェポンに決定、その付加魔法により軽くなった身体で獲物を振り回し大変お喜びになったという。


 その後、王都周辺では張り切ってレベル上げに励む勇者、居合の真似事をして悦に入る勇者、納刀に失敗し親指を切断しかける勇者、刀身の波紋を聖女に見せびらかしてニヤニヤする勇者、ドン引きする聖女等の微笑ましい光景が見られるようになった。



 かくして、オペレーション:『天剣』は大成功のうちに幕を閉じたのだった。



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