第21話 ナナオの想い
人々は、この世で『愛』を知る人間はドクターだけだと言うけれど。ナナオは、自覚していた。パンダ組の卒業資格保有者――ココミも、そうしておそらく、自分も。多分、頭では『愛』を理解している。
ナナオが京太を思い出すときの気持ち。あたたかくて、気恥ずかしくて、心臓がばくばくいって。それでも一緒にいられると嬉しい……
あの気持ちが、きっと『恋』で『愛』なんだって、わかってる。
「はぁ……京太さん……」
かぐや姫の言うように、もし京太の『守りたい人のために戦う気持ち』が『愛』ならば。それはきっと、ドクターに向けられたものだ。
(どうして私じゃないんだろう……)
あんなに、傍にいたのに。
でも、悔しいけれどナナオはその答えを知っている。
――傍にいるだけだった。ただ、それだけだったのだ。
あの雨の日、ココミを失って、サナトリウムの外――戦闘跡地でひとり泣いていた自分は、パトロール帰りの京太に拾われた。
『こんなとこで何してんだ? あぶねーぞ』
『別に、カグヤが来たっていいもん。ナナオはここで、お姉ちゃんが戦ったところで……』
――『死んだって構わない』。
ずぶ濡れにくすんだ瞳の、その言葉を京太が理解していたのかはわからない。
だが、京太はそんなナナオを無理矢理に立たせて、自分のコックピットにぎゅうぎゅうに押し込んで、感傷に押しつぶされそうなナナオのことなど気にもせず、呟いたのだ。
『あー、腹減ったぁ。帰ったらなんか食おうぜ。一緒にさ』
ナナオは愛らしい見た目をしていたので、男性の狂人から食事に誘われることは多かった。しかし、ここまで下心のない誘いは初めてで。
ナナオのことを異性だとまったく意識せず、膝にぴったりと乗せて、京太は笑ったのだ。
「【KOALA】の操縦席って、狭くね? おかげで俺までずぶ濡れだよ」
「ご、ごめんなさい……」
(別に、『助けて』なんて言ってないのにな……)
だが、なぜか差し出された手を拒めなくて、ナナオは京太のコックピットにおさまっていた。
「なぁ、いま何食いたい気分?」
「…………」
ココミを失った悲しみから、ここ数日食事も喉を通らなかった――
いや、食べても意味がない、生きていても意味がないと思っていたナナオは返事に窮する。
「俺はな~……中華! つか、お前痩せすぎじゃね? もうちょっと太った方が――なんか食べた方がいいぞ? 俺がオススメを奢ってやる。ドクターに聞いた話なんだけど、中華食堂の『コアラさん』に秘密の合言葉を言うんだ。そうすると、ドクターお気に入りのほかほか桃まんを出してくれる」
「桃まん……? 肉まんでもあんまんでもなくて? そんなのメニューに無いよ」
「そりゃあ秘密のメニューだからな。白くて甘いあんが入った特別なやつなんだ。ピンクでふかふかですっげ~美味いから! それ食ったら、びしょびしょで嫌な気分も無くなるぞ!」
「そんな、食べ物くらいで大げさ……」
「いいから、騙されたと思って食べてみろよ!」
物を食べる気分ではないけれど、この人は悪い人じゃあなさそうだから、ついていくくらいならいいかな……それくらいの気持ちだった。
だが、パトロールを終えてシャワーを浴びて、幸せそうに桃まんを頬張る彼を見ていたら、気づいたら一緒になって笑っていて。
ほかほかの桃まんが甘くて美味しくて――
京太は、ナナオに笑い方を思い出させてくれたのだ。
おそらく『恥』や『照れ』といった感情の無い彼と一緒にいると、不思議と心が軽くなって、色んなことがどうでもよく思えて、ナナオは束の間、自由な心地になれたのだ。
『一緒にいて心地いい』という思いは、次第に『一緒にいたい』に形を変えて、一緒にいればいるほど、不愛想なコアラにすらどこか懐かれているように見える優しい彼に惹かれて……
好きに、なっていた。
その気持ちは、みるみるうちに『恋』になってしまったのだ。
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※あとがき
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