第12話 触ってみる?
捕らえたカグヤは、頭部こそ破損していたが胴は回収され、研究機関に回されることとなった。俺と菫は一躍サナトリウムのヒーローに。誰もが尊敬の眼差しを向け、『最強コンビ』に憧れるような事態になってしまった。
それが嬉しいやら照れ臭いやら。
『――狂人番号0563。第二診察室へ』
いつもの機械音声に呼ばれ、俺は部屋に入った。菫との面会――いわゆる『ご褒美』を終えたドクターが変わらない笑みを浮かべ、やんわりと問いかける。
薄紫の長髪を耳にかけながら、囁くように俺の瞳を覗き込んで……
「で。ゴローさんは、どんな『ご褒美』が欲しいの?」
くすりと笑う唇がいつもより艶っぽいのは、気のせいだろうか。
「ちなみに、菫にはどんな『ご褒美』があったんですか?」
「 内 緒 」
「あの……ドクターは、男性なんですか? それとも女性の……」
「お! ついにゴローさんもボクの性別が気になるようになったか! うんうん、ちょっと『遅れた』ゴローさんにそういう関心が生まれるようになったのは、良い傾向だよねぇ♪」
そう言って、いつもの調子ではぐらかされるかと思ったが。今回は違かった。
ドクターは、数日前と同じように白衣の胸元をちらつかせ、上目がちに問いかける。
「……触ってみる?」
「え。何、を……?」
「はは。それをボクに言わせるのかい?」
そう言って、俺の手を掴み、自身の胸元にそっと添えさせた。
その感触に、赤面する。
「どう? かたい? それとも柔らかい?」
「……柔らかいです」
「胸が柔らかいのは、一般的には女性体だと言われているけれど……どうかな? 下も確かめてみる?」
「……いや、いいです。俺は、たとえドクターが女性でも、胸の大きい男性でも……あなたの力になりたいと思っていますから」
「おや。それはまた斬新な見解だねぇ? 頑固というかなんというか。まぁ、ボクからすれば、性別に関わらずそういう風に愛してもらえること自体はとても光栄さ」
「『愛』……なんでしょうか? すみません、俺――というか、この世界では、ドクター以外の人間は愛というものを知らないので、この『感情』が何なのか、俺自身にもよくわからなくて。俺はただ、ドクターには変わらず笑っていて欲しいと。そうして、たまにお茶を飲みながら、俺の話を聞いて欲しいと……」
「うんうん、それはまさしく『愛』なんじゃないかな?」
「そっか。これが、『愛』……」
そわそわとして、心臓が羽根になったみたいだ。
だが、ドクターを前にすると、自分でもわからないうちに心の奥底を曝け出してしまうような、そんな感覚があった。どんなことを話しても、この人なら笑って聞き流してくれる――ドクターにはそんな安心感があったから。
その感覚に、ドクターはたった今、『愛』という名前をつけたのだ。
「つまり……俺は、ドクターのことが『好き』ということですか?」
「ソレを本人に聞いちゃうあたり、やっぱりゴローさんには『恥じらい』ってものが欠けているんじゃないのかな? それに、胸を触って赤面するなんて反応、先日までのゴローさんには無かったみたいだから。キミの『初めて』になれてボクは嬉しいよ」
入室したときは『変わらない』と思ったのに。くすり、と笑う唇が、今はいつもと全く違って見える。
「他の『初めて』も経験してみる?」
「…………」
「いいんだよ、『ご褒美』なんだから。なんでも好きなことをお願いしてごらん」
「……いえ。もう十分……だと、思います」
「おや。断られちゃった」
どこか残念そうに眉をさげるドクター。
俺には、ドクターの言っていることがたまにわからない……
「じゃあ続きは、また今度ね」
いつもの部屋で、とドクターは柔らかい笑みを浮かべる。
……うん。今のは『いつものドクター』だ。
でも、さっきの笑みは違って見えた。なぜだろう。
わからない。知りたい。
トクンと、俺の中に何かの『感情』の芽生える音がした。
その数日後――ドクターが何者かに銃撃されたと報を受け、俺の世界は暗転した。
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