第9話 死ぬ前に、一度でいいから恋がシたい

 『愛』というその単語に講堂がざわつく。


 なにせ『愛』は随分と昔に淘汰されてしまった感情で、授業を受けている生徒の中でもその意味を理解できている者はほとんどいないからだ。


 さすが上級のパンダ組は質問内容もすごい、と多くの狂人たちが感心している。同時に、『世界で唯一愛を知る絶滅危惧種』であるドクターの返答を、皆一様に楽しみにしている。


「『愛』の獲得方法は人それぞれさ。でも、『愛が欲しい』と思っている時点で、コゴローはコアラからは程遠い存在のようだね?」


「ボクはコアラになれなくてもいーの! ドクターに愛してもらえればそれでいい!!」


「うん。わかりやすい子は好きだよぉ」


「――わ! 『好き』だって! 好きって言ってもらえた!!」


「ちょっと、菫。はしゃぎすぎよ……」


 隣で講義に耳を傾けていた朝顔は、ため息を吐きながら、菫を座らせようとスカートの裾を引っ張った。


「あなたはドクターに盲目すぎ。『ボク』なんて一人称まで真似ちゃって、もぅ。いいからちゃんと座って。いい子に授業を聞かないと、ドクターも困るでしょう?」


「アイアイ、イインチョー♪」


 菫がご機嫌に座り直したのを確認し、ドクターは授業のまとめプリントを配る。


「うん。久しぶりの三クラス合同授業だったけど、誰一人欠けることなく皆の顔を見ることができたのが嬉しいよ。これも、どこかの誰かさんが危険を顧みないで特攻まがいの救出に向かってくれたおかげかな?」


 不意に視線を向けられたナナオは、皆の注目を浴びて赤面した。


「ありがとう、ナナオ」


 改めて礼を言うと、ナナオはますます赤面し、菫がヒュ~♪と冷やかすような口笛を吹く。

 教室がどこかあたたかい空気に包まれていると、それをぶち壊すような『緊急警報』が突如として鳴り響いて、菫が椅子から立ち上がる。


「ひゃっはぁ~! 待ってましたぁ!!」


 いくらパンダ組が歴戦の狂人ばかりとはいえ、カグヤの襲来を喜ぶ者など菫くらいだ。なぜ、命を脅かす存在の襲来をああも嬉々として受け入れられるのか……前回死にかけた俺にはまったくわからない。


「京太さん……大丈夫ですか?」


 ナナオが、心配そうに顔を覗き込み、わずかに震える俺の手を握ってくれる。

 俺はその手を、しっかりと握り返した。


「ああ、大丈夫だよ」


 たとえ、どれだけ怖くても。後輩に格好悪いところは見せられないし、命の恩人であるナナオを、今度は俺が守るんだ。


 その場にいたコアラ組、ナマケモノ組、パンダ組の面々は、カグヤ迎撃のために駆け足で機体に乗り込み、出撃した。


  ◇


 コアラ・サナトリウムの地下療養区域を出て、地上に出る。せっかく皆が同タイミングで出撃できたというのに、今回のカグヤはなんと複数による襲撃だった。


 出現地域は東京、仙台、静岡、名古屋。中でも東京に飛来した機体は過去最高の熱エネルギーを体内に有しているとかで、俺たち狂人は戦力を分散される形で戦うことを余儀なくされた。

 幸か不幸か、俺はその東京組だ。


「ははは! ボクと組めるとか光栄に思えよぉ! 身の安全は保証されたもドーゼンだなぁ? まぁ、足ひっぱったら殺すけど!!」


 隣で、やたらシャープな軽量機体――【PANDA01・改零五(ゼロゴー)】が咆える。

 目の周りの隈取りが印象的な、大鎌を手にした『死神の機体』だ。


 【KOALA】がバランスタイプなら、【PANDA】はパワータイプの機体。

 それを削りに削って超軽量化――もとい速さのみに極振りしたような、菫専用の魔改造機だ。

 この鎌で、「倒せない」と常々言われているカグヤを即時撤退ライン――半壊にまで追い込む。しかもたったの一振りで。それが最強である菫の、『死神』たる所以だった。


 パンダ組の特徴ともいえる目の下のくまを一層濃くして、菫は恍惚と問いかけた。


「ねぇドクター? もし、上手に奴らをぶっつぶして、脳みそを無傷で持ち帰れたら……そのときは、ボクに『愛』を教えてくれる?」


 前回の反省を受けて新たに設置されたモニター越しに、砂塵舞う荒野と化した地上を見守っているドクターは、にこりと笑う。


「うん、いいよ。教えるだけならタダだからね」


「やったぁぁあ!!」


 返答に、【PANDA01】が飛び跳ねる。精神の発達が進んでいて悩みが多いせいなのか、それとも危険な薬でも飲んでいるのか。パンダ組の狂人は皆、目の下のくまが濃い。


「死ぬ前に、一度でいいから恋がシたいっ! そのために……お前は死ねぇっ!!!!」

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