第8話 非コアラ民(戦闘従事者)向けの授業

  ◇


 その日はコアラ組、ナマケモノ組、パンダ組による合同授業が行われていた。


 いつカグヤが襲来するかわからないからこそ、「カグヤは急に来るものだ」と割り切って日常生活を送ることも大切なんだとか。


 根本的に機体性能が優れているカグヤは倒せない。

 防戦一方ではあるが、もしカグヤが暴走した月面探査AIのなれの果てだとしたら、月に置いてきてしまった資材が尽きれば修復が不可能になり、根気よくダメージを与えていけば倒せるかもしれないというのが目下のスタンスである。


 だが、地球防衛軍のお偉いさんは何もわかっていないねぇ。

 ダメージを蓄積する前に、戦闘従事者パイロットたる狂人が全滅したらどーすんだ。

 そもそも、月に何かしらの生命体が存在していて、カグヤはそいつらからの刺客だとしたら? 資材云々の問題ではない。その時点でジ・エンドだ。

 でも、それでも、何もしないで死ぬよりはマシ。

 そういう意味でも、俺たちは日々勉学に励んでいた。


 今日の授業は、『なぜ狂人が殺処分の対象なのか。その原因と解決策』。


 政府によっていつ殺されるかわからないという不安がSAN値の低下を招き、SAN値の低下が社会生活の和を乱す原因となる。度を越して和を乱す者は、政府によって殺処分される。割と負のサイクルだ。だが、その仕組みがわかれば、SAN値が急激に低下した際に対処することができる。


 俺たち狂人が狂人と呼ばれる所以は、SAN値を乱高下させやすい気質にある。

 そこを理解し、社会生活におけるデメリットである『感情』を【KOALA】に活かして戦う。そうすることで俺たちは平和な一般人コアラになれなくても世界に必要とされる術がある――


「とまぁ、長々説明したけれど。要は、ストレス過多になりSAN値が劇的に低下しては、病棟に勤務している一般人――コアラの人たちに危害を及ぼし兼ねないから、そうなっちゃうようなら殺さないとダメだよねってお話で。皆が『安全ですよ』『怖くないですよ』って理解してもらえれば、『コアラ』の人達とも仲良くできる未来があるかもしれないよね」


 お招き講師たるドクターの話は聞いたことのある内容ばかりではあったが、最後の部分は目から鱗だった。


狂人おれたちと、コアラの人達が、仲良く……?)


 感情の波が立たないコアラになることが『正』だと思っていた俺には、驚きが隠しきれない。


(そっか、無理にコアラにならなくてもいいんだ。一緒に暮らせるだけの感情制御ができれば――俺は、平和の和に入れる……)


 だが。中にはそれがまったくできない者もいるらしく。


「コアラと仲良くぅ~? 仲良くするためにぃ、自分の感情を殺さないといけないんですかぁ~!? つかそもそも、カグヤが頻繁に来る時点で平和もクソもないでしょう。だったらボクは、カグヤをぶっ壊すことでボクの価値を証明してみせる。最強のボクにおんぶに抱っこな非戦闘民コアラの奴らは、安穏とボクに守られてりゃ~イイんだよぉ!!」


 狂人番号0556――菫だ。


「確かに、0556――コゴローのような考え方もあるよね」


「ほら見たか! さっすがドクター。ボクのことを認めてくれる! 肯定してくれる! ドクターはボクを馬鹿にしない! イヤな目でみない! 好きって言ってくれる! 愛してくれる!! 抱いてくれる!!!!」


「最後のみっつは違うねぇ」


 やんわりと否定するドクター。だが、ドクターが優しくて俺たちのことを認めてくれるのは本当のことだから、菫のようにドクターのことが大好きな狂人は多い。

 菫は懐っこい犬のように、ぴん、と伸ばした手を振った。


「はいはい! 質問! どうやったらドクターにも~っと愛してもらえますか!?」


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