第6話 俺たちは愛も恋も知らない
廊下の奥からやってきたミニスカートの二人組。
ひとりは薄青のボブカット、もうひとりは数多の一般人――『コアラ』に似た銀糸だが、瞳が紫だ。
『パンダ組の天使と悪魔』と評される美貌のふたりは、大半が協調性のない狂人にしては珍しく、行動を共にしていることが多い。
要は『仲良し』なんだと、ドクターは言っていた。
「何をしているの?」
薄青のボブカット――狂人番号0647、ムジナが俺に問いかける。
「いくら私達が狂人として管理・登録をされ、ある程度のSAN値の乱れは仕方ないものとして看過されているとはいえ、ナナオが悲しんでいるのなら、放っておけない」
優等生然とした正論に、アラートを誘発した側としてはぐぅの音も出ない。もう一方の、スパッツを履いた銀髪――0556、コゴローも俺を責めるように睨めつける。
「京太てめ~~! ナナオたんに何かしたってんなら、ぐっちゃぐちゃのどろっどろになる覚悟はできてんだろうなぁ~~!?」
「
「……チッ。アイアイ、イインチョー」
上履きを鳴らして中庭に向かうコゴロー、もとい菫の姿に俺は安堵し、礼を述べる。
「ありがとう、助かったよムジナ」
「それより。ナナオはもう平気なの?」
「……あ、はい。心配してくれてありがとう、朝顔ちゃん」
ナナオも、どこか嬉しそうに頭を下げた。
「ムジナ、ナナオのアラートを鳴らしたことについては、ひとまず弁明をさせてくれ――」
「誤解だ」、と語りだそうとする俺の唇に、ムジナは「しぃっ」と人差し指を当てる。
「ムジナじゃない。私には、親がつけてくれた『
「あっ。ドクターがそう呼ぶから、つい……ごめんな。もうしない」
なぜナナオのアラートが鳴ったのかわからない俺でも、朝顔がイラっとした理由はわかった。『怒り』だ。
いくらふたりが俺やナナオとは違う、ちょっと進んだ『パンダ組』で、日頃の戦闘訓練や授業で面識が無くても、名で呼ばないのは確かに礼を欠いていたと思う。
素直に謝ると、朝顔はふわりと、花の咲くような笑みを浮かべる。
「京太のそういうところは、いいね」
そう言って、俺を名前で呼んでくれた。
あの『イカレ野郎』の菫が、どうして朝顔の言うことだけは素直に聞くのか、わかった気がする。
「で。どうしてナナオのSAN値がアラートレベルにまで低下しちゃったわけ?」
かくかくしかじか説明すると、朝顔は白くて端正な顔を真っ赤にして俺の頬を叩いた。
「『えっちを教えろ』ですって!? それでスカートをめくった!? サイッテー! ほんとサイテー!! これだから精神学習レベルの低いお子ちゃま『コアラ組』は!! もうっ……信じられないっ!!」
おまけ、とばかりに右頬に次いで左頬も叩かれる。
痛い。細腕なのにすっごく痛いぞ。
『パンダ組』の戦闘力は【KOALA】に限った話じゃないみたいだ。
「待て、朝顔。たしかに聖書には『右の頬を打たれたら、左の頬も差し出せ』という平和の象徴たる教えがある。でも、誰も『本当に殴っていい』なんて言ってないし俺も差し出してない」
「そういうことだけは一丁前に知っているのね!? ドクターの、やたら『性』を忌避する学習カリキュラムには物申したいところだわ。順番がおかしい。ぜっったいにおかしい!」
はぁ~、とひと際大きなため息をついて、朝顔は眉間を抑える。
「確かに、私達は二十歳になれば個々人の感情に関係なく、政府や機関によって決められた相手と結婚をして子をもうけることになる。もとより多くの
声を荒げると、朝顔のSAN値インカムがピピ、と短く低下音を刻む。
ちなみにこの音はさっきも聞いた。俺が朝顔を怒らせたときに。
本日二度目だ、さすがにヤバイ。
アラート誘発はいわばイエローカードのようなもので、バレたらドクターにしこたま怒られる。
ドクターは怒らせたら怖いぞ。笑みを浮かべたまま、無言で爪の間にピンセットを入れて広げてくるからな。勿論、SAN値はガン無視で。
とはいえ、「おかしい」と言われたところで俺には何がどうおかしいのか、とんとわからない。
二十歳になったら決められた相手と結婚するのは当たり前だし、生まれた子供はすぐ親元から隔離――専用の保育施設で育てられるのも当たり前だ。
※あとがき
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