第5話 えっち、とは?

 俺も――平和の一部になりたい。


 でも、今の俺が『コアラ』の人達の中に入っても、きっと和を乱すだけだから。

 ドクターのすすめ通りに勉強しておくことにする。


 図書室で『カグヤ』『月』にまつわる歴史書をいくつかピックアップして自室に戻ろうとしていると、不意に背後から目隠しをされた。


「んふふっ……だぁ~れだっ!」


「ナナオ」


 俺は即答する。


 こんな意味もないイタズラにという『感情』を見出すのは、あいつくらいしかいない。

 おまけに胸もデカいし声も目立つ。後ろからくっつかれたら、ばいん、とした感触からして丸わかりだ。


「京太さん、こんなところでな~にしてるんです?」


 ちら、と興味深そうに、手元を覗き込まれる。

 咄嗟に避けて、俺は本を隠した。


「やめろ。俺を性的な目で見るな。いやらしい女だ。端的に言えばえっちだ」


 ……『えっち』。最近習った。意味はよくわかっていない。

 本によれば、『異性から異性に向けられる、興味や好意をあらわす性的な視線や行動。類義語、やらしい、いやらしい、等』。


 とにかく、新しく習った単語を使ってみたかった。多分あっている……と思う。


 しかし、俺よりふたつ下で十五歳のナナオは、性的事項に関しては未学習らしい。きょとん、と蒼い瞳を向けてくる。


「えっちって……何?」


 改めて聞かれると、俺にもわからない。


「なんだろう……」


「例えば、どんなことがえっちなの?」


「うーむ。図書室で読んだ本によると……こういう感じかな?」


 俺は、ナナオの館内着せいふくであるミニ丈のプリーツスカートをめくってみせる。


 ぴらり。


「白だ」


「白だね。」


「「…………」」


 特に何も起こらない。何の『感情』も湧かない。


 本によれば、『異性の下着姿などに特別な感情や性的興奮を抱く者も多数いる。SAN値の乱れには要注意』とあったのだが……


(まさか、ナナオは異性ではない……?)


 目の前にある豊満な胸をもにゅ、と握ってみるが、取れなかった。

 ぐにゅぐにゅ、としつこく揉みしだいてみても、一向に取れる気配がない。


 偽乳ではない。

 ナナオは紛うことなき女性で、俺の方が少数派ということらしい。


(どうしよう。『狂人』なうえに『少数派』だなんて……!)


「毎日、白なのか?」


 とりあえず聞いてみる。


「白だねぇ。だって支給される下着の九割が白だもん。あ、でも、金曜だけはピンクかも」


「へぇ。そうなんだ。ちなみに俺は黒だ」


「ふ~ん」


「「…………」」


「見てみるか?」


 俺は、ズボンの腰回りを少し広げてみせた。


「元来、本意ではないえっちな行動は他者を嫌な気持ちにさせる、と本に書いてあった。だから一方的に俺だけが見るのも失礼だったかもしれない。ナナオも、俺のを見ればおあいこだ」


「そういうものなの? えっちって」


「そういうものじゃあないのか?」


 問いに問いで返すと、ナナオは何故か頬を染めて顔を逸らす。

 らしくもない小声で、もにょりと呟く。


「……別にいい」


「なぜ?」


「……わからない。見たらいけない気がするから? ……違う。なんか、恥ずかしいから……」


 ――『恥ずかしい』。『羞恥』。


 俺には淘汰されてしまったかもしれないとドクターに告げられた、感情だ。

 ナナオは何を思ったか、頭を振って言い直す。


「それか単純に、京太さんのパンツに興味がないからかもしれませんっ!!」


「俺もナナオのパンツに特段の興味があったわけじゃない。ナナオが『えっちを教えろ』って言うから……」


「ぐぬ……!?」


「どうしてそう悔しそうな顔をする? まぁ、お前が見たくないのならそれでいいか」


 立ち去ろうとすると、ナナオのSAN値インカムがアラートを発して、廊下の奥から白シャツにブレザー、ミニスカ姿の二人組がツカツカと歩み寄ってきた。

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