1-18
その夜、闇夜に包まれた道場。静寂の中に一はあった。
中央に座し、思考へ神経を埋めていく。
瞼の裏に真命の繰り出す太刀筋が闇を斬る光となって見えていた。
天然理心流を相手にする、とは…。
一は目を開いた。ああ、駄目だ、と。
昼間の鍛練を通し、実践を重ねて勝てぬならば思考を巡らせてみてはと考えたがそれらしき答えは見出せそうになかった。
一は傍らに置いた木刀に手をかける。その時、背後に気配があった。
「誰だ」
「あ、私だよ私」
入ってきたのは真命だった。濃紺の緩い着流し姿で、鎖骨が白く浮き出て見える。一は咄嗟に目を逸らした。
「こんな遅くまで鍛練か?」
「…そうだ。わかっているなら邪魔はするな。」
「そんなつもりじゃないって。」
何が可笑しいのやら、真命は笑いながら一の側に座した。
「何の鍛練?精神統一とか?」
「…それに似たようなことだ」
真命はそうなんだ、と訊いてきたくせになんだか反応が薄い。
「一は大将だもんね。少し気負いすぎなんじゃないか?」
「そんなつもりはないが…」
いや、多分そうなのかもしれない。否定してからそう思い直したが、わざわざ口にする一ではない。
「ねぇ、訊いてもいい?ずっと気になってたことがあって」
すると唐突に真命が改まった様子でそう尋ねてきた。
「…そんなにわざわざ改まるようなことなのか」
「いや、うーん。そうでもないか」
「だったら早く言え。」
うん、と真命は頷いてからこんなことを口にするのだった。
「一って、何のために剣をやってる?」
何だ、その質問は。改まるようなことではないか。
一はそう思った。なぜなら、即答できなかったからである。考えようとしたことさえなかった。
「俺の生まれは武家だ。だから物心がつく頃には剣を取っていた。己が強くなるためにはと思ったとき、まず剣の道を極めようとするのは自然だった。それ以外にはない。」
それでも捻り出した答えはそれだった。対して真命はまた「そうなんだ」である。
「…そういうお前はどうなんだ。特別な理由があるとでもいうのか。」
質問に困らされた報復とばかりに一は聞き返した。
真命は少し考える素振りを見せたあとで、はっきりとこう答えた。
「剣は自分が大切にしているものを守るためにあると思う。」
雲間から透明な月光が差す。その光が真命の澄んだ瞳に反射している。
「一、武士はなぜ
「…知らぬ。そういう身分だからではないのか」
「それもそうだね」と真命は言うが、「でも」と正す。
「武士が刀を持つのは
真命はそう言って一に微笑みかけた。
守るための剣、そんなものが存在するなんて想像したこともなかった。こいつの言っていることの是非はわからないが、大きく頓珍漢でないとは思う。
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