1-15

太刀筋が見える。読める。

これなら、勝てる。

「……っ!!」

とどめの一手を繰り出す目前、相手が僅かに早かった。

受ける体勢を取るが、相手もまたそれを読んでいる。

気付けば木刀の先が己の喉を射抜かんとしていた。

「勝負あり!」

審判をしていた永倉が勝敗を決した。

「はぁー!今のは危なかったぁー!」

気を張っていた真命が木刀を下ろした。

本当にあと一歩のところだった。あと少しで、真命に剣を突き付けることができた。

「山口、惜しかったなぁ~」

永倉が肩を叩いてきた。

「んー、確かに全然悪かねぇ。寧ろかなりいい腕してる。」

試合を見ていた土方は一をそう評した。

それならば、何故真命に勝てないのだ。しかも相手は女子おなごだ。

土方は加えて何か言いたそうな雰囲気であったが、結局何も言わなかった。それが気になって仕方ない一は、らしくもなくこう尋ねる。

「…俺はどうすればいい。」

「そう言われてもなぁ、俺もよくわからねぇよ。」

本当なのか誤魔化しているのか、土方の返答は曖昧だ。

しかし一方で永倉は自信満々である。

「ま、心身を鍛えるしかねぇって。お前ならやれる!」

「……何を根拠にそんなことを」

「気がするってだけだ!」

埒が明かぬ。

やはり総司に手合わせを願い出て、何か手がかりを掴めないだろうか。

一はそんなことを考えていた。

「私は何となくわかるかも…」

するとふと真命がそんなことを言い出す。

「…どういうことだ。」

一は脇目も振らず食い付いた。今まで何度も剣を交えてきた相手が言うのであれば信憑性はある。

しかし真命は急に自信を失くしたかのように振る舞う。

「いやぁ、正しいことかもわからんから。」

「何でもいい。言え。」

「い、いいよ。助言って程でもないし。」

そんなことを言って汗を拭いながら稽古場を離れようとしている。

「言えと言っているだろう」

「嫌だよ!そんなの自分で考えればいいだろっ」

「ふざけるな。寸でのところまで言っておいて」

「怖い怖い怖い!!」

一は逃げる真命を徹底的に追い回した。原田が昼寝をしているところでも、ツネや女中の者が裁縫をしているところでも構わず。「賑やかですねぇ」とくすくす笑われていても、だ。

「総司!助けて!」

真命は出稽古から戻って草鞋を脱いでいる総司にしがみついた。

「…何やってんの?」

総司は怪訝そうに一の顔を見ている。

「こいつが言うべきことを言わないからだ。」

「だから強くなりたいなら自分で考えろよって!」

真命は総司の背中に隠れた。腕を捕らえようとしたが、総司に叩き落とされる。

「…邪魔をするな。」

「下らないことやってないで、さっさと稽古に戻った方が身のためなんじゃないの?」

やたら挑戦的な口調の総司。

「…どういう意味だ。」

「君は僕と戦うことになるよ。」

その言葉の意味に心当たりはなくやはり理解できず、首を傾げるばかりだ。

「近藤さんが試衛館の四代目道場主になったのを祝って、神社で野試合をすることになったんだ。襲名記念試合ってやつ。」

「えっそうなの!?」

真命も初耳なようだった。

「そう。僕は紅組、一くんと真命は白組だから。」

総司が敵になるとは。

一は身震い、いや武者震いした。

まだ相対したことはないが、この男の試合は見たことがある。まるで剣と一体化しているかのように、あれは天賦の才以外の何物でもない。

「総司が敵かぁ。でも、私と一が手を組むなら簡単には勝たせないよ!」

真命は総司の背中から出て来ると、先程とはうって変わって自信満々に宣言する。

「…俺はお前と手を組むつもりなどない。」

「え!?それじゃあ試合にならないじゃないか。」

一はふん、とそっぽを向く。その様子を見ていた総司はいつにも増して余裕綽々よゆうしゃくしゃくといったところ。

「そんな様子じゃ勝つのは紅組だね。ま、せいぜいかかっておいでよ。すぐ返り討ちにしてあげる。」

手をひらひらと振って奥へ去っていく総司。ここまで言われてはさすがに癪だ。

「一!ここで一泡吹かせないでどうすんだよ!」

「……仕方あるまい…今回だけだ」

こいつと手を組むこと自体も中々癪だがやむを得まい。

「よし!!それなら早速特訓だっ!」

真命は高らかに拳を突き上げたかと思うと、一の手を掴んだ。

「…!おい…」

「一、勝つぞ!」

女子に手を掴まれるなど経験のないことだった。

おおよそ女子には見えない奴だが、川辺で着物を脱いだ姿を思い返せばそんなこともない。

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