1-12
「真命ちゃん。またお地蔵さんかい?」
「あ、北村さんのお婆ちゃん。畑行ってたの?」
山南の言った通り、座り込んでいる真命の後ろ姿が見えた。村の者であろう老婆に声をかけられている。
「そうだよ。最近雨が少ないからねぇ。」
「水撒きかぁ、また手伝いに行くよ。」
「いつもありがとう。これお食べ。」
真命は老婆から胡瓜を渡され、それを嬉しそうに頬張っている。
全くこれでは本当に地蔵ではないか。一は鼻で笑った。
老婆が去ると、通りは一気に静かになる。胡瓜を
風がひゅう、と吹いた。
一はその小さい背にどう声をかけるべきか思案しては切り捨てるを繰り返していた。
あいつごときに声をかけるのになぜこんなに躊躇わなければならないのか、と最終的には己に苛立ちを感じ出す始末である。
すると視線の先の真命が突如立ち上がった。
まさか気付いたか、と思った一だがそうではない様子で。
「兄上っ!!」
真命は駆け出した。その先に黒い道中着に笠をかぶり、四角い薬箱を背負った男が歩いて来ていた。
「うおっ」
真命は勢いよくその男に飛び付いた。男は少しよろめきながらもそれをしかと受け止めていた。
「真命、今帰った。」
「遅いですよ!一体どちらまで行かれていたのですか!」
真命は軽く頬を膨らませている。
「ちょいと甲府までな。思ったより遠征になっちまったな。しっかし今回は飛ぶように売れた。お陰で土産もたんまり買えたし、勘弁勘弁。」
「…お土産は、何です?」
「大福だ。ついでに饅頭もあるぞ。」
「勘弁勘弁、大勘弁です!!」
やっぱりあいつは単細胞だ。
何だか、かくりと肩の力が抜ける気がした。
「で、そこの奴はどちらさんだ?」
男は一の存在に既に気付いていたらしい。不覚であったと我に返る。
「あぁ!一、いたのか!声かけろよ。」
真命はようやく気付いてこちらに向かってきた。男も後から向かって来ている。
一は思わず僅かに身じろぎしてしまった。予想はしていたが、あんなことがあったのにこちらに対する真命の態度は全く変わっていなかったからだ。気にしていないということなのか。
「兄上、こいつは五月から道場に来た山口一。居合いの使い手で、すごく筋がいいんですよ。」
その男は笠を外した。通った鼻筋をしていて、切れ長の目蓋に凛と澄んだ瞳を称えている。
「居合いとは中々渋いじゃねぇか。俺は土方歳三ってんだ。ま、よろしく。」
一は肌がぴりつく感覚を味わった。
この男は何か、何と言うか、特殊だ。
「…山口一……です」
今の段階でその"何"を説明するのは難しいが。
不思議と雰囲気に呑まれそうになるような、そんな感覚に陥る。
「そういえば、何か用でもあった?」
真命に訊かれ、一は咄嗟に「いや」と否定してしまう。
「その…なんだ。明日、試合を申し込む。」
「ぶっ、何だそれ。わざわざ言ってくるなんて変なの、いつも突然勝負しろと言ってくるくせに。」
「…う、うるさい。余計なことを言わず従え。」
うんとは言わない真命だが、可笑しそうにしている。土方に仲が良さそうだと言われ、一はきっぱりと否定した。
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