1-11

橙色に染まる縁側の柱に寄りかかり、一はひとり耽っていた。

「ここにいたのですか、山口くん。」

そこにやってきたのは山南だった。一は視線だけを向ける。

山南は一の斜め後ろ、その視界に入るか入らないかのところに座した。

「沖田くんや真命くんと西瓜を冷やしに行ってくれたそうですね。甘くて大変美味だ。君もお上がりなさい。」

一の横に皿が置かれる。西瓜は紅く瑞々しく光っていた。眩しくて目を逸らす。

「さて…黒船から十年が目前となり幕府が米国と不平等条約を結んでからというもの、世の攘夷論は日に日に高まる一方だ。」

一は微動だにしないがさほど気にならないのか、山南は時勢の話を饒舌そのものに始める。

「攘夷を巡って思想は様々に分派しているといいます。幕府の権威を増大させようとする者、国を開き西洋の文化を取り入れることで国力を高めようとする者。そして中には不平等条約を結んだ幕府は最早失墜したと、幕府を倒そうとする者もいる……その者らを弾圧すべく幕府は動いた。これ即ち、かの安政の大獄です。」

「……何が言いたいのですか」

「山口くんはどう考える?私は意見を聞きたいだけです。君も一介の武士ならば、国を憂う心は少なからずあるでしょう。」

「…俺は剣に生きる。それが出来れば良いのです。」

時勢のことなど細かく考えたことはない。己がどこまで強くなれるのか、それだけを考えて生きている。

山南はそれを小馬鹿にするようでもなく、「君は武骨な人ですね」と穏やかに言うだけだった。

「ある意味もっとも武士らしい武士なのかもしれません。」

「…士道不覚悟に無駄な争いは起こしますが」

一の一言に山南はふ、と笑った。

「ひょっとして、真命くんですか?彼女もまた近藤さんや土方くんの影響を最も強く受けている方だからね。」

「…土方くん?」

「あぁ、まだ山口くんはお会いしたことがありませんでしたね。真命くんの兄上のことです。ここの門人なのですが、ご実家の副業で薬売りをされているんですよ。今行商に出ているようですが、もう長いですしそろそろ戻られるかと。一本通った気の良い方ですよ。」

山南がそう言うなら、悪くない奴なのだろう。しかし一番知りたいのはやはり剣の腕。手合わせを持ちかけてみたいところである。

「おそらく真命くんは今頃"お地蔵さん"をしてるんじゃないかな。」

「……地蔵に扮していると?」

山南は笑った。初めて歯が見えた。

「そう言われればそうかもしれないけれどね。土方くんが行商に出ると、真命くんはよく通りの端に座り込んで帰りはまだかと待っているのですよ。余程恋しいのでしょうね。可愛らしい人でしょう?」

やはり餓鬼臭い奴だ。一はそう思いながら西瓜を手に取りかぶりついた。確かに甘かった。

「きっと話せばわかりますよ。」

山南は微笑みながらぽつりとそう口にした。

「…何が言いたいのですか」

「いえ、深い意味はありません。」

一は西瓜の皮を皿に返し、立ち上がった。

「おや、出掛けるのですか?」

「少し、風に当たってきます」

「そうですか、お気をつけて。」

山南の穏やかな声を背に一は道場を出て、通りへ向かって歩いた。日は落ち始め、暑さはだいぶ和らいでいる。

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