1-10
出来るだけ距離を詰める。流れに呑まれないように、足に力を込めた。
「あと少し!!」「がんばれー!!」
川辺からそんな声援が聞こえてくる。
竹刀に重さが加わる。先端が掴まれているのを確認すると、一は一気にそれを自分の方へ引いた。
試合ではろくに息を切らさないくせに、真命の呼吸は荒く乱れていた。
「一郎!」「大丈夫!?」
岸に着くと、真命はおぶっていた一郎をゆっくり下ろして膝をついた。子どもたちが集まる。
真命、と総司もすぐに駆け寄って来た。
「ふたりとも怪我は?」
「…死ぬかと、思った…」
真命は整いきらぬ息のまま絶え絶えに呟いた。発端の一郎は安心したのかわんわん泣いている。
総司はその一郎の肩を持ち語気を強めた。真っ直ぐに貫くような言葉だった。
「一郎。深いところには行くなといつも言ってたよね。真命や一くんが気付かなかったら死んでいたところだった。ととさんやかかさんを悲しませるような真似はするもんじゃない。」
「うっ…ごめんなさい…!」
「同じ過ちは二度と繰り返すな。そして男ならみっともなく泣くのはもう止めろ。いいね?」
総司に諭された一郎は涙や鼻水で濡れた顔面を懸命に拭いながら頷いた。周りの子どもたちも緊張の面持ちで総司の言葉を受け止めているようだった。
「その辺にしてやろう、総司。私も子どもの頃は馬鹿やってよく兄上に絞られてたよ。子どもは無茶してなんぼだろ。」
真命は総司の肩を叩いて、からりと笑った。こんな時だというに。
「…お前も大概馬鹿すぎなんだよ。」
「ってぇー!」
中々にいい音だった。真命の脳天に総司の容赦ない拳骨が落とされる。
「一、ありがとう。助かったよ。」
脳天をおさえながら真命は礼を言ってきた。
「…子どもは国の宝だ。他意はない。」
「えっ、私は!?」
「どうでもよい。」
「酷い!」
確かにここでこいつに死なれては胸糞が悪いか。勝てぬまま居なくなられては困る。
と一は思ったが口には出さなかった。
「ったくみんな冷たいよなぁ」
真命は不貞腐れたように言いながら徐に着物を脱ぎ、絞り始めた。
何となくそれを見ていた一は本日二度目、いや一番の喫驚をすることとなる。
真命の体は古いものから新しいものまであちこちに傷があり、細身ではあるがしなやかな筋肉で無駄な肉ひとつない。
しかし、晒がきつく巻かれたその体躯はどこからどう見ても。
「真命、そんなとこで脱がないでよ。嫁に行けないよ?」
「嫁に行く気なんて露ほどもないわっ」
「ほらぁ、
「……なんだ、それは」
一の内心は沸々としていた。
「…え?まさか真命が女だって気付いてなかったとか?」
総司の言葉が火を煽った。
「ふざけているにも程がある!」
渓谷に一の怒号が木霊し、
夏野菜に群がっていた子どもたちも、何事かとこちらを一斉に見ていた。
「女の身で武士の真似事など馬鹿馬鹿しい!」
この時ばかりは、一の口は頭より饒舌だった。
「おい。さすがに言葉が過ぎる。」
総司に胸ぐらを掴まれた。感情に任せ掴み返すと、真命が総司の手を引いた。
「総司、よせ。」
「あんなこと言われたままでいいわけ?」
「誰がどう言おうと私の誠は変わらない。徒に争うなど士道不覚悟だ。」
その目を見たとき、一の背を電光が裂くような心地がしたのだった。
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