1-3

合図を聞いて、瞬きの間があったか否か。

一は左手で竹刀を抜き放ち、真命の懐を狙った。

この一撃目の不意打ちこそが、一の特技である。

見立てではこれで仕留められるはずであったのだが、どうしてか竹刀は空を斬った。

外した、と思った時には遅かった。

背後を取られていたのである。

「……っ!!」

「遅い!」

背部に鈍い痛みが走る。衝撃で一の膝が崩れ落ちた。

負けた。一は、初めて敗北の痛みを知ったのだった。

そしてその傷に塩を塗るかのように歓声が沸く。

一は顔を上げることが出来ないまま、転がった竹刀を見詰めた。指の一本でさえどう動かせば良いのかわからなかった。

「おい、鬼神。大丈夫か?」

「……山口だ。」

「や、山口!立てよ。」

そう言って一の腕を引き上げたのは真命だった。

「中々の動きだった。あれは居合いか?」

「……そうだ。」

居合いとは、抜刀と同時に相手に一撃を与える剣法の一種である。

「居合いを使ってくる奴と戦ったのは初めてだったけど、なるほどあれは不意を付かれるもんだな。ま、でもお前さんの剣は何か今一つな感じだったな。」

真命はからっとした、悪気のない笑みを浮かべながらそう言うが、一にとっては追い打ちである。

「真命~!ほらご褒美だ!」

その声に反応すると、総司がいつの間にやら持ってきた大福を真命を目掛けて投げ付けてきているところだった。

「わんっ!」

それを犬の如く口で受け止める真命。その反動で砂煙のように白い粉が舞い、一の道中着にも振りかかった。

……意地汚い。品位を欠くにも程がある。

こんな奴に俺は負けたのか、と怒りにも辟易にも似た感情が沸々とせめぎ合う。

「…おい、大福。」

「え、私?」

「必ずお前を倒してやる。」

こいつを倒さなければ、一の腹の虫は収まらない。

敵意を剥き出す一だったが、真命はそれをひらりとかわすように、大福を頬張りながらこう言う。

「また来たらいいよ」と。

いつかその木刀をへし折って泣きっ面を晒してやる。

そう決心した一は、以来試衛館に通うようになった。

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