第47話 届かない領域

「……いってえッ!」


 俺は後頭部の激しい痛みを感じ、失いかけた意識を取り戻した。


 たしか……飴を使って【移動魔法テレポート】したんだ。


 そして、想定通りならここは理事長室前でギルバート君がいるはず。


「ネク君! 頭、大丈夫? とりあえず……その表情を見るに始まった様子だね」

「う、うん。ギルバート君もここにちゃんと居てくれて助かったよ。君の後ろにいるみんなで全員?」


 ギルバートの背後には怯えた様子の上級生数人が壁にもたれている。


「合計十五人……アイジ派閥とそこに対立している派閥以外はこれで全員だよ。後は二人に任せてるけど……大方順調そう」

「ラグナ先輩とソプラ先輩はどこにいる?」

「二人は保健室で大勢の体調不良者を看護していたから、僕のかわりに他の一年生を連れたローズさんに残ってもらっているよ」



 なるほどね、じゃあ彼らはそのまま保健室に残った方がいいな。



「……今から俺が理事長室の扉を開けるから、ギルバート君はもしものために魔法を打てるように構えておいてね」

「分かったよ。君の推測が正しければ……この扉は開くはずだ」



 俺達は昨夜、どうして理事長室に入ることが出来ないのか考察を繰り広げていた。


 特殊な魔法が必要説、幻覚を見せられている説、中から閉めている説など様々な説が浮かび上がったが、その中でとある説が最有力だと話題になった。


 それが、魔力に反応する魔法が使われている説だった。


「……もう、体内に魔力は残ってないんだよね?」

「うん。魔法は何一つ使えなくなっちゃった。でもさ、それが元々俺のアイデンティティだから」


 そう言って俺は扉に手を置く。

 ドアノブに当たるまで手を動かし、ゆっくりと時計回りに捻っていった。


「──開いた! やっぱりネク君の仮説が当たって……た」

「バラン理事長っ!」


 取っ手を握っていた力が自然と抜け落ちる。


 扉を開けて中の様子が見えるようになった途端、異様な雰囲気で地面にうつ伏せで倒れている理事長の姿を見つけた。


 俺とギルバート君は一目散に理事長の元へ駆け寄り、すぐに心臓が動いているか確認する。


「まだ生きてる……バラン理事長が目を覚ましたら結界魔法の解除方法を教えてもらおう」

「うぅ……君達は……ここは……どこじゃ……」

「ネクです! 天才特待生だったネク・コネクターです!」


 意識はかろうじて残っていそうだが、目の焦点が合っていない様子でとても不安だ。


「ギルバート君! 室内が安全か確認してほしい! 理事長の方は俺に任せて」

「分かった……罠があるかもしれないから魔法は使わないでおくね」


 俺の体内にはもう魔力がないので魔法による罠の確認はギルバート君にやってもらうしかない。


 だがしかし、特にバラン理事長のために俺が出来ることもあるわけでもないのが悲しいところだ。


「現状をざっと説明しますのでそのまま聞いてください──」

「説明は要らぬ。封印されていた間でも、オリアスから情報は度々与えられていたのだよ……この結界の解除方法も知っておるが……」

「……解除は?」


 俺の質問に対し、理事長は口を閉じた。


 そんな重い表情を見た俺達は何となく察する。




「正確には……こちら側の解除は可能じゃ。ただ……結界魔法は二段階認証になっている。私が解除しようと、外から同時に解除しなければ完全に解除することは不可能なのだ……」

「僕の予想だと、外部からの介入は時間がかかると思っています」

「な、なぜ……ギルバート君は結界を無視して戻ってきたのか……?」

「……外よりも学園の方が安全だと思っただけです。いずれにせよ、ここから生還するためにはオリアス・ワールドイーターを無力化しなければなりませんから」



 しばらくの沈黙の後、俺達は徐々に意識が明瞭になっている理事長をゆっくりと廊下まで運んだ。


 学園中に鈍い衝撃音がこだまする。


 ハイノとオリアスの戦いはまだ続いているようだが、どちらが優勢かまでは俺には分からない。


「ネク君。これだけ彼女が耐えているとなると君のもう一つの仮説も当たっているかもしれないね」

「当たってないと困るよ。それと……ギルバート君も飴の用意はしておいてね。あれが無いと俺達は生き残れないから」

「分かってるよ」


 そう言うと、ギルバート君はポケットから魔法が込められた飴を取り出す。


「その飴には……何の魔法を入れておるのじゃ?」

「……禁断魔術の一つ、【聖域】です」

「【聖域】……!? そんな危険な魔法を扱っていることもじゃが……一体、誰がその魔法を習得したというのだ……」

「僕達には〈聖属性〉が得意な友人がいますから」



 あっけらかんとしている理事長を見つめながらギルバート君は飴を口に含みだしたので、話の続きを俺が変った。


「ええっと、つまりですね……」

「──来る」


 ギルバート君の反応。これが合図だった。


 表情がいっそう険しくなったギルバート君の周りに先輩達が群がる。


 あっという間に地面が揺らぎだし、空気の変化が魔力のない俺でも分かった。


「【聖域】」


 彼の詠唱とほぼ同時に俺達の周りを囲う半径十メートルの円が現れ、襲い掛かってくる攻撃から衝撃を防御する。



「校舎が……崩れていく……」


 バラン理事長の嘆くような声とともに、全てが破壊されていくのを俺達は円の中からただただ見守る事しかできなかった。

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