第46話 甘い香りと舌戦

「まず、前提として魔法は尊いものだ。しかし、その中にも例外というものは当然存在する。それが〈魔属性〉……人が魔力を掌握した原初から全てを蝕み続ける呪詛そのものだ」

「でもお前はここでそれを武器にしてたはずだろ」

「ああそうだよ、そのせいでヴェルヴェーヌ魔法学園での三年間は苦痛に満ち溢れていたさ。誰も私の思想を理解出来ない……むしろ才能もない者ばかりが私を崇拝し、世界が私を否定しているようにしか思えなかった」



 そう語る女の目には、僅かながらに涙が浮かんでいた。


「気持ち悪いな、お前。そうやって俺達を見下して……!」

「だが私はすぐに気が付いたのだよ。世界に私を認めさせるよりも、私が世界を創り変えた方が早いと」

「……無理だ。世界は変えられないぞ」


 俺がそう言ったと同時にオリアスは口を閉じた。

 噴水だけが唯一音を立てている。


 ……無駄なことを考えるな。思考を読まれる。


 彼女の慈愛に満ちた瞳を見つめていると、オリアスはまた口を開き自分語りを始めた。


「もう世界は変えたんだよ。外では私の信者が暴れ回っている。勿論、その中にはここの教師どもよりも強い奴らがゴロゴロいるさ。貴様の家族は……後は言わなくても分かるか?」

「だからなんだよ……この学園は俺達のものだ。卒業生なんかに居場所はない」

「これから君の資格も無くなるのに……呑気だね。君の性格、嫌いじゃないよ。その凡人らしさはここにはそぐわないから可愛らしく見える」

は褒め言葉だと受け取っておく……皆よりも俺に対する評価が高くてちょっとだけ嬉しいよ……」



 もっと、もっと話を長引かせろ……時間を使え。


 眼前のオリアスを見ながら流し目でハイノの顔色を伺う。


 ハイノの顔はいつもの真顔と比べてかなり強張った表情になっていた。


 今の所は口出しせずに俺達の会話を聞いているようだが、ハイノの気分次第で開戦のタイミングは変わる。



「それと、俺はまだ聞きたいことがある。お前の〈魔属性〉魔力の行き先全てを答えろ。俺達以外も詳しくな」

「学生時代のときは〈魔属性〉魔力だけを抽出したものを売り捌いて金にしていたから全部の行き先は分からない。卒業後は魔法がない過疎村に〈魔属性〉の全魔力を捨ててお別れをしたつもりだったが……何故か貴様らが受け継いでいた」

「お前の魔法のせいで大勢の人生が狂わされてんだよ。……目的を答えろ、お前は世界をどうしたい」



 俺の疑問にオリアスは瞳を一段と輝かせながら語る。


 それがさも当然であるかのように。


「意識の統一化。魔法で全てが決まる世界にしてあげようと思ってね。ほら、君も学園で習っただろう? 天聖風火てんせいふうかどっすい……懐かしい響き、もとい素晴らしい教育だ」

「……尖ってるな」

「これをそのまま位に置き換えることが私の最終目標と言うべきかな。下級の者が上級の者に尽くす……それが人間に与えられた使命なのだよ」


 偉そうに語っているが、選民思想と何が違うのだろう。


 そうして長々と対面して舌戦を交えているうちに、ほんの僅かだが周囲が騒がしくなってきたような気がする。


 ローズ達がみんなを制御している予定だけど……上手くいってないのか?


 しかし、そんなことにも気にも留めていないのか、目の前のオリアスは語りを止めない。


「彼も私に従うつもりなら、もう少し優しく取り扱ってあげたというのになあ」

「セレス君のことか?」

「そうそう……彼の一族の暗殺は協力者に依頼されてね。何故かマルティエル家を嫌っている人も多いらしく少々手こずったが……代わりに良い手駒が手に入って満足だったよ。それに、〈土属性〉という価値の低い属性だったのも都合が良かったね」



 彼女は不敵な笑みを浮かべながら俺達へ一歩ずつ近付いてくる。


「魔法が使えない人はどうなるんだ」

「魔法が使えない……それは獣と変わらないわ。奴隷として利用価値があるのなら家畜よりはマシかしら」



「どうして俺達に執着する?」

「私が際に立つ者だからだ。君達は私、私にとって唯一の汚点は消さなければならない。貴様らを潰すことで私自身に対する復讐は終わるのだよ」



 復讐。オリアスの人生でどんな屈辱が、挫折があったのか俺は知らない。


 ある意味、こいつは俺とは真逆の存在だ。


 だからこそ、俺は彼女を否定する。



「終わるもんか、お前の復讐も俺達の命も。それと、俺はそんな世界は望まないからな」

「では……私達に協力するなら貴様は生かしてやる──と言ったらどうする? 貴様も一応は際に立つ者、それもまた復讐劇の終わりと変わりないだろう?」


 そう告げる彼女の吐息が俺の顔にかかった。


 息と言うにはあまりにも匂いが感じられない。それどころか、魂を吸われてしまうと錯覚するほど鋭利で凍えていた。



「……悪くない話じゃないか? 今なら貴様を赦してやってもいい。貴様らは憎たらしい存在と同時に私の分身でもあるのだから」

……ね。俺はそんな分かりやすい甘い香りハニートラップに騙されないよ」


 俺がそう言った瞬間、ハイノに手を強く握られる。


 ──これが俺とハイノで決めた開戦の合図。


 次第に俺の呼吸は速くなっていく。

 あのときのように、全身から力が抜けていく感覚が俺を襲っていた。


「ただし……決着を付けるのは俺なんかじゃない。お前の魔力を直接吸収した……ハイノの方だ」


 全魔力を渡し終わった俺は握った手を離し、這いずりながら噴水を物陰にして隠れた。


「ハイノ……俺はお前の味方だよ……俺達は兄妹だから」

「ふふふ……惨たらしく殺してやる」



 俺にはもう祈ることしか出来ない。


 俺は妹……いや、を信じる。


 セレス君だけじゃない、犠牲になった人々のために、俺は胸ポケットから取り出したあるものを口に含んで大声をあげた。



「【移動魔法テレポート】!」

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