第44話 詩あわせ

「意味分かんねえよ……この文も、今起きてることもよ……!」

「僕もネク君のことは理解したいけど、いくらなんでも情報量が多いなあ……」

「こんなこと書きそうな性格だとアタシは思ってたけど……やっぱり意味不明だ」


 三人とも、俺達が書いた手紙のことをボロクソに言っているようだ。


 そして、肝心なローズの表情も絶妙な面持ちで手紙を見つめている。


 俺は素直な気持ちで彼女に尋ねた。


「これが俺の覚悟です。ローズ……いや、ローズ・ベルセリア。俺を改めて信じてほしい」

「あの、一旦ネクさんと話し合いたいので皆さん少しの間だけ生物室を出ていってもらいたいです! ハイちゃんもです!」


 半ば無理矢理に俺以外の四人を部屋の外に叩き出したかと思えば、ローズは俺の目をじっと見つめて大声を上げた。


「ネクさんはお馬鹿なんですか! 私達のこと何にも分かってませんね! あえて言いますよ、ネク・コネクターさんっ! 全員、いつものネクさんが好きだからここにいるんですよ!?」

「俺もみんなのことが好きだよ。だからこうやって全てを使って頑張ろうとしてるんじゃないか……!」


 不思議と俺の口から本音がすらすらと出てくる。これもハイノのおかげか。


 だが、一向にローズの表情は晴れないままだ。こうなったら俺も、もっと本音をぶつけるべきかもしれない。


「ローズのことはその中でも一番大切だと思ってる。そっちはそうじゃないかもしれないけどさ」

「私も同じですっ! でも、私はいつもの冷静なネクさんの方が好きなんですよっ!」

「『自分と重ねられた』ネク・コネクターの方が好きだったってこと?」

「……え──?」


 まるで図星をつかれたようにローズは目を泳がせる。


 どこかのタイミングで俺は気付いていたんだ。


 ローズが俺に寄せている感情の正体に。


「ベルセリア家は元々伯爵家、しかし経営の不調により没落気味なんだってね。だからこそ一人娘の君が優れた相手を見つけなければならなかった。『成り上がろう』とする俺を勝手に自分と重ねてたんじゃないの」

「……ネクさん。それは半分だけ当たってます! 気持ち悪いって思われるかもしれませんが……今でもネクさんの喜びは私の幸福なんです! 私は……何かに縛り付けられてるネクさんは好きじゃありません!」

「なら、婚約相手が俺でもいいの?」


 ……どうして、ローズは俺を否定するんだ。


 お互いに利用し合う関係……なんだろ?


 俺みたいにさっさと本性を晒してくれ、そうしたら本音で語り合えるはずだ。

 そう思っていたのだが、彼女が起こした行動は意外なものだった。


「もうっ!」


 パチッ!


「……は」


 俺の頬をローズの綺麗な手が触れる。その手はとても優しくて柔らかい。


 一度振りかざされた腕は拳ではなく繊細な手のひらだった。


「もっと……もっと笑ってください。いつものネクさんみたいに」

「しゃべりじゅらいっ……」


 ローズは俺の口角を上げようとしたのか、千切れんばかりの力で頬をつまんで持ち上げていた。


「その表情かおは私以外に見せないでください……! 私は許しますけど、みんなは許してくれませんからね! 嘘をつかないことは誰に対しても本心を晒すことじゃありませんから!」

「どうして……笑えるんだよ。手も震えてるし、目には涙だって……」

「私はあなたを……!」


 彼女の零した本音を聞いた途端、俺の口からは単純な一言が飛び出していた。


「俺も……君が好きだ」


 彼女の震える手を掴み返し、真っ直ぐに彼女と向かい合う。


「俺がなんて嘘くさいかもしれないけど……ローズと同じ感情だよ。えっと……今までのは全部本音じゃなくて、ただの悪意だ。俺はまだ……ハイノ以外を完全に信じきれてなかったんだ……」

「それでもいいです……いきなり怪文書を書いちゃうのも、周りを無視して勝手に突っ走っちゃうのもお二人の良いところなんですから……!」

「……実は、俺達には作戦がある。本当は伝えない方が上手くいくと思っていたけど違ったみたい。まずは今から俺達がたどり着いた黒幕の正体について話そうと思う」


 ……ようやく分かったかもしれない。俺に足りなかったものが何かを。


「ハイノ、怒らないでね。プランBで行こう。だから……そんな目で見ないでよ」

「えっ? ……うわあ!? すっごいこっち見てる! 話聞かれちゃいましたか……?」

「聞こえてないから、逆に怒ってるんだろうね……」


 遮光のカーテンの隙間から見えるハイノの血眼に俺とローズは釘付けになる。


 だが、そこで俺達に漂っていた変な緊張感は無くなり、自然と笑みがこぼれあった。



 ──これならいける。三度目の正直ってやつだ。


 そう俺は確信し、もう一度俺達を隔つ扉を開きなおした。

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