第39話 赤く滲む【side:ローズ】
一瞬、アイジ先輩の言葉が理解出来なかった。罪を償わせる……そう聞こえたけど、本音なのかな。
「き、協力してくれるんですか! 私に!」
首は締められちゃいましたけど、これもネクさんのためです! 水に流しましょう!
……と、心の中で唱えていたが、皆はどうやらそうじゃないらしい。
「ちょっと待ってよ……」
「本気で言ってるのかよ」
「笑えないって」
皆の不満が、積もりに積もった苛立ちがアイジ先輩に向かう。
しかし、当の本人はそれに気付かず、真面目な顔で疑問を漏らした。
「……オレを睨んでどうした? 協力するのはお前らじゃない。後輩が舐めた口を利くなよ」
「ちょっと……そういう態度は駄目です!」
「そうよ! 幾ら年下とはいえ私達に対して失礼ではありませんか? ……アイジ・エルロード様」
先輩から出た空気の読めない発言によって教室の雰囲気がついに決壊してしまう。ナイラさんの鋭い言葉がアイジ先輩に投げかけられる。
私達を含めて教室には六人、多数決じゃ絶対に勝てない人数差だ。唯一まともに聞いてくれそうだったナイラさんを怒らせたのは流石にまずい。
「……アイジ先輩っ! 今の発言は謝ってください!」
「ローズ・ベルセリア、私は彼からの謝罪よりも説明が欲しいだけ。今回の件とは別件にはなるけど」
「言ってみろ」
ナイラさんが聞きたい説明って何となく察しはつくけど……今聞いて平気なのかな……?
今までで一番怒りそうな質問をしそうな気がする。
「私達は一年だから、あなたの二年時の成績は分かりません。しかし、私の聞いた話だと今ほど優れた人では無かったと聞きました。率直に尋ねます、アイジ・エルロード──あなたは、どの手段でそれほどの実力を?」
「……何を言いたいのかオレには理解出来ないな。妬みか? お前は同学年の特待生と比べて劣っていて、勝手にオレと重ねていた……とか言わねえよなあ?」
ナイラさんの発言に思わず私は言葉を詰まらせた。
アイジ先輩の周りには悪い噂がいくつも流れているのだが、ナイラさんはその中でも謎多き話題の一つを聞いてしまったからだ。
言葉では強気な態度を取っているアイジ先輩の顔から血の気が引いていくのが見て分かる。
たしか、ネクさんが一度揉めたときに私は直接この話を教えてもらった。あのときは詳しく教えてもらえなかったけど、今の私なら前よりも分かる部分も多いはずだ。
「今の話は一年の間でも噂になってました! 多分、皆が怖がってるのはこれのせいだと思います! 出来ることなら、私も説明を聞きたいです!」
「お前もか……! 理由なんかねえよ」
そう言ってアイジ先輩は私を睨んで牙を向けてきた。
実は興味があるのバレちゃった……!
「……直接言ってくれないのなら私がローズ・ベルセリアに教えましょう。この男は禁忌に手を出した……そうでしょう?」
「は……? 禁忌だと……? これはオレの実力だ。愚弄するなァッ!」
ナイラさんの言葉に分かりやすく動揺するアイジ先輩。今の話を聞いて今まで何となく抱いていたことについてあることを思い出した。
そして、油断していた私はついそれを口走ってしまう。
「ネクさんとアイジ先輩って匂いが似てますよね! ナイラさん!」
「匂い? この二人の匂いは意識したことは無かったわ。中身が似てるのかしら?」
「中身は全然違いますっ! どちらかというと性質が似てるんです! 漂う雰囲気といいますか、持っている魔力がどこかネクさんっぽいんですよ!」
私がアイジ先輩と初めて職員室で見かけたとき、既視感のある雰囲気と思ったのはそういうことだったんだ。
けど、おかしい。どうしてアイジ先輩があのネクさんと似ているのだろう。色々と考えていくうちに私は一つの答えにたどり着いてしまった。
「ネクさんもアイジ先輩も同じように魔力を手に入れた……んですか?」
「……ッ!」
「いい加減吐いてください。エルロード家は代々伝承を元に運命を定められた血統、まさか私達如きに真実を伝えることを恐れているのですか?」
「……アイツがどうかは知らねえ。だが、オレは授かった。この学園で成り上がるために、あの女に勝つためにな」
ナイラさんに煽られ、とうとう口を割ったアイジ先輩だったが、少し様子がおかしい。
さっきまでの人を見下したような態度から一変し、何かを怯えるようにアイジ先輩は語っている。
「笑えるぜ……意気揚々とエルロード家の長男としてこの学園に入学したはいいものの、オレには実力が足りていなかった。親父にも呆れられた……『お前では威厳を保てない。どんな手段を使ってでもお前は強くなければならない』……そう言われたオレは禁忌に手を出した」
「……それであなたは裏魔力を入手したのね。それはどうやって手に入れたんでしょう?」
「……自らの魔力を売る売人がいる。オレはそいつから買っただけだ……ッ!?」
話している途中、急にアイジ先輩は口を止めた。何だか凄く嫌な予感がする。
「やめろおおおおッッ!」
「え──」
アイジ先輩の指が私の右頬を掠めた。じんわりと痛みが顔全体を覆い、周囲の視線が一斉に集まる。
「本性を現したわね。追い詰められたらそうやって武力行使に出るのね」
「……邪魔だ、どけ。オレはオレでやれることをやる。だから……オレの手を離せ」
この状況を私は見たことがある。ネクさんと同じだ。アイジ先輩が頬を叩いたのは本心ではないはず。
「いいえ、離しません! 今のは本心じゃないはずです! 普段は……知りませんが! とにかく、逃げたら駄目です!」
「アイジ・エルロード。犯人に罪を償わせるよりも先にあなたが罪を償うべきよ。じゃないと誰も納得しない」
「…………」
「今みたいに幻覚に悩まされることも無くなるかもしれないんです! 私はそれがセレス君……いえ、私達に襲いかかった犯人と関係がある気がしてるんです!」
アイジ先輩は無言のまま立ちすくむ。目を泳がせて明らかに動揺しているように見える。
いつもよりも赤くなった頬の痺れも気にならないほどに真っ直ぐな視線を先輩に送り続けた。
私の説得がアイジ先輩に届きさえすれば、目を合わせてくれるはず。
「……分かった。オレが罪を……償うべきだ。だからどうか……オレとマルティエルを救ってくれ」
そう言うとアイジ先輩は私が握りしめていた手をするりと抜いて私とナイラさんそして他の一年生達に向かって平伏し頭を地面に擦りつけた。
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