第37話 ただ俺は怖かっただけ
「…………」
一筋の光すら差し込まない暗闇、普段は嗅がない独特な化学物質の匂いが漂うここは生物室。
俺とハイノはセレス殺しの犯人候補として学園の離れにある生物室に監禁されている。
「俺は……何をしてたんだ……」
俺は天井を眺めながら一人呟く。そして身体を横向きにし、動かないハイノの姿を眺めた。
一方でハイノはこの部屋に連れ出されてから、俺と目を合わせようとはせず隅っこの方で丸まって眠りについたままだ。
「魔法のせいで自由に身動きも取れないし……どれぐらい時間が過ぎたんだろ……」
誰からも返答はない。しかし、不安を抑えようとして俺の口は話すことをやめようとはしなかった。
「クラスはどうなっているんだろう。ロウタス君が完璧に指揮をとっているとは思えないし……マゼル先生は流石に従わないはずだ。だとすると俺達の隔離はどう説明したんだ?」
「……それは考えても無駄か。疑われる証拠だって揃っているし、何より……ローズもあの場にいたんだ。ローズの言葉なら先生も納得しかねない」
俺の唯一の気がかりはローズだけだ。一番信頼している彼女のことを裏切ってしまった気がして心が苦しくなる。
俺は何故あのときのことを伝えられなかったんだろうか。記憶を頼りに話そうとした途端、頭痛に襲われて幻覚まで見て混乱してしまった。
「……寝るか」
「折角リリエが夕食を持ってきてあげたのになぁ」
「うお」
背後から聞こえた声に反応して振り返ると、閉められていたはずの窓から顔を出すリリエの姿があった。
彼女は両手で二食分の食料を抱えてじっとこちらを眺めてくる。何か言いたげだ。
「いやさっきは散々強く言ったけどさ、流石に言い過ぎたなと思って。それと、あの中で食べ物とか渡しやすそうなのって……リリエくらいじゃん?」
「俺は別に気まずくないけど……」
「そういう所ね、気まずくなるのは。みんなセレス君のことでピリピリしてるのよ? あんなこと目の前で言われたら余計警戒しちゃうわ」
「……俺なんかおかしくなってるのかな──」
「考えても意味無い、そう言ってたでしょ。ほらっ」
俺の口を黙らせるかのように持っていた食べ物をリリエに投げつけられる。パンとパックのオレンジを二個ずつ、非常食にしては豪華だな。
肩を落とし、半ば俺に呆れた様子でリリエは喋りかけてくる。
「……で、本題なんだけど。リリエが悩み聞いてあげようか? のっぴきならない状況で困ってるみたいだし」
「悩み?」
「あなたは恋愛成就請負人らしいけど、誰があなた自身の悩みを聞いてあげられるのってことよ。……リリエとしては男子の中であなたを三番目に信頼してるのよ?」
「三番目ね……でも助かるよ。こういうのって異性の方が相談しやすいんでしょ? ローズから学んだよ」
「あっ、そこから動かないで。近寄ろうとしたら窓閉めて魔法かけ直すから」
俺は立ち上がろうとした手から力を抜き、横になった体勢のまま話をすることにした。一応、まだ容疑者扱いなのは変わらない。
彼女の気まぐれか優しさなのか分からないが、相談出来るタイミングで相談すべき。これは、俺が恋愛成就請負人として活動を始めて分かったことだ。
「自分が大切に思っている人に幸せになってほしい……この願いはどうやったら叶えられると思う? このままだと俺が邪魔になってる気がするんだ」
「それってローズのことでしょ? 何の邪魔になるの」
「……どうして? だってローズはアイジ先輩が好きなんじゃ……言っていい話なのかな」
「んなわけないでしょッ!? あれに恋するのは流石にないわ……ていうか最近様子がおかしかったのはそれ? キモいわね、相変わらず」
「本当に相談乗ってくれるの……?」
なんだかからわれているだけな気がしてきた。だって話の聞き方も真剣には見えないし。
「で、いつ告るの? リリエはその話を聞きたくて来てるんだけど」
「告……る? 俺が? 誰に?」
突拍子の無い話に思わず戸惑う。まさか、ローズが皆にあのことを広めてるのか……?
俺は別にメルシー先輩のことは……!
「ローズに決まってるでしょうッ!? ささっと告っちゃえばイチコロよ、絶対。」
「えっ……? 俺の好きはそういう好きじゃないって! 信頼、友好の好きなんだよ?」
「──って言われたら何て答える?」
「照れ隠しだろうなあ」
「でしょ? 自分の気持ちに素直になりなってッ! リリエには言わせたくせにさあッ!」
……俺は怖い。告白が恐怖で足がすくむものだって俺は理解している。だから、こうやって請け負っているつもりだ。
ただ、今俺が恐れていることはたった一つ。
「……は」
「声が小さいッ! 言いなよちゃんと……」
「……ハニトラに決まってるじゃないか! あんな綺麗な子が田舎者の俺と活動しているのはさぁ! 俺を経由して家柄の安定した男を狙ってるに違いないじゃん!」
「……忘れてた。ネクって結構性格が歪んでるんだった……ばかッ」
リリエの呟き声が聞こえたと思ったら、今度はバタン、と彼女に窓を強めに閉められ室内が一瞬にして暗闇に包まれた。
窓の向こうの彼女はすぐにいなくなった。
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