第36話 故意のダイアリー
俺とロウタス君はお互いに睨み合うことをやめない。周囲の皆も思わず息を止めて何も言わずに俺達を見つめている。
「何をするつもりだ。その転校生はセレスを殺した可能性が高い。なのに、そんな奴を庇うつもりなのか?」
「ロウタス君。俺は君に何を言われようがハイノから離れない。……帰ってくれ」
「ちょっ……何言ってるのッ!? 危険なのよッ!?」
「彼女の気配も話し方もあのときのまま……誰にも真似出来ないことだ。彼女は生きていたんだよ! 皆には、理解出来ないと思うけど……」
どれだけ説明してみてもロウタス君は納得しない。しかし、俺の話を理解しようとロウタス君は何度も聞き返してくる。
「……すまない。我も即決しすぎた。せめて彼女と話し合うことは出来ないのか……? 我々を前にしても抵抗してこない理由を知りたい」
「…………」
「ん、そのメモ帳は何だ」
ロウタス君が指を指す。それはハイノがいつも大切に握っているメモ帳だ。たしか、セレス君から貰っていた物だったはず。
彼女は筆談で会話するためにそれを使っているから、これを使えばロウタス君達にも納得してもらえるかもしれない。
早速俺はハイノの方に振り向きその旨を伝えた。
「…………」
彼女は黙っているだけだったがすぐメモ帳に目を落とし、空白のページを開いて胸ポケットから取り出したペンを使って文を書き始める。
ハイノは書き終わるとその文章をロウタス君の真ん前に見せつけた。
ロウタス君はそれを読み上げる。
「……『わたしはハイノ・ネアリンガーです。間違いなく、ネクはわたしのお兄ちゃんです。わたしは人殺しではありません』。それなら証明してみてくれ」
「もう分かっただろ? 俺もロウタス君もアイツに襲われてる! もし本当に正体がオリアス・ワールドイーターならとっくに俺達を殺したっておかしくないんだ」
「そ、それもまだ分かりません……私達をからかっているだけなのかもしれませんし……」
懐疑的な目を向けるサクラモチさん。それもそうだろう、これだけじゃ説得力に欠ける。ハイノにはもっと質問に答えてもらうしかない。
「なら、この質問に答えてくれないか。ネクとともに行動していた際に何らかの魔法を使ったとネクが説明していたが、実際には何を発動したか答えてくれ」
「…………」
その発言を聞いてハイノはまた同じように筆記を始め、文字にしたものをロウタス君が読み上げる。
「『わたしはあの人が使った魔法を使い返しただけです。それで逃げました。【催眠】魔法も本当は使えなかったけどネクのを見て覚えました』……。なるほど」
そう言って文章を読み終えたロウタス君は顎に手を当ててまた質問を考え始めた。初耳の話も含まれていたが、ハイノにはこの調子で話してもらいたい。
「……ネクから聞いてたけど、本当に〈魔属性〉の魔法が使えるんだね。ねえ、ネクはそれを知ってたん? もし教えられるなら、本人からいつから使えるのか直接教えてもらいたいんだけど」
「俺が知ったのは昨日、ハイノが魔法で転移してくれたときに気が付いた。ただ……以前のハイノは〈魔属性〉どころか魔法自体が使えなかった……はずだ」
「はぁッ!?」
リリエの大きな驚き声とともに考え中だったロウタス君が俺の顔を見て強く睨みかけてくる。そうか、この話をするのを忘れていた。
「我の問いに答えろ。さっきから既に死んでいるだの魔法は使えなかっただの意味不明なことを言っているが何が真実だ。お前も本当は魔法が使えなかったのか? 代々優れた家系でも無いお前らがどうして揃って〈魔属性〉を使えるんだ」
絶対に逃さないと言いたげに右腕を掴まれながらロウタス君に尋ねられる。
「俺は……俺は生まれたときから魔法は使えなかった。それもハイノも同じで──」
「──使えなかったんですか……?」
信じられない──そう言いたそうな目線をローズが送ってくる。
そうだ、そのことを俺は誰にも伝えていなかった。マゼル先生やバラン理事長にも隠し続けていたんだ。
何にもなかった俺が、この才能を手にすることになるきっかけであり、俺の最愛の義妹が死ぬことになったあの日のことを。
「俺は魔力すらマトモに無かった。そんな俺が使えるようになったきっかけは……ハイノが原因不明の病気にかかってからなんだ」
「ほう。その件について話してくれ」
「──『口にするな』」
「ッ──!?」
俺は反射的にロウタス君に殴りかかっていた。それは幻覚だった。目の前にいるのがロウタス君ではなく、奴──オリアスに見えたのだ。
俺の拳をくらい、自分の頬を抑えながらロウタス君は俺を見る。慌てて後ろからリリエがロウタス君の肩を触って涙目になりながら俺に問いかけた。
「どうしてロウタスを殴ったのッ!?」
「ごめん幻覚が見えて……あれ? えっと……何を話そうとしてたっけ」
不思議なことが起きている。俺はさっきまで昔のことを話そうとしていたはずだ。だが、思い出せない。
今になってどうして俺は怯えているんだ……?
「あの……ネクさん?」
「──っ」
ローズはきっと俺を心配して話しかけてくれたんだろう。だけど、俺は勘違いしていた。
俺は彼女の手を強く振り払う。その手がハイノの持っているメモ帳に当たり、ハイノはそれを落としてしまった。
「あ……」
何の因果か、とあるページが綺麗に開かれる。そこには、いつ書いたのか分からない筆跡で記されていた。
「……おい、どういうことだ」
────────
ロウタス・ムスペルヘイム 男
統率力が高く、警戒すべき人物。排除は必ず独りになった所を狙え。優先順位はかなり高い。
リリエ・フォッシュ 女
洞察力が高く、感情的になりやすい人物。魔法の練度を加味しても優先順位はそこまで高くない。
サクラモチ・クライズ 女
観察力が鋭く、相手の心を読み取る力を持つ人物。警戒するほどではないが排除する際はタイミングを見計らえ。優先順位は低い。
────────
「お、俺は知らない。ハイノの字でも無いぞ……勿論俺も書いた覚えも無い。だってこれは元々セレス君のなんだぞ……?」
「いいえ、セレスさんの文字とは全く違います。貸してください」
サクラモチさんがメモ帳の中身を確認しようと拾い上げ、他のページをパラパラとめくり始める。
すると三人の名前が書かれたページの前後には、一年一組全員の名前と一緒に様々な特徴が書き込まれていた。たった二人、俺とハイノを除いて。
「こんなの……最初は書かれていなかったはず。俺達は何も知らないんだ、決定的に何かがおかしい。誰かに仕組まれている」
「ネクさん……お願いです……! もう、これ以上抵抗しないでください。意味が……ありませんから」
「そんな……ローズ、どうして……?」
「今のネクさんじゃ……証明出来ませんから。私だってネクさんをずっと信じてます。けど、それだけで皆納得しません……だから、お願いします」
俺はローズに深く頭を下げられる。顔も見えない角度で彼女の表情も読み取れない。ただ分かったのは、俺が何もかもを壊してしまったことだ。
皆との信頼も、信頼の証であるこの場所さえも。
これ以上は反論する必要が無くなった。いつの間に込めていた魔力を解除し、膝をつく。俺は無言のハイノとともに、黙って彼等の言うことに従うことに決めた。
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