第35話 禁忌な関係(インモラルではない)

「幸せ……? それってどういう──」


 俺の疑問の声と同時に部室の扉が開かれる。視線を向けるとそこには……ハイノさんがじっと俺を見つめて立っていた。


「ハイノさん……教室で何かあったの?」

「…………」

「二人とも見つめ合って……どうかしたんですか!?」

「ローズ、実は──」


 真実を告げようとした俺の口を彼女が塞ぐ。倒れかかるように全体重を乗せられ俺達はそのまま地面に倒れ込んでしまった。


 ハイノさんの匂いが、俺の鼻を刺激する。顔に髪を押し付けられても、ハイノさんにのしかかられていても苦しくはない。

 彼女はあの頃と変わらず軽いままだ。


「……ど、どういう関係なんですか! 昨日からお二人はずっと仲良さそうに見えます! 何かあったんですか……?」

「…………」


 もう隠しきれない。俺の口から言わないと駄目なんだ。


「……ローズ、俺の話を信じてほしい。俺とハイノさんは、実はなんだ」

「きょう……だい? ……ええええっ!?」


 ローズのけたたましい声が学園中に響き渡る。それもそのはず、俺とハイノさんが兄妹だと分かったのはつい先日のことなのだから。


「これは本当だよ。嘘じゃない。ハイノも……今は口で説明出来ないかもだけど、しっかり伝えるよ」

「……顔が全然似ていません! ネクさんとは瞳の色だって違いますし……!」

「それは……血は繋がってない義理の兄妹だからなんだ。ハイノの両親は彼女が生まれてすぐに亡くなって……俺の故郷は田舎って前に言ったよね。だから唯一子供の俺がいる俺の家で一緒に育った……だから兄妹だ」


 嘘みたいな言葉をつらつらと繋いでいく。ローズは困惑しているようだが、残念ながら嘘偽りは何一つもない。


 俺の母さんとハイノの母さんはとても仲が良かったらしい。彼女の父親は彼女が生まれる前に死んでいて、母親もハイノの出産で亡くなってしまった。


 独りになってしまった赤子のハイノは俺の両親によって引き取られ、俺と本物の兄妹のように育てられてきたのだ。


「……ハイノ・ネアリンガー。それが彼女のフルネームだ。ハイノって名前の由来だって知ってる。彼女のお産に携わった産婆の地元の地名から取ったんだ」

「そ……それが何なんですか!」

「え」


 ローズが勢い良く立ち上がり足を机にぶつけた衝撃でカップが地面に落ち、パリンと破裂音を立てて真っ二つに割れた。


 ローズは淡く桃色の色艶がより赤く染め、落ち着きのない様子だ。明らかに彼女は興奮している。


「ネクさんは……どうして頼ってくれないんですか……! 私も……本当は……」

「頼る……? 待って、何の話? 俺はいつもローズのことに頼りっぱなしだよ……?」

「そうじゃありません!」


 ローズの震えた声に俺は制される。初めて見るかもしれない、ここまで感情的な彼女は。


「ネクさんが本音を言えない恥ずかしがり屋なのは知ってます! でも、だからって私に教えてくれないのは何か違います! あとくっつき過ぎです!」

「……ごめん。ハイノ降りて。これからはもっとローズにも教えるようにする。ただ、今は難しい話題ばかりで後回しにしたかったんだ」

「……なんですか、それ」


 ……ローズに説明出来ないことは俺も理解出来ないことなんだよ。そんなこと彼女には言えないけど。


 ハイノも状況を理解したようで真顔のまま退いて立ち上がろうとする俺に手を差し出してくれる。その手を掴んで立ち上がり、もう一度ローズと向き合った。


「このままじゃネクさんが疑われちゃいます……いえ、私でも疑います! だから……もっと私だけでも全てを話してください! 何でハイノさんが転入してきたときに『自分の妹だ!』って気が付かなかったんですか!」

「……それはね」


 どうしよう、言葉が出てこない。それだけは説明が出来ない。俺自身を裏切るような気がして、躊躇ってしまう。


「言ってください、ネクさん!」

「うん。だってさ……俺の妹はもう」

「死んでるはずなんだ」


 俺から放たれた一言でローズは、むしろ俺自身ですら一気に心が冷えていくのを感じていただろう。お互いの呼吸がやけにクリーンに聞こえるような気がした。



 そんなときだった。


「──そこまでだ。余計な真似をするな」

「ロウタスさん!? 皆さん揃ってどうしたんですか?」


 開けっぱなしの扉から続々と俺達を包囲するように彼等が侵入してくる。


 ロウタス君にリリエ、それとサクラモチさん……対抗戦の面子か。最もセレス君の死を悲しみ、一矢報いようと考えているメンバーだが、俺に何の用だろう。


「ちょっとッ! あなたの妹が死んでるって……どういうことよッ!? ならそこにいる子は誰なのッ!?」

「ローズさん危険です……私達の所まできてくださいっ……!」

「は? 何を言って──」

「──我々は君がいない間に遺体の調査を済ませていた。彼の背中の跡に魔法を使った痕跡が残っていてな……それが〈魔属性〉の物だと判明している」


 ロウタス君の語りは止まらない。推理小説の探偵のように彼の考察は続く。


「それに全員のアリバイ調査も済ませてあるぞ。我だけじゃない、ネクも含めて全員のアリバイも確実に存在している。だが、しかし。彼女だけがネクと行動していながらもアリバイが証明出来ない」

「……どうしてハイノを指差しているんだ。俺の妹だぞ……?」

「『死んでいる』のに? おい、思い出してみてくれ。彼が死ぬ直前に何があったのか……我はその場に居合わせていないからな」


 思い出せと言われても……そう思った瞬間、脳裏にあることがよぎる。


 セレス君が死ぬ朝、俺達は同じ部屋で寝泊まりしていたことだ。そのとき、セレス君達の身体には【催眠】魔法がかけられていた。


【催眠】魔法をかけられるのは〈魔属性〉を得意とする俺だけだ。しかし、それは間違いだった。ハイノも実は〈魔属性〉魔法を扱える。


 夜の空白期間についてもだが、俺が誰よりも早く眠りについていたのはローズが証明出来る。

 一方で、ハイノについては証明が出来ず、それどころか【催眠】をかけられてもいなかった。


「……どうやらネクも理解したようだな」

「…………」

「証明してみろ。君がハイノ・ネアリンガーであることを。早く我々に説明するんだ。黒幕……オリアス・ワールドイーターではないと」


 オリアス・ワールドイーター。お泊り会で聞きそびれた『世紀の大犯罪者』の名前を聞いて身体が膠着する。


 ハイノはその言葉を突きつけられても微動だにせず、俺の背後ではローズが震えていた。


「証明……」

「ネク、その女から離れろ。我々も出来ることなら彼女と対話したいのだ。邪魔だけはするな」

「近付くな。ハイノから……お前こそ離れろよ」

「……ネク……さん? うっ……!」


 しがみついてくるローズを軽く振り払い、ハイノの代わりに俺はロウタスの目の前に立ち塞がる。


「邪魔なのはそっちだよ」

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