第34話 プロポーズ、あの日のように桃色で

「それでお話って何でしょうか……?」


 怯えた様子でローズは椅子に腰をついてキョロキョロとし続けている。目の前に俺がいるというのにだ。


 ……ローズが犯人じゃないのは、一緒に行動していたから分かってはいる。だけど、今の俺とマトモに対話出来そうなのは彼女ぐらいだ。


「ローズにしか頼れない問題があるんだ」


 子供に諭すように俺は言う。ローズには見抜かれるかもしれないけど。


 彼女の目を見ながら、俺は返答を待つ。すると、十秒も経たないうちにローズは口を開き言葉を返した。


「……いいですよ。で、でもっ! 答えたら私の質問にも答えてくださいよ!」

「ありがとう。勿論答えるから。……俺が聞きたいことは一つだけだよ。俺とハイノさんが部室にいたとき教室の様子がどうなっていたのかを教えてほしいんだ」

「どんな状態……ですか。ネクさん達が忘れ物を取りに行った後、私達は普通に勉強会をしてました。あ! たしかその時……私の隣にセレス君もいましたよ……!」


 ……ローズから全てを聞き出せるかもしれない。俺は質問を続ける。


「……全部教えてくれるかな。襲われたときの皆の位置と俺と合流するまでの間のことを」

「分かりました……! 私の周りにはセレス君、サクラモチさん、ナイラさんもいました! ちょっと離れた所でロウタス君とリリエさんが二人で机くっつけてたのも見てますよ! 後は……皆それぞれでお話したり、マゼル先生の周りで談笑……してましたね!」


 ローズの話を聞いた感じだと特別怪しい動きをしている人はいないな。肝心なのはこれからだ。何が起こったのか……俺以外は全員知っているはずの情報を手に入れなければならない。


「私達が襲われて最初の警報が鳴ったとき……覚えてる範囲でだけ言いますね? 最初に襲われたのはマゼル先生だったはずです。何かが横切った気がして……振り返ったら先生に襲いかかってました。そしたら……思い出しました。横にいたセレス君が私に寄りかかってきたと思ったら急に目の前が真っ暗になって……」

「それで、ローズは飛ばされたんだね」

「はい……! 気が付いたら廊下で倒れていて、何も分からなかったんです。だから教室まで戻ろうとしたらネクさんとハイノさんがいて……」


 そこから彼女が話した内容は俺から見えた光景とまるきり一緒だった。


「……ごめんなさい。また役に立てませんでした……」

「そんなことはないよ。何となく、確信が持てたから一歩先に進めた」

「じゃ、じゃあ私の質問聞いてもらえますか?」


 そう言うとローズはさっきまでの苦しそうな表情から一転して、口角を上げて好奇心が隠しきれない顔に変わった。


「いいですよね、聞きますよ! あの……こんなときに聞く話じゃないとは思いますけど! ネクさんって……好きな人とか、いますか?」

「……ん?」


 全く予想していなかった質問に俺は思わず聞き返してしまった。いや、ローズはこんなことを聞いてくるキャラじゃないはず。……なんて考えるのは彼女を知らなすぎか……?


 とにかく、質問には答えないとな。


「好きな人か……それってどんな意味で? ローズとかギルバート君とか……メルシー先輩とか、結構好きだよ? 頼れるし」

「そうじゃありません! その……ネクさんって『恋愛成就請負人』を自負しているわけじゃないですか! だから……そういう意味で好きな人っているのかなー……って」

「……いない」

「嘘ですよね!? 今の間は少し怪しいですよ……! 誰も聞いていませんから話してくださいよーっ! 私も言いますからー!」


 ……何だと。ローズが今恋している人を本人から教えてもらえるというのか!?


 彼女がギルバート君に対する思いが消え去ってから俺は影でこそこそと探りを入れていたのだが全く候補が浮かび上がらなかった。なんならいるかどうかすら不明の状態だ。


 それを……知りたい。ローズの恋路を叶えたい。叶えられたら、俺の初めての依頼を解決したことになる。

 とはいっても、問題なのは俺の方だ。俺には想いを寄せている人がいない。


 ローズも勿論大切だけど、人形のように美しい彼女だけど、そこまで深く思ったことは──


「俺はいるよ。いつも俺のそばに……誰よりも守らないといけなくて、尊敬もしてる。俺──」

「──その人の名前は、『ローズ・ベルセリア』……だったり?」

「…………」

「うふっ。またいつもみたいな冗談やめてくださいね! 話し方が相手を騙そうとしてるときとそっくりそのままですよ? 私だってネクさんと長く一緒にいて癖とか分かってきてるんですからね!」

「……バレた?」

「バレてます! 本当のことを教えてください! だって約束しましたもんね!」


 ……困ったな。こんな緊張感のない会話をするつもりじゃなかったんだけどな……。


「じゃあ、メルシー先輩はどう? 俺がメルシー先輩のことを好きだって言ったらローズは信じる?」

「信じます信じます! ……ってええっ!? メルシー先輩なんですか?」

「そういうことにしていいよ。ほら、あの人って綺麗だし堂々としているし格好良いよね。誰かのために何かが出来る人って本当に尊敬しちゃうな。ね、本当としか思えないでしょ?」

「嘘じゃなさそう、それっぽいです! ……これも嘘なんですか? 違いますよね? ……すごい、私と真逆だ」

「真逆ではないけどね……そうだ。俺も答えたからさ、ローズも教えてよ。誰が好きなの?」


 これで俺が好きな人はメルシー・ミルレシオだということになってしまったな。広まらないといいけど、ローズは間違って口走っちゃいそうだなぁ……困りはしない。


 俺のプライドより彼女の想い人の方が重要問題。それさえ教えてもらえるなら、今は不可能だったとしても学園から脱出してから必ず叶えてみせる。


 頬を桃色に染め照れた様子でローズは口を開いた。


「……ネクさんが、素直に教えてくれませんでしたから、私もちょっとだけ濁しちゃいます。その人は人によって特別態度を変えるわけでもなくて、だけど全部が取り繕っているような不思議な人で……私の周りでは見たことないような人なのです」

「なるほどね……頑張って当ててみるよ。学園の人だったら全員知ってるから」

「……私と違う家柄だから詳しくは分かりません。けれど、その境遇のせいで色々と言われてる所はよく聞きます。私は……それで折れずに結果を残してくれるんです」

「難しいね……」


 俺には今の所一人だけで思い当たる人がいる。俺の想像とは結構かけ離れているけど。


「……あっ。最終ヒントです! その人は……とっても優しくて強いんです。私も……」

「──分かった。誰かは分かったから、もう言わなくても大丈夫だよ」

「鋭い……ですね。ネクさん。私、ここから出られたら私の口からその人に伝えようと思います。……だって今のままだと伝えられませんから。まだ駄目なんです。その人に気付いてほしいことばかりですから」

「そうだよね。俺もローズの気持ちを尊重すべき……って思うよ」


 ……収穫はあった。今回のことはあんまり分からなかったけど、彼女の好きな人を知ることが出来たんだ。


 アイジ・エルロード。ローズは彼に恋をしている。それは間違いない。


「ネクさんも、幸せを諦めないでくださいね」

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